寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
30 / 125
離れてみたら

【五】隣の芝生は青く見える?

しおりを挟む
 ぴちゃぴちゃとした音が、静かな室内に響く。
 そんな中で、丸い椅子に腰掛けて左腕のシャツの袖を捲っていた優士ゆうじは、僅かに眉を寄せて傍で身を屈める瑞樹みずきに不機嫌な声でぼそりと呟いた。

「…瑞樹、沁みる…」

「男だろ、我慢しろ」

「いや、たちばなくん、それ付け過ぎだから。くすのきくんは良く叫ばないな?」

 慣れない手付きで消毒液を染み込ませた綿を手に、優士の傷の手当てをする瑞樹を見ながら、医務室に常駐している治療隊の一人の須藤すどうが苦笑を零しながら、白い物の混じった頭を掻いた。彼はもう六十間近で現場へ出る事は無く、ここで定年を迎えると云う。
 また、今は昼食に行っていてここには居ないが、須藤の他に二人の人間が居る。同じく治療隊の者で、そちらは五日で交代だ。瑞樹も異動になれば、この中に組み込まれる事だろう。

「これぐらいで声を上げていたら、討伐隊は務まらないですから」

「何処かの誰かに聞かせたい言葉だな」

 須藤が腕を組んで思い浮かべるのは、どこぞの元気過ぎる馬の尻尾だ。
 ちょくちょく掠り傷を作っては、高梨や天野に引き摺られて来る、せい

『こんぐらい舐めれば治るからっ!』

『これも仕事だ!』

 との毎度の遣り取りの後に『ひぃんっ! しみるーっ!!』と、泣き喚く星を二人から三人がかりで抑え込んで、怪我の治療をするのだ。星の治療は毎回格闘技でもやっている様な物だ。
 また、雷雨時にはベッドを占拠する厄介な相手でもある。
 そうそうベッドを使う様な怪我人や病人は来ないが、万が一と云う事もあるのだ。

「おや。雪緒ゆきおくんだ。本当に高梨くんは幸せ者だなあ」

 そんな事を考えながら、今年は後何人被害者が来るのかと、窓の外にある訓練場に目を向けた須藤が、高梨と並んで歩く雪緒を見て目を細めて頬を緩めた。その訓練場では、二桁にも上る数の隊員達が地面に倒れていた。その傍らでは隊員達を指で突きながら『う~ん…新人達ならともかく、君達はもうちょっと頑張って欲しい処なんだがね?』と、杜川もりかわがぼやいていた。その隣では五十嵐が胃を押さえながら、天を仰いでいた。これは、杜川が退任してから毎年盆が開けた頃に行われる儀式みたいな物だ。

「山に引っ込んで大人しくしているかと思えば、これだもんよ。五十嵐くんも気の毒になあ」

 元司令だと云う事もあるが、ここに居るのは杜川を慕う者ばかりだ。
 退任の時に『たまに遊びに来るからね』と、にっこりと笑ったのは良いが、まさか道場破りみたいな事を仕出かすとは誰も想像しなかったに違いない。獲物となるのは、その年の新人達だ。新人達と一通り戯れた後に、古参の者達と遊ぶ。一週間程遊んだ後に『また来年来るからね』と、杜川は笑顔で去って行くのだ。夏の締め括りとも言えるこれは、書類上では『夏季特別訓練』となっている。

「さて、昼だ。午後からは橘くんはこっちに来てくれるんだよな?」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 須藤の問い掛けに、瑞樹は慌てて頭を下げる。
 優士の手当てを終えていた瑞樹は、同じく窓の向こうに居る高梨と雪緒を見ていたのだった。幸せそうに微笑む雪緒を。そんな雪緒を見て、穏やかに目を細める高梨を瑞樹は見ていた。
 それは、朝の内に高梨から言われていた事だ。
 午後からはこちらの手伝いをしつつ、基本的な手当ての仕方を教えて貰えと高梨から指示をされていた。
 失礼しますと声を掛け、瑞樹と優士は食堂へと向かう。
 医務室の窓から見た二人は、本当に幸せそうで、瑞樹は何とも居た堪れない気持ちになっていた。
 須藤が口にした様に、高梨は雪緒が隣に居る幸福を隠そうとはしない。
 それは、悪い事では無いのだが。
 だが…雪緒は高梨の過去を知っているのだろうか? と、考えてしまう。
 余計なお世話だと思うのだが、知らなかったとして、もしもそれを知ったとしたら、あの穏やかに微笑む青年はどれ程の悲しみを覚えるのだろうかと、考えてしまうのだ。
 他人の事だし、瑞樹が気にする事でもないのだが、二人を羨ましいと口にした優士の事を思うと、どうしても考えてしまう。二人に、その優士の気持ちを、想いを裏切って欲しくないと、羨ましいままで居て欲しいと、瑞樹は思うのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...