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希求

【四】※※※※※

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 耳を塞ぎたくなる程の絶叫が、風に乗って流れて来て、希求のぞみの身体がびくりと震えた。
 大好きな母と、大好きな紫から離された希求は、今、四方をぐるりと影達に囲まれ、そこに敷かれた布団に寝かされていた。

「…翁…」

「蜘蛛の声では、無い。蜂は蜘蛛を殺さぬ。…心は死ぬかも知れぬが、子を産む肚さえあれば良い」

 影と老人の言葉の意味が解らない。
 怖くて怖くて、希求はぐっと唇を噛んで、布団を頭まで被って身を縮こまらせて、目を閉じた。

(ちち…)

 目を閉じて涙を流しながら、頭の中で父であるホウを呼ぶ。

(たすけて…ちち…)

 ここは、暗くて嫌な臭いがする。
 怖い。
 助けて。
 母を。
 紫を。
 自分を。

 ◇

「あ\"…あ\"…」

 ぽたりぽたりと、音を立てて赤い血が畳を汚していた。

「あん? キツイと思ったら慣らしてねぇのかよ…躾のなってねぇ蝶だな」

 無理矢理に紫の中をこじ開けた四の男が勝手な事を言う。つまらなさそうに。興醒めだと言う様に。

「う\"う\"…」

 貫かれた瞬間に、紫の指は塊羅の中から抜け落ち、今は畳に爪を立てていた。歯を食いしばる紫の額には、珠の様に嫌な脂汗が浮いている。

「あ…あ…」

 塊羅は目を見開き、そこから涙を流していた。
 脳裏には、あの日の若草色の姿があった。

「ちっ、おら、その香油を寄越せ」

 四の男が紫の背中を叩き、滑りを良くする為なのか、香油の入った壺を見て顎をしゃくった。

「う\"う\"…」

 塊羅の脚の脇にある壺に、紫の手が伸びる。

(止めろ! 止めてくれ!!)

 そう叫んで壺を取り上げたいが、塊羅の身体はぴくりとも動かない。言うことを聞かない腕は、脚を開いたままだ。
 震える紫の指が、蓋が開いたままの壺の縁に触れた。そこに紫は指を入れて掴み、そして。

「う\"あ\"あ\"あ\"っ\"!!」

「がっ!?」

 身体を捩り、壺を四の男の顔面へと投げ付けた。手毬程よりは小さいが、それよりは重い壺が四の男の顔に、鼻にぶつかる。粘りのある香油が目に入ったのか、四の男は目を閉じ、両手で顔を覆った。

「なっ!?」

 予期せぬ紫の行動に、塊羅は咄嗟には気付かなかった。己の手が、今は畳の上にある事を。身体も。背中に感じていた、木屑のチクチクとした痛みを感じていなかった。

「え…?」

(身体…動く…?)

「紫!!」

 四の男の拘束から逃れ、畳に倒れた紫の身体を起こそうと塊羅が手を伸ばす、が。

「あ\"、う\"!!」

 紫はその手を払い、塊羅を睨み付け、障子を指差した。

「え…」

「に\"ぎ…っ\"…!!」

(逃げろ…? 逃げるって、何処へ?)

 逃げた処で、今はもう己を守ってくれる者等居ないのに?

「お\"ぞ、み\"…!! お\"や\"がだ…っ\"…!!」

(ノゾミ様は、お館様に思念を飛ばせる筈です!!)

 そう言いたいが、潰れた喉ではそれを上手く言葉にする事が出来ない。

「…希求…? あ…!」

(ホウが帰って来る事を、希求は何時も言い当てていた…もしかしたら…テレパシーとか、そう云う能力が…?)

「あ\"あ\"ぐっ\"!!」

(四の男の言いなりになったふりをして、隙を付いたのは良いが、長くは持たない。早く…っ…! 言霊の呪縛が切れている内に…っ…!!)

「貴様…蝶のくせに…餌風情があっ!!」

「ぐぁっ!!」

「紫!!」

 しかし、迷いは行動に移す時間を奪う事になる。ほんの僅かでも、それは命取りとなる。
 片目はまだ香油の影響があるのか、閉じられたままだが、四の男が片手で紫の首を掴み、宙へと浮かせた。

「ぐ、が…っ…!」

 首を絞められ、口から泡を吹きながら、それでも紫は力の入らない腕を伸ばし、障子を指差す。己の事は良いから、行けと。そう言っている様に、塊羅には見えた。

「…っ…悪い…っ…!!」

 塊羅は唇を噛み、顔を歪ませて紫に背を向けた。その瞬間だった。

『ボキリ』

 と、嫌な音が聞こえたのは。

「…え…?」

 振り向くべきでは無かった。しかし、怖いもの見たさと云う言葉がある様に。人は、時に、それを確認しなければ気が済まない生き物だったりするのだ。



「あ…」

 ゆっくりと振り返った塊羅の身体が固まった。それは、信じられない角度で曲がっている紫の顔のせいかも知れないし、四の男の、妙に気迫のある言葉のせいかも知れない。
 紫の顔は見えない。
 何故なら、首の上に顔が無かったから。
 いや、顔はある。あるが、後ろへと倒れていたからだ。辛うじて顎先が見えるぐらいだ。

「な…あ…」

(嘘、だろう…? 片手で首の骨を…?)

「ちっ、賢しい真似しやがって。こいつもてめぇも、道具にすぎねぇってのによ。いいか、五体満足で居たけりゃ逆らうな。着物を脱いで座って、尻をこっちに向けな。ああ、ちゃんと穴が見える様に手で広げてだ」

「あ、う…」

(…う、そだ…また、身体が勝手に…!?)

 塊羅の腕が己の意思と反して動いて行く。
 殆ど羽織るだけだった浴衣が、ぱさりと畳の上に落ちた。その上で、塊羅は膝を折り、身体を前へと倒し、腰を高く上げた。そして、両手を後ろへと回し、秘所を見せ付ける様に、臀部の肉を割り開いた。

(嘘だ、嫌だ…っ…! ホウ…っ…!!)

 塊羅は畳に額を擦り付け、悲鳴にならない声を上げるが、その声無き声が届く事は無い。

「へっ…良いぜぇ? 良い眺めだ」

 四の男は舌なめずりをしながら、紫の着物の袖の中へと手を伸ばし、目当ての物を手に取った後、その身体を無造作に投げ付けた。ドンと大きな音を立て、紫の身体は壁にぶつかり、そのまま畳の上へと落ちた。衝撃により、顔の位置は元に戻ったが、瞳は大きく見開かれたまま、口元は涎やら胃液やらで汚れていた。
 それを気にもせずに、四の男は塊羅の後ろへと膝を付いた。

「今、良くしてやるからよ」

「…ひっ!!」

 分厚い掌で塊羅の背中を撫で、もう片方の手は…香油珠を持ち、それを秘所へと四の男は押し付けた。

「い、や、だ…嘘だ…な、んで、身体が…」

 逃げたいのに、逃げられない。この男の顔を、今すぐに蹴りつけてやりたいのに、脚が動かない。
 何故、と、畳に涙を落としながら塊羅は繰り返す。

「あぁ? ちっ、ホウ程上手く言霊は使えねぇか…」

 ひくりひくりと動き始めた男を…蜂を誘う孔に目を細め、四の男は独り言の様に呟いた。

「こ…と…?」

(…言葉…? それが、何だって?)

 四の男の手の熱と、塊羅の肉による熱で香油珠が形を変えて行く、とろとろと溶け出し、誘う様にひくりひくりと動く肉の孔へと侵入して行く。
 
「…う…」

 思考に耽りたい塊羅だが、熱で溶けて香る香油に思考が定まらなくなって行く。

「ホウは何時も何て言霊を使う? 同じ事を言ってやらあ。孕むまで何度もやるんだ。愉しもうや」

 四の男が唇を舐めながら、ひくりひくりと動く孔の中へと香油珠を挿れて行く。

「う、あ…っ…!」

 グイッと肉を押され、塊羅の背中が跳ねた。これから己の身に起こる事を想像し、塊羅はありったけの力で叫ぶ。

「い、やだ…っ…!! 誰が、お前なんか…っ…!!」

(こんな男の子供なんか孕みたくない…!)

「…ホウが…いい…っ…!!」

(…ホウだから…っ…ホウの子だから、産んだんだ…っ…!!)

「…っ、ホウ…っ…!!」

「はっ! 本当に、飼い慣らされてやがるなあっ!? まあ、これからは、この俺が可愛がってやるからなあ!?」

 涙を流してホウを請う塊羅を嘲笑いながら、四の男は太い指を更に奥へと進めた。

「ひぅっ!?」

 その指に押された香油珠が塊羅の前立腺を擦る。珠は更に溶け、塊羅の中を浸して行く。

「は…っ…あ…っ…」

 ひくひくと勝手に快楽を拾い、熱を上げて喜ぶ己の身体に塊羅は涙を零す。ぽたりぽたりと涙が畳に染みを作って行く。
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