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勇者様は知らない
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とある日とある国のとある騎士団のとある宿舎の門前で、とある団長が仁王立ちして、その時を待っていた。
トントントンと、組んだ腕を指先で叩く音は、ある意味リズミカルだ。
「トアール団長、落ち着いて下さい。皆に示しがつきません」
副団長のフクーダが、そう苦言を呈するが、トアールは足踏みまで始めてしまった。
こっそりとフクーダは溜息を付き、視線をトアールから逸し、そろりと背後に視線をやって、また嘆息した。
今日、この穏やかに晴れた日に、勇者がこの騎士団の宿舎へとやって来る。
本来ならば丁重に馬車で迎えに行く筈だったのだ。
勇者が暮らす街から、この王都まで馬車で5日間の道程だ。
しかし、勇者はそれを断った。
曰く、これは鍛錬だと。
自分の為に、そんな労力も金も使う必要は無いと。
しかし、勇者は皆の希望。
王都に至るまでに何かがあったら希望が絶たれると口にした使者に、勇者は挑戦的な笑みを浮かべ『死ぬのなら、そこまで。俺は勇者では無かったと云う事。偽物だったと云う事だ』と、言った。
その手にある、輝く聖剣を煌めかせる勇者に、使者は頭を下げて一人街を後にした。
その話に、王も騎士団も熱い涙を流した。
そして、こっそりと勇者の街までの道道に、魔道具である通信具を持たせて間者を配置した。
かくして、それぞれに持たせた通信具から『勇者様の現在地○○』、『勇者様、現在食事中』、『勇者様、現在入浴中』、『勇者様、現在ぷるぷる中』等の詳細が、騎士団に送られて来る事となった。
勇者は知らない。
あちらこちらに、ストーカーが溢れている事を。
勇者は知らない。
あちらこちらに配置されたストーカーが、時々あばばされている事を。
そして、勇者が住み慣れた街を出発して、二週間経った今日、ストーカーと化した間者から『勇者様、只今より王都に入ります』との一報が入り、勇者を歓迎すべく騎士団長自らが、門前で待ち構えていたのだ。
腕を叩く音はリズミカルに。
爪先で、整備された道を叩く音もリズミカルに。
今にもタップダンスを踊り出しそうだ。
誰か、こいつを止めてくれ。
そうフクーダが思った時、光が歩いて来た。
いや、勇者だ。
しかし、フクーダもトアールも、その後ろにある門の向こうにいる騎士団員達も、光が歩いて来たと思った。
光がフクーダとトアールの前で、額から流れる汗を拭う仕草をした後、深々と頭を下げた。
「今日からお世話になります。ライザー・ノイエです」
その瞬間、フクーダもトアールも、後ろのその他大勢も『あばばばばばばば』と、口にしながらパタパタと地面に倒れて行った。
「ええええええ――――――――っ!?」
勇者ことライザーの叫び声が、爽やかな青空の下に木霊していた。
勇者は知らない。
汗を拭うその仕草が、妙に色香を振り撒いていた事など。
勇者は知らない。
それを見たとあるストーカーが、その場に居た全員の記憶から、その仕草を消し去った事など。
勇者は、何も知らない。
トントントンと、組んだ腕を指先で叩く音は、ある意味リズミカルだ。
「トアール団長、落ち着いて下さい。皆に示しがつきません」
副団長のフクーダが、そう苦言を呈するが、トアールは足踏みまで始めてしまった。
こっそりとフクーダは溜息を付き、視線をトアールから逸し、そろりと背後に視線をやって、また嘆息した。
今日、この穏やかに晴れた日に、勇者がこの騎士団の宿舎へとやって来る。
本来ならば丁重に馬車で迎えに行く筈だったのだ。
勇者が暮らす街から、この王都まで馬車で5日間の道程だ。
しかし、勇者はそれを断った。
曰く、これは鍛錬だと。
自分の為に、そんな労力も金も使う必要は無いと。
しかし、勇者は皆の希望。
王都に至るまでに何かがあったら希望が絶たれると口にした使者に、勇者は挑戦的な笑みを浮かべ『死ぬのなら、そこまで。俺は勇者では無かったと云う事。偽物だったと云う事だ』と、言った。
その手にある、輝く聖剣を煌めかせる勇者に、使者は頭を下げて一人街を後にした。
その話に、王も騎士団も熱い涙を流した。
そして、こっそりと勇者の街までの道道に、魔道具である通信具を持たせて間者を配置した。
かくして、それぞれに持たせた通信具から『勇者様の現在地○○』、『勇者様、現在食事中』、『勇者様、現在入浴中』、『勇者様、現在ぷるぷる中』等の詳細が、騎士団に送られて来る事となった。
勇者は知らない。
あちらこちらに、ストーカーが溢れている事を。
勇者は知らない。
あちらこちらに配置されたストーカーが、時々あばばされている事を。
そして、勇者が住み慣れた街を出発して、二週間経った今日、ストーカーと化した間者から『勇者様、只今より王都に入ります』との一報が入り、勇者を歓迎すべく騎士団長自らが、門前で待ち構えていたのだ。
腕を叩く音はリズミカルに。
爪先で、整備された道を叩く音もリズミカルに。
今にもタップダンスを踊り出しそうだ。
誰か、こいつを止めてくれ。
そうフクーダが思った時、光が歩いて来た。
いや、勇者だ。
しかし、フクーダもトアールも、その後ろにある門の向こうにいる騎士団員達も、光が歩いて来たと思った。
光がフクーダとトアールの前で、額から流れる汗を拭う仕草をした後、深々と頭を下げた。
「今日からお世話になります。ライザー・ノイエです」
その瞬間、フクーダもトアールも、後ろのその他大勢も『あばばばばばばば』と、口にしながらパタパタと地面に倒れて行った。
「ええええええ――――――――っ!?」
勇者ことライザーの叫び声が、爽やかな青空の下に木霊していた。
勇者は知らない。
汗を拭うその仕草が、妙に色香を振り撒いていた事など。
勇者は知らない。
それを見たとあるストーカーが、その場に居た全員の記憶から、その仕草を消し去った事など。
勇者は、何も知らない。
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