神様には頼らない

三冬月マヨ

文字の大きさ
上 下
26 / 29

星に願いを

しおりを挟む
「あ"~ぢぃ~」

 俺は縁側に座り、手には団扇を持ち、脚をぶらぶらさせる。
 その度にちゃぷちゃぷとした音が聞こえる。
 俺の足元には水と氷の入ったタライがある。
 たまに風が吹けばチリンチリンとした風鈴の音が周囲に響く。
 俺の目の前ではカラヲとニャンタが、桶と柄杓を手に庭にパシャパシャと水を撒いている。
 昔の人は良く考えた物だ。涼を取る為に、地面に水を撒いたり、熱くなった屋根にホースを使って水を掛けて冷ましたり、風鈴の軽やかな音を聴いて、耳で涼んでみせたり。
 梅雨が明けたと思ったら、じとっとした夏がやって来た。

「…何で夏の暑さまで日本よりなんだよ…」

 湿度が高くてじとっとした、お馴染みの暑さだ。
 これまで体感して来た夏はカラッとしてたぞ。

「良いじゃないですか。私は好きですよ」

「ライにゃん、去年も同じ事言ってたにゃん! 夏はまだまだこれからにゃん!」

 水を撒きながら、カラヲは呆れた様に、ニャンタは笑いながら言って来た。

「いいだろ、本当の事なんだから」

 むすっとして、縁側に置いていた麦茶の入ったコップを手に取る。コップはすっかり汗を掻いていた。

「おーい。取って来たぞー!」

 それを流し込んだ時、ハムヲのデカい声が庭に響いた。

「んあ? 竹?」

「笹ですよ、ライザー様。今日は七夕ですので」

「ああ、七夕かあ…」

 そっか、七夕なんて全然縁が無かったから、忘れてたよ。テレビのニュースの天気コーナーで、良く言ってたよな『今年も、天の川は見られそうにありませんね』って。梅雨時だから仕方が無いと言えば仕方が無いんだけどな。
 って、もしかして、人生初の天の川見られちゃう? 梅雨は明けて、めちゃくちゃ良い天気だし。なんなら暑過ぎてぐだってるぐらいだし。
 ちゃぷちゃぷと脚を揺らして、へへっと笑った後で。

「…世界が違うっ!!」

 って、俺は叫んでいた。
 この世界にだって、もちろん星はある。
 あるけど、向こうの世界と同じじゃあ無い。
 何てこった。
 めっちゃ空振り。
 エアホームランだ。

「ライにゃん、どうしたにゃん? 叫びたい年頃なのかにゃん?」

 二十歳を過ぎた大人に年頃とか言うな。

「ライザー様、イライラにはカルシウムですよ。三時のおやつは、鰻の骨の唐揚げにしますね」

 別に苛ついてないし、てか、おやつ言うな。

「ライザー様、ハム三十匹ぐらい貸そうか?」

 お前、また増やしたのか。

「だあっ! そうじゃなくて! こっちの世界には天の川は無いんだなって、そう思っただけだ」

 それぞれ勝手を言う奴らに、俺は真っ青な空を見上げながら言った。
 こおんなに、良い天気なのになあ、勿体ないなあ。
 まあ、天の川は見られなくても、もしかしたらそれに近い何かはあるかも知れない。
 よくよく思い出してみたら、星空なんてそんな意識して見た事無かった気がするし、うん。
 七夕限定だけど、今夜はじっくりと星空を見よう。

 ◇

「…何でいきなり雨なんだよ…」

 廊下に座り、閉められたガラスの嵌められた戸の向こうを見ながら、俺はぼやいた。
 俺の視線の先にある窓には、バンバンと雨が景気良く当たってるし、ゴロピシャと云う音と一緒に明るくなったり、暗くなったりしている。
 何だよ、これぇ。何の呪いだよ。俺には七夕の星空を拝ませないって、そう言いたいのかよ、神様は。ひでぇよ、あんまりだ…。
 ぐずくずと鼻を鳴らしながら、ぽてんと廊下に倒れこんだら、思いの外冷たくて、俺は身体を震わせた。

「…ライザー、今宵は冷える。部屋へ戻るが良い」

 そこに、風呂から戻って来たオニキスの声が掛けられる。
 風呂上がりで、ほかほかとした湯気が漂ってそうだ。

「…雷が去るまで、ここに居る。お前は寝てろ」

 なんぼなんでも一晩中雷雨って事はないだろ? どっかの雷の原産地ならあるかも知れないけど。止むまで待つぞ、俺は。そして、この世界での天の川を見つけるんだ。

「…ふむ…」

 一つ頷いた後、オニキスは廊下に胡座を掻いて座り、だらんと寝っ転がる俺の両脇の下に手を入れて、ずりずりと引き寄せて、俺をその上へと乗せた。
 …何だこれは…俺は猫かよ。
 むっとして、後頭部をごつんと、その胸にぶつけてやれば、オニキスはふっと笑って、軽く指をパチンと鳴らした。

『ほぎゃっ?』

 って、とても小さい声が聴こえた様な気がするけど、それよりも。

「…星空が見たいのであろう?」

 そのオニキスの言葉よりも前に、俺の目の前…窓の向こうでは、小さな銀河が広がっていた。
 深い深い闇の中に、たくさんの白く耀く光の粒がある。それは帯となって、長く長く伸びていた。

「…………天の川………」

 その向こうでは、やっぱり雨は降ってるし、雷も鳴ってるけど、でも、そんなのは全然気にならなかった。
 だって、今、俺の目の前には諦めていた天の川があるんだから。

「…これは特別な物であるのだろう? 願えば何かが叶うやも知れぬ。願ってみぬか?」

 頭をぽんぽんとされながら、低い声で優しく促されて、俺は素直に頷いて、願いを心の中で口にした。

 …どうか、もう少し素直なお口さんを下さい。と。

「…ありがとうな…」

 ぐりぐりと頭をオニキスの胸に擦り付けて見上げながら礼を言えば、オニキスはそっと笑って、顔を近付けて来て、軽く俺の唇に自分のそれを重ねて離れて行った。

「…礼には及ばぬよ。…そうさな…礼ならば、そこに居る光と闇の精霊に言うが良い」

 ………………………………………………………………………………………何て?

 ギギギ…と、顔を動かして、オニキスの視線を追えば、そこにあるのは、あのミニ銀河で。
 …白と黒の…。
 …そいや…何か…指パッチンと同時に悲鳴の様な物が聴こえた様な…?

 額に僅かな汗を滲ませて、再びギギギ…と顔を動かしてオニキスを見上げれば、そこにあるのは、とても良い事をしたと、満足そうに笑うオニキスの顔で。

 …うん…考えるのは止めよう。
 何だかんだであいつら不死身っぽいし、うん。
 気にしたら負けだ。
 俺は元勇者だ。
 勇者は細かい事を気にしないんだ、うん。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様お願い

三冬月マヨ
BL
俺はクリスマスの夜に事故で死んだ。 誰も彼もから、嫌われ捲った人生からおさらばしたんだ。 来世では、俺の言葉を聞いてくれる人に出会いたいな、なんて思いながら。 そうしたら、転生した俺は勇者をしていた。 誰も彼もが、俺に話し掛けてくれて笑顔を向けてくれる。 ありがとう、神様。 俺、魔王討伐頑張るからな! からの、逆に魔王に討伐されちゃった俺ぇ…な話。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

悪役にもハッピーエンドを

三冬月マヨ
BL
ゲーム世界のシナリオを書き換えていたら、原作者に捕まりました。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

ペイン・リリーフ

こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。 優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。 記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。 ★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*) ★素敵な表紙は らテて様✧︎*。 ☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...