矢は的を射る

三冬月マヨ

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番外編

決戦の勝負パンツ・中編

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「…コホッ…ん、落ち着い…んっ」

 …本当かよ…?

「…いや…また、先を越されるとは…」

 笑いながら、でも、ちょっとだけ悔しそうな声で、ろーたが呟きながら、顔を上げて俺を見て来た。めっちゃ目に涙溜めてんだけど、大丈夫か?

 てか、また?
 先?
 え?

「…まあ、少し…それは、脇へ置かせて貰って…先に聞いても良いか?」

 置くのかよ!?

「何で、褌一丁なんだ? しかも赤フンだし、前掛けぶぶ…っは…っ!!」

 あ、また笑った。
 まあ、ろーたが言う通り、今の俺は褌一丁だけど。
 けど、勝負パンツって見せパンだろ? なら、これで良いんだよな?
 
「…そんなに変かな? 羽間はざまにプロポーズの定番を聞いたら、指輪にフラッシュモブに勝負パンツだって言うから…まあ…指輪は給料ンヶ月分なんて無理だから、俺の手の届く範囲でだし、フラッシュモブも無理だから居ないし、勝負パンツは赤フンだって言うから、ネットのグッズショップでオリジナルのを作ったんだけど…違うのか…? 諺であるよな? 褌を締めてかかるってさ」

 つらつらと俺が語れば、ろーたの顔が虚無っとしたサカバンバスピスになった。

「………ああ…うん…羽間先生ェ…」

「ん?」

 ぽそりと呟いたろーたの声は小さくて、俺は思わず首を傾げた。

「…いや…ありがとう。絶対に忘れられない記念日になったよ。…しかし…"あいらぶろーた"って…」

 ろーたの目が、褌の前掛け部分に注がれる。
 そこには、ろーたが口にした通りに"あいらぶろーた"と、俺の手書き文字がプリントされてあった。白い文字で、金色の縁取りがしてある。ちょっと目に痛いかも知れない。これは痛車イタシャじゃなくて、イタフンになるのか?

「いや…オリジナルプリント出来るってあってさ、でも俺、絵心無いし…じゃあ、文字でって…無料のペイントアプリで…」

 って、話してて気が付いた。

「…あれ? 記念日って言った?」

 それって…?
 そう思ったのは間違いじゃなくて、ろーたは眉を下げてへにょりと笑って、右手で頭の後ろをかいた。

「ありがとう、嬉しいよ。本当は…俺からプロポーズしたかったんだけどな」

「あ…先って…」

 そっか…プロポーズしてくれるつもりだったのか…。
 俺に…ろーたから…。
 うわ…っ…! 
 そう思ったら、顔が熱くなって来た。
 やべー、すっげー嬉しい。

「ああ。愛してるの言葉も先に言われたし…パートナーシップ制度のある市町村も増えて来たから…仕事を辞める日を決めたら、プロポーズしようと思っていた」

 優しく俺の頭を撫でながら話すろーたに涙腺が崩壊しかけたけど、最後の方で、それが吹っ飛んだ。

「は!?」

 今、辞めるって言った!?
 先生を!?

「何言ってんだ!? 定年まで、まだまだあるだろ!?」

 俺は、ろーたに先生を辞めて欲しくない。
 ろーたと食堂をやるつもりだけど、それはろーたが定年してからのつもりだ。それまでは、一人で…なんなら一人くらい、バイトをと思ってた。
 それなのに! 辞める!? 俺のせいで!? そんなのは嫌だっ!!

「ろーたは良い先生なんだから、辞めたら駄目だっ!」

「いや、悪い先生だよ。教え子に手を出すし、腐男子だしな」

「元・教え子だろっ! 手を出したのは俺が卒業してからだろっ!! フダンシは趣味だし、学校で澄を爆発させてる訳じゃないだろっ!!」

穂希ほまれの前では悪い先生だろう? …それにな、良い先生と言うなら、それは羽間先生の方だ」

「は?」

 俺の顔がサカバンバスピスじゃなくて、宇宙猫の顔になったと思う。
 …羽間が…良い先生…?
 え? あんな口悪くてガラが悪いのが?

「…ご家族への手紙は、本来は学期毎に送る物なんだよ」

 思わず呆然としたら、ろーたが少し伏し目がちに苦笑した。

「…え…?」

「学期毎に送っても、返事があったりなかったりと、まちまちだ。それが結構辛かったりするんだ。だが、羽間先生は毎月、穂希の実家に送っていたんだろう?」

「ん…」

 頭を撫でてたろーたの手が、ぽんって軽く跳ねて、俺は頷いた。
 そうだ。毎月って、親父も母さんも言ってた。
 
「それは、幾ら気になる生徒だからって、一朝一夕で出来るものじゃあ、無い。きっと、穂希以外の生徒のご家族にも送っている筈だ。正直、俺は羽間先生の事を良く知らないが…それだけでも、生徒思いの良い先生だと思う。羽間先生も、過去に何かしらがあったのかも知れないが…憶測で語る訳にもいかないしな」

 軽く肩を竦めて苦笑するろーたに、俺も苦笑する。
 あっちゃこっちゃで、松重先生と盛ってたり、口の悪さを除けば…いや…それはそれで、どうかと思うけど…まあ…生徒を気に掛けてくれるのは、良い事だと思う。腫れ物みたいに扱ったりはしなかった。関わり合いになるのを避けたりはしなかった。それは、あの学校の先生は誰もがそうだけど。羽間は…多分、どの先生よりも、生徒との距離が近かったと思う。…まあ、口は悪いけど。

「…と、まあ、話はそれたが…」

 コホンとろーたが咳払いをして、胡座を崩してきっちりと正座をした。
 そうだ、ろーたが先生を辞めるって、話だった。

「穂希は、自分で資金から何から用意したいのだと思う。だが、俺にも協力させて欲しい」

「…え…?」

 思いもしなかった言葉に、俺の頭がフリーズする。

「二人でやる食堂だろう? 俺だって男だし、穂希より歳を喰ってる。貯金もある。そんな男が、おんぶに抱っこだなんて情けない限りだ。だから…」

 とても真剣な目と声で、それが軽い気持ちで言ったんじゃないって解った。

「は!? いや、駄目だろっ! だって、食堂は俺のわがままだし! 俺が、俺の作った物を食べ…っ…!」

 解ったけど、俺は咄嗟に叫んでた。
 だって、これは俺の夢だ。
 俺がやりたいから、俺の力で一からやらないと駄目なんだ。

「それを見て喜ぶ穂希を、ずっと見ていたいんだ、俺が」

 そう思うのに。

「…っ…!」

 息が詰まる。
 怖いぐらいにじっと見詰められて、唇が震える。

「俺が作った物も、穂希が自分で作った物も…俺の隣で、傍で、嬉しそうに美味しそうに…幸せそうに食べる穂希をずっと見ていたい。そんな光景を増やす…増やしたいんだろう? それを見て喜ぶ穂希を…そんな穂希を、誰よりも、俺が一番に応援したいし、誰よりも長く、傍で見て居たい」

「…ろ…」

 喉が痛い。
 鼻の奥がツンってする。
 でも。
 胸の奥が熱くて。
 いつからか、俺じゃなく、ろーたが、俺が物を食べてる姿を見る機会が増えたと思った。
 そんな俺を見るろーたの目は、とっても優しくて…。
 それは…ずっと…そう考えていてくれた…から?
 そう思いながら、見ていてくれたから…?

「また、改めて…そうだな、指輪とオリジナル褌を用意して言うが…俺と結婚して欲し…」

 話の途中だけど、ずびって鼻を鳴らして、俺はろーたに抱き付いた。

「喜んでに決まってんだろっ!!」

 首の後ろに腕を回して、顔をろーたの肩に思い切り擦り付ける。
 鼻水もつくかもしれないけど、しゃーなしだ。
 デコをグリグリグリグリしてたら、頭の上に手が乗せられて、ゆっくりと撫でられる。ろーたの手は大きくて厚みがある。ぱっと見はゴツく見えるけど、でも、この手が実は繊細だって事は俺が知って居る。箸の持ち方も、本を読む時、そのページを捲る手付きも、凄く丁寧で優しくて綺麗なのを俺は知って居る。
 頭を撫でていた手がゆっくりと下りて来て、背中をさすさすと撫でるから、俺は肩に置いてた顔を動かして、巻き着けてた腕も解いた。

「…ありがとう」

 そう言って、へにゃりと笑うろーたを見れば、その目にはまだ涙があった。
 いや、新しく出て来たのかも知れない。

「俺も…ありがとうだ…」

 手を動かしてろーたの目元に浮かぶ涙を拭えば、ろーたはくすりと笑ってから、俺の目元をぺろりと舐めた。
 くすぐったくて笑ったら、背中を撫でる右手はそのままに、ろーたの左手が俺の顎に掛かる。
 クイッて顎を持ち上げられて、俺は目を閉じた。
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