矢は的を射る

三冬月マヨ

文字の大きさ
13 / 57
ギャル親父は壁になりたい

完.壁になるのは難しい

しおりを挟む
「え…」

 ぽとりぽとりと涙を落としながら、矢田が言う。

「…懐かれるのは、嫌じゃない、んだろ? 的場が変わってから、俺、的場に懐いた訳じゃねーだろ? ずっと、昼、一緒にいたよな? 初めて昼に誘ったのは、前世とやらを思い出す前だろ? 転校初日だったからだと思うけど…それからも…俺が昼に傍に行っても嫌な顔しなかっただろ? …俺、好きなんだよ…傍に居ると落ち着くんだよ…話さなくても…安心できんだよ…」

「…矢田…」

 泣かせた。
 俺が泣かせてしまった。
 初めて見る、矢田の涙に胸が痛む。
 その涙を拭おうと手を伸ばした時。

「ああ、いけませんね、こんな可愛い子を泣かせるなんて」

「っとに、うだうだとめんどくせぇな、的場は」

 突然、これまでなかった第三者の声が響いた。

「は?」

「へ?」

 矢田が机に置いた手はそのままに、顔だけで後ろを振り返る、俺も視線をそちらへ、職員室の出入口へと向けた。

「帰ろうとしたら、何やらお取込み中でしたので、様子を見ていました」

 悪びれの無い笑顔を浮かべながら、松重まつしげ先生が俺達の方へと歩いて来る。勿論、着衣の乱れはない。

「嬉しかったなら、そのまま素直に受け取りゃあ良いだけじゃねーか。何をゴチャゴチャ言ってんだか」

 乱れた頭髪を更に乱す様に頭を掻きながら、羽間はざま先生も歩いて来る。
 緩んでいたネクタイも、ワイシャツも綺麗に整えられている。勿論、ズボンもきっちり穿いている。って、言葉遣い隠さないのか。バレたから開き直りか。

「いや、しかし、それ以前に、俺は教師で男…で…」

 …は、意味が無い、か…。
 矢田は、こんな俺を、男の俺を好きだと言った。
 幾ら、前世で腐女子で、今は腐男子でも、物語と現実とでは違う。物語の中の物は綺麗だから、嫌悪感とか抱かないのだろうと、頭の片隅で思っていた。だが、実際にリアルで男同士の行為を目にして…驚き、喜んで…嫌悪感は湧かなかった…。
 今だって、矢田に好きだと言われて、じわじわと嬉しさが込み上げて来て、それを噛み締めていたりするし…。

「…っそ、カッコわりい…」

 矢田が机から手を離して、袖で流れる涙をグイッと拭った。

「カッコ悪くなんてないですよ」

 矢田の右側に松重先生が立つ。

「カッコ悪くて、みっともなくて良いんだよ、恋愛ってヤツは」

 同じく、矢田の左側に羽間先生が…って、あれ? 俺、逃げ場が無くなった? え、何だこれは? 何だ、この圧は。
 目の前には、ヤンチャなイケメンと、落ち着いた雰囲気のイケメンと、ワイルドなイケメンが居る。
 あれ? 壁であるべき腐男子が、何故、イケメンに囲まれているんだ?

「的場先生は、混乱されている様ですから、卒業式の後に、もう一度告白したらどうですか?」

 は?

「そんで振られたら、一年、的場絶ちして気持ちが変わらなかったら、また告白すりゃあ良い」

 え?

「おや。それ、何処かで聞いた事がありますね?」

「るせ」

 愉快そうに目を細める松重先生に、羽間先生は僅かに顔を赤くした。
 何だ? 俺は一体、何を見せられているんだ?

『そこの処、詳しく!』

 と、叫び出しそうになるのを、俺は辛うじて堪える。

「…的場絶ち…」

「お、おい、矢田…?」

 え、まさか、俺、また矢田に告白されるのか? それも、二回も? って、何を考えているんだ、落ち着け、落ち着くんだ、俺。まずは、掌に人と云う字を書いて…。

「…うん。俺、また言う。だから、覚悟しておけよ、的場!」

 人と云う字を書き終える前に、目を赤くした矢田がそう言って来たから、俺はこう言った。

「…考えておきます…」

 …他に、何が言えただろう?
 涙にも弱いが…松重先生の笑顔と、羽間先生の睨みが怖い…イケメン三人の圧に負けた俺が言う言葉なんて、それしかないだろう?

「的場先生は、チョロイン属性のようですから、押せば落ちますよ。頑張って下さいね」

 ポンと、矢田の肩に松重先生が手を置いて、笑顔で何やら酷い事を言った。

 待て。
 まさか、松重先生も腐男子?
 一般人がチョロインって使うか?
 いや、いや、それって、俺がう、け、なのか?

「俺を見て言うな」

 待て。
 羽間先生も意味を知っている?
 いや、押されて落ちたのか!?

「うん、俺、頑張る!」

 いや!?
 嬉しいが、頑張らなくて良いぞ!?
 いや、嬉しいって何だ!?
 どうしたんだ!?
 俺はどうすれば良いんだ!?
 先輩方教えてくれっ!!

 そう頭の中で叫んでも、それに答える様に浮かぶのは、壁に背中を預けて座るすみの姿だ。
 30円のキャンディーを咥え、缶ビールを持った左手を立てた膝の上に乗せた澄は、良い笑顔を浮かべて空いている右手を動かした…――――――――。

 ◇

 怒涛の一日が終わった翌日の昼。

 恒例のベンチで。恒例の様に並んで。
 今日は、最初からパンを四つ抱えた矢田がやって来たから、並んで昼を食べた。
 俺が食べる姿を矢田は嬉しそうに眺めながら、パンを食べる。
 こんな親父が食べる姿を、俺が箸を動かすのを本当に嬉しそうに見ている。
 里芋の煮っ転がしを入れて来なくて良かった。こんなに見られていたら、絶対に落とす。その自信は溢れる程にある。
 でも、まあ…特に会話はなくとも、何だか幸せだなと思える時間を過ごせるのは、悪い事ではないな。

「そーいや、的場さ。頭触るの、俺だけだって…前世を思い出す前からだって、気付いてるか?」

 そして、二つのパンを食べ終えた処で、矢田がそう言って来た。何処か、照れ臭そうに。

「へ…」

 俺の間抜けな声は、高い秋の空に消えて行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...