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幼馴染み
【十六】届かない言葉※
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その一方で、瑞樹は母の仇を討ちたいと思っていた。まだまだ自分は小さく弱い。身体を鍛えなければ、と思った。自分がもっと、少しでも強ければ母を守れたのに、と思ったのだ。そうであったのなら、母は死なずに済んだのに、と。子供心の浅慮であるが、瑞樹は心からそう思った。
十三になれば、誰もが学校へと通う事になる。そこでは、身体を鍛える項目もあると云う話だった。だが、それだけで、あの人外に敵うのだろうかと云う疑問も頭にあった。
何か方法はないものかと、優士に相談すれば、その目は驚きと、そして悼む様な悲しさに見開かれたが、それは一瞬の事で。優士は『それなら、おれも付き合う』と口にしたのだった。
その言葉に、瑞樹はあれ? と、小さく首を傾げた。いつから優士は自分の事を『おれ』と言う様になったのだろうと。つい、この間までは『ぼく』だった筈なのに? と。瑞樹はそれが何故だか悲しく、淋しい事のように思えた。ただ、呼び方が変わっただけなのに、優士が何処か遠くへ行ってしまったと思った。…自分を置いて。
そんな瑞樹の気持ちに気付かずに、優士は朱雀の訓練に交われば良いと口にした。
妖を相手にするのならば、専門職に指示して貰うのが一番手っ取り早いと、優士は淡々と語った。
そして、思い立ったが吉日とばかりに二人は町にある駐屯地へ行って、見事玉砕して来た。
しかし、二人はそれにめげたりせずに、毎日毎日通い詰めて、根負けしたそこの隊長に『学校へ通える歳になったら来い』と言わしめたのだった。
実際にその歳になってやって来た二人に、隊長は舌を巻いた。あれは冗談だと言おうとした処で、瑞樹と優士に『男に二言は無いよな?』と言われ、隊員からは『いいじゃねえか』とか『訓練見て貰って、それを真似るだけで良いんじゃね』とか『邪魔になったら追い出せば良いし』と、野次やらなんやら飛ばされて、頭を押さえながら『怪我なんかしやがったら、二度とウチの敷居は跨がせないからな』と、折れたのだった。
二人は仇を討ちたいとは口にしなかった。
ただ、朱雀に憧れて、朱雀の様に強くなりたいと言っただけだった。
しかし、ここに居る隊員達の何人かは覚えていた。
瑞樹の母が妖に喰われた事を。
瑞樹を庇い、その命を散らした事を。
親の仇討ちか、と、それを覚えている者は誰もがそう思ったし、実際同じ理由から朱雀になった者も少なくない。それはそれで悪くはないと思った。
朱雀の者とて、妖との戦いで死んで行く。戦える者が増えるのは良い事だ。朱雀にならなくとも、己の身を守れるのならば、それだけ消える命が減ると云う事だ。
だから、隊員達は身を守れるだけの術を教えた。
ただ一番口を酸っぱくしたのは『逃げろ』だったが。
敵わないと思ったら、とにかく逃げろ、と。その時の悔しさを忘れるな、と。
しかし、それからの三年後、妖を待っていた二人は逃げなかった。
いや、瑞樹は逃げられなかった。
身体が動かず、ただ泥濘の中にその身を投げ出すだけだった。
ただ、涙を零し、泥に塗れ、胃の中の物を吐き出していた。
それは、それから二年経った今も変わって居なかった。
あの頃と変わらず、身体は勝手に震え、胃の中の物は意思に従う事無く逆流していく。
指先から身体が凍える様に冷えて行く。
それなのに、腹の中は熱くて。
苦しくて苦しくて、あの日の母の苦悶の声が脳裏に蘇る。
離して、と。何度叫んだか解らない。
小さな手で、母の胸を何度も叩いた。
だが、母は瑞樹を抱き締める手を緩めようとはしなかった。
妖に喰われながらも、ただ瑞樹を守り続けた。
鼻に付く血の匂い。肉を食まれて行く音。
それらが、ただ幼い瑞樹の耳を犯し続けた。
それは、今も。今、この時も。頭の中で鳴り響いていた。
◇
気が付けば瑞樹は村の避難所に居た。
夜明けまではまだ遠いのに、瑞樹は避難所の周囲に焚かれた数ある中の一つの篝火の前に、ぼんやりと佇んで居る。
『お前はここに居ろ』
そう高梨に言われた気がすると、ぼんやりとした頭で瑞樹は思った。
あの三体の妖を倒した後で、避難所に戻って来て、自らの出した物で汚れた顔を洗い、口を漱いだ後でそう言われた。
高梨は天野と優士を連れて、また周囲の警戒に戻って行った。
瑞樹を一人残して、三人は、いや、優士は行ってしまった。
実際には、ここに居るのは瑞樹だけではないのだが。
篝火に囲まれた中では、村人達がまんじりともせずに夜明けを待っているし、十歩程も歩けば、瑠璃子と亜矢が居る。二人共、何かがあったのだろうかと瑞樹を伺っていたが、何も言わずに周囲に再び警戒の目を向けた。
瑞樹はぐるりと視線を巡らせる。
村人達に捕まり、何やら会話をしている隊員の姿も見えるし、怪我をして手当を受けている隊員の姿も見えた。
それらをぼんやりと眺めて瑞樹は暗い空を見上げた。
「…星は見えるのに、月は見えないんだな…」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に届く事は無くただ夜の闇に飲まれて消えて行った。
十三になれば、誰もが学校へと通う事になる。そこでは、身体を鍛える項目もあると云う話だった。だが、それだけで、あの人外に敵うのだろうかと云う疑問も頭にあった。
何か方法はないものかと、優士に相談すれば、その目は驚きと、そして悼む様な悲しさに見開かれたが、それは一瞬の事で。優士は『それなら、おれも付き合う』と口にしたのだった。
その言葉に、瑞樹はあれ? と、小さく首を傾げた。いつから優士は自分の事を『おれ』と言う様になったのだろうと。つい、この間までは『ぼく』だった筈なのに? と。瑞樹はそれが何故だか悲しく、淋しい事のように思えた。ただ、呼び方が変わっただけなのに、優士が何処か遠くへ行ってしまったと思った。…自分を置いて。
そんな瑞樹の気持ちに気付かずに、優士は朱雀の訓練に交われば良いと口にした。
妖を相手にするのならば、専門職に指示して貰うのが一番手っ取り早いと、優士は淡々と語った。
そして、思い立ったが吉日とばかりに二人は町にある駐屯地へ行って、見事玉砕して来た。
しかし、二人はそれにめげたりせずに、毎日毎日通い詰めて、根負けしたそこの隊長に『学校へ通える歳になったら来い』と言わしめたのだった。
実際にその歳になってやって来た二人に、隊長は舌を巻いた。あれは冗談だと言おうとした処で、瑞樹と優士に『男に二言は無いよな?』と言われ、隊員からは『いいじゃねえか』とか『訓練見て貰って、それを真似るだけで良いんじゃね』とか『邪魔になったら追い出せば良いし』と、野次やらなんやら飛ばされて、頭を押さえながら『怪我なんかしやがったら、二度とウチの敷居は跨がせないからな』と、折れたのだった。
二人は仇を討ちたいとは口にしなかった。
ただ、朱雀に憧れて、朱雀の様に強くなりたいと言っただけだった。
しかし、ここに居る隊員達の何人かは覚えていた。
瑞樹の母が妖に喰われた事を。
瑞樹を庇い、その命を散らした事を。
親の仇討ちか、と、それを覚えている者は誰もがそう思ったし、実際同じ理由から朱雀になった者も少なくない。それはそれで悪くはないと思った。
朱雀の者とて、妖との戦いで死んで行く。戦える者が増えるのは良い事だ。朱雀にならなくとも、己の身を守れるのならば、それだけ消える命が減ると云う事だ。
だから、隊員達は身を守れるだけの術を教えた。
ただ一番口を酸っぱくしたのは『逃げろ』だったが。
敵わないと思ったら、とにかく逃げろ、と。その時の悔しさを忘れるな、と。
しかし、それからの三年後、妖を待っていた二人は逃げなかった。
いや、瑞樹は逃げられなかった。
身体が動かず、ただ泥濘の中にその身を投げ出すだけだった。
ただ、涙を零し、泥に塗れ、胃の中の物を吐き出していた。
それは、それから二年経った今も変わって居なかった。
あの頃と変わらず、身体は勝手に震え、胃の中の物は意思に従う事無く逆流していく。
指先から身体が凍える様に冷えて行く。
それなのに、腹の中は熱くて。
苦しくて苦しくて、あの日の母の苦悶の声が脳裏に蘇る。
離して、と。何度叫んだか解らない。
小さな手で、母の胸を何度も叩いた。
だが、母は瑞樹を抱き締める手を緩めようとはしなかった。
妖に喰われながらも、ただ瑞樹を守り続けた。
鼻に付く血の匂い。肉を食まれて行く音。
それらが、ただ幼い瑞樹の耳を犯し続けた。
それは、今も。今、この時も。頭の中で鳴り響いていた。
◇
気が付けば瑞樹は村の避難所に居た。
夜明けまではまだ遠いのに、瑞樹は避難所の周囲に焚かれた数ある中の一つの篝火の前に、ぼんやりと佇んで居る。
『お前はここに居ろ』
そう高梨に言われた気がすると、ぼんやりとした頭で瑞樹は思った。
あの三体の妖を倒した後で、避難所に戻って来て、自らの出した物で汚れた顔を洗い、口を漱いだ後でそう言われた。
高梨は天野と優士を連れて、また周囲の警戒に戻って行った。
瑞樹を一人残して、三人は、いや、優士は行ってしまった。
実際には、ここに居るのは瑞樹だけではないのだが。
篝火に囲まれた中では、村人達がまんじりともせずに夜明けを待っているし、十歩程も歩けば、瑠璃子と亜矢が居る。二人共、何かがあったのだろうかと瑞樹を伺っていたが、何も言わずに周囲に再び警戒の目を向けた。
瑞樹はぐるりと視線を巡らせる。
村人達に捕まり、何やら会話をしている隊員の姿も見えるし、怪我をして手当を受けている隊員の姿も見えた。
それらをぼんやりと眺めて瑞樹は暗い空を見上げた。
「…星は見えるのに、月は見えないんだな…」
ぽつりと呟いた言葉は、誰に届く事は無くただ夜の闇に飲まれて消えて行った。
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