神様には頼らない

三冬月マヨ

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雪合戦と湯煙と

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 夕暮れの差し迫った空の下で、カコーンと鹿威しの音が鳴り響く。
 竹で出来た壁がぐるりと、周囲を覆っている。
 計算など無く、適当に置かれた岩。
 そこに積もった、湯気で煙る真白の雪。
 湯気を立てているのは、つい先日完成した露天風呂だ。
 うん。
 その湯に浸かりながら、ほうっと息を吐いて、甘酒をちびちび呑んでる俺が居る。

「大分温まって来たようだな」

 俺の背後から、そんなオニキスの声が聞こえて来る。
 少しだけぼんやりとして来た頭でその言葉を反芻して頷いた。
 何と無しに空いている手を動かして湯面を揺らす。
 ちゃぷちゃぷとした音が、耳に気持ち良い。
 湯面に浮いて居る木の桶を引き寄せて、その中にある徳利を手に取り、オニキスが持つ杯に注いでやると、微かに笑う気配がした。

「他の皆も今頃こんな風にまったりしてんのかなー」

 桶の中に自分が手にしていた杯を戻して、代わりにその中にある饅頭を一つ手に取って、俺はもぐもぐと食べる。

「皆と一緒の方が良かったか?」

 オニキスの言葉に、俺は軽く首を振った。

「…いや…俺…その…うん…まあ…お前以外に…裸見られたくないし…」

 俺の身体の秘密…チン毛が金と黒のツートンカラーだなんて事は、オニキス以外には秘密だ。
 皆でワイワイガヤガヤと、裸の付き合いをしたい気持ちはあるが…無理だろ、これじゃ…。本当に何なんだよ、この珍毛は。

「うお!?」

 そう口にした途端に、腹に回されたオニキスの手に力が入ってぐっと身体を引き寄せられた。
 俺は今オニキスの脚の間に座っていて、んで引き寄せられたから、背中をこいつの胸に預ける形になった。

「…可愛い事を言ってくれるな…」

 何処がっ!?
 何が!?
 てか、腰の辺りにあたってる硬い物は何だよ!?
 何がこいつをそうさせたんだよ!?
 こいつの勃起の沸点は何処だ!?

 ◆

 今日は節分だった。

「食べ物を投げるだなんて、そんな罰当たりな事はしませんよ」

 と、朝飯の席でカラヲが言って、節分なのに豆を撒かないの?
 と、がっくりと俺は肩を落とした。
 小さい時から俺は何時も豆をぶつけられて来たから、今世では豆を投げる側になれると楽しみにしていたのに。
 まあ、小学高学年になる頃には、給食で出た袋入りの投げ付けられた豆を、おやつおやつと持ち帰る程に逞しくなってたけどな! クラスの皆どころか他のクラスの奴まで投げて来るから、施設の食堂にどっさりと置いてやった。俺からだって知ったら、皆食わないだろうから、こっそりとな。そんで気が付くと無くなってる。ゴミ箱を見ると空の袋があるから、誰かしらが食べてくれたんだろな、と。そう思うと嬉しくて頬が緩んだ。

「ですから、雪合戦を致しましょう。雪を豆に見立てるのですよ。鬼役はハムヲとニャンタとオニキス様が適任でしょうかね。レン様とマリエル様もお誘いしたのですが、レン様もマリエル様も、お見合いだそうですからね。露天風呂楽しみにされていらしたのに残念です」

 カラヲの言葉に、障子の向こうにある庭の姿を頭に浮かべる。
 俺が魔王化した時に、レンやマリエルが落下した穴から温泉が噴き出したんだよな、これが。
 んで、早速庭に露天風呂を作り始めて、里の広場にも温泉を引いて共用の露天風呂を作り始めた。
 それが、昨日完成した。
 そんで今は各家庭に温泉を引く工事をしていたりする。

「折角ですから、明日の節分の日をオープンとしましょう」

 とカラヲが言った。
 まあ、その前にカピバラとかが入浴してたけどな。

 雪合戦は昼からで、里の広場で開催された。
 昼飯は、広場に恵方巻が用意されていた。
 皆でモグモグと無言で食べた。
 恵方はどっち? と思ったけど皆が東の方を向いて食べてるから、俺もそれに倣った。
 まあ、縁起もんだし、信じるも八卦なんて言葉があるからな。
 ん? 当たるも八卦当たらぬも八卦だっけか? まあ、良いや。

 雪合戦のルールは、己の肉体の力のみ。
 魔法の使用は無し。
 雪の中に石を入れない。
 鬼役が気絶するまで。
 鬼役は反撃しても良い。
 リタイヤ者は、とっとと露天風呂へ行き、身体を温める事。

 何てハードな…ハムヲやニャンタはともかく、オニキスを気絶させるなんて無理だろ?
 鬼役は金棒を獲物にしていて、俺達が投げた雪玉を打ち返して来た。
 それで、何人もの人達が雪の中へと沈んで行く。
 それをカラヲが率いる救護班が回収して、露天風呂へと放り込んで行った。
 そんなのを横目で見ながら、俺は楽しんでいた。
 いや、雪合戦に参加しても、何時も集中砲火浴びていたから、正直楽しくも何ともなかった。
 でも、今は違う。味方だと思ってた奴らから、後ろから雪玉をぶつけられる事が無いってだけで、何でこんなに楽しいんだろう。
 周囲には、風呂に入って復活した奴らが鎌倉を作ってたりして、完成したその中では餅を焼いたりしていた。皆、笑顔だ。良いなあ。その中に、俺が居るんだよなあ。
 俺、生まれ変わって本当に良かったなあ。
 俺、本当にオニキスに出逢えて良かったなあ。

 気が付けば、動いているのは俺とオニキスだけになっていた。
 周りのギャラリーの熱が凄い。
 身体は真冬だってのに汗だくだし。
 動くのを止めたら、身体が冷えて風邪を引きそうだ。
 決着は中々付きそうにない。
 だからか、オニキスが言った。

「これよりの私の攻撃を避ける事が出来たら、そなたの勝ちとしよう」

 と。

「いいぜ」

 と、俺は頷いた。
 いい加減疲れて来たから、休みたかったし、俺も露天風呂に入りたかった。
 それに攻撃ったって大した事ないだろ。
 てか、オニキスが俺にそんな攻撃して来ないだろ。
 余裕のよっちゃんで躱してやんよ!
 何て思った俺が馬鹿だった。
 こいつは仮にも魔王だった。

「…へ…?」

 頷く俺に、オニキスは口の端だけで笑って、手にしていた金棒で雪を掬い…いや…何、その量? ねえ? 鎌倉幾つ作るつもりなの? 魔法は使ってないよね? 禁止だよね? 使ったら反則負けだよ? 嘘だよね?
 何て思いながら、俺は雪崩の如く押し寄せた雪に埋もれた。
 判定はオニキスの反則負け。勝者は俺。いや、解せない。

 ◆

 で、情けなく気を失った俺は、オニキスに抱き抱えられて、庭の露天風呂へと連れて来られたと云う訳だ。
 で、こいつのガッチガチなちんこの熱を腰に感じている訳なんだが、さて、どうしてくれよう。

「オニキス様ー、ライザー様ー! 夕餉はすいとんをご用意して置きましたからー! 寝所の方も整っておりますからねー! 長湯も程々にして下さいねー! 私はこれで失礼致しますねー!」

 壁の向こうから、カラヲが叫んで来た。
 う。
 察しの良い奴め。

「…ふむ…。では、上がるとするか」

「うわっ!?」

 ザバッと俺を片手で持ち上げてオニキスが立ち上がるから、慌ててオニキスの首に手を回して、腰に足を絡み付けた。
 あれ? これって駄目な奴じゃ?
 何て思って、そろそろとオニキスの顔を見たら、それはそれはもう良い笑顔を浮かべていた。

 …ああ…うん…すいとんの前に、俺を食べると…はい、ワカリマシタ…。
 …また黄色い太陽を拝む羽目になるんだろな…とほほ…。
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