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三冬月マヨ

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おまけ

俺、墜ちる

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「黄昏に沈み往くはかつて瞼に焼き付けた陽の光。今はもう見る事の叶わない懐かしい輝き。望んだものは花咲く楽園の中の笑顔。しかし、それは瞬きの中に消えて往く…」

「…ヨーチ様、ヨーチ様、現実逃避をしないで下さい」

「…神の雷は天を貫き大地を焦がし罪人つみびとを焼き払い、穢れた大地を浄化せん。見よ、あれこそが…」

「ヨーチ様っ!」

 ノアが俺の両肩を掴んでガクガクと揺さぶって来た。
 がっくんがっくん俺の頭が前後に揺れる。

「ががががががががががががが…っ…って、ヘドバンムチ打ちになるわっ!! 現実逃避ぐらいいいだろっ!! 何だよ、ここはっ!?」

「穢れを打ち払う…己の煩悩を捨て去る神聖な部屋だと、先代の大神官様から聞いていますが…」

 両手をバッと上げて肩を掴むノアの手を払って睨みながら俺が叫べば、ノアは至極真面目な顔と声でそう言った。

「へー、ほー、ふーん、ほぉん。じゃあさ、あそこの貼り紙、何て書いてあるか読んでみろよ」

「"交われば閉ざされた道は開かれる"と、書いてありますね」

 ビシィッと俺が白い壁に貼られている紙を指差せば、ノアはそれを一瞥した後に、顔色を変えずにしれっと言いやがった。

「で、その壺は何だ」

 次に、ノアが胸に抱えている小玉スイカぐらいの壺を指差せば。

「媚薬入りの潤滑油ですね」

 と、これまた顔色一つ変えずに言いやがった。

「んじゃ、これは?」

 俺が座る、とても柔らかい物をバスバスと片手で叩けば。

「伝承によりますと、幻獣である不死鳥の羽をふんだんに使った奇跡の一品だそうです」

 と、これまた眉一つ動かさずに言い切りやがった。

「どこのテレショップだよ!! お前が麻雀教えろって言うから…っ…!! 今更教えて貰うのは恥ずかしいから、こっそりって…! それなのに、何だよ、この仕打ちは…っ…!!」

 俺は座ってたベッドに顔から倒れ込んで、よよよと泣き真似をした。
 そう。今朝、天和テンホーを決めて、ご機嫌で朝飯を食ってた俺に、ノアが麻雀を教えてくれと言って来たんだ。

 ◇

「え。お前、麻雀に興味あったの?」

 って、思わず目を丸くしたら、ノアは少しだけ頬を膨らませて、僅かに俺から目を逸らせて『…もう邪竜は居ませんし…。…ヨーチ様が好きな事を私もしてみたくなったのです…』なんて、言って来たんだ。

 …あれ…? 何か、こいつ可愛いくね?

 って、ちょっと思ったのは秘密だ。
 まあ、そんで、今更皆の前で教えて貰うのは恥ずかしいし、皆の前で恥を掻きたくないから、こっそりと二人きりで教えて欲しいなんて言うから、それがまた、ゲームなんか全然知らない小憎らしいガキが、隠れて特訓をして、上手くなって周りを驚かせてやるみたいな感じがして、クソ真面目で友達が居ないガキが気を惹こうとしてるってのが丸わかりで、何だ、こいつ可愛いとこ…んんんっ!!
 まあ、麻雀仲間が増えるのは良い事だし、このクソ真面目な神官様がどんな麻雀を打つのか興味もある訳で、俺はノアにマンツーマンで麻雀を教える事にした。
 俺が良いよって返事をしたら、大神官しか知らない隠し部屋があるから、って、雀牌じゃんぱいを手にこの部屋に来た。
 真っ白な壁の部屋で、窓には白いレースのカーテンがあって、その側に大きなベッドがある。部屋の真ん中には光沢のある黒いテーブルとソファーがあって、その上には青と緑のマーブルな壺があった。
 そうして部屋に入ってドアを閉めたら、いきなりそのドアが消えた。『は?』って思ったら、今度はカーテンだけを残して窓が消えた。『へ?』って思ったら、消えたドアのとこに、ノアが読み上げた貼り紙が現れたんだ。ガシャッと、雀牌を入れた袋を床に落として、俺は無駄だと思いながらも、ベッドに飛び乗ってカーテンを捲ってみた。けど、そこにあったのはただの白い壁と、ドアにあるのと同じ貼り紙だけだった。

「…っ…謀ったな…っ…! 謀ったな、ノアッ!!」

「誰にも邪魔されたくはありませんでしたので。出入口が消えるとは思いませんでしたが」

 ボフンッと、クソ柔らかい布団を叩いて何処かの坊やみたく叫べば、ノアは心外だと言わんばかりの表情を浮かべて、そう言ったのだった。

 ◇

 で、俺は現実逃避に走る事にした。
 大好きだったスロの冥王様のデモ画面で流れる、ストーリー紹介の文を淡々と読み上げてたんだけど、結果はご覧の通り。俺は今、猛烈に後悔をしている。
 なあにが穢れを打ち払うだ。
 なあにが煩悩を捨て去るだ。
 欲望で相殺してるだけじゃねえかっ、ちくしょうっ!!
 やっぱこいつは可愛くないっ!!
 人の厚意を何だと思ってるんだっ!!
 煽るだけ煽って来て止められなくて、追加投資したけど、結局はガセ前兆だったってオチを喰らった気分だよ、もう天井一直線だよっ!!

「…ヨーチ様…」

 さわりと後頭部をノアが撫でて来たから、俺はわざとらしくズビズビと鼻を鳴らした。
 クソ、本当に涙が出て来やがった。
 天和で浮かれてるんじゃなかった。
 次から浮かれて良いのは、トリプル役満を和了あがった時だけにしよう。

「…まあじゃんを覚えたいと言った言葉に偽りはありません。下心があった事も認めます…。私は…魔力の提供だけで無く…生命いのちの危険等無く…ヨーチ様と恋人同士の営みをしたかったのです…」

 頭を撫でながら、沈んだ声で言うノアの言葉に、俺の肩がピクリと揺れた。
 頭に浮かんだのは、ナマズ邪竜を退治して倒れた俺を助けてくれた時の、仔犬の様なこいつの姿だった。
 また、しゅんって項垂れているのか?
 調子狂うから止めろよな。
 何時ものツンドラらしく居ろよ。

「ああ、もう! らしくねえっ!!」

 片手で頭を撫でるノアの手を払って、俺はぐるんっと身体の向きを変える。
 そこには、やっぱり、しょんぼりとしたノアが立っていた。

「…ヨーチ様…」

「うっ…!」

 俯き加減で睫毛を揺らせて俺を見て来るノアの姿に、胸がチクリと痛んだ。

 クソッ! なあんで俺が罪悪感を覚えないとなんないんだよ!?

「…俺より弱いヤツを恋人とは認めないからな…っ…! 営みはともかく! 麻雀を教えてやるから、牌を並べろ!」

「ヨーチ様…っ…!」

 片手で身体を起こして、片手を髪の中に突っ込んで怒鳴る様に言えば、ノアは何度か瞬きをした後に、ふわっと目尻を下げて笑った。
 その笑顔に、俺の心音が一つ跳ねた。

 いやっ!?
 いやいやいやいや!? 可愛いとか無いから…っ…!!
 捨てられた仔犬を見たくないだけだから…っ…!!

 ――――――――…まあ、結局だ…。
 この部屋から出る為にはヤるしかなくて。
 その前に唾液の交換も試したけどな! 唾液を混ぜ合わせりゃイケんじゃね? って、思ったけどドアは現れなかったよ、ちくしょう!
 意識のある状態で最初からヤるのは初めてで、顔から火を噴いた俺は、部屋から出た後三日間自室に引き篭もった。

 …まあ…おかげでノアはツンドラに戻ったけど…。
 けど、何か、胸の奥がモゾモゾする…。
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