1/65536のフラグ

三冬月マヨ

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本編

俺、旅立つ

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 コトリ、コトリとした音が、地下の薄暗い部屋の中に響く。
 硬い石で作られ固められたこの部屋は、精神統一を目的とした物らしい。
 唯一の出入口である扉は、重々しい鉄製の物だ。
 窓は遥か頭上、天井付近にある、明かり取りとは思えない長方形の小さな物だけ。猫なら軟体生物だから通り抜け出来るだろうけど、人間には無理。頭だって抜けられそうに無い。
 そんな精神統一の間は、煩悩を打ち払う為にあるものらしい。

「ツモですじゃ。リーチたんやおぴんふ…」

 そう、煩悩を打ち払う為に。

「ダヤナ爺さん、違う。西シャーは自風だから両面リャンメン待ちでも平和ピンフにならないし、西がある時点でタンヤオにはならないから。だから、これはリーチ…あ、裏もないか。リーヅモのリャンファンな」

 煩悩を打ち払う為に、ノアの目を盗み、俺達は今日も麻雀に勤しんでいる。
 煩悩は抑えようとすればするほど、深くなる物なのだ。だから、俺達はこうして煩悩を発散しているのだ。

「ううむう。となると、ここは西をあんこにした方が良かったと云う事ですかな?」

 こないだ俺の九蓮宝燈チューレンポートウで崩れて埋もれてしまった祈りの間から、俺と爺さん達とで掘り起こして引っ張り出して、運び込んだ大理石のテーブルに広げられた牌を見詰めながら、ダヤナ爺さんが唸る。

「だな。そうすりゃ、リーチ、自風の西、ツモで三飜だ」

 俺の説明に周りの爺さん達がなるほどなるほどと頷き、メモをとる爺さん達も居る。

「むう…まあじゃんは奥が深いですなあ…」

「だから、面白いんだよ。な?」

 白い歯を見せて周りを見れば、誰もがうんうんと首を縦に振った。

「よっしゃ、次行くぞ。あ、ロマノフ爺さん、フリテンリーチには気をつけろよ。ダヤナ爺さんが和了アガったから良いけど、それチョンボだからな。ま、気付いてたみたいだけど」

「うっ、気付かれてましたか…多面待ちはなかなか…」

「そー云う時は、時間掛かっても良いから、こう牌を分けて行くんだよ。二三四、三四五、四五六…で、二二でこれは頭で…」

 チャチャッと理牌リーハイする俺の手を見ながら、ロマノフ爺さんがツルツルの頭を撫でて頷く。

「ほうほう、なるほどなるほど…」

「ま、清一色チンイツでこんな待ちになると俺も考え込むからな~」

 と、話してたら、グラッと部屋が揺れた。
 いや、建物全体だな。

「…邪竜が暴れている様ですな…」

 グラン爺さんが、顎髭をなぞりながら、明かり取りの窓を見上げて言った。
 ノアや爺さん達曰く、この揺れ…地震は邪竜の仕業らしい。
 いや、俺にはただの地震としか思えないんだけどな。
 今のも、一瞬震度4ぐらいはあったと思うけど、その後は震度2ぐらいだ。
 地震大国出身の日本人舐めんなよ。
 あの震災の日だって、俺はレバーを叩いてたんだ。天井禿げからのグルグルを期待してな。まあ、店員二人に引き摺られて外に出たけども。信号の消えた国道を横断するのは、中々にスリルがあったけども。それだけで済んで良かったと本当に思った。ラジオやテレビで流れてくる地震の被害情報は、本当に悲惨な物だったから。地震雷火事親父。天災は、本当に恐ろしい。あ、親父は人災か。あれから年月は経ったけれど、まだまだ当時の爪痕も、風評被害も残っている。自分達の地域がそうなっても同じ事を言えるのかと、胸糞が悪くなる。絆だとかなんだかんだ言いつつ、実際はこれだよと、うんざりしてラジオやテレビのスイッチを切った回数は数えきれない。
 そして、訳の解らないウィルスの登場だ。
 うん、なんてーか、人類試されてんのか? と、言いたい。
 まあ、もう俺には関係の無い事なんだけど、さ。
 日本どころか、地球じゃない処へと転移した俺には、さ。

「…邪竜ねえ…。実際どうなの? ただ地震起こしてるだけだろ? 人を襲ったりはしてないんだよな?」

 そんなら放置で良くね?
 邪竜のせいじゃなく、ただの地震、天災だと思えば良くね? 天災なんて、人間にゃどうにも出来ないんだから。
 なんて思ってたら、ギイッて重い音が響いて、ひんやりとした空気が入って来た。

「邪竜が暴れる感覚が短くなっています。このままでは、そう遠からず人々に被害が出るのは間違いありません。時間が惜しいです。今すぐ出立致しましょう」

 ついでに、ひんやりとした声も。

「えー…」

 行きたくねえ、と、俺が不満の声を上げるよりも早く。

「なっ! ヨーチ殿を独り占めするおつもりか!?」

「幾らノア様でも、それは許されませんぞ!!」

「ですぞ! ヨーチ殿は皆の為に!! 皆はヨーチ殿の為に!!」

「ヨーチ殿の手管、全てを把握するまではっ!!」

「まだまだ教えて貰わねばならぬ事がたくさんあるのですじゃ!!」

盲牌モウパイする時の、あのしなやかな指の動き!」

「何時かは脱衣まあじゃんにも挑戦したいですぞ!」

「ヨーチ殿にはまあじゃんを広めると云う使命があるのです!」

「ヨーチ殿の素晴らしい手で逝かされる、あの感覚!」

「あれは正に天にも…っ…!!」

「やくまんで逝った瞬間の、あの、恍惚とした表情っ!!」

 援護射撃、いいぞもっとやれ! と、心の中で爺さん達を応援してた俺だが、何か微妙に発言がおかしい。うん、ちょっと黙ろうか。

「…手で…イかされる…?」

 おい、何でそこだけ拾うんだ。
 止めろ、このツンドラ。
 そんな目で俺を見るな。
 爺さん達は枯れてるんだろ。
 お前、こないだそう言ったろ。

「おわっ!?」

「…それは…楽しみですね…? 誰の邪魔も入らない二人旅…是非とも堪能致しましょう…」

 グンッと、またノアが俺の背中に乗って来て、熱い息を吹き掛けながら、耳元でとんでもない事を囁いて来た。
 いや、俺、爺さん達のちんこ弄ってないし、お前のちんこ弄る気もないからなっ!?
 誰でもいい、ノアを退けろ、俺を助けろっ!!
 と、何とか顔を動かせば、爺さん達は誰一人残らず消えていた。
 あんの薄情者達めえええええええっ!!

 それから数日後、俺は爺さん達にもう一セット牌を作る事を命じ、簡単な点数計算表を作り、ノアと二人で神殿を後にしたのだった。
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