寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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離れてみたら

【序】不器用な我儘

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 トン、トン、トンと、包丁がまな板を叩く音が背後から聴こえる。
 決してリズミカルでは無いその音を背中で聴きながら、瑞樹みずきはそわそわとしながら、部屋のベランダの柵に凭れて外を見ていた。物干し竿に下げた風鈴が、静かな風に吹かれてチリンチリンと鳴っていた。

 今日で長い様で短かった夏期休暇が終わる。
 その締め括りとなるのが、優士ゆうじが作る冷やし中華だ。

『作っている最中に口出しされると気が散るから、外を見てろ』

 と、包丁を手に持つ優士を後ろから覗き込んでいたら、そう言われて台所から追い出されてしまったのだ。
 酷いと瑞樹は思ったし、それを口にしたら『お前が初めて包丁を持った時、親父さんに何て言ったか思い出してみろ』と、塩対応をされてすごすごと引き下がったのだった。

「確か、五月蠅いとか、邪魔だとか言ったんだよなあ…」

 ぽつりと瑞樹は小さく呟いて頭を掻いた。
 心配してくれたのに酷い事を言ったな、と、あの時の父と同じ状況に立たされて、瑞樹は実家のある方角へと頭を下げた。そんな瑞樹の耳に、油の跳ねる音が届く。冷やし中華で油なんか使うか? と思いながらも、瑞樹は後ろを振り返らない。振り返った瞬間に優士がこちらを見ていたらどうなる? 絶対に『俺の作る物が信用ならないのか』と、言うに決まっている。それは避けたい。と云うか、あの『僕』発言は何だったのだろうと、瑞樹は首を傾げる。あれから一度も優士は自分の事を『僕』とは言わない。怒った時限定なのだろうか? と、傾げた首を瑞樹は器用に捻った。筋を違えたらどうするんだ馬鹿か。と云う優士の冷ややかな幻聴が聞こえて、瑞樹は首を元に戻した。

「出来たぞ」

 首の後ろに手を回して揉んでいたら、完成を告げる優士の声が聞こえて来た。返事をしてベランダから離れて卓袱台の方へと歩いて行く。
 卓袱台の上には麦茶の入ったコップが二つと三つの皿があった。二つは勿論冷やし中華だが、残りの一つは黄緑色の何かだった。

「…これ、何だ?」

 胡坐を掻いて座布団の上に座り、瑞樹は黄緑色の何かを指差す。

「にがうりのから揚げだ」

「…にがうり…」

 確かにそう言われてみれば、なるほどと瑞樹は思う。
 黄色いのは衣で、それに包まれて黄緑色っぽくなっているゴツゴツした物は、にがうりの皮か。それならば、黒いつぶつぶは胡麻だろうか?
 料理をしないと言いつつ、こんな一品を用意するとは、侮れない奴めと瑞樹は唸った。

「見てないで食え」

 正面に座った優士が箸を取り、両手を合わせた指の間に挟んで戴きますの姿勢を取るのを見て、瑞樹も慌ててそれに倣う。
 そっと目を閉じ、伏せた長めの睫毛を僅かに揺らせて『戴きます』と小さく呟く優士の姿を綺麗だな、と瑞樹は思う。何時だって、真っ直ぐに背筋を伸ばして佇む優士の姿には静かだが、確かな強さがあると思う。これで、もう少し愛想があれば、学生時代に冷たい奴とか言われずに済んだのに、損な奴。とも思う。
 けど。
 けれど。

「…早く食え。お前が食わないと、明日の俺の飯が無い」

 けれども。

「…そんなに作るの嫌なのか?」

 冷やし中華の具の錦糸玉子と云う名の厚焼き玉子の切れ端を箸で掴んで、若干の上目遣いで瑞樹は問う。

「瑞樹が作った物を食べたいだけだ」

 冷やし中華の具である形の崩れたトマトの一切れを取り、軽くマヨネーズを付けて口に運びながら答える優士に、瑞樹はぶわっと顔が熱くなるのを感じた。
 何だかあの恐喝まがいの告白から、どうにもおかしい。
 優士は相変わらず無表情に近い塩だし、話す言葉も淡々としているし。
 けれどもだ。
 そんな風に我儘とも言える事を真っ直ぐとぶつけられるのが、どうしようもなく嬉しくて、胸がくすぐったくて。それが自分だけとなると尚更で、もう胸を掻き毟りたくなってしまう。
 が、そんな事をすれば『何をしている』と、冷ややかな目で見られるのは解り切っているので。

「…おお…」

 と、もごもごと瑞樹は口を動かすのだった。
 因みに、にがうりのから揚げは、微妙にワタが残っていて苦かった。
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