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星に願いを
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「あ"~ぢぃ~」
俺は縁側に座り、手には団扇を持ち、脚をぶらぶらさせる。
その度にちゃぷちゃぷとした音が聞こえる。
俺の足元には水と氷の入ったタライがある。
たまに風が吹けばチリンチリンとした風鈴の音が周囲に響く。
俺の目の前ではカラヲとニャンタが、桶と柄杓を手に庭にパシャパシャと水を撒いている。
昔の人は良く考えた物だ。涼を取る為に、地面に水を撒いたり、熱くなった屋根にホースを使って水を掛けて冷ましたり、風鈴の軽やかな音を聴いて、耳で涼んでみせたり。
梅雨が明けたと思ったら、じとっとした夏がやって来た。
「…何で夏の暑さまで日本よりなんだよ…」
湿度が高くてじとっとした、お馴染みの暑さだ。
これまで体感して来た夏はカラッとしてたぞ。
「良いじゃないですか。私は好きですよ」
「ライにゃん、去年も同じ事言ってたにゃん! 夏はまだまだこれからにゃん!」
水を撒きながら、カラヲは呆れた様に、ニャンタは笑いながら言って来た。
「いいだろ、本当の事なんだから」
むすっとして、縁側に置いていた麦茶の入ったコップを手に取る。コップはすっかり汗を掻いていた。
「おーい。取って来たぞー!」
それを流し込んだ時、ハムヲのデカい声が庭に響いた。
「んあ? 竹?」
「笹ですよ、ライザー様。今日は七夕ですので」
「ああ、七夕かあ…」
そっか、七夕なんて全然縁が無かったから、忘れてたよ。テレビのニュースの天気コーナーで、良く言ってたよな『今年も、天の川は見られそうにありませんね』って。梅雨時だから仕方が無いと言えば仕方が無いんだけどな。
って、もしかして、人生初の天の川見られちゃう? 梅雨は明けて、めちゃくちゃ良い天気だし。なんなら暑過ぎてぐだってるぐらいだし。
ちゃぷちゃぷと脚を揺らして、へへっと笑った後で。
「…世界が違うっ!!」
って、俺は叫んでいた。
この世界にだって、もちろん星はある。
あるけど、向こうの世界と同じじゃあ無い。
何てこった。
めっちゃ空振り。
エアホームランだ。
「ライにゃん、どうしたにゃん? 叫びたい年頃なのかにゃん?」
二十歳を過ぎた大人に年頃とか言うな。
「ライザー様、イライラにはカルシウムですよ。三時のおやつは、鰻の骨の唐揚げにしますね」
別に苛ついてないし、てか、おやつ言うな。
「ライザー様、ハム三十匹ぐらい貸そうか?」
お前、また増やしたのか。
「だあっ! そうじゃなくて! こっちの世界には天の川は無いんだなって、そう思っただけだ」
それぞれ勝手を言う奴らに、俺は真っ青な空を見上げながら言った。
こおんなに、良い天気なのになあ、勿体ないなあ。
まあ、天の川は見られなくても、もしかしたらそれに近い何かはあるかも知れない。
よくよく思い出してみたら、星空なんてそんな意識して見た事無かった気がするし、うん。
七夕限定だけど、今夜はじっくりと星空を見よう。
◇
「…何でいきなり雨なんだよ…」
廊下に座り、閉められたガラスの嵌められた戸の向こうを見ながら、俺はぼやいた。
俺の視線の先にある窓には、バンバンと雨が景気良く当たってるし、ゴロピシャと云う音と一緒に明るくなったり、暗くなったりしている。
何だよ、これぇ。何の呪いだよ。俺には七夕の星空を拝ませないって、そう言いたいのかよ、神様は。ひでぇよ、あんまりだ…。
ぐずくずと鼻を鳴らしながら、ぽてんと廊下に倒れこんだら、思いの外冷たくて、俺は身体を震わせた。
「…ライザー、今宵は冷える。部屋へ戻るが良い」
そこに、風呂から戻って来たオニキスの声が掛けられる。
風呂上がりで、ほかほかとした湯気が漂ってそうだ。
「…雷が去るまで、ここに居る。お前は寝てろ」
なんぼなんでも一晩中雷雨って事はないだろ? どっかの雷の原産地ならあるかも知れないけど。止むまで待つぞ、俺は。そして、この世界での天の川を見つけるんだ。
「…ふむ…」
一つ頷いた後、オニキスは廊下に胡座を掻いて座り、だらんと寝っ転がる俺の両脇の下に手を入れて、ずりずりと引き寄せて、俺をその上へと乗せた。
…何だこれは…俺は猫かよ。
むっとして、後頭部をごつんと、その胸にぶつけてやれば、オニキスはふっと笑って、軽く指をパチンと鳴らした。
『ほぎゃっ?』
って、とても小さい声が聴こえた様な気がするけど、それよりも。
「…星空が見たいのであろう?」
そのオニキスの言葉よりも前に、俺の目の前…窓の向こうでは、小さな銀河が広がっていた。
深い深い闇の中に、たくさんの白く耀く光の粒がある。それは帯となって、長く長く伸びていた。
「…………天の川………」
その向こうでは、やっぱり雨は降ってるし、雷も鳴ってるけど、でも、そんなのは全然気にならなかった。
だって、今、俺の目の前には諦めていた天の川があるんだから。
「…これは特別な物であるのだろう? 願えば何かが叶うやも知れぬ。願ってみぬか?」
頭をぽんぽんとされながら、低い声で優しく促されて、俺は素直に頷いて、願いを心の中で口にした。
…どうか、もう少し素直なお口さんを下さい。と。
「…ありがとうな…」
ぐりぐりと頭をオニキスの胸に擦り付けて見上げながら礼を言えば、オニキスはそっと笑って、顔を近付けて来て、軽く俺の唇に自分のそれを重ねて離れて行った。
「…礼には及ばぬよ。…そうさな…礼ならば、そこに居る光と闇の精霊に言うが良い」
………………………………………………………………………………………何て?
ギギギ…と、顔を動かして、オニキスの視線を追えば、そこにあるのは、あのミニ銀河で。
…白と黒の…。
…そいや…何か…指パッチンと同時に悲鳴の様な物が聴こえた様な…?
額に僅かな汗を滲ませて、再びギギギ…と顔を動かしてオニキスを見上げれば、そこにあるのは、とても良い事をしたと、満足そうに笑うオニキスの顔で。
…うん…考えるのは止めよう。
何だかんだであいつら不死身っぽいし、うん。
気にしたら負けだ。
俺は元勇者だ。
勇者は細かい事を気にしないんだ、うん。
俺は縁側に座り、手には団扇を持ち、脚をぶらぶらさせる。
その度にちゃぷちゃぷとした音が聞こえる。
俺の足元には水と氷の入ったタライがある。
たまに風が吹けばチリンチリンとした風鈴の音が周囲に響く。
俺の目の前ではカラヲとニャンタが、桶と柄杓を手に庭にパシャパシャと水を撒いている。
昔の人は良く考えた物だ。涼を取る為に、地面に水を撒いたり、熱くなった屋根にホースを使って水を掛けて冷ましたり、風鈴の軽やかな音を聴いて、耳で涼んでみせたり。
梅雨が明けたと思ったら、じとっとした夏がやって来た。
「…何で夏の暑さまで日本よりなんだよ…」
湿度が高くてじとっとした、お馴染みの暑さだ。
これまで体感して来た夏はカラッとしてたぞ。
「良いじゃないですか。私は好きですよ」
「ライにゃん、去年も同じ事言ってたにゃん! 夏はまだまだこれからにゃん!」
水を撒きながら、カラヲは呆れた様に、ニャンタは笑いながら言って来た。
「いいだろ、本当の事なんだから」
むすっとして、縁側に置いていた麦茶の入ったコップを手に取る。コップはすっかり汗を掻いていた。
「おーい。取って来たぞー!」
それを流し込んだ時、ハムヲのデカい声が庭に響いた。
「んあ? 竹?」
「笹ですよ、ライザー様。今日は七夕ですので」
「ああ、七夕かあ…」
そっか、七夕なんて全然縁が無かったから、忘れてたよ。テレビのニュースの天気コーナーで、良く言ってたよな『今年も、天の川は見られそうにありませんね』って。梅雨時だから仕方が無いと言えば仕方が無いんだけどな。
って、もしかして、人生初の天の川見られちゃう? 梅雨は明けて、めちゃくちゃ良い天気だし。なんなら暑過ぎてぐだってるぐらいだし。
ちゃぷちゃぷと脚を揺らして、へへっと笑った後で。
「…世界が違うっ!!」
って、俺は叫んでいた。
この世界にだって、もちろん星はある。
あるけど、向こうの世界と同じじゃあ無い。
何てこった。
めっちゃ空振り。
エアホームランだ。
「ライにゃん、どうしたにゃん? 叫びたい年頃なのかにゃん?」
二十歳を過ぎた大人に年頃とか言うな。
「ライザー様、イライラにはカルシウムですよ。三時のおやつは、鰻の骨の唐揚げにしますね」
別に苛ついてないし、てか、おやつ言うな。
「ライザー様、ハム三十匹ぐらい貸そうか?」
お前、また増やしたのか。
「だあっ! そうじゃなくて! こっちの世界には天の川は無いんだなって、そう思っただけだ」
それぞれ勝手を言う奴らに、俺は真っ青な空を見上げながら言った。
こおんなに、良い天気なのになあ、勿体ないなあ。
まあ、天の川は見られなくても、もしかしたらそれに近い何かはあるかも知れない。
よくよく思い出してみたら、星空なんてそんな意識して見た事無かった気がするし、うん。
七夕限定だけど、今夜はじっくりと星空を見よう。
◇
「…何でいきなり雨なんだよ…」
廊下に座り、閉められたガラスの嵌められた戸の向こうを見ながら、俺はぼやいた。
俺の視線の先にある窓には、バンバンと雨が景気良く当たってるし、ゴロピシャと云う音と一緒に明るくなったり、暗くなったりしている。
何だよ、これぇ。何の呪いだよ。俺には七夕の星空を拝ませないって、そう言いたいのかよ、神様は。ひでぇよ、あんまりだ…。
ぐずくずと鼻を鳴らしながら、ぽてんと廊下に倒れこんだら、思いの外冷たくて、俺は身体を震わせた。
「…ライザー、今宵は冷える。部屋へ戻るが良い」
そこに、風呂から戻って来たオニキスの声が掛けられる。
風呂上がりで、ほかほかとした湯気が漂ってそうだ。
「…雷が去るまで、ここに居る。お前は寝てろ」
なんぼなんでも一晩中雷雨って事はないだろ? どっかの雷の原産地ならあるかも知れないけど。止むまで待つぞ、俺は。そして、この世界での天の川を見つけるんだ。
「…ふむ…」
一つ頷いた後、オニキスは廊下に胡座を掻いて座り、だらんと寝っ転がる俺の両脇の下に手を入れて、ずりずりと引き寄せて、俺をその上へと乗せた。
…何だこれは…俺は猫かよ。
むっとして、後頭部をごつんと、その胸にぶつけてやれば、オニキスはふっと笑って、軽く指をパチンと鳴らした。
『ほぎゃっ?』
って、とても小さい声が聴こえた様な気がするけど、それよりも。
「…星空が見たいのであろう?」
そのオニキスの言葉よりも前に、俺の目の前…窓の向こうでは、小さな銀河が広がっていた。
深い深い闇の中に、たくさんの白く耀く光の粒がある。それは帯となって、長く長く伸びていた。
「…………天の川………」
その向こうでは、やっぱり雨は降ってるし、雷も鳴ってるけど、でも、そんなのは全然気にならなかった。
だって、今、俺の目の前には諦めていた天の川があるんだから。
「…これは特別な物であるのだろう? 願えば何かが叶うやも知れぬ。願ってみぬか?」
頭をぽんぽんとされながら、低い声で優しく促されて、俺は素直に頷いて、願いを心の中で口にした。
…どうか、もう少し素直なお口さんを下さい。と。
「…ありがとうな…」
ぐりぐりと頭をオニキスの胸に擦り付けて見上げながら礼を言えば、オニキスはそっと笑って、顔を近付けて来て、軽く俺の唇に自分のそれを重ねて離れて行った。
「…礼には及ばぬよ。…そうさな…礼ならば、そこに居る光と闇の精霊に言うが良い」
………………………………………………………………………………………何て?
ギギギ…と、顔を動かして、オニキスの視線を追えば、そこにあるのは、あのミニ銀河で。
…白と黒の…。
…そいや…何か…指パッチンと同時に悲鳴の様な物が聴こえた様な…?
額に僅かな汗を滲ませて、再びギギギ…と顔を動かしてオニキスを見上げれば、そこにあるのは、とても良い事をしたと、満足そうに笑うオニキスの顔で。
…うん…考えるのは止めよう。
何だかんだであいつら不死身っぽいし、うん。
気にしたら負けだ。
俺は元勇者だ。
勇者は細かい事を気にしないんだ、うん。
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