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三冬月マヨ

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本編

俺、麻雀する

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 開け放たれた窓から、そよそよと新緑の匂いを乗せて風が入り込んで来ている。
 昼の穏やかな陽射しがそっと照らすこの部屋は、何処か静謐な空気が漂っていた。
 爺さん達と一緒に運び込んだ四角い大理石で作られたテーブルには、俺と三人の爺さんが居た。その周りでは八人の爺さんが興味深そうに、それぞれの手を覗き込みながら『ふむふむ』と頷いて居たりする。
 皆真剣な顔で手元にある四角い白い石を見ていた。
 これは俺と爺さん達がコツコツと彫刻刀を使って掘った物だ。

「リーチですぞ」

 と、渋い声と共にコトリ…と、音を立ててそれが横向きに河に置かれた。

「あ、悪い、それロンな。リー棒はサービスしてやるよ」

「のおおおおおお!! またダマですか!?」

 パタパタと白い石…牌を倒して俺が宣言すれば、放銃した爺さんがツルツルの頭を抱えて叫んだ。

「手替わりを待ってたんだよ。したら出ちまうし。ドラ切りリーチなんて危ないから止めて置けって、俺教えただろ?」

「うむむむ…」

 俺の対面トイメンに座る放銃した爺さんが、顎に貯えた白い髭を撫でながら唸る。

「なるほど、なるほど、これはたんやおと云うものですかな?」

「えっと、二個二個は…といといじゃなくて…」

「そ。タンヤオチートイドラ二で満貫な」

 上家カミチャ下家シモチャから上がる声に、俺は指折りファン数を数えながら、ニヤリと笑う。

 異世界に転移した俺は今日も今日とて、俺を転移させてくれた神官の爺さん達に麻雀を教えていた。
 いや、もう異世界最高。こうして麻雀を教えるだけで、三食おやつ昼寝付きだなんて、もう死んでも元の世界になんて帰りたくない。ってか、帰れないんだけどな。

「さ、次行くぞ次!」

 ジャラジャラと牌を混ぜていたら、真後ろからとても冷たい空気が漂って来た。

「ち・が・う・で・し・ょ・う」

「いだだだだだだだだだっ!!」

 ぐわしっ! と、頭を掴まれて俺は悲鳴を上げた。

「ノア様、何をっ!!」

「今は勉強中ですぞ!!」

「儂は未だ一局もやってません!!」

「卓が割れないから、そりてぃあをして待っているのですぞ!」

「やはり、トップとラス抜けにしましょう!」

「幾らノア様でも割り込みは戴けませんぞ!!」

「てんほーを成すのが夢なのですじゃ!!」

「私はすーあんこたんきでダブルやくまんを決めたいですぞ!」

 やんややんやと周りで待機していた爺さん達が、ノアと呼ばれた俺の頭を鷲掴みにしている大神官様を非難する。いいぞ、もっとやれ。

「………勉強…これが? 魔力の制御のコツを教えるから、と、静かな場所が良いからと請われて、神聖な祈りの間の使用を許可しましたが…毎日毎日、飽きもせずにジャラジャラジャラジャラと、これは何の勉強なのでしょうかね?」

 じっとりと冷たい視線で爺さん達をめ付けるノアの視線は、もうツンドラだ。ツンデレでは無い、ツンドラ気候のツンドラだ。

「あ、儂、用事があったんじゃ」

 と、遮る物の無い猛吹雪に耐えられなくなった爺さんが、そろそろと祈りの間から出て行くと『ワシも』、『私も』、『自分も』と、次々と爺さん達が出て行き、祈りの間に残るのは俺とノアだけになった。
 四人居なければ、麻雀は出来ない。いや、やろうと思えば二人でも出来るけどさ、ノアが相手してくれるとは思えない。麻雀は四人でやってなんぼよ。対人戦命なのよ。手を読み合ってヒリヒリしたいのよ。脳汁出したいのよ。ギャンブルは脳汁出してなんぼなのよ。

「何だよ、良いとこだったのに。次も勝てば八連荘パーレンチャン…いでっででえでででででっ!!」

 そう思いながらぼやいたら、ギリッと更に頭を掴まれた。

「ねえ? ヨーチ様? ご自分のお役目を忘れた訳では無いですよね?」

 ヨーチ…陽一よういちは俺の名前だ。何度『よういち』と言っても『ヨーチ』になってしまうから、諦めた。幼稚のヨーチと言いたいのだろうか、こいつは? 言っとくけど、幼稚園児は麻雀なんかしないからな、多分。てか、頭から手ぇ離せやボケ。

「…爺さん達に麻雀を教えるのが、俺の役だあだだだだだだだっ! すんません、ごめんなさい、許して、邪竜を倒す為に喚ばれたんでしたあっ!!」

「まあじゃんでしたら、邪竜を倒した後で幾らでもやらせて差し上げますから、今は力を如何に効率良く使うのか…って、聞いてます? 何故、手を動かしているのですか?」

 ノアのお説教は聞き飽きたので、俺は両手を使って河にある牌をひょいひょい集めていた。

「ん? いや、ノアは気にしなくていいよ。お前が話してる間、俺、キャタピラの練習してるから。さ、どぞどぞ。ついでに頭から手を離してくれあだだだだだだだだだだっ!! 止めてお願い! ミシミシ逝ってるからっ!!」

「…全く…」

 俺の泣き言が通じたのか、ノアはようやく俺の頭から手を離してくれた。

「ぐふっ!?」

 と、思ったら背中に重みを感じて俺は卓に胸を押し付けてしまう。
 ああ、せっかく積んだ山が崩れちまった。また積み直しだよ、ちくしょう。

「って、重いだろ! 退けよ!!」

 卓に手を付いて起き上がろうとしたら、更に背中の重さが増して、卓に付いた手の上にノアの手が乗せられて、身動きが取れなくなってしまった。
 何だよ、こいつ本当に神官かよ!? そのずるずるローブの下はムッキムキの筋肉でもあったりするのか? 実は私、脱いだら凄いんですってか? いやいや、やめてくれ、ムッキムキマッチョの裸なんかに興味は無いぞ、俺は。綺麗なおねーちゃんのぽよぽよおっぱいとか、むっちむちの白い太腿とか、やんわらかい桃尻とかなら大歓迎だが。

「…ねえ? これでも私、あなたの意見を汲んで我慢しているんですよ?」

 うおおおおおお? 後ろから首に息を吹き掛けながら何を言ってんだ、こいつは?

「あなたが何時までもそのままで居るのでしたら…私も、私の好きにしても構いませんよね?」

「す、好きに、って?」

 あれ? 何か流れヤバくね? これ、俺、放銃する流れじゃねぇの? リーチ一発なんてシャレにならないから。てか、ほんと重いから退いてくれ。

「聞かなくても解るでしょう?」

「ぅひっ!?」

 ぺろりと耳朶を舐められたっ!! 背筋がぶるっと震えたぞっ!!
 そんで、更に押さえた俺の指に指を絡めるな!!
 ヤバい、ヤバい、こいつは俺で勃つと豪語したヤバい男だ。
 このままじゃ俺の貞操の危機だ。
 何か、何かしないと…っ!! って、ジャージの中に手を入れてくるなっ!! 背骨をなぞるんじゃないっ!! 

「…ん?」

 手? おお、片手は自由になったぞ! 俺は慌てて崩れた牌を集めて理牌リーハイして行く。

「ねえ? 私よりもあんな爺様達が良いのですか? 彼らではあなたを満足させられませんよ?」

「十分満足してるわっ!」

 ロマノフ爺さんは純チャンを覚えたし、ボノズ爺さんはタンヤオを覚えたし、チャメル爺さんは引っ掛けリーチしてくるし、ダヤナ爺さんは門前メンゼンでコツコツと丁寧に役を作って行くし、ノザン爺さんは何時も浪漫を追ってるし、後は…。

「…満足…? 彼らはとうの昔に枯れ果てている筈では…」

 何て考えていたら、愕然としたノアの声が耳に届いた。
 おい…こいつ何考えてんだ? まさか、俺が七十過ぎの爺さん達といやんばかんしてるとか、変な想像をしてんじゃねえだろうな?

「まあ、確認すれば解る事ですよね…」

「って、こら! ズボンの中に手え入れるなっ!!」

 背中を撫でていたノアの手が下へと下がり、ジャージのズボンの中、それもパンツの中に入って来やがった! 尾てい骨をさわさわと撫でるんじゃないっ!!

「…っ! 出来たっ!! 喰らえ! 九蓮宝燈チューレンポートウっ!!」

 俺はめげずに何とか、牌を集めてそれを完成させて叫んだ。
 と、同時に眩い光が卓から噴き上がった。

「…なっ!?」

 九蓮宝燈は伝説の役満だ。一生で一度和了アガれるかどうかと言われている、とても難しい役だ。九蓮宝燈を和了った人間は死ぬとも言われている。

 そして、ノアの驚きの声を聞いた俺の意識はブラックアウトした。

 …それからどうしたって?
 お説教喰らいながら、唾液の交換をしたよ、ちくしょうっ!!
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