寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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募るもの

【十】交換と仕返し

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優士ゆうじ!」

「静かに!」

 そんな勢いのまま、瑞樹みずきが胸に風呂敷包みを抱えて優士の病室へと戻ってくれば、白衣を着た壮年の医師が優士の手当てをしていた処で、瑞樹は胸に抱えていた風呂敷包みで口を隠すつもりが、顔までも隠してしまった。

「…すみません…」

「全く。次から気を付ける様に。傷は二週間もあれば塞がると思うから、とにかく安静に。宿舎で一人と云う事だから、このまま入院と云う事で、それと…」

 と、細々と医師が優士に話す事を病室の隅で瑞樹は大人しく聞いていた。
 ちらりと風呂敷包みの隙間から、優士を見る。
 横になっている時は分からなかったが、白を基本に青い線の入った浴衣を着ている。
 今は袖が通されているが、入って来た時は、それが開けられていて、胸には白い包帯が見えた。
 縫合だとか、抜糸だとかの言葉も聞こえて来る。
 あの白い包帯の下には、縫った痕があるのだろう。それは、きっと、何時か見た高梨の背中の傷痕の様に残るのだろうか。
 どれだけの痛みだったのだろうか。
 怪我を負ったのは優士なのに、それよりも痛みを覚えた様な顔をして、瑞樹は手にした風呂敷包みに顔を埋めた。

「…大丈夫だからね? 心配ばかりしてると倒れてしまう」

 ややして、瑞樹の肩に骨張った手が置かれて、優しい声が聞こえて来た。
 瑞樹が素直に頷けば、医師は軽く笑って病室を後にした。

「瑞樹?」

 名前を呼ばれて、入口付近に佇んでいた瑞樹はポテポテと歩いてポテンと椅子に腰を下ろした。
 そして、胸に抱えた風呂敷包みに顔を埋めてぽそりと呟いた。

「…ごめん…」

「何がだ?」

「痛かったよな…?」

「…ああ、あれぐらいでそうそう響いたりしないさ」

 医師に言われた事を気にしているのか、と優士は軽く肩を竦めて苦笑した。
 だから、気にするなと言葉を続ければ、瑞樹はその顔を上げるかと思ったのだが、瑞樹は風呂敷包みを後生大事に抱えたままで、沈んだ声を出して来た。

「…俺、さ…罰が当たったと思ったんだ…」

「罰?」

 またいきなりだな、と思いながら優士が軽く首を傾げれば。

「…俺…浮かれてたから…自分の弱さを見ないふりして…お前と…その…乳繰り合ってたから…だから…罰が当たったんだ…」

 乳繰り合いとは。

 思わず優士は片手で額を押さえた。

「…いや…まあ…怪我をしたのは僕なんだから…」

「優士が怪我をするより、俺が怪我をした方が良い」

「…っ…!」

 額を押さえていた手を動かして、優士は口を押さえた。
 でないと変な声が出そうだったから。
 瑞樹は罰が当たったと言った。
 瑞樹自身が怪我をするよりも、優士が怪我をする事の方が辛いと。
 そして、それは、優士も同じ事。
 瑞樹が傷付くのを見るのは、何よりも辛い。
 瑞樹が傷を負ったのなら、代わりたいと思う。
 自分がその痛みを引き受けたいと思う。

 本当に、どうしてくれようかと、優士は思った。
 あの夏の日は、優士が恐喝、いや、熱烈に押しに押して、何とか妥協ではあるが欲しい言葉を貰ったと云うのに。
 なのに、今は。
 これでもかと言うぐらいに、瑞樹が優士を押していた。

(…罰と云うよりも、褒美に近いだろう、これは…)

 何時だったか、壁になれずとも、衝立ぐらいにはなれたら良いと思った事があった。
 ほんの少しでも、迫る脅威から守る事が出来たのなら、と。

(…守れた…のだろうか…?)

 倒れた時に、瑞樹がこの場に居なくて良かったと思った。
 それは、血に塗れた自分を見て、瑞樹がまた心に傷を負うのでは? と、思ったからだ。
 だが、瑞樹が心に傷を負った様には見えない。
 どころか、何処か強くなって、今、優士の前に居る。
 今は、謎の風呂敷包みに顔を埋めているが、その目は真っ直ぐと優士を、前を、先を見据えて居る。
 そんな瑞樹が眩しく、また、羨ましくもあり。
 次は、もう少し厚い衝立になれるよう、努力しなければ、と思った。
 そこで、ふと、昨夜思った事を優士は言葉にする。

「…そう言えば…昨夜は何であの場に居たんだ? 無理矢理に連れ出されたのか?」

 それならば、津山に何かしらの報復をしなければならないと、眼光を鋭くする優士の耳に、ぼそぼそとした瑞樹の声が届く。

「…俺が自分から行きたいって、言ったんだ…。…加藤君の母さんが心配してたから…。…か弱そうだったけど…優しそうな人だった…この人から子供を奪ったら駄目だよな、って思った…。…また…動けなくなったら…どうしようって思ったけど…加藤君が俺達と被って見えたから…」

「…そうか…」

 もしも、自分が瑞樹だったら同じだったろうな、と優士は思った。

「…ところで、その風呂敷包みは何だ?」

 いい加減に、そこから顔を離して自分を見て欲しい。
 両手で抱えても余る程の大きさのそれは、一体何なのだろうか?

「あっ、忘れてた! これ、やる!!」

(…胸に抱えていて忘れる物なのだろうか…)

 そう思いながらも、優士はベッドへと置かれた風呂敷包みに手を伸ばし、結び目を解いて行く。
 一つ解けば、白い物が見えた。
 二つ解けば、それの形が顕になった。

「…枕…?」

 枕なら、既にここにあるのに?
 ベッドヘッドと背中の間に置かれた柔らかい枕の感触を確認しながら、優士が軽く目を瞬かせれば、瑞樹が僅かに視線を泳がせながら口を開く。

「…俺の使ってる枕…やる…」

「…枕変わると眠れないんじゃなかったのか?」

 頬を赤くする瑞樹に、優士がそう言えば。

「…俺は…優士のを貰うから…使ってれば…慣れるだろ…」

 軽く唇を尖らせ、赤い頬を膨らませる瑞樹の姿に、今度は優士が枕に顔を埋めた。

「えっ、優士!?」

 思い切り前のめりに倒れ、怪我を負わされた胸が引き攣り痛んだが、それはどうでも良い。
 この痛みが今が夢では無い事を教えてくれるし、何よりも、この痛みが無ければ、ただ我武者羅に瑞樹を抱き締めていた。

(…いや…)

「…瑞樹…接吻したい…」

「へぁっ!?」

 枕に顔を埋めたまま言えば、瑞樹が慌てる気配がした。

(…暫くお預けなんだ…。…その前に、一度くらいは良いだろう…?)

 ズキズキと痛む胸が苦しい。
 ただ、無理な体勢をしているせいもあるのだろうが。
 だけど、苦しくて苦しくて、この痛みを癒してくれる物に縋りたい。
 いや、これを癒してくれるのは、瑞樹だけだ。

「…離れてしまう前に…一度だけ…」

 僅かに枕から顔を浮かせて、瑞樹を見上げれば、その喉が緩やかに上下するのが見えた。

「…い、一度だけなら…」

 顔を更に赤くして、それを隠そうと云うのか、右腕を軽く口の上にあてて、瑞樹が言う。
 全然、顔の赤さは隠し切れる物ではないが。
 だけど、そんな瑞樹の仕草が堪らなく可愛くて、また、愛し過ぎて、目元も口元も緩ませながら優士が身体を起こした時、それがやって来た。

「え?」

 ガシッと両手で優士の頬を瑞樹が掴んだ。

「ひゃ?」

 ぬっ、と近付いて来るのは、瑞樹の顔だ。
 そして、自分の唇はひょっとこの様になっている。

「…っ…、みゃっ、みじゅ…っ…!!」

 しかし、瑞樹がそう口にした時、優士は待っただろうか?
 答えは否だ。
 斯くして病室には似つかわしく無い、静寂とは程遠い『う"ぢゅ"う"ぅううううううううぅうううぅう~っ!!』と云う音が響いたのだった。
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