神様には頼らない

三冬月マヨ

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6月の協奏曲

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 しととしととと雨が降っている。
 ポツリポツリと、軒下に出来た水の珠が重さに耐え切れずに落ちて行く様子を見ながら、俺はポツリと呟いた。

「…梅雨まで再現しなくて良いのに…」

 と。

 じめじめとじとじとと、時に生温い暑さと時に肌寒い様な、そんな毎日が続いていた。
 庭にある樹木は生き生きとしてるし、石畳みには見事な苔が生えてるし、食べ残しのご飯にはカビが生えてるし、田んぼの方からはゲコゲコと蛙の鳴き声が聞こえるし、もう、本当に見事な梅雨だった。

「ライザー様、梅雨だからってそんなゴロゴロしていたら、キノコが生えて来ますよ。あ、松茸は既に生えていましたね、失礼しました」

 …おい、松茸って何だ…。

「もう、鬱陶しいですね。気分転換にオニキス様と元魔王城にでも行ってみては如何ですか? 新劇の魔王×勇魔王、まだご覧になってませんよね? 中々の出来だと評判ですよ」

 ゴロゴロと畳の上で寝っ転がる俺を見下ろしながら、呆れた様にカラヲが言って来る。

 勇魔王言うな、やめろ。黒歴史を思い出させるな。

「…劇に興味は無いけど、気分転換かあ。確か、闘技場みたいなのもあるんだよな?」

 元魔王城は、今や冒険者達の人気スポットになっているらしい。
 もふもふ天国があったり、カラヲが今言った劇を見せたり、冒険者同士が腕試しをする闘技場なんかもある。宿泊も出来る様にもなっているとの事だ。また、マリエル特製の媚薬とかも売られている。おい、何やってんだ性女。
 まあ、この場所へと通じる部屋は立ち入り禁止になってるけどな。
 まあ、そんな元魔王城では当然魔族達が働いているんだけどさ。何だかんだで遊びに来た人間達と仲良くやっているそうで、これまでの"魔族対人間"って構図が崩れて来ているそうだ。
 それはそれで良い傾向だ。あの光と闇のびっくりショーで語られた事が実現されつつあるって事だからな。

「ええ。それを見に来る人達も増えていますね」

「んー、そうだな~。最近だらけてるし、ちょっと運動でもするかなあ~」

「では、お着替えをご用意しますね」

「おー」

 久しぶりの洋服だな。
 クリスマスにメ○・イン・ブラックやって以来だなあ。
 なんて、思った俺が馬鹿だった。

 ◇

「見つけたっ!!」 

「うぉおおおおおおおおおおえおおおぅぉおぉぉぉっぉっぉっ!!」

 俺は元魔王城の中を走っていた。それはもう、全力で。
 慣れないヒッラヒラのスカートの裾を揺らし、頭にあるベールをはためかせ、慣れないヒールで元魔王城の中を走っていた。

「あ、い、つ、ら、めえぇっぇええええええぇっ!!」

『6月と言えば、誰もが憧れる、ジューンブライドですよ!』

 と、カラヲが持って来たのは、純白のウェディングドレスだった。
 俺は勿論、それを見た瞬間に脱兎の如く逃げ出した。嫌な予感しかしない。
 逃げ出したんだけど、ここんとこ何処かへ出掛けているオニキスがひょっこり現れて、捕まって、ちょっと眠らされてしまった。で、気が付いたらロープで雁字搦めにされて、猿轡も噛まされて、オニキスと戦った広間の椅子に座らされていた。そんな俺の前には冒険者達の群れ。3、40人ぐらい居るのか? で、俺の両脇にはカラヲとニャンタが居た。

『はーい! 本日だけのスペシャル企画ですよ~! 制限時間は3時間! 今からこちらの花嫁が、このお城の中を全力フルバーニア…もとい、アクセル全開で逃げ回ります。この逃げる花嫁を捕らえた者に! こちらの花嫁と、こちらの媚薬をセットで差し上げまーす!』

 爽やかな笑顔で何言ってんだっ!?

『うごーっ! うごーっ!!』

『参加費はお一人様金貨20枚だにゃん!』

 うぉおおおおおおおぉいぃっ!?
 無邪気な笑顔で何言ってんの、この猫!!
 ぼったくり、いや、ぼってない!?
 人一人の値段じゃ安いよな!?
 ちなみに金貨20枚あれば半年程はそれなりに過ごせる…らしい。

『むごーっ! むごーっ!!』

『はい、花嫁も大変ヤる気に満ち満ちています! 純白のドレスの下に隠されている秘密の花園を…』

 花園って何だ、花園ってっ!!

『もごーっ! もごーっ!!』

『魔法の使用は禁止だにゃん! 使ったら即あばばされて退場だにゃん!』

 あばば!? オニキス公認!?

『めごーっ! めごーっ!!』

『では、勝負の前に、ここで花嫁から一言貰いましょうか』

『だにゃん!』

 カラヲとニャンタがそう言いながら俺を縛るロープと猿轡を外して行く。
 自由になった俺はすっくと椅子から立ち上がり、掌を見せながら右手を真っ直ぐ伸ばし、左手は何時の間にか被せられてた白いレースのベールを捲り、少しだけ顎を上げて広間に居る奴らを見下す様にして、言った。

『俺を簡単に捕らえられるとは思わない事だな。まあ、捕らえられたら、その時は大人しく花園を見せてやろう。捕らえられるものなら、な』

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃいぃいぃぃいぃぃっ!!
 ここぞとばかりに張り切って仕事してんじゃねーっ!!
 こんの、馬鹿口があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!

『おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!』

 広間は野郎共の雄叫びに埋め尽くされた。
 お前ら、皆、男いけるのかよっ!?

『花嫁の意気込みが伝わりましたでしょうか? では、花嫁がこの広間から出て10分後に争奪戦を開始しますね。魔法の使用は禁止。城外へ花嫁が逃げるのも禁止です。城内でしたら、何処へ逃げても大丈夫ですよ』

『花嫁を捕まえたら、ここに連れて来るにゃん! 連れて来る前に手を出したらあばばされるにゃん! んじゃ、花嫁は逃げるにゃん!!』

 ニャンタの言葉に俺は広間の扉を蹴破って飛び出した。
 ヒールは走り難いが、俺は元勇者だ。勇者はヒールぐらいでコケたりはしない。
 そして、開放感溢れる渡り廊下から庭へ踊り出…。

『あばばばっばばばばばばっ!!』

 …られなかった。
 めっちゃ身体痺れたぞ!?
 倒れたら速攻で捕まるだろ!!
 何考えてんだ、あの元魔王っ!!
 てか、あいつ何処に居るんだ!?

 俺はオニキスを探す事にした。
 俺を景品とか何考えてんだ、あの野郎はっ!

 ◇

「くっそおぁおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 そんなこんなで、俺、爆走中。
 魔法の使用は禁止って言われたが、暴力は駄目とは言われていない。
 そんな訳で捕まりそうになったら、蹴りが出たり拳が出たりする。
 その度に野郎共から歓喜の声が上がるのは何でだ?
 こいつら皆マゾなのか?
 俺は軽く運動をしたかっただけなのに!
 こんな全力疾走なんて望んでいなかったのにっ!!
 とにかく逃げ回りながら、オニキスの姿を探す。
 扉を見付けては開けて中を伺う。その度に冒険者達に閉じ込められそうになった事数回。何とか逃げられているけど、捕まったらオニキスのせいだからな!

「どっせいっ!!」

「させるかっ!!」

 冒険者の腕が背後に迫る。
 俺は身体を翻しながら、ついでにベールもスカートも翻して、右腕でその腕を弾いて、右脚をそいつの股間目指して振り上げる。てかベールを剥ぎ取らないこいつらは紳士だったりするのか?

「おおおおおおおおおおおっ!!」

 追い付いて来た奴らから、また歓喜の声が上がる。
 男の見えそうで見えないスカートの中身がそんなに嬉しいんか、お前らっ!!
 因みに股間を蹴り上げた奴は白目を剥いて昇天した。その口元はだらしなく緩んでいた。
 ヒールで股間を蹴られた経験は俺には無いけど、満員のエレベーターの中で爪先を踏まれた事はある。めちゃくちゃ痛かった。

「っそおおおおおおおおおおおっ!!」

 昇天した奴を何処か羨ましそうに見る冒険者達を置いて、俺はまた走り出した。
 これだけ探して見付からないって、どう云う事だよ!?
 何処に隠れてんだ!?

「…あ…っ…!!」

 地下のあの鏡の間!
 カラヲは城内なら何処に逃げても良いって言った!
 立ち入り禁止ってなってるらしいけど、それは関係者以外立ち入り禁止って事だろ? なら俺はバリバリ関係者だからオッケーだっ!!
 ぞろぞろと冒険者達を連れて行く訳にも行かないから、俺は奴らを殲滅する事にした。
 逃げるのを止めて、待ち伏せして冒険者達を片っ端から駆逐して、すっきりした処で悠々と地下へと向かった。
 俺は元勇者だ。勇者に逃げると云う言葉は無いのだ。うん。

「見つけたぞ、オニキス!!」

 バンッと力強く鏡の間の扉を開けながらそう叫べば、真っ白なタキシードに身を包んだオニキスが鏡の前に立って居た。

「ふ…待ちかねたぞ」

 上下は白だけど、中のベストはちょっと薄い紫色。ネクタイはそれよりも若干濃い紫だ。胸のポケットには黒に近いグレーのチーフ、髪は白いリボンで結んでるのか? …めちゃくちゃ似合ってる…。それに引き換え、俺はドレスとか…って!!

「お前ら何考えてんだっ!! 人を景品にしやがって! 俺が捕まったらどうする気だったんだっ!!」

「…ふむ…。そなたが捕まる事は無い。軽く運動をしたいとの話だったのでな。この披露目の前に余興としただけよ」

 軽くじゃねーっ!!
 目一杯動いたよっ!!
 てか、こいつ何て言った?

「…はあ…?」

 悪びれも無く淡々と言うオニキスに、俺の眉が跳ね上がる。

「そなたの世界では6月に婚姻を結ぶと永遠に幸せになれるのだろう?」

「…へ?」

 …いや…それは…確か、6月は雨が多くて結婚式を挙げる奴らが少ないから、そんな話をでっちあげたとか何とか…って…披露目に婚姻って…。…タキシードにウェディングドレス…。何よりもカラヲが言ってた…ジューンブライドって…。

「って、ええええええええええっ!?」

 何!?
 結婚式って事!?
 俺とオニキスの!?

《終了30分前だにゃん! 花嫁を捕まえたのは誰だにゃん? それともまだ居ないのかにゃん?》

 軽くテンパってたら、暢気なニャンタの声が城内に響いた。

「ふむ。では参ろうか」

「おわっ!?」

 オニキスは鷹揚に頷いた後、いきなり俺の身体を抱き上げた。
 当然の如くお姫様抱っこだよ。結婚式の場面とかで良く見るよな!
 あれか? 映画では恋人が花嫁を略奪に来るけど、この場合は花嫁が花婿を略奪しに来たってなるのか?

「此度のは、そなたが私の物であり、私がそなたの物であると云う事を知らしめる為の物。気楽にするが良い」

「何?」

 良い笑顔を向けるオニキスに、俺は訳が解らず首を傾げた。

 そしてオニキスに抱っこされたまま広場へと行けば、そこには何時の間にやら、テーブルや椅子、料理等がセッティングされていて、俺がのした冒険者達がやんややんやと呑み食いしていた。
 カラヲとニャンタは『彼らは、まあ当て馬とでも言うのでしょうかね? お詫びにこうしてお酒やお食事を振る舞っていますので』とか『参加費は半分返したにゃん!』と、しれっとしてやがった。いや、全額返してやれよ。
 冒険者達は『うっ、うっ、勇者様に似てたから』とか『勇者様似ならイケる!』とか『どーせ美味しいトコは色男が掻っ攫って行くんだよな、知ってた!』とか『勇者様似のあんたに、俺の処女を…』とか『幸せになれよ、ちくしょー』とか、たまに恐ろしい事を口にしながら酒を呷ったり、ピザやら唐揚げやら何やらを食べたりしてた。
 まあ、全力疾走する羽目になったけどさ。
 終わってみれば悪いもんじゃなかったよ。
 もう一度と言われたら、全力で拒否するけど。
 こうして、見知らぬ誰かと騒ぐのも良いもんだな。

「そら、喉が渇いたであろう。潤すが良い」

 オニキスからグラスを渡されて、透明な液体の入ったそれをくいっと傾ければ、程良く汗を掻いた身体に、それは気持ち良く染み渡って行った。

 そして、翌日、俺はまた黄色い太陽を拝むのだった。
 ……しれっと媚薬混ぜてんじゃねーよっ!! こんの色ボケ元魔王がっ!!
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