寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
63 / 125
僕から君へ

贈り物【四】

しおりを挟む
(…やってしまった…)

「あ…っ、い…っ…!」

(つい、手が…いや、口が勝手に…)

「…っ、ん…っ…、ちょ、待っ…!」

(…だって…仕方が無いだろ…あんな笑顔…)

「痛…っ…!!」

「…可愛かったんだから…」

「橘…っ…!! 俺を虐めて楽しんでんのかっ!? 痛がる奴が可愛く見えんのかっ!? ああっ!? 加虐趣味かよ、こん畜生がっ!!」

「あっ!? ああああああ、ごめんっ!!」

 通り魔的に、瑞樹みずき優士ゆうじの唇を奪った翌日。
 瑞樹は討伐隊の医務室に居た。
 今日から瑞樹は、持ち回りでやって来る討伐隊の医務室の当番の週となっていた。
 今、医務室に常駐している須藤は昼休憩に行っていて、ここには瑞樹と怪我の治療にやって来た、佐倉さくらの二人しか居ない。
 佐倉はこの春に入隊したばかりの新人だ。
 新人と云っても、歳は二十二で、十二月に二十一歳を迎える瑞樹より一つ年上だ。
 佐倉は、頻繁に医務室に来る。
 須藤以外は持ち回りだが、その誰もが佐倉を知っていた。つまり、毎日と云う事だ。自身が休みの日でも、傷をこさえた佐倉はここにやって来る。天野には届かないが、それよりは僅かに低いだけと云う長身で、しかし、均整の取れた体躯をしており、ヒョロヒョロとしたイメージは無い。それは、その三白眼があるからなのかも知れないが。

「それにしても、また引っ掻かれたんですか?」

 今度は慎重に、消毒液に浸したスポンジをピンセットで挟み、傷だらけの佐倉の腕にあてて行く。

「…だって…逃げるからよ…捕まえて抱き上げたら、暴れて来やがって…」

 大きな身体を丸めて、佐倉はボソボソと言う。
 佐倉は無類の小動物好きだ。
 何時からか、この駐屯地に野良猫が居つく様になった。その猫は雌猫で。その猫が、先日母猫になった。生まれた六匹の仔猫達はとても可愛く愛らしくて、隊員達の癒やしとなっている。
 それは、ここに居る佐倉も同じで。
 しかし、その体躯と三白眼のせいで、仔猫達からは逃げられまくれ、母猫からはほぼ毎日の様に猫パンチを喰らっていた。
 佐倉には悪いが『今日は何回医務室に行くか』と云う、賭博が討伐隊の中で行われているらしい。強く生きて欲しい物だと思う。

 ◇

『強く』

 そして、それは瑞樹も同じ事で。

「…っ…ふ…、ん…っ…!」

 瑞樹は風呂場の湿った壁に片手をあて、ドクドクと脈打つ鼓動が収まるのを待つ。
 二年前のあの日。
 雪緒ゆきおに爆弾を投げ付けられてから、それを意識する様になった。
 カチカチに固まってしまったあの日。
 頭の中で思い描いていたのは、優士の手が、指が、己の性器をどの様に弄るのかと云う事。そして、自分はどの様に、どんな気持ちで優士のそれに触れるのかと云う事。

「…はー……………」

 長い息を吐いてから、瑞樹は手に付着した物を湯で流した。
 身体を洗い、湯船に身を沈めて、また一つ溜め息を零す。溜め息一つ付く度に、幸せが逃げて行くと云う話があるが、そんな物は知った事では無かった。

「…また…やってしまった…」

 膝を抱え、そこに顎を乗せてポツリと呟く。
 優士の、あの細くて長い指が自分の物に触れる。
 優士なら、どう触れるのだろうか。
 優士に、触れられたら、自分はどうなるのだろうか。
 優士は、どんな表情を見せるのだろうか。
 優士のそれに、自分が触れたら?
 いや、塩だと思うけど、でも。と、爆弾を投げられたあの日の夜から、頭の中で可愛い優士を想い描きながら、瑞樹は自身を慰める様になっていた。

「…情けな…」

『強くなるまではお預け』と、優士に宣言したのに、何をしているんだかと、瑞樹は自分の頭を軽く小突く。

 強くは、なっていると思う。
 その実感も、あるにはある。
 けれど、自信は無いのだ。
 あんな風に吐いていては駄目なのだ。
 何処まで強くなれば良いのだろう?
 今の自分は胸を張って、父と母の子だと言えるのだろうか?

「…言えない気がする…」

 ギュッと膝を抱える腕に力を籠めて、瑞樹はまた一つ溜め息を零した。

 もっと強くなりたい。
 けれど、その果てが見えない。
 妥協はしたくない。
 中途半端なままで先へと進みたくはない。

 時にはその妥協も必要なのだが、一人悶々と悩む瑞樹はその妥協答えに辿り着く事は無かった。

 ◇

 そして、また金曜日の夜がやって来る。

「明日、一日使ったら返してくれ」

 と、鍋焼きうどんと一緒に優士が襟巻きを持って来て、瑞樹はまた頭の中で奇声を発するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

刑事は薬漬けにされる

希京
BL
流通経路がわからない謎の薬「シリー」を調査する刑事が販売組織に拉致されて無理やり犯される。 思考は壊れ、快楽だけを求めて狂っていく。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【R18】【Bl】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の俺は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します

ペーパーナイフ
BL
主人公キイロは森に住む小人である。ある日ここが絵本の白雪姫の世界だと気づいた。 原作とは違い、7色の小人の家に突如やってきた白雪姫はとても傲慢でワガママだった。 はやく王子様この姫を回収しにきてくれ!そう思っていたところ王子が森に迷い込んできて… あれ?この王子どっかで見覚えが…。 これは『【R18】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の私は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します』をBlにリメイクしたものです。 内容はそんなに変わりません。 【注意】 ガッツリエロです 睡姦、無理やり表現あり 本番ありR18 王子以外との本番あり 外でしたり、侮辱、自慰何でもありな人向け リバはなし 主人公ずっと受け メリバかもしれないです

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

当たって砕けていたら彼氏ができました

ちとせあき
BL
毎月24日は覚悟の日だ。 学校で少し浮いてる三倉莉緒は王子様のような同級生、寺田紘に恋をしている。 教室で意図せず公開告白をしてしまって以来、欠かさずしている月に1度の告白だが、19回目の告白でやっと心が砕けた。 諦めようとする莉緒に突っかかってくるのはあれ程告白を拒否してきた紘で…。 寺田絋 自分と同じくらいモテる莉緒がムカついたのでちょっかいをかけたら好かれた残念男子 × 三倉莉緒 クールイケメン男子と思われているただの陰キャ そういうシーンはありませんが一応R15にしておきました。 お気に入り登録ありがとうございます。なんだか嬉しいので載せるか迷った紘視点を追加で投稿します。ただ紘は残念な子過ぎるので莉緒視点と印象が変わると思います。ご注意ください。 お気に入り登録100ありがとうございます。お付き合いに浮かれている二人の小話投稿しました。

処理中です...