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【完】

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 塊羅かいらと紫、二人が乳繰り合おうがホウはどうでも良い筈だった。
 慰めたくとも、己では、悪戯に塊羅を傷付けるだけだろうからと、頭の隅で思った。
 何故そう思ったのか、ホウには解らない。
 何故そんな感情が湧いたのか、理解出来なかった。
 苛々とどうにも腸が煮え繰り返るのも、己には理解し難く。

(…あれは、俺の蜘蛛だ。俺の物だ)

 それに手を出されたから、気に喰わないだけだと、それを良しとしたのは己だと云うのに、やはり何故、良しとしたのか理解し難く。
 苛々とした鬱憤を晴らそうとして、ホウは蝶達の住まう屋敷へ足を向けたが。

「っち!!」

 顔を歪めて舌打ちをして、大地を蹴った。

「何だって言うんだっ!!」

 片手を髪の中へと差し込み、力の限りに掻き毟って叫ぶ。
 憂さ晴らしに蝶を嬲ろうかと思えば、塊羅の憤った顔が脳裏に浮かぶ。
 悲愴に涙を流す姿が浮かぶ。
 
「…カイ…」

 ぽつりとその名を呼べば、静かに笑む姿が浮かぶ。
 その髪色を除けば、何処にでもいる平凡な男だった。
 その筈だった。
 抱きたい等と思う筈も無かった。
 しかし、日々、蝶達に磨かれて艶めかしく、艶やかになって行く塊羅に抑え切れない欲が湧いた。
 この蜘蛛を孕ますのは、己しか居ないと。
 その胎内に入るのは、己だけで在りたいと。
 受け入れるそこを己の、己だけの形にしたいと。
 そこに、欲を吐き出すのは己だけで在りたいと。
 それは、唯の独占欲だ。
 しかし、今、塊羅のそこは己ではない、他の誰かの欲を銜えている。
 己の物では無い欲を受け入れ、悦に善がり狂っているのだろう。
 伸びた前髪を濡れた額に貼り付け、後れ毛を白い項に貼り付け、耳に心地良い声で啼いているのだろう。

「…冗談じゃねぇ…」

 髪を乱す手を下ろし、爪が喰い込む程にホウは拳を握る。

「…あれは…俺の…俺だけの蜘蛛だ」

 屋敷を、塊羅と紫が居る部屋の方角をホウは強く睨んだ。
 蜘蛛の糸は細く強く靭やかに伸び、それに掛かった獲物を逃す事は無い。
 その糸に導かれる様に、庭に…墓場にあったホウの姿は刹那の元に消えていた。

 ◇

 突如として現れたホウに、塊羅は目を見開くばかりだ。
 紫も驚いていた。ホウが来るだろうとは思っていたが、異能を使い、転移して来るとは思わなかったからだ。

(…ここまで、か…)

 背後からひしひしとした怒気を…殺気を感じ、紫は塊羅の中から出て行こうと腰を引いて行く。

「…あ…」

 ずろりと己の中で、それが抜けて行こうとする感触に、塊羅は身体を震わせ声を上げた。
 しかし。

「んうっ!?」

「あ"ぅ"!?」

 抜けて行こうとした、熱い楔は再び打ち込まれた。

「…構わねぇよ…イかせてやれ。泣く程良いんだろう? なあ?」

 繋がる二人を見下ろしながら、ホウは紫の臀部に置いた足に力を入れる。

「う"あ"っ!!」

「ひぅっ!!」

 外からの力と、中からの力に紫が眉根をよせ声を上げる。
 塊羅も、これまでとは比べ物にならない強さで奥まで穿たれて、背を仰け反らせて白い喉元を晒した。

(な、んで…)

 これは、怒りに拠る物なのか。
 それならば、ホウの怒りは何に対してなのか。
 
(…子だけが…孕む腹だけ…必要なら…)

 怒る必要は無いだろう。
 気に入りの玩具を取られた様な物なのだろうか。
 大体、これ程激しくされたら。

「…こ…ども…さわ、る…っ!」

 流れてしまえと思った塊羅だった。
 そうすれば、また何の躊躇いも無く抱いてくれるだろうと。
 子に障ると先に口にしたのはホウだ。なのに、これはどう云う事だ?
 彼は子が欲しかったのではないのか?
 その為に塊羅を抱き、数え切れない程の子種を注いで来たのではないのか?

「ああ? 子なんざどうでも良い!」

『な…っ…!?』

 吐き捨てるホウに、塊羅は目を見開く。
 身体は熱を拾って行くが、頭は冷えて行く。

「…お前が居れば…それで…」

 ホウは足を止めて、苦しそうに眉を寄せ、唇を噛む。

「…ホ、ウ…?」

(…それは…どう云う意味だ…?)

 言葉を止めたホウを見上げ、塊羅は続く言葉を待つ。
 果たして、それは吉兆を齎すものなのか、それとも凶兆を齎すものなのか。
 
(…また…持ち上げられて…落とされるのは…キツイ…な…)

 ならば、凶兆の方が良いと、塊羅は皮肉気に口元を緩め、目を伏せる。
 届かない、手に入らない物ならば、もう望まない。
 望まなければ、期待しなければ、それが手に入らなくても落胆する事は無いから。そう云う物だと、己に言い聞かせる事が出来るから。

(…だから…もう…何も…期待させないでくれ…)

 止まりかけていた涙が、また溢れ、塊羅の頬を伝う。
 諦めたい。
 諦め切れない。
 好きだと、愛おしいと思う気持ちを捨てたい。
 この無情な男に愛を乞う等、間違いだと思う。
 ただ、何も考えずに身体だけだと割り切れている事が出来たのなら。

『…ふ…っ…!』

 そう出来ていたのなら。
 そう出来るのならば、どれ程に楽だったのだろう。
 褥中じょくちゅうでの言葉等、そこでしか紡がれた事のない言葉等、信じるべきではないのに。
 それでも。

『…好きだ…ホウ…あんたが…』

 それでも、そう思うのだ。
 どうしようもない、酷い男なのに。
 この男の心に慈悲等ないのに。
 それでも、最中に囁かれる言葉は、心地良く甘く優しく塊羅の心に響いたのだ。
 己は変わった。
 変わってしまった。
 変えられてしまった。
 この世界に。
 この男に。
 変えられてしまった。

『…俺を…こうしたのは…あんただ…!』

 涙を流し、赤い目で塊羅はホウを睨み、喉を震わせて叫ぶ。
 だから、責任を取れと。
 紫に抱かれても、身体は喜んだが、心は喜びはしなかった。満たされなかった。心に未だ穴は空いている。綻んだそこを塞ぐのは、ホウしか居ないのだ。
 本当に欲しい物でしか、そこを塞ぎ、癒す事は出来ないのだ。
 紫を傷付け、己を傷付けて得た答えは、結局それなのだ。
 
『…あんたを…愛してる…』

(…もう…どうしようも無い程に…)

 はらはらと涙を零す塊羅の頬に、違う種の雫が落ちた。
 ホウに臀部を押さえ付けられている、紫の汗だ。
 動くに動けず、紫はただ己の内から湧き上がる衝動をただ、堪えていた。唇をきつく噛み、目を閉じ眉を寄せている。

「ちっ! 退けっ!!」

「う"あ"っ"!!」

「…っ!!」

 ホウは舌打ちをして、紫の臀部を蹴り上げてから、身を屈め、その腰を持ち塊羅の中から引き抜いた。
 しかし、その衝撃で紫は勢い良く子種を吐き出し、また塊羅も己のそれを吐き出した。

「あ"、あ"…っ"…」

 荒い息を吐く紫をそのまま脇へと投げ捨て、ホウは塊羅の身体を掬う。

『…っは、は…?』

 ホウに抱き締められたと思った瞬間、塊羅の視界がぐらりと揺れた。

(…この、感じは…)

 子種を散らしながら、その覚えのある感覚に、塊羅は身を委ねた。

 ◇

『…っあ、う…っ…!』

 気が付けば、塊羅は自身が使う部屋に居た。が、それに気付くよりも早く、ホウが塊羅の中に入って来た。かつて無い程に性急に荒々しく。

「っそ! 訳が解らねぇっ!!」

 泣きながら『愛している』と塊羅に告げられたホウは、心が震え、頭の中で何かが弾ける音を聞いた。
 しかし、それが何故なのか、ホウは理解出来なかった。

「何なんだ、これはっ!?」

『あ、うっ、んっ!!』

 叫びながら、畳に押し付けた塊羅を後ろから貫き、その中を幾度も幾度も穿つ。
 塊羅の中は脈動して、その熱を逃すまいと絡み付く。
 グチュグチュと淫らな音を立てるそこは、熱く甘く、ホウ自身を包み込む。

『あ、あ、ああっ!!』

 腰だけを高く上げ、畳に額を押し付け、胸の飾りが擦られて痛い。

(…けど…嬉しい…)

 畳に爪を立て、塊羅はただ啼く。
 身体が、心が喜んでいた。
 乱暴にされているのに。
 本当に、子が流れてしまうかも知れないのに。
 それでも。
 これが欲しかったのだと。
 これしか欲しく無いのだと。

 空が色を変え、夜の帳が落ちるまで、塊羅は啼き続けた。

 闇の中、塊羅がふと目を開ければ、そこにあるのは逞しい男の胸だった。
 裸の背中にあたるのは、柔らかな布団の感触だ。胸にはホウの腕があり、その上にはやはり柔らかい掛布団があった。

(…何時の間に…)

 顔を動かせば、目を閉じているホウの顔がある。

「…あ、いしてる…」

 ぽそりと呟けば、ホウの瞼がぴくりと動いた。

「…ああ、俺も…」

 薄く目を開き、ホウはそう呟くと、また目を閉じた。
 そのホウの様子に、塊羅は静かに目を伏せて呟く。小さいそれが、眠りに沈む彼に届く事は無い。

(…嘘吐き…)

 その言葉に胸を擽られながらも、既に絶望と云う淵に立った塊羅は、薄い笑いを浮かべ瞳を閉じた。

 翌年の夏、塊羅は一人の男児を産み、希求ききゅうと書いて"のぞみ"と名付けた。
 希求とは、願い求める事。こいねがう事。
 その漢字の意味を知るのは、この世界では塊羅のみ。
 希求のぞみと名付けられた子は、何を願うのか。
 また、塊羅は何を望み願ったのか、それは塊羅自身も良く解らなかった。
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