矢は的を射る

三冬月マヨ

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青い春の嵐

02.先生がそれでいいのか?

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「…っだ、てめぇはっ!?」

 物凄くドスの効いた声で、突っ込まれてる方の先生が、立ち上がって指を差している俺を睨む。

「ああ、君が矢田君かな? 明日からですよね? 見学に来たのかな? ちょっと、待って、て、下さいね…今、お仕置きの最中でして、ね…」

 いや…何を落ち着いて…いや、腰動かすなよ…続行するなよ…。見られて萎えないのか。逆に燃えるのか。てか、お仕置きって何だよ…。

「んあっ! ばっ、おま、うご…っ…!!」

 突っ込んでいる方が猛然とスパートをかけるのを、俺はただ見ているしか出来なかった。
 何か、泣きたくなったから、俺は空を見上げた。

 …あー…空の青さが目に沁みる…。

 ◇

「いやあ、失礼しました」

 ニコニコと笑いながら、突っ込んでた方が身なりを整え、俺の事を手招きしながら言って来た。
 ちょっと近付きたくないけど…行くしかないんだろなと、俺は歩き出す。
 薄手のモスグリーンのセーターに、下は紺色のスラックスだ。細い目だけど、ちょっと垂れ目っぽいから、怖いとか、そんな感じはしない。歳は…三十…半ばぐらいか? 

「ったく、何でんな処をウロウロしてんだ」

 突っ込まれてた方は、もう、ギンギンに鋭い目でじとりと俺を睨んで来る。
 切れ長の目って言うの? 喋らなきゃ、女の子がわらわらと寄って来そうなのに、勿体無い。
 木に背中を預けて、ダルそうに脚を投げ出して座っている。あ、剥き出しだった尻は、ちゃんとスラックスに収まっている。こっちは、ちゃんとしたスーツ姿だ。いや、でも、アレなアレが飛んで服についてた気がするけど…いいのか?

「おら」

 そんな事を思っていたら、乱れた髪を手櫛でオールバックにしてから、突っ込まれてた方が、俺に向かって手を出して来た。

「は? 何だよ?」

「煙草寄こせ。吸ってたんだろ?」

「んなっ!?」

 何でバレた!?

「こんなトコ、ウロウロしてんのは、ヤニかセックスかマスかく奴しかいねーだろ。ほら、出せ」

 何だ、その決め付け!?

「…ああ、少し匂いますね。フ○ブっておきましょうね」

「お、おいっ!」

 突っ込んでた方が、俺に除菌スプレーをシュッと吹き掛ける。
 俺じゃなくて、突っ込まれた方にやれよと睨めば。

「はい、煙草出して下さい」

 ニコニコ笑顔のまま手を出されて、俺は渋々煙草とライターを渡した。そうすれば、突っ込んでた方はそれをポイッと突っ込まれた方へと投げた。

「今のガキは金持ちだな」

 それを器用に受け取った突っ込まれた方は、煙草を一本取り出して、火をつけて吸い出した。

 …吸うのかよ…。

「ほらよ」

 なんて思ってたら、ふ~っと煙を吐いて、突っ込まれた方が歩いて来て、煙草とライターを俺に返してくれた。

「は?」

「取り上げたりしねぇよ。吸いたきゃ吸えば良い」

「は? え?」

「好きで吸ってんだろ? んなら、止めろっつっても意味ねぇだろが。病気になろうが、それでおっんでも、てめぇの自己責任だ。…まあ、好きじゃねぇなら、当て付けで吸ってんなら止めとけ。時間と金の無駄遣いだ。じゃあな」

「もう少しでお昼のチャイムが鳴りますから、生徒達と話していってみては? それじゃあ、明日から宜しくお願いしますね」

「あ…」

 歩き煙草で行ってしまった…先生がそれでいいのかよ…。

「…当て付けか…」

 手にある煙草を見て、俺はぽつりと零した。
 けど。
 今みたいに言われたのは初めてだった。
 親父も母親も先生も…どの大人も、頭ごなしに、止めろって言うだけだったのに。

「…変な先生…大人だな…」

 煙草をポケットにしまったトコで、チャイムが聴こえて来た。

「あ、飯!」

 案内のパンフレットには、校内の地図も乗っていた。購買部は、二つある校舎を繋ぐ渡り廊下の近くにあったから、中庭を突っ切れば早い。
 トットットッと、中庭を目指して足早に歩いていたら、一人の男…先生が歩いて来るのが見えた。
 青いギンガムチェックのトートバッグを持って、木の下にあるベンチに向かって歩いている。

「…何か冴えない親父だな…」

 あの二人のインパクトが強過ぎて、俺はそう呟いていた。
 濃いグレーのスーツ姿だけど、なんかシワがあるし、足は便所サンダルだし、短い髪の毛は、ちゃんと梳いてんのか? って、言いたいぐらいにボサッとしてる。顔は、良く言えば柔和? はっきり言えば、ぼんやりしてる。太い眉毛に、ちょっと丸い鼻、エラバった頬…アレだ、柔道でもやってそうな感じだ。
 距離もあるし、木の陰になっているせいか、俺が見ているのにも気付かずに、その先生はベンチに座り、トートバッグから水筒と弁当箱を取り出した。蓋を開けて、箸を両手の指の間に挟んで『いただきます』のポーズを取って、軽く頭を下げる。

「…あ…」

 それが、何か懐かしくて、俺は胸を押さえた。
 先生は、小さく笑顔を浮かべて、丁寧に箸を使って弁当を食べて行く。たまに空を見たり、鳥の囀りに耳を澄ませたりして食べて行く。

「…いいな…」

 その先生の場所が、時間がとても穏やかに見えて、何かいいなって思った。
 食べ終わった後も、先生はやっぱり『ごちそうさま』のポーズをして、箸を箸箱にしまい、トートバッグへ入れる。弁当箱も入れたと思ったら、中から一冊の本を取り出した。
 お茶(多分)を一口飲んで、背筋を伸ばして先生はそれを読み出した。

「…何読んでんだろ…」

 真面目な顔をしてたかと思えば、時々口元が緩んだりしてる。かと思ったら、眉を顰めて難しい顔をしたり、そしたら、今度は…凄く優しい顔をした。

 キーンコーンカーンコーンってチャイムの音がして、俺は思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
 先生も慌てて立ち上がって、パタパタと来た道を戻って行く。あっちに、先生用の昇降口があるんだろうな。
 あの先生が担任だったらいいなって、俺は思った。
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