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淵
【十八】
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(…こうして逃げているのは、俺なのにな…)
紫の腰に回した脚に力を籠め、首に回した腕で顔を引き寄せて口付ければ、彼は観念した様に口付けを返し、先程よりも深く塊羅の中を抉って来た。
(…これで良い…何も…考えたくない…今は…)
頭の奥で嘲笑う己の声に耳を塞ぐ。
卑怯者だと、愚かで醜い者だと、そんな声から逃げたくて、塊羅は快楽に身を委ねる。
それでも、何処か冷静な部分で思考してしまう。
これは、一時の夢に過ぎないのだと。
この夢が終われば、また絶望に沈むのだと。
解っているのに、求めてしまう愚かさに嗤うしかないのにと。
それでも。
この一時の夢に逃げたかった。
心が寂しくて、痛くて、辛くて、苦しくて。
縋って来たものに、それを掴む手を離されたから。
暗く昏く深い闇に沈みそうだから。
僅かでも救いをと、伸ばした手を取ってくれる者が居るのなら。
それに甘えたくなるではないか。
(…耐えられない…耐えたくない…)
信じて来た。
その言葉を。
好きだと愛していると、その言葉を教えてくれたのは他ならぬホウなのに。
(…ベッドの中での言葉を信じるな…そんな話があった…気がする…)
熱に、快楽に蕩けた頭で何を考えられると云うのか。
冷静で等、正常な判断を下す事等出来まい。
そんな中で繰り返し、刷り込まれれば、本当にそうだと錯覚してしまうだろう。
ただでさえ、縋れる者が彼しか、ホウだけしか居ないのだから。
(…だけど…)
子が、子だけが欲しいのならば、あの準備期間は何だったのだろう?
そんな手間をかける事無く、有無を言わさず犯せば良いだけではないか。無理矢理に種付けをすれば良いだけではないか。
あの、若草色の髪を持った少年の様に、どれだけ泣き叫んでも、好きな様に嬲れば良い筈だ。
それなのに、何故、あれだけの手間を掛けた?
何故、愛されているのだと錯覚させた?
何故、そんな残酷な事が出来る?
見せかけの愛を、まやかしの優しさを。
それに惹かれて行く己を見て、慈しむ様に、愛しそうに微笑みながら、心の中では嘲笑っていたのか。
まんまと罠に掛かった愚かな男だと。
『…ホウ…』
(…それでも…)
そうであったとしても。
求めてしまう。
知らなければ良かった。
そう思ったのは、その甘い罠に浸っていたかったからだ。
そうしていれば、己の行く末等考えずに居られたからだ。
(…対価だと、そう腹を括った筈だったのにな…)
『…本当に…酷い…男だ…』
静かに涙を零す塊羅を、紫は言葉無く見詰める。
(…彼が…こうなったのは私のせい…)
塊羅の行く手を遮らなかった己のせい。紫はそう思いながらも、この幸福を手放せない。叶わない思いを抱き、それでも最期は、塊羅に喰われた灰色を羨ましく思った。灰色の分もと思いながら、紫は己の欲を満たして行く。
(…お館様は私を赦すまい…)
だが、それで良い。
だが、それが良い。
次の贄は己だと、紫は心の奥で笑う。
この監獄から逃れる事が出来るのだと。
他ならぬ、この蜘蛛から、それが与えられるのだ。
不満等あろう筈も無い。
(…本当に…蜘蛛の糸に絡め取られたみたいだ…)
この美しい蜘蛛の為ならば、喜んで贄になろう。
この方の飢えを満たせるのならば、喜んで張り巡らされたその糸へと飛び込もう。
その為に、我等は居るのだから。
「…っ…」
己を追い詰める様に動いていた、紫が息を詰めた。
『…っあぁ…!』
胎内で震える男根に、塊羅は目を見開き涙を零し、白い喉を晒す。
(……違う……)
塊羅自身も子種を吐き出し、己と紫の肌を汚したが、湧き上がるのは後悔ばかり、自責の念ばかりだ。
「…わ、るい…」
両腕を顔の前で交差させ、塊羅は紫に謝罪を延べる。
「…ちが、う…ホウ…」
(…彼が…俺をどう扱おうと…それでも…)
「…ホウ、が…良い…」
交差させていた腕を顔の脇へと下ろして、塊羅は小さく寂しく笑う。
「…あ"…」
「…代わり…なんか…居、ない…。…ごめ…ん…」
静かに涙を流し、震える声で詫びる塊羅に、紫は何も言えなかった。
ただ、痛ましそうに目を伏せるだけだ。
「…あんたじゃ…ない…」
どれだけ酷い男でも。
これまでの言葉が総て嘘でも。
それでも。
「…あ、まい…夢…見せて…くれ、た…」
酷く身勝手な言い分だと、塊羅は己を嘲笑う。
ホウと塊羅、果たして本当に酷いのはどちらなのだろう。
「…最低…な、のは…俺も」
同じだと言おうとした塊羅の言葉が止まる。
止まらない涙を流しながら、苦しそうに話す塊羅の口を、紫が己の唇を重ねて止めたから。
(そんな事は無い。貴方は優しい方だ…)
『っあ、ん…』
言葉に出来ない代わりに、紫はまた唇を重ね、舌を差し込み、口内を愛撫して行く。
(灰色を解放し、若草色の為に憤り、涙を流してくれた…)
塊羅の中に未だあった男根が、また脈動を始めた。
(そんな貴方を、誰が責められると云うのか)
『…や、め…』
(…もう、いい…もう要らない…優しくしないでくれ…)
最低な人間だと罵ってくれ。
最低な男に惚れた情けない男だと…。
「…なんで泣いている…」
「…っ"!」
『え?』
塊羅と紫しか居なかった室内に、不機嫌そうな男の声が響いた。
涙で濡れ、揺れる瞳を紫の肩越しに向ければ、その背後に腕を組み、その声音に違わず不機嫌な表情をしたホウが立っていた。
紫の腰に回した脚に力を籠め、首に回した腕で顔を引き寄せて口付ければ、彼は観念した様に口付けを返し、先程よりも深く塊羅の中を抉って来た。
(…これで良い…何も…考えたくない…今は…)
頭の奥で嘲笑う己の声に耳を塞ぐ。
卑怯者だと、愚かで醜い者だと、そんな声から逃げたくて、塊羅は快楽に身を委ねる。
それでも、何処か冷静な部分で思考してしまう。
これは、一時の夢に過ぎないのだと。
この夢が終われば、また絶望に沈むのだと。
解っているのに、求めてしまう愚かさに嗤うしかないのにと。
それでも。
この一時の夢に逃げたかった。
心が寂しくて、痛くて、辛くて、苦しくて。
縋って来たものに、それを掴む手を離されたから。
暗く昏く深い闇に沈みそうだから。
僅かでも救いをと、伸ばした手を取ってくれる者が居るのなら。
それに甘えたくなるではないか。
(…耐えられない…耐えたくない…)
信じて来た。
その言葉を。
好きだと愛していると、その言葉を教えてくれたのは他ならぬホウなのに。
(…ベッドの中での言葉を信じるな…そんな話があった…気がする…)
熱に、快楽に蕩けた頭で何を考えられると云うのか。
冷静で等、正常な判断を下す事等出来まい。
そんな中で繰り返し、刷り込まれれば、本当にそうだと錯覚してしまうだろう。
ただでさえ、縋れる者が彼しか、ホウだけしか居ないのだから。
(…だけど…)
子が、子だけが欲しいのならば、あの準備期間は何だったのだろう?
そんな手間をかける事無く、有無を言わさず犯せば良いだけではないか。無理矢理に種付けをすれば良いだけではないか。
あの、若草色の髪を持った少年の様に、どれだけ泣き叫んでも、好きな様に嬲れば良い筈だ。
それなのに、何故、あれだけの手間を掛けた?
何故、愛されているのだと錯覚させた?
何故、そんな残酷な事が出来る?
見せかけの愛を、まやかしの優しさを。
それに惹かれて行く己を見て、慈しむ様に、愛しそうに微笑みながら、心の中では嘲笑っていたのか。
まんまと罠に掛かった愚かな男だと。
『…ホウ…』
(…それでも…)
そうであったとしても。
求めてしまう。
知らなければ良かった。
そう思ったのは、その甘い罠に浸っていたかったからだ。
そうしていれば、己の行く末等考えずに居られたからだ。
(…対価だと、そう腹を括った筈だったのにな…)
『…本当に…酷い…男だ…』
静かに涙を零す塊羅を、紫は言葉無く見詰める。
(…彼が…こうなったのは私のせい…)
塊羅の行く手を遮らなかった己のせい。紫はそう思いながらも、この幸福を手放せない。叶わない思いを抱き、それでも最期は、塊羅に喰われた灰色を羨ましく思った。灰色の分もと思いながら、紫は己の欲を満たして行く。
(…お館様は私を赦すまい…)
だが、それで良い。
だが、それが良い。
次の贄は己だと、紫は心の奥で笑う。
この監獄から逃れる事が出来るのだと。
他ならぬ、この蜘蛛から、それが与えられるのだ。
不満等あろう筈も無い。
(…本当に…蜘蛛の糸に絡め取られたみたいだ…)
この美しい蜘蛛の為ならば、喜んで贄になろう。
この方の飢えを満たせるのならば、喜んで張り巡らされたその糸へと飛び込もう。
その為に、我等は居るのだから。
「…っ…」
己を追い詰める様に動いていた、紫が息を詰めた。
『…っあぁ…!』
胎内で震える男根に、塊羅は目を見開き涙を零し、白い喉を晒す。
(……違う……)
塊羅自身も子種を吐き出し、己と紫の肌を汚したが、湧き上がるのは後悔ばかり、自責の念ばかりだ。
「…わ、るい…」
両腕を顔の前で交差させ、塊羅は紫に謝罪を延べる。
「…ちが、う…ホウ…」
(…彼が…俺をどう扱おうと…それでも…)
「…ホウ、が…良い…」
交差させていた腕を顔の脇へと下ろして、塊羅は小さく寂しく笑う。
「…あ"…」
「…代わり…なんか…居、ない…。…ごめ…ん…」
静かに涙を流し、震える声で詫びる塊羅に、紫は何も言えなかった。
ただ、痛ましそうに目を伏せるだけだ。
「…あんたじゃ…ない…」
どれだけ酷い男でも。
これまでの言葉が総て嘘でも。
それでも。
「…あ、まい…夢…見せて…くれ、た…」
酷く身勝手な言い分だと、塊羅は己を嘲笑う。
ホウと塊羅、果たして本当に酷いのはどちらなのだろう。
「…最低…な、のは…俺も」
同じだと言おうとした塊羅の言葉が止まる。
止まらない涙を流しながら、苦しそうに話す塊羅の口を、紫が己の唇を重ねて止めたから。
(そんな事は無い。貴方は優しい方だ…)
『っあ、ん…』
言葉に出来ない代わりに、紫はまた唇を重ね、舌を差し込み、口内を愛撫して行く。
(灰色を解放し、若草色の為に憤り、涙を流してくれた…)
塊羅の中に未だあった男根が、また脈動を始めた。
(そんな貴方を、誰が責められると云うのか)
『…や、め…』
(…もう、いい…もう要らない…優しくしないでくれ…)
最低な人間だと罵ってくれ。
最低な男に惚れた情けない男だと…。
「…なんで泣いている…」
「…っ"!」
『え?』
塊羅と紫しか居なかった室内に、不機嫌そうな男の声が響いた。
涙で濡れ、揺れる瞳を紫の肩越しに向ければ、その背後に腕を組み、その声音に違わず不機嫌な表情をしたホウが立っていた。
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