寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

甘やかな蜜

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「ああ、そら零れているぞ」

 雪緒ゆきおの指を取り、そこに付着している液体を高梨が舐め取って行く。

「…っ! ゆ、ゆかり様がこうしたのですよ!?」

 頬を紅潮させて雪緒が声を荒げるが、高梨は面白そうに目を細めるだけだ。

「人のせいにするな」

「……ふえぇ~…」

 ◇

「……天野副隊長」

 瑞樹みずきが、前に居る天野に声をかける。

「…ああ。悪い、邪魔だったか、ほら」

 食堂の出入口にて固まっていた天野が、声を掛けられてそこから退くが、声を掛けた瑞樹とその隣に立つ優士ゆうじに動く気配は無い。

「…何で、中に入って行かないんですか?」

 理由は解り切って居るのだが、優士は塩な声と表情で天野に尋ねる。

「…お前らこそ。腹、減ってるんだろ? さっさと行けよ」

 誰か一人でも勇気を出して中へと入ってくれれば良いのだが、天野を筆頭に誰一人として中へは入れずに、食堂の出入口で固まっていた。
 ちらりと厨房の方を見れば、目の皺を深くして微笑んでいる者が幾人かと、白目を剥いて意識を飛ばしていそうな者の姿が見えた。

「……入って行けませんよ…」

 肩を落として呟く瑞樹の言葉に、その場に佇む皆がうんうんと首を縦に振った。

 ◇

 先日から食堂に新しい品が加わり、高梨は是非ともそれを雪緒に食べさせたかったのだ。
 それは異国の軽食である"パンケーキ"と云う甘い食べ物だ。
 メイプルシロップを掛け、生クリームも付けて食べたりするらしい。
 ふわふわながら、もちっとした食感は雪緒が気に入ると思った。と、高梨は瑠璃子に教えられた。
 それを実行する日が来て、高梨は浮かれていた。
 パンケーキを注文し、メイプルシロップをこれでもかと云うぐらいに高梨は掛けた。大は小を兼ねると云うから、掛け過ぎても問題は無かろうと掛けた。
 ナイフとフォークを器用に使い、一口サイズへと切り分けて口へと運ぶ雪緒だが、シロップの海に溺れたパンケーキからは、どうしても黄金色の液体が垂れて来てしまう。右手でフォークを、左手では垂れて来るシロップを受け止めていたので、着物が汚れると云う事は無かったが。

「…ん…っ。擽ったいです、紫様…」

「この方が、布巾を汚さずに済むと言ったのはお前だろう?」

 この真昼間から、こいつらは何をしてくれているんだ。
 こいつらを止められる者は居ないのかと、食堂の出入口でそれぞれが天を仰いだ時。

「おー? みんな、何してんだー? 飯だぞ、飯ー!」

 底抜けに能天気な声が聞こえて来た。

せい坊!」

 天の助けとばかりに、天野は声の主を振り返った。
 そこに立っていたのは、何なら真っ先に食堂に居なければならない星だった。

「おー! 何だ何だ美味そうなもん食ってんな? おいらにもくれよ!」

 クソ甘…何やら蕩けそうな雰囲気が漂っている食堂の中を星は気にせずにズカズカと入って行く。その後にほっとした息を吐いてから天野が足を踏み入れ、瑞樹や優士、他の面々が続く。

「ああ、こんにちは、星様。珍しいですね? 何時もでしたら、もうお召し上がりになられていますのに」

「真っ先に中へと入って行った筈なのに、何をしていたんだ?」

 雪緒の隣の椅子に座り、雪緒の前にあった皿を星は自分の方へと引き寄せて、手掴みで既に切られているパンケーキを手に取った。そんな星の姿に高梨は軽く眉を顰める。

「ん~? 腹がゴロゴロすっから、便所に入ってた。ブリブリと出たぞ!」

「やめろーっ!!」

 と、食事を、特にカレーを注文した者達の叫びが食堂内に木霊した。
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