寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
82 / 125
番外編・祭

特別任務【六】

しおりを挟む
「おや、まあ…これはこれは…」

 高梨と天野が、瑞樹みずき優士ゆうじを連れて周囲の地形の確認に出た後、残った者達で建物の修繕をする事になった。
 その一人であるみくは、とある場所で片手で頭の後ろを掻いて苦笑していた。

「えええ…これは無いよ~…」

「誰か、壁をっ!!」

 そんなみくの隣では、瑠璃子るりこ亜矢あやがその場所に文句を付けていた。
 その場所とは。

「おほう! 解ってるじゃねえか! 温泉つったら、露天! 混浴!!」

 と、須藤が年甲斐もなくはしゃいでいる様に、風呂場だった。
 ただし、元から混浴だった訳では無く、あやかしによって、女風呂と男風呂を隔てる壁が壊されていて、それで境が無くなっただけであるのだが。
 朱雀が保養地に用意した建物は木造の平屋だった。部屋数は二十ある。建物の真ん中に広い廊下を走らせ、その左右に寝泊り出来る部屋を用意した。建物の入り口の直ぐ傍に、大人数で寛げる囲炉裏がある部屋があり、厨房がある。厨房には勝手口があり、戸を開ければ目の前に井戸が掘ってあった。昼時に使った水はここから汲んだものだった。廊下を真っ直ぐと入口から奥に進んだ行き止まりに、風呂場が用意されている。各部屋に風呂は無い。温泉が目的なのだから、部屋に風呂は言語道断と言った処なのだろうか。因みに厠は外にある。明かりは、各部屋や廊下にランタンが備え付けられていて、それを使う事になっている。はっきり言って不便である。『自然へ帰ろう。懐かしいあの日に帰ろう。自然溢れる山の中で豊かな一時ひとときを』等とこちらを建てた時の案内に、その様な言葉が書かれたチラシが配られたが、殆どの者は見向きもしなかった。それもそうだろう。他の企業等の保養地には、観光する場所、土産屋、美味しい食べ物等々がある。食事も勝手に出て来る。それなのに、ここは食事は自分で用意するのだ。食材を自分で用意して持って来て、瓦斯や水道に慣れた人間に、火を熾して竈を使い、井戸で水を汲めと言うのだ。はっきり言って、不人気そのもの。誰も喜んで来る筈が無い。その結果が、妖の巣にされたこの建物の現状だ。
 しかし、だからと言って少なくない金が掛かっているのだ。使用されないまま朽ちて行くのは悲しい。ついでに言えば、少しでもその時の金を回収したい。と、云う訳で一般への開放をとの運びになったのだが。その時には、常駐する朱雀を用意するらしい。その者達には、きっと仙人とかの称号が与えられるのだろう。

「駄目駄目! 先生以外に肌を見せるなんてっ!!」

「私だって、混浴は嫌っ!!」

「はーいはい、落ち着いて二人共。あの雪緒ゆきお君のダンナがそんなの認める訳ないじゃないさ。こっちとあっちに壁作って、真ん中を混浴にして、右を男風呂、左を女風呂にすりゃあ良いだろ? ほら、須藤のセンセ、動いて動いて。そっちのお兄サンも」

 そして、仙人とは程遠い叫びを発する者達をみくが宥めていた。

「混浴を作るって、まさかみくさん混浴に!?」

「うん。ウチの人と入るんなら混浴の方が良いだろ?」

 驚きに目を瞠る中山に、みくは何て事の無い様に頭の後ろで腕を組んで笑う。
 ここの風呂は十二分に広い。大の大人が三十人ぐらいは余裕で入れそうだ。三等分に分けても、天野とのんびり入れそうだと、みくは目を細める。
 丁寧に磨かれた石が並べられた床は、足を傷付ける事は無いだろう。岩に囲まれた湯舟は何とも風情がある物だ。湯舟に浸かり、青空を見上げるのはどれ程の開放感を与えてくれるのか。湯舟に浸りながら、周りの景色を見て、新鮮な空気を吸うのも良い。壁を作って視界を狭めてしまうのは勿体無い気もするが、それは仕方の無いことだろう。

「ええ!? みくさん!?」

「天野副隊長と二人なら…」

「おほっ! じゃあ、俺も混浴に入ろっかな」

「駄目ですっ!!」

 中山と同じく瑠璃子も驚き、亜矢は亜矢で夫婦が二人きりで入るのならば問題は無いかと、真面目な顔で呟いているが、後に続く鼻の下を伸ばした須藤の言葉に、二人で即座に突っ込みを入れた。

「みく姉様、竹林がありますから、竹を組んで壁を作るのが良いと思いますよ。今、長渕様に切って貰っています」

 そんな遣り取りがされる中、竹を担いだ月兎つきとがやって来て、かしましい大人達を何処か冷めた目で見て言った。

「ああ、そうだね。って、せいは?」

「星兄様でしたら、もっと強い竹を切ると言って、山を登って行きました」

「…あ~…」

 月兎の言葉に、誰もが遠い目をした。
 あの星が大人しくしている筈が無いのだ。
 強い竹とは何だと云う突っ込みは置いといて、星は間違いなく山の隅々までの地形を見に行ったのだろう。星なりに、妖の居そうな場所、そこまでの最短距離等を文字通り身体で計るのだろう。

「ま、ウチの人も、雪緒君のダンナも、星が大人しくしてるとは思っていないだろうから良いか。ま、じゃ、ちゃちゃっと壁を作っちまおうか。でないと、アンタ達風呂に入れないよ?」

 みくの言葉に、瑠璃子と亜矢は俄然やる気を出して、竹を結ぶ為に縄を取りに走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

【完結】秘める華が暴かれる時

七咲陸
BL
カッツェはレゲンデーア侯爵家の次男で本の虫。そして優秀な兄、レーヴェの為に領主代行を行ったりして過ごしている。兄への想いを隠し、平凡な日々に小さな幸せを感じていたカッツェだが… □兄×弟 □本編全15話、番外編全10話 □他CP有り(他CPは兄×異母弟) □R-18は※表記

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

処理中です...