神様には頼らない

三冬月マヨ

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勇者様は知らない・2

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 トアールも、その場に居た王族の皆も、侍従も、とにかくその場に居た誰もが感嘆の息を零していた。

 勇者ライザーが王都に入り、騎士団の宿舎へと着いた今日、その夜。
 予定されていた歓迎の宴が開かれた。
 ライザーは、そんな宴など不要だと断ったが、これも勇者の務めだとフクーダに諭されて、渋々と城へと足を運ぶ事となった。
 上官として、団長のトアールも一緒に。
 しかし、渋々と足を運んだ割にライザーはそれを顔に出す事も無く、それは優雅な所作で挨拶を交わし、今も、ワインを勧める王の誘いを失礼の無い様に断っている。
 まだ、15歳だと云うのに、その洗練された動作に誰もが魅入っていた。
 正装など用意していないと云う事だったから、騎士団の制服を着せたのだが、その深紅がまた良く似合う。
 その、背中まである輝く金の髪は、今は後ろで一つに結ばれており、海の様な青い瞳には理知的な光がある。将来は恐らく、今よりも多くの者を惹き付ける事となるだろう。それは、光に愛された勇者だからなのか。
 誰もが、ライザーの控え目ではあるが、眩い笑顔に見惚れて時を忘れていた。
 そんな折「あ…」と、小さな声がライザーの口から漏れた。
 ライザーの左手から滑り落ちた銀のフォークが、魔法で作られた光球の光を浴びて煌めきながら床へと落ちて行く。
 誰もが、それは床に落ちると思ったが、床に落ちる直前で壁に控えていた筈の侍女がそれを掬い上げた。
 そして、ワゴンに用意されていた新たなまっさらなフォークを、うやしくライザーへと差し出した。

「ありがとうございます」

 その当然の行為に、ライザーは満面の笑みを浮かべてそう言った。
 その場に居た誰もが、ズッキューンと心臓を撃ち抜かれた。
 侍女は顔を真っ赤にしながらも、一礼をして元の位置へと戻って行く。
 ライザーが落としたフォークを、そっとスカートのポケットへと忍ばせて。
 侍女のその動作に気付いた者は、この場には居ない。
 皆、ライザーの笑顔で頭が茹で上がっていたからだ。
 侍女のそれは、仕事で当然の事だ。
 しかし、ライザーは心から彼女を労った。
 それは、感心すべき事で見習わなければならない事だと、誰もが思った。
 その労いは向上心へと繋がる。
 その証拠に礼を言われた侍女の顔付きが、先程までとはまるで別人の様ではないか。
 周りに居た者達も、先程よりも姿勢を正していたりする。
 一人の向上心が、他の者達にも火を付けた様だ。

 しかし。
 誰も知らない。
 侍女が頭の中で『あばばばばばばば』と、言っている事を。
 侍女がポケットに忍ばせたフォークが、あばばついでに盗まれていた事を。
 そして、この後、ライザーとトアールが退室した後にその場の全員があばばされると云う事を。
 誰も、何も知らないのだ。



――――――――☆おまけ☆――――――――

 とある勇者の心の声。

「ひええええぇ~。何だよぉ。何で王様とかその他諸々と飯食わなきゃならないんだよぉ~。歓迎会って、騎士団の皆とワイワイガヤガヤを期待してたのにぃ~。何だよ。どんな風にすりゃいいのか解んねえよぉ~。神様助けて~。うわあ、手汗がすげぇ~滑るぅ…滑ったぁっ!! あ、拾ったら駄目なんだっけ!? お!? 秒で飛んで来たぞ、このメイドさん! プロはすげぇ! え? そのまま返してくれれば良いのに、新しいの出すの? 洗い物増えるけど良いの? でも、そう云うもんなの? 解んないけど、お礼は言わないと駄目だよな?」

 騎士団の寮へと帰って来て。

「え? 一人部屋? 風呂トイレ付き? は? 飯は一人で食うの? え? 俺、ぼっちなの? やだやだ、風呂は一人で良いけど、飯は皆でワイワイ食べたいっ!! 何の為にここに来たんだよぉ!!」

 訓練中。

「あちい~。タオル…は、いいや。シャツで拭いて…」

 グッとシャツを引っ張って、額から流れる汗を拭うライザー。
 それに見惚れる周りの皆々様。
 当然何処かのストーカー様は面白くない。

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!」

 訳で、こうなる。

「何で皆倒れてんの!?」

 当然勇者様は自分が原因とは知らない。

 ちゃんちゃん♪
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