寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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募るもの

【六】妖の正体みたり

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 夜番の隊員達があちこちに打撲を負い、軽く流血もし、阿鼻叫喚の渦の中に居ると、五十嵐の元に報告が上がって来たのは、二十二時を過ぎた頃だった。

 それは、どっしりとした体躯の人型のあやかしだと。
 妖のくせに、着物を着ていて、武器も手にしていると。
 とても身軽で、鼻歌を歌いながら、こちらを翻弄していると。
 これは、これまでに遭遇した事の無い、新種の妖だと。

 その日の勤務を終えて、薄くなって来た頭髪のケアをしながら晩酌をと決め込んでいた五十嵐は、その報告に直ぐ様に自宅を飛び出し、駐屯地へと向かった。
 そんな妖等、見た事も聞いた事も無い。これは、まさか、日蝕の再来なのかと、月の無い空を忌々しげに睨んだ。

 着替えるのももどかしく、司令室へと飛び込めば、設置されている無線から飛び込んで来るのは、隊員達の嘆きの声だ。
 気の弱い副司令が、涙を湛えて『一体、何が起こっているのか』と尋ねて来るが、今来たばかりの五十嵐に解る筈が無い。
 とにかく、その妖を民家のある方へと近付けさせない事を優先に、討伐を命じる。負傷した者の手当てにと、治療隊への指示も忘れない。

『あ。津山総務は遠征に行ってます』

 との返事に、五十嵐は眉を顰めた。
 そんな報告は上がっていない。
 治療隊を纏める津山には、街を離れる時には報告をする義務がある。
 それを怠るとは何たる事かと舌打ちをしながらも、応対した者へ治療隊を動かす事を命じた。

『ん…?』

 と、暫くしてから五十嵐は首を傾げた。
 隊員達の負傷の報告はある。あるのだが、治療にあたった治療隊からの報告には『重傷者あり』との報告は無いのだ。殆どが軽い打撲で、出血者も襲われて転んだりした時に出来た傷からのもので、妖による物では無いと。

 どう云う事だ? 
 妖は人を喰らう物の筈だ。それが、血の匂いを放つ者に見向きもしていない?
 何だこれは?
 この新種の妖は何がしたいのだ?

 しかし、そう考える間にも司令室に置かれた無線からは被害報告が相次ぐ。
 そんな中で、その一報が齎された。
 悲鳴の様な報告が続いた中で、それはとても落ち着いた声だった。

『あ、あー。ここからなら届くかな? こちら、第十一番隊所属の久川ひさかわ。現在、西の廃屋街から帰還した処だ。負傷者一名を搬送中。名はくすのき優士ゆうじ、十八。胸をやられている。医師の手配を頼む』

『了解。こちら治療隊の須藤だ。手配は任せろ。あーあー、帰りそびれたなあ~』

 …須藤さん…は置いといて。こちらへ途中帰還せねばならぬ程の怪我人が出るとは…しかも、まだ新人だ。十一番隊の者ならば、一人の問題児を除いて、単独行動に出る者は居ない筈だ。…まさか、そちらにもこの新種の妖が出たのだろうか? 今夜は一体どうなって…。

『ああっ!? 妖が物凄い速さで住宅街の方へと…っ…!!』

 隊員からの報告に、五十嵐の背筋に冷たい物が流れる。

 あやつ、隊員の力を削ぐだけ削いで、ここからが本番だと言うのか!?
 今から民家を襲うと!?

『…っ…! 捕縛せよ! 斃せなくとも構わんっ! 住民に被害を出すな…っ…!!』

 喉が潰れる程の勢いで、五十嵐は無線を操作して叫んだ。
 叫びながら、こんな時に杜川司令が居てくれたら、とも思った。
 飄々としてふざけている様でも、何だかんだで間違った指示を出したりはしなかった。
 常に最適だと思われる判断を下していたのだ、杜川は。
 彼が定年を理由に退職した時、何度残ってくれと頼んだ事だろう?
 しかし杜川は『やりたい事があるのだよ』と、あっさりとここを去ってしまったのだ。

 ああ、今は、あのふざけた態度が懐かしい。
 鼻歌を歌いながら、刀を振り回す姿をもう一度見た…。

『…………………………………………………………………………鼻歌………………………………?』

『五十嵐司令!? どちらへ!?』

 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった五十嵐に、副司令が驚きの声を発するが、五十嵐はそれに答えずに司令室を飛び出し、目的となる場所へと向かった。

 ◇

「…ええ…。…夜明けまで…あなたの家の前に張り付いていましたよ…流石に…そのまま居る訳にもいきませんから…戻る事にしましたら…その途中で須藤さんに会いましてね…」

『いやあ、口止めされてたんだが、やっぱ言うわ。あのな、何か知らんが、えいみっつぁんが木刀持ってやって来たんだよ。ありゃあ、妖を探してたんだろうなあ。全く、幾つになっても大人しくしてねぇ奴だ』

 からからと悪怯れなく笑いながら、それを告げて去って行く須藤の後ろ姿を呆然としたまま見送る五十嵐の頭髪を、そよそよと吹く風が揺らめかせて行った。

「…それで、先に帰還していた久川君と長渕君を呼び出しましてね…確かに木刀を持ったあなたが居たと、言質を取りましたよ…また、あなたが彼らの前に現れた前後からですか…新種の妖の報告がピタリと止んだんですよ…ふふ…。…それに…新種の妖が発見された西の廃屋街からは、他の妖の報告が無いんですよ…。何時もなら、二、三体発見の報告があるんですけどね…。…ねえ、何をしてくれているんですか、新種の妖さんは?」

 つらつらと語る五十嵐の言葉に、優士はひたすらに塩の視線を杜川へと向け、高梨は片手で顔を隠し俯き、津山は眼鏡を押さえながら天を仰ぎ、瑞樹みずきはただぽかんと口を開けていた。

「ん、ほんっ!」

 突き刺さる様な五十嵐の視線から逃げる様に、顔を背けていた杜川だが、観念したかの様に、一つ咳払いをした。

「まあ、あれだよ。夜番の者とは中々手を合わす機会が無いものでね。新月の闇に紛れれば、私だとそう解る物でもあるまい? 本気の彼ら…」

 しかし、杜川の尤もらしい言い分が終わるよりも早く、五十嵐が杜川を指差し叫ぶ。

「ただの辻斬りでしょうがっ!! さあ、来て下さいっ! 始末書を書いて頂きますよっ! 津山君もっ!!」

「ただの民間人の私が始末書!?」

「私が何故!?」

 杜川と津山が同時に目を剥いて叫ぶ。津山は分厚いレンズの眼鏡を掛けているので、はっきりとは解らないが、驚いたのは間違い無い。

「杜川氏は私の独断により、時を遡り、先月から朱雀の特別師範と云う職に就いています! 津山君は遠征の報告の義務を怠りましたね!? それから高梨君!」

 そう。五十嵐はここに来る前に適当な職を作り、そこに杜川の名を記していた。立派な公文書の偽造であるが、そんな事はどうでも良い。このやんちゃな親父をどうにかする方が重要なのだ。

「はっ!? 私が何か!?」

 がっくりと肩を落とす杜川と津山を他人事ひとごとの様に見ていた高梨だったが、いきなり名を呼ばれて、慌てて姿勢を正した。

「杜川親子の手綱を握るのは、杜川氏の甥であるあなたの役目でしょう!? あなたにも始末書を書いて頂きます! 来なさい!」

「はあああああああっ!?」

(何だ、そのとばっちりは!?)

 細い目をこれでもかと見開く高梨を無視して、五十嵐はベッドに居る優士と、何時の間にやらその傍に居る瑞樹を見る。

「あ。楠君、君はゆっくりと養生をしなさい。後で担当の者が来るだろう。入院の話もその時に。橘君、疲れているだろうから、早々に帰宅し睡眠を取るように。では、失礼する」

 ビシッと手本の様な敬礼をして、五十嵐は杜川と津山とついでに高梨を連れて、病室から姿を消した。

『…だってぇ…昼間の皆、本気でやってくれないんだもん…』

 と、云う杜川の泣き言を残して。
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