神様には頼らない

三冬月マヨ

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春の嵐

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 風はそよそよと、と云うよりはゴウゴウと吹いている。
 はらはらと、と云うよりはバッサバッサと、薄い桃色の花びらが刺す様な勢いで宙を舞っている。

 …うん。
 桜吹雪の中での花見ってさ、憧れてたけどさ。
 桜の絨毯とか、綺麗だなとか思ってたけどさ。

「…ないわー」

 これは、ないわー。

 ゴウゴウと吹く風に髪の毛がうねり捲り、抜けて行くんじゃないかと不安になる。耐えろ、俺の毛根。髪を結んでいるオニキスはともかく、髪を結んでいないカラヲはメデゥーサになってる。うっかり口を開けば、その中に容赦なく桜の花びらが入って来る。たまに毛虫も居るから要注意だ。春の嵐って言葉があるけどさ。何もこんな日に、根こそぎ桜の花を禿げ散らかし捲る勢いで荒れなくても良いじゃないか。こんちくしょうめ。青い空の馬鹿野郎。

 今は春。場所はオニキスの屋敷の庭。
 そこで、俺達は花見をしていた。
 満開も満開で、はらはらと舞って行く桜の花が寂しくて。
 花見がしたいな、と口にしたら、オニキスとカラヲと以下略が張り切って準備してくれた。
 前世での花見の経験なんて、無い。
 新入社員時代に場所取りをしたきりだ。
 春とは云え、夜はやはり冷え込んでさ。
 寝袋で一晩過ごしたさ。
 で、見事に俺は風邪を引いて皆が集まり出した頃に、とっとと帰宅した。
 俺と一緒に場所取りしたヤツはピンピンしてた。解せぬ。ダンボールか。ダンボールの差なのか。

 庭に広げられた、い草のゴザの上には、おはぎの乗った皿や、白玉団子にあんこを添えた物や、きな粉を塗した物、鯛の塩焼きや、赤飯のおにぎり、筍の煮物、菜の花のおひたし等々、カラヲが腕によりをかけた品々が並んで居る。
 そのカラヲは髪をメデゥーサにしながら、ゴーグルを掛けてマスクをして七輪の上で鹿肉を焼いていた。
 白い煙がもっくもっくとしていて、それが俺達が居る方に漂って来ていて、目がしぱしぱする。

「…オニキス…」

「…ふむ…」

 隣に並んで座り盃を傾けるオニキスに声を掛ければ、軽く指をパチンと鳴らした。
 途端に俺達の周りの風が柔らかくなった。
 風の勢いが弱まったのではなく、ゴザの敷かれている範囲に見えない防御壁みたいのを張ったのだろう。
 俺達の周りに舞う桜の花びらはふわふわとゆったりとゴザの上に落ちて行くが、ゴザの範囲の向こうでは変わらずに刺す様な勢いで渦巻いていた。

「さて、と。あらかたの準備は終わりましたし、私は失礼しますね。こちらはウィンナーやチーズを燻しています」

 そう云うとカラヲは立ち上がってゴーグルとマスクを外して、いそいそと里の広場で開催されている大花見会場の方へと向かった。
 本当なら、俺もそっちに参加したかったんだが。酒を呑まないのならば、参加しても良いとオニキスに言われて俺は諦めた。花見酒無くして、何が花見か! ちくしょうっ!!
 てな訳でカラヲが去った事だしと、俺はいそいそと徳利に手を伸ばした。日本酒って前世では苦手だったんだけど、この里で作る酒は何か知らないけど美味いんだよな。すんげースッキリしてて、でも微妙な甘さがあってさ、とにかく呑みやすいんだよな、これが。グイグイ行ける。ツマミも美味いし。
 はらはらとひらひらと青空を背景に舞う桜の花びらを見ながら、俺は盃をグイグイ傾けた。

 ◇

「…ん~…おにきすぅ~…」

 で、だ。
 気分良く呑み進めた結果が、これだ。

「もう、呑まぬ方が良い」

 俺は胡坐を掻いて座るオニキスの脚の上に乗り、背中を預けていた。

「やーだー、のーむー」

「少し酔いを醒ました方が良い」

「酔いを良い~…親父ぎゃぐ~ウケる~」

「………」

 後頭部でオニキスの胸をグリグリしながらそう言ったら、軽くオニキスの溜め息が聞こえた、と思ったらパッチンと指を鳴らす音が聞こえた。

「…ほえ…っぷぅっ!?」

 と、同時に嵐の様な風が吹き荒れて、桜の花びらが全身に当たって来た。

「う~、いたい~、あたまはげる~!」

「…禿げはせぬが、酔いは剥がした方が良かろう」

「禿げを剥がす…ないすぅ~…んん~? 頭皮をはがすぅ~? かるくホラ~?」

「…とにかく水を…」

「う~む~くるしゅ~な~い~」

 何かもう、ふわふわと気持ちが良くてさ。
 春の嵐なんかどうでも良くってさ。
 困った様なオニキスの声が気持ち良くって。
 たまにはこんなのも良いよなと思いながら、俺はオニキスが差し出したコップを受け取る事無く、それに口だけを付けて、後はオニキスが傾けてくれるのに任せた。

 次の日の朝、思い切り布団の中で恥ずかしさのあまり、もんどりうつ事をこの時の俺はまだ知らない。
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