神様には頼らない

三冬月マヨ

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勇者様教えて・前編

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 ――――――――光に愛された勇者はこの地に生まれ、この地より旅立ち、勇者は魔王と共に光と闇が織りなす世界へと消えて行った――――――――

 とうもろこし畑が見える小高い丘の草原に、その石碑はあった。
 色取り取りの花が、石碑の周りに咲いている。
 石碑の前には、とうもろこしやら、スイカやら、ゴーヤやら茄子やら…とにかく、野菜がたくさん置いてあった。
 そよそよと吹く風は熱を孕んでいて、俺達の身体を撫でて行く。

「…ライザー?」

 そこで俺は精神的大ダメージを負い、草原の中で両手で顔を覆ってゴロゴロと転がっていた。
 痛い、痛すぎる…っ…!!
 石碑に刻まれている、その一文だけ見れば『おお、何て叙情的な』って、思ったかも知れない。
 が。
 がっ!!

「…何だよ、これぇ…。…幾つまでお漏らししてたとか、幾つの時に、蒙古斑が取れたとか、陰でぷるぷる震えて泣いていたとか、初恋は幾つの時で、相手は近所の年上のお姉さんで、てんで相手にされなかったとか…何だよ、このでっちあげェ…、好物はスイカにとうもろこしだったけど、食べ過ぎて腹を壊してからは、泣く泣く我慢してたとか…何の黒歴史を刻んでくれちゃってるんだよぉ~…」

 俺が今、ゴロゴロ転がっているここは、俺の故郷だ。
 土壌が豊かなここは、ありとあらゆる作物が採れて、それで賑わっている。
 今のこの時期は、スイカやら、とうもろこしやらがたわわに実っている。
 事の発端は。

『そーいや、日本で言えば今はお盆なんだよなあ…帰省ラッシュとか、ニュースで賑わう頃だよなあ』

 と云う、何気ない俺の一言だった。
 縁側で足をブラブラさせて、シャクシャクとスイカに塩を掛けて食べながら何気なく言った言葉だった。
 それを聞き付けたカラヲがオニキスに『ライザー様、ホームシックらしいですよ』と話し、速攻でオニキスが俺を拉致り、着物から洋服へと着替えさせて、里帰りをした訳だ。もう、一瞬だった。正に秒だった。
 で、街を見渡せるこの丘に見慣れない物が見えたから、街に入る前にここへ来たんだけど。

「…良いのかよ、人里に来て…勇者も魔王も消えたのに…」

「…ふむ…。消えたのは勇者と魔王。ここに居るのは、ただのライザーとただのオニキスだ。何の問題がある?」

 ゴロゴロするのも疲れたから、でんっと両手両足を伸ばして、大の字になって真っ青な空と白い雲を見ながら呟いたら、俺の頭の元にオニキスがしゃがみ込んで来て、俺の黒い髪をぽんぽんしながら言った。

「…そうだけど…」

 …そうなんだけどさ…。
 …ずっと…生まれた時から、俺は勇者って決まってて、そう育てられて来て、ここで生きて来た俺は勇者で…勇者じゃない俺なんて…誰も知らなくて…勇者じゃない俺は…きっと…。

「…必要じゃない…」

「…ふむ。…ライザー七歳おねしょをしなくなる。ライザー十歳、歯を屋根の上に投げる。ライザー十二歳、お尻の青痣が消える。ライザー十三歳、朝早く自分で下着を洗う。ライザー…」

「んっぎゃああああああああああああああああああっ!!」

 おおおおおおおおおぉおおおおおおおおぉおおおおおお前ぇっ、何を読み上げてくれてんのっ!?

「…勇者しか知らぬのであれば、勇者しか必要で無いのであれば、この様な事等刻むまい? そなたは愛されておるな」

「…え…?」

 俺の頭をぽんぽんするオニキスの手が止まって、俺の顔を覗き込んで来る。
 その目は緩く細められていて、何か背中がむず痒くなった。

「そら、蟻が登って来る」

「お、おお…」

 それぞれの脇の下に手を差し込まれて、俺はオニキスに寄り掛かる様に身体を起こされた。
 横を向いて、もう一度石碑に刻まれている文字を見る。
 一番大きく書かれているのは、叙情的な文だ。その下には、俺の名前に、俺が生まれた日、俺が生まれた時に起きた事、そんな事が刻まれていて。そこから下は俺の恥ずかしい成長記録だ。それは石碑の後ろまで続いていて、幅のある側面にも細かく刻まれていた。

「…そっか…」

 んっせっと、両腕を前に出して脚を曲げて反動を付けて、俺は立ち上がって石碑まで歩き、その刻まれた文字を指でなぞった。
 あの光と闇のびっくりショーの後にこれを建てたんだろうけど、ここまで刻むのにどんだけ掛かったんだよ…。

「…全く…しょーがねーな…」

 呟いたら、ぽたっと何かが目から落ちた。

「…ライザー…」

「…何も言うなよ…」

 悲しい訳じゃ無い。
 ただ、嬉しくて。
 畑仕事とか放ってこれを刻んだのかよとか、何に時間掛けてんだよとか、どっか抜けてんだよな、俺の親はとか、そんな事を思いながらも、やっぱ嬉しくて。何か、もう胸が熱くてさ。もっと早くに帰って来てたら、これに文字を刻む父さんや母さんを見られたのかな、なんて思ったりもして。そしたら、全力で止めたのに、って。

「…俺…生まれ変われて…勇者になれて良かった…」

 隣に立って、ぽんぽんと俺の頭を叩くオニキスを軽く見上げて俺は笑う。
 …前にも言ったけどさ…。

「…お前に逢えて…本当に良かった…」

 オニキスが、そう言ってくれなかったら、俺はきっと気付けなかった。
 勇者で居る事に、俺、何処まで拘ってんだろうな?
 けど、勇者だったから、こいつに出逢えた…。
 …ああ、何度でも言ってやるさ。本当に、お前に出逢えて良かったってな。

「…ライザー…」

 ぽんぽんしてたオニキスの手が止まって、それがそっと俺の頬を撫でて行く。それはやがて、そっと俺の唇に触れて。近付いて来るオニキスの顔に、俺は瞼を閉じ…。

「…ライザー?」

 …ようとしたけど、聞こえて来た懐かしい声にそれは出来なかった。

「チガイマス! 俺ハ、ノボル言イイマスッ!!」

 ドンッと俺はオニキスを突き飛ばして、十歩程進んだ先に居る、眩い金髪を風に揺らせる女性…俺の母さんに向かって、胸の前で思い切り両手を振っていた。
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