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希求
【六】※※※※※※※※※※
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「言い訳を聞こうか」
「ぐ…ぎ…っ…」
ホウは今、異能を使い屋敷に帰って来て、留守を頼んだ老害の首を片手で絞め上げていた。
その様子を、そろりと布団を捲って希求が見ている。
「応援に行った先で、大陸の蜂処か、五の蜂の奴やら、連れて行った影達にまで牙を向けられるとは思わなかったぜ? お蔭で、このザマだ」
ホウは全身を血で染め上げていたが、自身の怪我は大した事は無い。"敵"を殲滅するのに集中する余り、希求からの呼び掛けに気付くのが遅れた。既に、塊羅は無作法者の手に堕ちているだろうが、生きているのならば良い。そう思って、今、老害の首を絞めていた。
「わ、しは…何も間違ってはおらん!! 蜘蛛は皆の物だ! 独占等、誰が認められようか!! 大人しく手放せば、こうはならなかったのだっ!!」
口の端から涎を垂らし、唾を飛ばしながら老害が叫ぶが、ホウはそれを鼻で笑う。
「だから、この数年小言を控えて諦めた様に見せていたって訳か? 大陸の蜂と手を組み、俺を殺し、あいつらにカイを渡すと約束したって?」
ホウの言葉に、周りを囲む影達に動揺が走る。
「馬鹿な!!」
「大陸に力を!?」
「そんな事をしたら、この国は…っ…!!」
「黙らんかっ!! 儂は蜘蛛とここを出…っ…!!」
「黙るのはてめぇだ」
底冷えする様な声でホウが告げるのと同時に、ゴギッとした嫌な音が響いた。
「…ちち…? じじは…?」
しんと静まり返る部屋の中で、動かなくなった老害を気遣う様な希求の声が響く。
希求は、もそもそと布団から抜け出して、だらりと力を失くした老害を掴み上げるホウを見上げた。
「何でもねぇ、ノゾミが気にする事じゃねぇ。おい、てめぇらの頭は誰だ?」
ホウが、老害の亡骸を影達の方へと投げながら聞く。
ホウが現れてから、一寸も動けなかった影達は、静かに畳の上に膝をついた。
「…片付けて来る。ノゾミを近付けさせるんじゃねぇぞ」
それらを一瞥してから、ホウはノゾミの頭を軽く撫でて、塊羅の部屋へと転移した。
◇
「おら! 出すぞ! たっぷり味わいなっ!!」
「んあっ!?」
ガツンと突き上げられて、塊羅は目を閉じ、懸命に頭を振った。
(嫌だ…っ…!! 嫌だ、もう…っ…!!)
泣きながら、それでも男の上で腰を振る塊羅を見て、ホウは頭が煮えたぎったが、それは、塊羅をそうさせたナガレへと向けた。
ナガレの頭の元へと転移して来たホウは、その額に足を乗せた。
「がっ!?」
「てめぇ…何してんだ、俺の蜘蛛に」
「…ホ…ウ…?」
ホウの出現によって、地獄の様な時間は唐突に終わりを告げたかに見えた。塊羅は、己の身体が軽くなり、ナガレが言う『言霊』から解放されたのを知った。が、ホウの放つ威圧に圧されて動く事が出来なかった。
ナガレの頭を踵で押さえ付けて見下ろすホウの目は、何処までも冷たい。
「貴様だけの蜘蛛じゃあねえだろう! 子が産まれて何年経ったと思ってやがる! ここまで待ってやったんだ! 感謝しなっ!!」
「あぁん?」
己の足裏で、もがくナガレをホウは更に温度を低くして見遣る。
ただ、ただ、冷たい空気を放つホウを、塊羅は何処か縋る様な思いで見上げた。
「…ホ、ウ…俺は…お前の…何だ…?」
己の中に居据わる熱をそのままに、塊羅は問う。
このような事を訊ねて良いのは、今では無い。
そう思うのに、言葉は止まらなかった。
(…俺は…お前を…愛したいと思ったし…愛している…それは…言霊のせい…なのか…?)
こうして、他の男の物を咥えている己を見て、心配も嫉妬もそうだが、騒いだりもしていないのが答えとも言えるが、それでも、塊羅はホウから言葉が欲しかった。ナガレが言う通りに、己の気持ちが言霊によって導かれた物でも良かった。ただ、ホウの気持ちが知りたかった。
「お前は俺の蜘蛛だ。それ以上でも、以下でもねぇ」
それは、ホウにとって、恐らくは今出せる最上級の答え。
この男なりの最上級の愛情を示した物だ。
しかし。
塊羅は諦めた様に、小さな笑みを浮かべた。
(…ああ…そうか…俺は…"蜘蛛"でしかない…"竹中塊羅"は…求められてはいない…)
「はっ! だから言っただろうがっ! てめぇはただの…っ…!」
「黙れ」
パンッとした音と共に、ナガレの頭が弾けた。
頭を失った身体が塊羅の下で力を失くし、ビクビクと痙攣をしている。
ホウは見慣れているのだろう。顔色を変える事無く、その死骸を興味無さげに見た。
「…は…」
しかし、人の頭が弾ける等、塊羅にはやはり未知の物だった。
更には、絶頂を迎えようとしていたナガレだった。
その張り詰めていた物が、ナガレの執念とも云える物が塊羅の中で弾けた。
「あ…あ…っ…!?」
「カイ?」
ドクドクと塊羅の中に注がれるのは、今はもう生きては居ない男の子種。亡者の欲望だ。
そのおぞましさに塊羅は目を見開き、また涙を零し声をあげる。
「あぁああぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁ…――――――――っ!!」
(嫌だ…っ…!! もう、何もかも…っ…!!)
「カイ! ちっ、このクソが…っ…!!」
ホウが忌々し気に舌打ちをして身を屈め、塊羅の身体を抱き上げナガレから引き離す。
「っあ…っ…!!」
ずろりと内壁を抉りながら抜けて行く感覚に塊羅は震え、己の欲望を吐き出した。それが、ナガレに降り注ぐ。
また、ドクドクと顔の無いナガレだった物の骸から、生きた精が、塊羅の臀部に、太腿に、男根に、腹へと飛び散った。楔が抜かれた孔からも、それがどろりと垂れて流れていく。
ホウは眉を顰め、唇を噛み、ナガレだった物を片手で掴んで壁へと投げ付けた。
「カイ、身体を…」
湯殿で身体を清めて、違う部屋へとホウは言い掛けたが出来なかった。
「あ…あ…」
塊羅は目を見開いたまま、瞳を彷徨わせ涙を流し、小刻みに身体を震わせていた。
震える腹の上で、塊羅の物かナガレの物か解らない白濁が、揺れて流れ落ちている。
「…カイ…もう、大丈夫だ…もう、怖い事は無ぇよ…」
畳の上に片膝をついて、ホウは畳の上に両手をついて項垂れる塊羅の身体を抱き寄せた。
が。
「…あ…あ…」
「…カイ?」
しかし、塊羅はホウを見ようとはせず、ただ視線を彷徨わせる。
「…カイ…!?」
常なら、視線が合えば控え目ながらも、微笑む塊羅だった。
しかし、今はそれが無い。
凌辱されて、それが出来ないのかとホウは思ったが、それにしては様子がおかしい。
「カイ!? 俺が解るかっ!?」
(…まさか、壊れたってのか!? 俺を怒鳴り付けたこいつが!?)
有り得ないと、ホウは両手で塊羅の肩を掴み揺さぶる。
「あ、あ、ああああああっ!!」
塊羅は身体を揺さぶるホウの身体を、両手で思い切り突っぱねた。そして、きょろきょろと顔を動かした後、畳に手をつき、膝を擦り付けながらよろよろと、そこへと進んで行く。
「カイ!? 何処へ…っ…!!」
塊羅の進む方、その先へ視線を向けてホウの身体が強張った。
そこには、壁の傍で斃れている紫の死体が横たわっていた筈だ。
…いた筈だった。
「あ…あ…」
「…っ…!! 馬鹿野郎!! あれは"蛾"だっ!!」
塊羅が向かう先では、背中を壁に預けて足を伸ばして座る紫が居た。
かっくりと首を落としているが、僅かに見える口元は微笑んでいる様に見えた。
背後から、塊羅の脇の下に腕を伸ばして上体を起こして、ホウは塊羅を止める。
「あーっ! あーっ!!」
「痛っ!!」
しかし、塊羅は言葉にならない声をあげながら暴れ、その腕を振り解く。がむしゃらに振り回した腕がホウの顔に当たっても、塊羅は気にしない。
塊羅の頭にあるのは。
(あれを食べたら楽になれる)
ただ、それだけだった。
もう、嫌だった。
何かを考えるのも。
嫌で怖い目に遭うのも。
己は愛されていない、必要とされていない、欲しいのは"蜘蛛"と云う存在だけ。その事実の中で生きていくのも。
「…カイ…」
ホウはゆらりと立ち上がり、赤くなった頬をそのままに、手足を使い、畳の上をゆっくりと進む塊羅の背中を見送る。
「…なあ…俺は何て言えば良かったんだ…?」
その背中に、ホウは語り掛ける。
己の言葉が、塊羅の心に止めを刺したのだろう。
しかし、何が駄目だったのか、ホウには解らない。
塊羅に言った言葉は、紛れもない事実だ。
心から思っている事だ。
それが、何故、駄目だったのか。
「…はは…!!」
ゆっくりと塊羅が紫の亡骸へと近付いていき、晒された項へと顔を寄せた時、焦った幼い声が部屋に響いた。
「ノゾミ!」
その姿を見たホウが目を剥いた。
(こいつ、何時の間に転移を…)
騒ぎが収まったから、我慢出来ずに飛び出して来たのだろう。
(…けど…もう遅ぇよ…)
「はは! はは!! だいじょぶ? いたい? むらさきはどしたの? はだか、かぜひく…はは…?」
希求は、そんなホウに気付かずに真っ直ぐに塊羅と紫の元へと走り、大好きな塊羅の腕を小さな両手で掴んだ。
その小さな温もりに、ぴくりと塊羅の身体が震えたかと思えば、静かに…静かに希求を見て微笑んだ。
「はは!!」
その静かで優しい微笑みに、希求が嬉しそうに笑うが、それを見ていたホウは眉間の皺を深くして、片手で口元を押さえた。
「若様!」
「長!!」
ばたばたと忙しない足音が聞こえたのと同時だった。
「…はは…?」
塊羅が、紫の項に牙を立てたのは。
「ぐ…ぎ…っ…」
ホウは今、異能を使い屋敷に帰って来て、留守を頼んだ老害の首を片手で絞め上げていた。
その様子を、そろりと布団を捲って希求が見ている。
「応援に行った先で、大陸の蜂処か、五の蜂の奴やら、連れて行った影達にまで牙を向けられるとは思わなかったぜ? お蔭で、このザマだ」
ホウは全身を血で染め上げていたが、自身の怪我は大した事は無い。"敵"を殲滅するのに集中する余り、希求からの呼び掛けに気付くのが遅れた。既に、塊羅は無作法者の手に堕ちているだろうが、生きているのならば良い。そう思って、今、老害の首を絞めていた。
「わ、しは…何も間違ってはおらん!! 蜘蛛は皆の物だ! 独占等、誰が認められようか!! 大人しく手放せば、こうはならなかったのだっ!!」
口の端から涎を垂らし、唾を飛ばしながら老害が叫ぶが、ホウはそれを鼻で笑う。
「だから、この数年小言を控えて諦めた様に見せていたって訳か? 大陸の蜂と手を組み、俺を殺し、あいつらにカイを渡すと約束したって?」
ホウの言葉に、周りを囲む影達に動揺が走る。
「馬鹿な!!」
「大陸に力を!?」
「そんな事をしたら、この国は…っ…!!」
「黙らんかっ!! 儂は蜘蛛とここを出…っ…!!」
「黙るのはてめぇだ」
底冷えする様な声でホウが告げるのと同時に、ゴギッとした嫌な音が響いた。
「…ちち…? じじは…?」
しんと静まり返る部屋の中で、動かなくなった老害を気遣う様な希求の声が響く。
希求は、もそもそと布団から抜け出して、だらりと力を失くした老害を掴み上げるホウを見上げた。
「何でもねぇ、ノゾミが気にする事じゃねぇ。おい、てめぇらの頭は誰だ?」
ホウが、老害の亡骸を影達の方へと投げながら聞く。
ホウが現れてから、一寸も動けなかった影達は、静かに畳の上に膝をついた。
「…片付けて来る。ノゾミを近付けさせるんじゃねぇぞ」
それらを一瞥してから、ホウはノゾミの頭を軽く撫でて、塊羅の部屋へと転移した。
◇
「おら! 出すぞ! たっぷり味わいなっ!!」
「んあっ!?」
ガツンと突き上げられて、塊羅は目を閉じ、懸命に頭を振った。
(嫌だ…っ…!! 嫌だ、もう…っ…!!)
泣きながら、それでも男の上で腰を振る塊羅を見て、ホウは頭が煮えたぎったが、それは、塊羅をそうさせたナガレへと向けた。
ナガレの頭の元へと転移して来たホウは、その額に足を乗せた。
「がっ!?」
「てめぇ…何してんだ、俺の蜘蛛に」
「…ホ…ウ…?」
ホウの出現によって、地獄の様な時間は唐突に終わりを告げたかに見えた。塊羅は、己の身体が軽くなり、ナガレが言う『言霊』から解放されたのを知った。が、ホウの放つ威圧に圧されて動く事が出来なかった。
ナガレの頭を踵で押さえ付けて見下ろすホウの目は、何処までも冷たい。
「貴様だけの蜘蛛じゃあねえだろう! 子が産まれて何年経ったと思ってやがる! ここまで待ってやったんだ! 感謝しなっ!!」
「あぁん?」
己の足裏で、もがくナガレをホウは更に温度を低くして見遣る。
ただ、ただ、冷たい空気を放つホウを、塊羅は何処か縋る様な思いで見上げた。
「…ホ、ウ…俺は…お前の…何だ…?」
己の中に居据わる熱をそのままに、塊羅は問う。
このような事を訊ねて良いのは、今では無い。
そう思うのに、言葉は止まらなかった。
(…俺は…お前を…愛したいと思ったし…愛している…それは…言霊のせい…なのか…?)
こうして、他の男の物を咥えている己を見て、心配も嫉妬もそうだが、騒いだりもしていないのが答えとも言えるが、それでも、塊羅はホウから言葉が欲しかった。ナガレが言う通りに、己の気持ちが言霊によって導かれた物でも良かった。ただ、ホウの気持ちが知りたかった。
「お前は俺の蜘蛛だ。それ以上でも、以下でもねぇ」
それは、ホウにとって、恐らくは今出せる最上級の答え。
この男なりの最上級の愛情を示した物だ。
しかし。
塊羅は諦めた様に、小さな笑みを浮かべた。
(…ああ…そうか…俺は…"蜘蛛"でしかない…"竹中塊羅"は…求められてはいない…)
「はっ! だから言っただろうがっ! てめぇはただの…っ…!」
「黙れ」
パンッとした音と共に、ナガレの頭が弾けた。
頭を失った身体が塊羅の下で力を失くし、ビクビクと痙攣をしている。
ホウは見慣れているのだろう。顔色を変える事無く、その死骸を興味無さげに見た。
「…は…」
しかし、人の頭が弾ける等、塊羅にはやはり未知の物だった。
更には、絶頂を迎えようとしていたナガレだった。
その張り詰めていた物が、ナガレの執念とも云える物が塊羅の中で弾けた。
「あ…あ…っ…!?」
「カイ?」
ドクドクと塊羅の中に注がれるのは、今はもう生きては居ない男の子種。亡者の欲望だ。
そのおぞましさに塊羅は目を見開き、また涙を零し声をあげる。
「あぁああぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁ…――――――――っ!!」
(嫌だ…っ…!! もう、何もかも…っ…!!)
「カイ! ちっ、このクソが…っ…!!」
ホウが忌々し気に舌打ちをして身を屈め、塊羅の身体を抱き上げナガレから引き離す。
「っあ…っ…!!」
ずろりと内壁を抉りながら抜けて行く感覚に塊羅は震え、己の欲望を吐き出した。それが、ナガレに降り注ぐ。
また、ドクドクと顔の無いナガレだった物の骸から、生きた精が、塊羅の臀部に、太腿に、男根に、腹へと飛び散った。楔が抜かれた孔からも、それがどろりと垂れて流れていく。
ホウは眉を顰め、唇を噛み、ナガレだった物を片手で掴んで壁へと投げ付けた。
「カイ、身体を…」
湯殿で身体を清めて、違う部屋へとホウは言い掛けたが出来なかった。
「あ…あ…」
塊羅は目を見開いたまま、瞳を彷徨わせ涙を流し、小刻みに身体を震わせていた。
震える腹の上で、塊羅の物かナガレの物か解らない白濁が、揺れて流れ落ちている。
「…カイ…もう、大丈夫だ…もう、怖い事は無ぇよ…」
畳の上に片膝をついて、ホウは畳の上に両手をついて項垂れる塊羅の身体を抱き寄せた。
が。
「…あ…あ…」
「…カイ?」
しかし、塊羅はホウを見ようとはせず、ただ視線を彷徨わせる。
「…カイ…!?」
常なら、視線が合えば控え目ながらも、微笑む塊羅だった。
しかし、今はそれが無い。
凌辱されて、それが出来ないのかとホウは思ったが、それにしては様子がおかしい。
「カイ!? 俺が解るかっ!?」
(…まさか、壊れたってのか!? 俺を怒鳴り付けたこいつが!?)
有り得ないと、ホウは両手で塊羅の肩を掴み揺さぶる。
「あ、あ、ああああああっ!!」
塊羅は身体を揺さぶるホウの身体を、両手で思い切り突っぱねた。そして、きょろきょろと顔を動かした後、畳に手をつき、膝を擦り付けながらよろよろと、そこへと進んで行く。
「カイ!? 何処へ…っ…!!」
塊羅の進む方、その先へ視線を向けてホウの身体が強張った。
そこには、壁の傍で斃れている紫の死体が横たわっていた筈だ。
…いた筈だった。
「あ…あ…」
「…っ…!! 馬鹿野郎!! あれは"蛾"だっ!!」
塊羅が向かう先では、背中を壁に預けて足を伸ばして座る紫が居た。
かっくりと首を落としているが、僅かに見える口元は微笑んでいる様に見えた。
背後から、塊羅の脇の下に腕を伸ばして上体を起こして、ホウは塊羅を止める。
「あーっ! あーっ!!」
「痛っ!!」
しかし、塊羅は言葉にならない声をあげながら暴れ、その腕を振り解く。がむしゃらに振り回した腕がホウの顔に当たっても、塊羅は気にしない。
塊羅の頭にあるのは。
(あれを食べたら楽になれる)
ただ、それだけだった。
もう、嫌だった。
何かを考えるのも。
嫌で怖い目に遭うのも。
己は愛されていない、必要とされていない、欲しいのは"蜘蛛"と云う存在だけ。その事実の中で生きていくのも。
「…カイ…」
ホウはゆらりと立ち上がり、赤くなった頬をそのままに、手足を使い、畳の上をゆっくりと進む塊羅の背中を見送る。
「…なあ…俺は何て言えば良かったんだ…?」
その背中に、ホウは語り掛ける。
己の言葉が、塊羅の心に止めを刺したのだろう。
しかし、何が駄目だったのか、ホウには解らない。
塊羅に言った言葉は、紛れもない事実だ。
心から思っている事だ。
それが、何故、駄目だったのか。
「…はは…!!」
ゆっくりと塊羅が紫の亡骸へと近付いていき、晒された項へと顔を寄せた時、焦った幼い声が部屋に響いた。
「ノゾミ!」
その姿を見たホウが目を剥いた。
(こいつ、何時の間に転移を…)
騒ぎが収まったから、我慢出来ずに飛び出して来たのだろう。
(…けど…もう遅ぇよ…)
「はは! はは!! だいじょぶ? いたい? むらさきはどしたの? はだか、かぜひく…はは…?」
希求は、そんなホウに気付かずに真っ直ぐに塊羅と紫の元へと走り、大好きな塊羅の腕を小さな両手で掴んだ。
その小さな温もりに、ぴくりと塊羅の身体が震えたかと思えば、静かに…静かに希求を見て微笑んだ。
「はは!!」
その静かで優しい微笑みに、希求が嬉しそうに笑うが、それを見ていたホウは眉間の皺を深くして、片手で口元を押さえた。
「若様!」
「長!!」
ばたばたと忙しない足音が聞こえたのと同時だった。
「…はは…?」
塊羅が、紫の項に牙を立てたのは。
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