1/65536のフラグ

三冬月マヨ

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おまけ

フラグは続くよ、どこまでも・後編

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 どうして、こうなった。
 俺は今、遠い目をしながら両手を動かしている。
 ゴシゴシゴシゴシと上から下に。下から上に。無心に。
 これはアレだ。天井を目指し、ひたすらレバーを叩く感じだ。どんなレア役引いても当たらずに、俺が何したよと愚痴りながら回す、あの虚無感に似ている。
 天井は魅力的だ。だが、誰もが朝イチから、0ゲームスタートで天井を目指して喜んで回す訳じゃない。いや、中にはそんな物好きも居るが。

「ヨーチ様、少々背中が痛いです」

「あ、悪い」

 ノアのツンドラな声に、俺は現実に意識を引き戻された。

「腕が疲れましたか? では、変わりましょうか」

「い、いや! 先刻も言ったけど、俺、もう風呂入ったから!」

 そう。
 あの後、俺はノアに風呂場に連れ込まれた。
 風呂には入ったって言ったのに『ヨーチ様が身を清めたのですから、私も。…あの…背中を流して欲しいです』って、幻の犬耳と尻尾をペションとされて言われたら断れる筈が無いし、俺の頭が鈍いせいで怒らせたのもあるから。取り敢えず『アー、セマイカラ…』なんてお決まりの台詞を言ってみたけど『何処がです?』と、男二人が入っても余裕のバスタブと、六畳はありそうな洗い場を指差されて、俺は撃沈した。これ、絶対にマット敷いて泡泡するヤツだろ、間違いない。

「流して戴いた返礼です。…受け取れませんか?」

「う…っ…!」

 水も滴るイイ男が目と鼻の先に居る。
 やめろ。振り返りながらちょっと悲しそうに笑うな。目が潰れる。目が潰れたら盲牌頼みだ。それは嫌だ。配牌を見て、これをどう育ててやろうって考えるのが楽しいんだ。その楽しみが無くなるのは嫌だ。
 って目を瞑ってたら、唇にふにって何かが当たった。

「…おい…」

「目を閉じていたので、つい」

 目を閉じていたらキスして良いのか?
 それがまかり通るなら、おちおち寝ていられないし、三択、六択の選択に迷った時に、目を閉じてストップボタン押す事も怖くて出来ないじゃないか。キス魔で溢れるホールとか怖くて行けない。いや、もう行けないから良いけど。って違う、そうじゃない。

「俺だから良いけど、爺さん達にはするなよ」

 皆、目を閉じて盲牌の練習してたりするからな。
 そんな処にキス魔が現れたら、寿命が縮むどころか全員間違いなく昇天してしまう。
 うんうんと腕を組んで頷いていたら、ガシッと両肩を掴まれた。

「ん?」

「この私が、あんな爺様達、いえ、ヨーチ様以外に勃つと思っているのですか?」

 ツンドラな目でノアが睨んで来る。怖い。その青い目からダイヤモンドダストが飛んで来てるぞ、おい。それで俺の目を潰す気か。ってか、何だかんだでこいつ、口が悪いな。

「いや、思ってないけど…何でキスから一気にそこまで飛ぶんだよ…」

「キスは全ての始まりです。それを軽んじる事は看過出来ません」

「お…おお…」

 めちゃくちゃ真面目な声と顔で言うなよ。ビビるだろ。

「始まりったって…お前、倒れた俺にちゅっちゅちゅっちゅして…。…魔力注入で、必要があれば誰とでもするんだろ?」

「な…っ…!!」

 あ、目と口開けて固まった。
 って事は図星か。
 まあ、それが仕事なんだから仕方が無いよな。
 神官だから、困ってる奴を見捨てるなんて事は出来ないんだろうし。
 てか、俺の肩を掴んだまま固まるのは止めてくれ。指がめり込んで痛いんだが。尻より肉が無いから、骨に響く。骨折したら麻雀が打てない。

「ノア、フリーズするなら俺の肩から手をはな…うおっ!?」

 離せって言い終わる前にノアのフリーズが終わって、肩から手が離れたが、何故か背中に腕を回されて、ノアの胸に抱き込まれていた。

「く…」

 苦しいと言おうとしたけど、何かノアの胸がぴくぴくと震えていて俺は言うのを止める。まあ、ぴくぴくしてるのは、胸だけじゃなく、俺を抱き込む腕もだけど。何で? 俺、また何かやらかしたか? 何かとんでもない放銃をしたのか? いつ?

「おい、ノア?」

「…嬉しいです…」

「ほわい?」

 胸や腕だけじゃなく、声も震えていて、俺は思わず日本語を忘れてしまった。
 ノアに抱き込まれていて顔が見えないが…こいつ、まさか泣いているのか? え? 何で? 俺、本当に何をした? いや、嬉しいって言っているんだから、悪い事じゃないと思うけど。何が嬉しいんだ? 泣く程に嬉しい事があったか? 背中を流してやったから? いや、それならそれで、その時に言うよな?

「ヨーチ様が妬いてくれるなんて…」

「ほわっつ!?」

 焼く!? 役!? どっちだ!?

「安心して下さい。私が恋人のキスをしたいと思うのはヨーチ様だけですし、そもそもヨーチ様が初めてですから」

 二択に悩んでいたら、ふっとノア腕の力が緩んで軽く身体を離されたと思ったら、顎に指を掛けられて上を向かされる。
 見上げたノアの目元は赤く染まっていて、やっぱ泣いていたんだと解った。が。

「へ?」

 が、初めてって、何が? 魔力注入が? 

「魔力の供給もそうですし、唇を合わせたのも、肌を重ねたのも、ヨーチ様が初めてですし、これから先もヨーチ様としかしたくはありません」

 え? 俺、もしかしてとんでもない事を聞かされてないか?
 これ、カミングアウトってヤツ?
 てか、初めてのくせに、初対面の俺に…倒れたとは云え、魔力注入してたし、更にはセックスの方が効率が良いみたいな事を言ってたよな? ナマズの時は実際にヤられてたし。

「…え…何で…」

「好きだからですよ。…初めて見た時から」

 片手では俺の顎を持ち上げたまま、もう片方の手では俺の背中を撫でながらノアが笑う。
 
「ひょ…っ…」

 きっと、身体が動けば俺は両手を頬にあてて、どっかの絵画の様な叫びのポーズを取っていたと思う。けど、俺の腕は動かなかった。
 だって、気が付けばノアの万点棒が俺の腹に当たっていたから。いや、それが目的だから、当然と言えば当然なんだが。俺のちんこが放銃する前に、何とかしたいと思っていたのは事実だし。
 しかし、しかしだ。
 初めて見た時からって、つまり、一目惚れ? このツンドラ美形が? 平々凡々の底辺スロッカスの人生が終わってるろくでなしに? 童貞拗らせると、とんでもないって話があるが…まじか…。
 じっと、熱く潤んだ目で見詰められた俺は、とにかく動けなかった。
 ノアはツンドラだし、俺は先刻蛙になったし。まさに、蛇に睨まれた蛙だ。

「ヨーチ様が自身の事をどう思っているのかは知りませんが…ヨーチ様は間違い無く救世主なのです。邪竜の事に関しても、まあじゃんの事にしても」

「へぁ?」

 あれ? 俺の考えてる事解った?

「まあじゃんは今やこの世界の娯楽であり、また学びでもあります。数の数え方や計算、学ぶのが嫌いな人でもまあじゃんをやれば、皆、自然と覚えてしまうのです。自ら学ぼうとする、その姿勢を教え、広めたのはヨーチ様なのです。それに驕る事をしない謙虚さに私は益々惹かれ…」

 何か変な事言い出したぞ、こいつ!?

「ちょ、ちょ、止めっ!! ストップ!!」

 俺は、自分の趣味の為にやっただけだ!
 そんな、大層なモンじゃない!

「ヨーチ様?」

 そんな澄んだ目で見て来るな!

「恥ずかしいからっ!! てか、ちんこおっ勃てながら言うなっ!! 先刻から当たって…っ…!!」

 びっくりしすぎたせいか、火事場の馬鹿力か。
 動く様になった手でノアの胸を押しながら叫んだ。
 顔が熱くて堪らない。
 湯舟に浸かっていないのに、逆上のぼせそうだ。

「ああ…まあ、仕方がないですね、ヨーチ様が可愛らし過ぎるので」

「可愛いって言うなっ!」

 俺がこんななのに、ノアは落ち着いていてムカつく。いい加減に顎から手を離せ。ぐいぐい胸を押してるのに、びくともしないし、逆に背中にあるノアの手の力が強くなるから、なかなか距離が空かない。

「はい。では…ベッドに行きましょうか?」

 くすりとノアが笑いながら、俺の顎と背中から手を退けたから、勢い良く立ち上がった。そして、くるりと背を向ける。

「行く! すぐ行こう、今行こう!!」

 さっさと天井に連れてって貰おう。
 そして、とっととこの部屋から出る。
 でないと、まじで監禁されるかも知れない。それは、嫌だ。麻雀が出来なくなる。

「ヨーチ様が、それ程にやる気になってくれるだなんて…我慢した甲斐がありましたね…」

 ひそりと背後で呟かれたノアの言葉は、熱くなった俺の耳には入らなかった。
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