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番外編・祭
特別任務【六】
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「おや、まあ…これはこれは…」
高梨と天野が、瑞樹と優士を連れて周囲の地形の確認に出た後、残った者達で建物の修繕をする事になった。
その一人であるみくは、とある場所で片手で頭の後ろを掻いて苦笑していた。
「えええ…これは無いよ~…」
「誰か、壁をっ!!」
そんなみくの隣では、瑠璃子と亜矢がその場所に文句を付けていた。
その場所とは。
「おほう! 解ってるじゃねえか! 温泉つったら、露天! 混浴!!」
と、須藤が年甲斐もなくはしゃいでいる様に、風呂場だった。
ただし、元から混浴だった訳では無く、妖によって、女風呂と男風呂を隔てる壁が壊されていて、それで境が無くなっただけであるのだが。
朱雀が保養地に用意した建物は木造の平屋だった。部屋数は二十ある。建物の真ん中に広い廊下を走らせ、その左右に寝泊り出来る部屋を用意した。建物の入り口の直ぐ傍に、大人数で寛げる囲炉裏がある部屋があり、厨房がある。厨房には勝手口があり、戸を開ければ目の前に井戸が掘ってあった。昼時に使った水はここから汲んだものだった。廊下を真っ直ぐと入口から奥に進んだ行き止まりに、風呂場が用意されている。各部屋に風呂は無い。温泉が目的なのだから、部屋に風呂は言語道断と言った処なのだろうか。因みに厠は外にある。明かりは、各部屋や廊下にランタンが備え付けられていて、それを使う事になっている。はっきり言って不便である。『自然へ帰ろう。懐かしいあの日に帰ろう。自然溢れる山の中で豊かな一時を』等とこちらを建てた時の案内に、その様な言葉が書かれたチラシが配られたが、殆どの者は見向きもしなかった。それもそうだろう。他の企業等の保養地には、観光する場所、土産屋、美味しい食べ物等々がある。食事も勝手に出て来る。それなのに、ここは食事は自分で用意するのだ。食材を自分で用意して持って来て、瓦斯や水道に慣れた人間に、火を熾して竈を使い、井戸で水を汲めと言うのだ。はっきり言って、不人気そのもの。誰も喜んで来る筈が無い。その結果が、妖の巣にされたこの建物の現状だ。
しかし、だからと言って少なくない金が掛かっているのだ。使用されないまま朽ちて行くのは悲しい。ついでに言えば、少しでもその時の金を回収したい。と、云う訳で一般への開放をとの運びになったのだが。その時には、常駐する朱雀を用意するらしい。その者達には、きっと仙人とかの称号が与えられるのだろう。
「駄目駄目! 先生以外に肌を見せるなんてっ!!」
「私だって、混浴は嫌っ!!」
「はーいはい、落ち着いて二人共。あの雪緒君のダンナがそんなの認める訳ないじゃないさ。こっちとあっちに壁作って、真ん中を混浴にして、右を男風呂、左を女風呂にすりゃあ良いだろ? ほら、須藤のセンセ、動いて動いて。そっちのお兄サンも」
そして、仙人とは程遠い叫びを発する者達をみくが宥めていた。
「混浴を作るって、まさかみくさん混浴に!?」
「うん。ウチの人と入るんなら混浴の方が良いだろ?」
驚きに目を瞠る中山に、みくは何て事の無い様に頭の後ろで腕を組んで笑う。
ここの風呂は十二分に広い。大の大人が三十人ぐらいは余裕で入れそうだ。三等分に分けても、天野とのんびり入れそうだと、みくは目を細める。
丁寧に磨かれた石が並べられた床は、足を傷付ける事は無いだろう。岩に囲まれた湯舟は何とも風情がある物だ。湯舟に浸かり、青空を見上げるのはどれ程の開放感を与えてくれるのか。湯舟に浸りながら、周りの景色を見て、新鮮な空気を吸うのも良い。壁を作って視界を狭めてしまうのは勿体無い気もするが、それは仕方の無いことだろう。
「ええ!? みくさん!?」
「天野副隊長と二人なら…」
「おほっ! じゃあ、俺も混浴に入ろっかな」
「駄目ですっ!!」
中山と同じく瑠璃子も驚き、亜矢は亜矢で夫婦が二人きりで入るのならば問題は無いかと、真面目な顔で呟いているが、後に続く鼻の下を伸ばした須藤の言葉に、二人で即座に突っ込みを入れた。
「みく姉様、竹林がありますから、竹を組んで壁を作るのが良いと思いますよ。今、長渕様に切って貰っています」
そんな遣り取りがされる中、竹を担いだ月兎がやって来て、かしましい大人達を何処か冷めた目で見て言った。
「ああ、そうだね。って、星は?」
「星兄様でしたら、もっと強い竹を切ると言って、山を登って行きました」
「…あ~…」
月兎の言葉に、誰もが遠い目をした。
あの星が大人しくしている筈が無いのだ。
強い竹とは何だと云う突っ込みは置いといて、星は間違いなく山の隅々までの地形を見に行ったのだろう。星なりに、妖の居そうな場所、そこまでの最短距離等を文字通り身体で計るのだろう。
「ま、ウチの人も、雪緒君のダンナも、星が大人しくしてるとは思っていないだろうから良いか。ま、じゃ、ちゃちゃっと壁を作っちまおうか。でないと、アンタ達風呂に入れないよ?」
みくの言葉に、瑠璃子と亜矢は俄然やる気を出して、竹を結ぶ為に縄を取りに走った。
高梨と天野が、瑞樹と優士を連れて周囲の地形の確認に出た後、残った者達で建物の修繕をする事になった。
その一人であるみくは、とある場所で片手で頭の後ろを掻いて苦笑していた。
「えええ…これは無いよ~…」
「誰か、壁をっ!!」
そんなみくの隣では、瑠璃子と亜矢がその場所に文句を付けていた。
その場所とは。
「おほう! 解ってるじゃねえか! 温泉つったら、露天! 混浴!!」
と、須藤が年甲斐もなくはしゃいでいる様に、風呂場だった。
ただし、元から混浴だった訳では無く、妖によって、女風呂と男風呂を隔てる壁が壊されていて、それで境が無くなっただけであるのだが。
朱雀が保養地に用意した建物は木造の平屋だった。部屋数は二十ある。建物の真ん中に広い廊下を走らせ、その左右に寝泊り出来る部屋を用意した。建物の入り口の直ぐ傍に、大人数で寛げる囲炉裏がある部屋があり、厨房がある。厨房には勝手口があり、戸を開ければ目の前に井戸が掘ってあった。昼時に使った水はここから汲んだものだった。廊下を真っ直ぐと入口から奥に進んだ行き止まりに、風呂場が用意されている。各部屋に風呂は無い。温泉が目的なのだから、部屋に風呂は言語道断と言った処なのだろうか。因みに厠は外にある。明かりは、各部屋や廊下にランタンが備え付けられていて、それを使う事になっている。はっきり言って不便である。『自然へ帰ろう。懐かしいあの日に帰ろう。自然溢れる山の中で豊かな一時を』等とこちらを建てた時の案内に、その様な言葉が書かれたチラシが配られたが、殆どの者は見向きもしなかった。それもそうだろう。他の企業等の保養地には、観光する場所、土産屋、美味しい食べ物等々がある。食事も勝手に出て来る。それなのに、ここは食事は自分で用意するのだ。食材を自分で用意して持って来て、瓦斯や水道に慣れた人間に、火を熾して竈を使い、井戸で水を汲めと言うのだ。はっきり言って、不人気そのもの。誰も喜んで来る筈が無い。その結果が、妖の巣にされたこの建物の現状だ。
しかし、だからと言って少なくない金が掛かっているのだ。使用されないまま朽ちて行くのは悲しい。ついでに言えば、少しでもその時の金を回収したい。と、云う訳で一般への開放をとの運びになったのだが。その時には、常駐する朱雀を用意するらしい。その者達には、きっと仙人とかの称号が与えられるのだろう。
「駄目駄目! 先生以外に肌を見せるなんてっ!!」
「私だって、混浴は嫌っ!!」
「はーいはい、落ち着いて二人共。あの雪緒君のダンナがそんなの認める訳ないじゃないさ。こっちとあっちに壁作って、真ん中を混浴にして、右を男風呂、左を女風呂にすりゃあ良いだろ? ほら、須藤のセンセ、動いて動いて。そっちのお兄サンも」
そして、仙人とは程遠い叫びを発する者達をみくが宥めていた。
「混浴を作るって、まさかみくさん混浴に!?」
「うん。ウチの人と入るんなら混浴の方が良いだろ?」
驚きに目を瞠る中山に、みくは何て事の無い様に頭の後ろで腕を組んで笑う。
ここの風呂は十二分に広い。大の大人が三十人ぐらいは余裕で入れそうだ。三等分に分けても、天野とのんびり入れそうだと、みくは目を細める。
丁寧に磨かれた石が並べられた床は、足を傷付ける事は無いだろう。岩に囲まれた湯舟は何とも風情がある物だ。湯舟に浸かり、青空を見上げるのはどれ程の開放感を与えてくれるのか。湯舟に浸りながら、周りの景色を見て、新鮮な空気を吸うのも良い。壁を作って視界を狭めてしまうのは勿体無い気もするが、それは仕方の無いことだろう。
「ええ!? みくさん!?」
「天野副隊長と二人なら…」
「おほっ! じゃあ、俺も混浴に入ろっかな」
「駄目ですっ!!」
中山と同じく瑠璃子も驚き、亜矢は亜矢で夫婦が二人きりで入るのならば問題は無いかと、真面目な顔で呟いているが、後に続く鼻の下を伸ばした須藤の言葉に、二人で即座に突っ込みを入れた。
「みく姉様、竹林がありますから、竹を組んで壁を作るのが良いと思いますよ。今、長渕様に切って貰っています」
そんな遣り取りがされる中、竹を担いだ月兎がやって来て、かしましい大人達を何処か冷めた目で見て言った。
「ああ、そうだね。って、星は?」
「星兄様でしたら、もっと強い竹を切ると言って、山を登って行きました」
「…あ~…」
月兎の言葉に、誰もが遠い目をした。
あの星が大人しくしている筈が無いのだ。
強い竹とは何だと云う突っ込みは置いといて、星は間違いなく山の隅々までの地形を見に行ったのだろう。星なりに、妖の居そうな場所、そこまでの最短距離等を文字通り身体で計るのだろう。
「ま、ウチの人も、雪緒君のダンナも、星が大人しくしてるとは思っていないだろうから良いか。ま、じゃ、ちゃちゃっと壁を作っちまおうか。でないと、アンタ達風呂に入れないよ?」
みくの言葉に、瑠璃子と亜矢は俄然やる気を出して、竹を結ぶ為に縄を取りに走った。
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