神様には頼らない

三冬月マヨ

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勇者様教えて・後編

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「…何か…疲れた…」

 ドカッと食堂の椅子に腰掛けて、俺は顔をテーブルの上に乗せた。その前にオニキスが腰を下ろす。

「良かったのか? そなたの家でなくて…」

「………二人に…なりたかった…んだよ…」

 静かなオニキスの声に、テーブルに顔を付けたまま俺はボソボソと言う。言わせんな、ボケ。顔が熱いぞ、ちくしょう。
 オニキスの言う通り、ここは実家じゃなく、違う街にある宿屋だ。
 カラヲに連絡すりゃ迎えに来て貰えるけど、それもしなかった。
 …先刻も言った様に…今日は二人で居たかったから…。
 俺の髪も目も、また黒にして貰った。隣街だから、誰かしら知り合いが居るかも知れないからな。父さんみたいな反応されたら困るし。

 父さんが帰って来たと思ったら、オニキスに絞められてる俺を見て男泣きしだした。
 いや、泣くより先に俺を助けて? てか、何、その反応? 娘取られた父親みたいじゃねーか。
 何とか母さんが父さんを宥めてくれて落ち着いたけど。オニキスもそんな父さんを見て、俺を抱き絞めるのを止めてくれたけどさ。
 それでも父さんは泣きながら、鼻水も垂らしながら、とうもろこしを食べてた。
 街の皆に、俺が男を連れて帰って来たって聞いて走って来たんだと。
 いや、だから、俺、息子だから。娘じゃないから。
 これ、父さんにオニキスが元魔王だって話したらどうなるんだ? って、母さんを見たら、苦笑して首を横に振られたから言わないで置いた。
 泊まってけって、ここは俺の家で、帰る場所だからって。俺の部屋は、そのままにしてあるからって言われたけど…それは嬉しかったけど…嬉しかったんだけど…。…父さんがあれじゃな…。また、その内に顔出すからって、家を後にした。土産に、大量のとうもろこしを持たされた…いや…だから、食えない程茹でるなよ…。いや、折るなよ。

「…にしても…何で母さん、あんなあっさりオニキスを受け入れたんだろ…」

 椅子をずずって後ろに引いて、テーブルに顎を乗せてメニューを捲りながら、気になった事を口にすれば、オニキスがふっと笑った。

「あの日の光と闇の煌めきが、そうさせたのだろうよ」

 あの光と闇のびっくりショー? 手を取り合えって? まあ、メルヒェンになった城では、皆仲良くやって…たよな…? ぼったくってたけど…。

「…まあ、そう思っておくか…」

 …あれだけの冒険者達が居たんだもんな…。
 きっと、皆とは行かなくても、魔族と仲良くやっていけるって、話してくれたのが何人かは居たのかも知れない。そんな訳あるかって、冷やかしで来たのも居たかも知れないけど、けど、あの宴会は楽しかったからな…。…ぼったくりまくってたけど…。

「…後は…そなたは嫌がるかも知れぬが…」

「…何だよ? 言いたい事があるなら言えよ?」

 言い淀むオニキスに、俺は顔を上げて曲げてた背を伸ばす。
 どうでも良い事はズバズバ言うくせに、それ一番重要だろ、って事はなかなか言わないからな、こいつ。

「そなたが選んだ相手だからだ」

 オニキスは俺を見て、すっと、今は薄い茶色の目を細めて口の端で笑った。

「~~~~~~…っ、だから…っ…!」

 カッて顔が熱くなって、俺は手にしてたメニューを頭から被ってテーブルに突っ伏した。

 真顔でそんな事言うなってっ!!
 こいつは、もうっ!!
 でも、嬉しいんだけどな、ちくしょうっ!

 ◇

「………あれ…?」

「どうしたのだ?」

「あ、いや、何でもない。…風呂、入って来いよ…」

 何だか甘ったるい様な、味がしない様な飯を食べて、後は寝るだけって食堂を後にして、二階にある部屋に来たんだけど…。
 …何か…ここ、見た気がする様な…?
 気のせい、か?
 宿屋なんて、何処も似た様なもんだし…。

「…ふむ。私は後で良い。そなたが先に…」

「いや! オニキスが先っ!!」

 グイグイって、俺はオニキスの背中を押して、風呂場へと押しやった。

「…ふぃ…」

 一息ついて、部屋の中を見渡す。

「…やっぱ…見た気がするんだよな…」

 二人部屋だから、ベッドは二つ。それぞれ壁際にある。
 その頭の方に、両開きの窓。そこには、淡い青色のカーテン。
 夏だから涼し気で良いけど、遮光してくれんのか、これ? …は、置いといてっと。
 それぞれのサイドテーブルには、本当にお飾りの、白とピンクの花が一輪。これ、何て名前だったかな? 薔薇なら流石に解るけど。ま、いっか、花の名前知らないぐらいで死ぬ訳じゃないし。
 まあ、それだけのシンプルな部屋で、特に何かが珍しいってのは無いんだけど…。
 何か、引っ掛かるんだよな…。…何だろな、これ…?

「うーん…?」

 窓を開けて空を見れば、薄暗くなった空に白い月が浮かんでいるのが見えた。ちょっと欠けてるけど、ほぼまん丸だな。

「暑さ寒さもお彼岸までって言葉あったよなあ~」

 ほげ~…っと、月を見ながら生温い風に吹かれてたら、バスローブ姿のオニキスが風呂から出て来たから、俺も風呂に向かう。便利空間から出したのか、それともここに用意されていたのかは解んないけど、無かったら俺もバスローブ出して貰おう。とうもろこしは要らないけど。

 ◇

「ん~…」

 タオルで軽く髪を包んで、ぽんぽんと軽く叩きながら髪を拭いて行く。
 勿論、これを俺の髪にしているのはオニキスだ。
 ベッドの端に座る俺の前に立って、嬉しそうに髪を拭いてくれている。
 これをして欲しくて、先にオニキスに風呂に入らせたんだよな。
 こんな風に頭弄られるのって、気持ち良いんだよな。
 因みに、俺が今着てるバスローブはオニキスの便利空間から出して貰った。高級なとこならともかく、こんな、そこらにありふれてる宿屋に、そんなのある訳ないよな、うん。

「…今日はどうしたのだ?」

 粗方拭き終わった髪を指で梳きながら、オニキスが静かな声で聞いて来る。
 手櫛も気持ち良いよな。

「…いや…。その…」

 …まあ、らしくないとは思うけど…。

「……俺の家で…帰る場所って言われたけどさ…」

 …違う、って思ったんだよな…。
 …きっと、オニキスが居なければ…そうは思わなかったんだろうけど…。

「…ふむ?」

 首を傾げながら、オニキスは俺の髪を梳き続ける。

「…俺の帰る場所は…居場所は…お前だから…」

 軽く握った右手でオニキスの胸をトンって叩いたら、俺の髪を梳くオニキスの手が止まった。
 父さんの事もあるけど、母さんがそう言ってくれた時に何か、そう思ってしまって。
 そしたら、何か、オニキスと二人きりになりたくなって。
 どうしようもなく…甘えて…みたくなって…。
『好き』って、言ったせいもあるんだろうけど…苦しかったけど…死ぬかと思ったけど…あんな風に抱き締められたのが嬉しくて…。…そんなこいつが…可愛いって…。…感謝なんて…そんなの…するのは俺の方で…けど、こいつはそんなの求めたりしなくて…。

「…その…。…俺も…お前に…俺がお前の帰る場所だって…思われたら、う、れしぃし…ぐえっ!?」

 って、また顔が胸筋に潰されそうなんですけどっ!?
 ギブッ! ギブだからっ!! 死因は胸筋による圧迫死とか、シャレになんないからっ!!

「っの、馬鹿力がっ!!」

 ドンって、思い切り力を入れて、俺はオニキスを突き飛ばしてベッドから立ち上がり、きょとんとするオニキスの胸にびしぃって指を突き付けて、その顔を見上げながら言った。

「っ、だから…っ…!! 今夜は…っ…! どちらが先に果てるのか勝負しようぜっ!!」

 おおおおおおおおおお口いぃいいいいいいいぃいぃぃぃぃぃいっぃっ!!
 流れ星にお願いして、素直になったんじゃなかったのかよぉぉぉぉおぉぉぉおぉぉぉっ!?
 何、仕事してくれちゃってんだよおぉぉおぉぉおぉぉおぉっ!?

「…ふむ。…ならば教えてもらおうか、そなたの果てとやらを…」

 あ、ヲワタ。
 オニキスがとっても良い笑顔を浮かべていらっしゃる…。
 茶色かった目が、本来の金色になってるし…。
 ギンラギラと、とっても煌々と輝いていらっしゃる…。
 それは、窓の向こうにある月と同じ様に…。

 ◇

『…まさか…そなたに逢えるとはな…』

 …んあ…?
 ボソボソとした声が聞こえる…。
 …うう…身体が重い…。
 瞼も重くて…クソ…もう、どんだけだよ…。

『…そなたは夢であると忘れてしまうのであろうな…』

 …あ、また…。
 …何だよ…誰と話してんだよ…。
 …俺以外に…そなたとか言うなよ…。

『…そなたが私を癒やしてくれた様にな』

 ……何だよ…俺以外にそんな優しい声出してんなよ…。

『…この先のそなたの未来は光に溢れておる』

 …何だよ…何言ってんだよ…?
 なあ、誰と話してんだよ…?

「…ん…おに…」

 重い腕を動かして、ベッドをまさぐるけど、そこに熱は無い。

 嫌だよ…何で居ないんだよ…。
 …何で、俺を放置してんだよ…。

『…そなたの未来に幸あらん事を…』

 …あ、れ…?
 これ…あれ…?
 何時か…何処かで…聞いたと思ってた…言葉…深く深く…優しい…声…。
 …頭…優しく…撫でてくれた…。
 …優しく…何処までも…慈しむ様に…優しく…大きな手で…あれは…閻…。

「…妬いてくれるなよ…?」

 ギシリとベッドが沈んだと思ったら、静かなオニキスの声が聞こえて来て、身体をそっと抱き寄せられたから、俺はもぞもぞと身体を動かして、その胸に顔を押し付けた。
 妬くって何だよって思いながらも、伝わって来る熱が嬉しくて、そっと背中を撫でてくれるのが嬉しくて。先刻まで寂しいなんて思ってた事が消えてく。俺、ちょろいな、なんて思いながら、包まれる熱に身を任せて眠りに付いた。

 朝だか昼だか解んないけど、目が覚めたらオニキスが隣で頬杖を付きながら、クソ甘い目で俺を見てたから、何かめっちゃ恥ずかしくなって、重い脚を動かしてベッドからオニキスを蹴り落としてやった。
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