34 / 125
離れてみたら
【九】ひょっとこ
しおりを挟む
「…そうか…」
と、優士は淡々とした声で答えた。
「…うん…」
と、瑞樹は台所で空になった水羊羹を入れていた器を洗いながら返事をした。
暫し時間を止めた後、瑞樹はあの日に高梨から聞かされた事を洗いざらい優士に話した。
話さずに怒られるよりは、話して怒られる方がマシだと瑞樹は悟ったのだ。
洗い籠の中に器を入れて、瑞樹は冷蔵庫から麦茶の入った冷水筒を取り出して、卓袱台に両肘を付いて手を組み、その上に額を乗せる優士の傍へと近付いて行く。
「…ごめんな、がっかりしたろ?」
そしてすっかり空になったコップに麦茶を注いで行く。
「は?」
がっかりとは? と、優士は顔を上げて傍らで膝立ちになっている瑞樹を見る。
優士がこうしていたのは、余りにも想定外過ぎる事を聞かされて、頭が付いて来なかったせいで、瑞樹にがっかりしていた訳ではないのだが。
「…いや…だってさ…お前、高梨隊長と雪緒さんの事が羨ましいって言ってたから…。…だから、高梨隊長のそんな過去を知ったらがっかりすると思ってさ…」
「…は…?」
「…俺、隠すの下手でごめんな…」
目を瞬かせる優士に、瑞樹は卓袱台の上に冷水筒を置いて、ぺたりと腰を下ろして申し訳無さそうに項垂れた。
「…話さなかったのは…悩んでいたのは…それで俺が、高梨隊長に…二人に失望すると思ったから、か?」
「…ん…」
小さく頷く瑞樹に、優士は思わず片手で口を押さえていた。
瑞樹が傷付いたからでは無くて。
優士が傷付くのではと、それを恐れて悩んでいたと。
自分自身の気持ちよりも、優士の気持ちを考えていたと。
そう、口にしたのだ瑞樹は。
それがどうしようもなく嬉しくて、ドクンッと心臓が大きく跳ねたけれど。
「…っ…馬鹿かお前は…」
それを素直に言えば良いのに、優士の口から出た言葉はそんなものだった。
「んなっ!?」
そうすれば瑞樹は反射的に顔を上げて、不満そうな目を優士に向けて来る。
「高梨隊長の年齢を考えろ。そんな過去の一つや二つあるだろ」
まあ、実際に異性との結婚歴があったのには驚いたが。だが、互いにそれを納得して利用していたと云うのなら、こちらがそれをどうこう言うのは無粋と云うものだろう。
「…それに…昔はどうであれ、今の二人が誰も寄せ付けない程の絆で結ばれているのは間違いないだろ?」
「…うん…」
二人の脳裏に過るのは、ほんの数時間前の高梨のあの穏やかな微笑みだ。あの、何処まででも、何もかもを包み込む様な、穏やかな空気だ。
「…だから…お前はそんなの気にする事はない。俺が羨ましいと言ったのは、今のあの二人なんだから」
「…そう、だな、うん。はは、ほんと馬鹿だな俺!」
ぺちりと掌で後頭部を軽く叩き、だらしなく眉を下げる瑞樹を見て、自然と優士の眉も軽く下がり、頬も緩む。
「…優士…?」
それは、極僅かな変化で、ここに居るのが瑞樹で無ければ気付けたかどうかと云う物だった。
「接吻したい。駄目か?」
その声音に微妙に籠められた甘さに気付けるのも、瑞樹ぐらいだろう。
「……………………………………………………………………………………は?」
だが、瑞樹は固まった。
それはそれはたっぷりと固まってから、やっと疑問を口に乗せる事が出来た。
前回の恐喝と云い、今回のこれと云い、唐突過ぎると瑞樹は思った。
そんな流れの会話をしていただろうか? と、思わず首を捻ってしまう。
「だから、何でお前は前回と云い今回と云い、こう云った流れになると固まったり首を捻ったりするんだ」
そんな瑞樹の反応に、優士は何時もの塩に戻る。
「あ、いや、だって、そんないきなり、せ、せっぷ…んとかっ!」
そして、対照的に瑞樹は顔を赤くして言動が怪しくなってしまう。
「いきなりでなければ良いのか? 今から一刻後にそれをすると云う予告が必要か? こう云った物は衝動に任せた方が良い場合もあるだろ?」
「何時、そんな衝動があった!?」
「お前に馬鹿と言った時だ」
「はあっ!?」
訳が解らないと瑞樹は思った。
そんな衝動に任せると云うのなら、それを覚えた時にすれば良いのに、何故、間を挟むのか。
それは単に優士が憎まれ口を叩いたせいなのだが、残念な事に瑞樹にそんな事が解る筈も無い。
「とにかくだ」
優士が両手で瑞樹の頬を包み込む。
「ぅぉひょぉ!?」
しかし、力加減を誤った様で、瑞樹の頬はむにっと持ち上がり、瑞樹の唇はひょっとこの様になってしまった。
「僕は今、瑞樹に接吻がしたい。だから受け入れろ」
「ひゃにゅひょお~!?」
「恨むなら可愛い事を言った自分を恨め」
「ひちゅぅ~っ!?」
何時自分が可愛い事を言ったのか、瑞樹には皆目見当もつかなかった。
こう云う物は、確かに勢いも必要かも知れないが、それ以上に雰囲気と云う物が必須だと思う。
何となく、そんな雰囲気になって、何となく、こう、想いを口にして、それとなく、唇を重ねる物ではないのか?
それなのに、何故、がっちりと両頬を押さえられて、果てはこんなひょっとこ唇で初めてのそれをしなければならないのか、これは拷問の間違いではないのか?
バタバタと瑞樹は両手を動かして、優士の両手首を掴むが、余計に頬を掴む力が強くなった気がする。
涙目になりながら優士を睨めば『…可愛い…』と、その薄い唇が動き、優士の顔が近付いて来た。
「みゃっへぇええええっ!!」
しかし、そんな制止等、効果がある筈も無く。
これが漫画ならば『う"ぢゅ"う"ぅううううううううぅうううぅう~っ!!』と云う、筆で書いた効果音があった事だろう。
◇
「………は…? 何だって…?」
翌朝、優士は隊長室で高梨と二人で居た。
机に両肘を付き、頭を抱える高梨に優士は無表情で、淡々とした声で告げた。
「はい。ですから正しい接吻の仕方を教授して戴きたいのです」
と。
と、優士は淡々とした声で答えた。
「…うん…」
と、瑞樹は台所で空になった水羊羹を入れていた器を洗いながら返事をした。
暫し時間を止めた後、瑞樹はあの日に高梨から聞かされた事を洗いざらい優士に話した。
話さずに怒られるよりは、話して怒られる方がマシだと瑞樹は悟ったのだ。
洗い籠の中に器を入れて、瑞樹は冷蔵庫から麦茶の入った冷水筒を取り出して、卓袱台に両肘を付いて手を組み、その上に額を乗せる優士の傍へと近付いて行く。
「…ごめんな、がっかりしたろ?」
そしてすっかり空になったコップに麦茶を注いで行く。
「は?」
がっかりとは? と、優士は顔を上げて傍らで膝立ちになっている瑞樹を見る。
優士がこうしていたのは、余りにも想定外過ぎる事を聞かされて、頭が付いて来なかったせいで、瑞樹にがっかりしていた訳ではないのだが。
「…いや…だってさ…お前、高梨隊長と雪緒さんの事が羨ましいって言ってたから…。…だから、高梨隊長のそんな過去を知ったらがっかりすると思ってさ…」
「…は…?」
「…俺、隠すの下手でごめんな…」
目を瞬かせる優士に、瑞樹は卓袱台の上に冷水筒を置いて、ぺたりと腰を下ろして申し訳無さそうに項垂れた。
「…話さなかったのは…悩んでいたのは…それで俺が、高梨隊長に…二人に失望すると思ったから、か?」
「…ん…」
小さく頷く瑞樹に、優士は思わず片手で口を押さえていた。
瑞樹が傷付いたからでは無くて。
優士が傷付くのではと、それを恐れて悩んでいたと。
自分自身の気持ちよりも、優士の気持ちを考えていたと。
そう、口にしたのだ瑞樹は。
それがどうしようもなく嬉しくて、ドクンッと心臓が大きく跳ねたけれど。
「…っ…馬鹿かお前は…」
それを素直に言えば良いのに、優士の口から出た言葉はそんなものだった。
「んなっ!?」
そうすれば瑞樹は反射的に顔を上げて、不満そうな目を優士に向けて来る。
「高梨隊長の年齢を考えろ。そんな過去の一つや二つあるだろ」
まあ、実際に異性との結婚歴があったのには驚いたが。だが、互いにそれを納得して利用していたと云うのなら、こちらがそれをどうこう言うのは無粋と云うものだろう。
「…それに…昔はどうであれ、今の二人が誰も寄せ付けない程の絆で結ばれているのは間違いないだろ?」
「…うん…」
二人の脳裏に過るのは、ほんの数時間前の高梨のあの穏やかな微笑みだ。あの、何処まででも、何もかもを包み込む様な、穏やかな空気だ。
「…だから…お前はそんなの気にする事はない。俺が羨ましいと言ったのは、今のあの二人なんだから」
「…そう、だな、うん。はは、ほんと馬鹿だな俺!」
ぺちりと掌で後頭部を軽く叩き、だらしなく眉を下げる瑞樹を見て、自然と優士の眉も軽く下がり、頬も緩む。
「…優士…?」
それは、極僅かな変化で、ここに居るのが瑞樹で無ければ気付けたかどうかと云う物だった。
「接吻したい。駄目か?」
その声音に微妙に籠められた甘さに気付けるのも、瑞樹ぐらいだろう。
「……………………………………………………………………………………は?」
だが、瑞樹は固まった。
それはそれはたっぷりと固まってから、やっと疑問を口に乗せる事が出来た。
前回の恐喝と云い、今回のこれと云い、唐突過ぎると瑞樹は思った。
そんな流れの会話をしていただろうか? と、思わず首を捻ってしまう。
「だから、何でお前は前回と云い今回と云い、こう云った流れになると固まったり首を捻ったりするんだ」
そんな瑞樹の反応に、優士は何時もの塩に戻る。
「あ、いや、だって、そんないきなり、せ、せっぷ…んとかっ!」
そして、対照的に瑞樹は顔を赤くして言動が怪しくなってしまう。
「いきなりでなければ良いのか? 今から一刻後にそれをすると云う予告が必要か? こう云った物は衝動に任せた方が良い場合もあるだろ?」
「何時、そんな衝動があった!?」
「お前に馬鹿と言った時だ」
「はあっ!?」
訳が解らないと瑞樹は思った。
そんな衝動に任せると云うのなら、それを覚えた時にすれば良いのに、何故、間を挟むのか。
それは単に優士が憎まれ口を叩いたせいなのだが、残念な事に瑞樹にそんな事が解る筈も無い。
「とにかくだ」
優士が両手で瑞樹の頬を包み込む。
「ぅぉひょぉ!?」
しかし、力加減を誤った様で、瑞樹の頬はむにっと持ち上がり、瑞樹の唇はひょっとこの様になってしまった。
「僕は今、瑞樹に接吻がしたい。だから受け入れろ」
「ひゃにゅひょお~!?」
「恨むなら可愛い事を言った自分を恨め」
「ひちゅぅ~っ!?」
何時自分が可愛い事を言ったのか、瑞樹には皆目見当もつかなかった。
こう云う物は、確かに勢いも必要かも知れないが、それ以上に雰囲気と云う物が必須だと思う。
何となく、そんな雰囲気になって、何となく、こう、想いを口にして、それとなく、唇を重ねる物ではないのか?
それなのに、何故、がっちりと両頬を押さえられて、果てはこんなひょっとこ唇で初めてのそれをしなければならないのか、これは拷問の間違いではないのか?
バタバタと瑞樹は両手を動かして、優士の両手首を掴むが、余計に頬を掴む力が強くなった気がする。
涙目になりながら優士を睨めば『…可愛い…』と、その薄い唇が動き、優士の顔が近付いて来た。
「みゃっへぇええええっ!!」
しかし、そんな制止等、効果がある筈も無く。
これが漫画ならば『う"ぢゅ"う"ぅううううううううぅうううぅう~っ!!』と云う、筆で書いた効果音があった事だろう。
◇
「………は…? 何だって…?」
翌朝、優士は隊長室で高梨と二人で居た。
机に両肘を付き、頭を抱える高梨に優士は無表情で、淡々とした声で告げた。
「はい。ですから正しい接吻の仕方を教授して戴きたいのです」
と。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる