神様には頼らない

三冬月マヨ

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魔王様助けて・後編

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 考えるよりも先に、身体が動いていた。
 一気に跳躍して、両手で聖剣を握り締めてオニキス目掛けて振り下ろす。が。

「…迷いがあるな…」

 それは、オニキスが片手で持つ杵に止められた。

「…ち…っ…!」

 受け止められて弾かれた勢いのまま、オニキスから距離を取って地面に片膝をつく。

 いや、その杵、どうなってんの!?
 何かの魔法が付与されてんの!?
 何時の間に!?
 てか、こいつ…やっぱり角が無くても強い…っ…!
 俺だって、この角のせいで魔力だって、身体だって、強化されてんのに…っ…!!
 これが、人と魔族の違いって奴か!?
 元から創りが違うから!?
 何か、ムカつく。
 とにかく、ムカつく。
 ふざけんなっ!
 俺だってな、光の精霊に選ばれた勇者だし、それに、何か知らないけど、闇の精霊に目を付けられて、魔改造されたんだっ!
 こいつと、対等に戦える筈なんだっ!!

 立ち上がって俺は聖剣の切っ先をオニキスに突き付けて叫ぶ。

「…迷いがあるのは、貴様の方だろう? そんな杵で余裕ぶってないで、本気で来い!」

 あう!
 お口さん!
 と、言いたい処だけど…。
 何か…何かね?
 本気のこいつと戦いたいな、なんて…思ってる俺も居る…。
 …これって、闇に飲まれたせい?
 俺、バトル狂になっちゃったの?
 どうしよ…これが…魔王なの?
 戦いなんて…楽しいなんて思った事無かったのに…。
 嫌だな…怖いよ…助けてよ…止めろよ、オニキス…。

「ふむ…。失礼した。今のそなたに、これは無礼であったな」

 オニキスはそう神妙そうに呟くと、杵を便利空間へとしまい、代わりにそこから魔剣を取り出した。

 …俺が貰った魔剣!?
 何で、それを使うんだ!?
 嫌だ…っ…!
 嫌だ、嫌だ…っ…!!
 それは、俺のだろ!?
 お前が、俺にくれた物だろ!?
 何でそれを使うんだよ!?
 他にもあるだろ!?
  何だよ、何だよ!?
決別だとでも言うつもりなのかよ!?

「…ああ…。ようやく本気を出してくれたと云う訳だな」

 あの、決戦の時とは違う。
 オニキスから放たれる威圧に脚が竦みそうになる。
 ただでさえ俺達から距離を取って居た、レン、マリエル、カラヲ、ニャンタ、ハムヲが、顔に汗を浮かべながら更に距離を取った。
 ゼブランな球体が、倒れて居る魔族や固まっていた魔族を、一か所に集めて結界を張って居るのが見える。

 クソッ、クソッ、何だよこれぇ!?
 もう、遣り合うしかない流れ。
 オニキスは魔剣の切っ先を俺に向けて、ただ立って居る。
 静かにその金の双眸を細めて、口角を僅かに上げて俺を見て居る。
 その佇まいに、どうしようもなく胸がざわつく。イライラする。
 何だよ、これ?
 何なんだよ、この気持ちは?
 オニキスが否定しないで肯定したのが、気に喰わないのか。
 それが、悲しかったのか。
 それが、悔しかったのか。
 オニキスは言っていたんだ。
 何度、俺を抱き締めたいと思った事か、と。
 だから、手を出したくても出せなかったって事だろ!?
 それなのに、何で否定しないんだよ!?
 そう言ってくれよ!!

「…消えろ…」

 そう思うのに。
 そう言いたいのに。
 泣き顔なんて見られたくないのに、思い切り泣き喚いて、そう言ってやりたいのに。
 身体は勝手に動く。
 目の前の相手を倒してやりたいと。
 聖剣の輝きが疾る。
 白い光の軌跡を描いて、オニキスの身体を目掛けて。
 だけど、オニキスは片手で持った魔剣で軽くそれをいなす。
 脚を踏ん張る様子もないし、上体だって僅かにも傾いだりしたりはしない。
 どうなってんだ、こいつの体幹はっ!?
 何だよ!?
 俺とこいつと何が違うんだよ!?
 額に汗が浮かんで来る。
 "絶望"そんな二文字が、頭に浮かぶ。

「違う…!」

 そんなのに、俺は負けたりはしない!
 ずっと、今までも。
 これからも!
 死んだって、俺はそんなのに負けたりしなかったんだ!

 キンキンキンと、刃の混じり合う音が庭に響き渡る。
 真冬の寒々とした青空と、白く細く流れる雲の下で。
 ただただ、それが響き渡る。
 誰も、言葉なくそれを見て居る。
 ………いや…約5名程は、手にしたノートやスケブ等に色々と書き込んだりしてるけど…。
 額に浮かんでいた汗が流れて頬を伝う。
 息遣いだって荒く激しくなっている。
 なのに。
 こいつは。
 オニキスは、その形の良い額に汗を浮かべる事も無く、呼吸だって乱れては居ない。

「…く…っ…!!」

 もう一度"絶望"の二文字が脳裏を横切る。
 頭を振りかぶって、それを振り払う。
 絶望を振り撒く者。それが、魔王。
 そう教えられて育って来た。
 けど、それが何だって言うんだ?
 そんなのは、光の前には無力だと、そう教えられた。
 今、俺が、こんなにも無力なのは。
 光でも在り、闇でも在るから?
 返せば、光でも無く、闇でも無いから?
 何でだよ?
 光と闇の精霊は、混じっていても、あんなにも自身を主張しているのに?
 どちらにも染まる事無く、それなのに、それぞれを受け止めて、輝いているのに?
 俺は?
 俺はどうなんだ?
 俺は光なのか?
 俺は闇なのか?
 俺は勇者なのか?
 お役御免されたけど。
 俺は魔王なのか?
 何か、勝手に知らない内にそうなったけど。
 勇魔王?
 何だそれ?
 何それ美味しいの? だ、こん畜生っ!!
 そんなもん知らない。
 俺は勇者で。
 あいつは魔王で。
 そうやって俺達は出逢った。
 そうやって出逢う日を、あいつは待っていた。
 ずっと、ずっと、俺の前世から。
 長い時を魔王として待っていた。
 ずっと魔王として在り続けた。
 そんなのに、インスタントの魔王が敵うかってんだっ!!

「ああ、もうっ!!」

 オニキスから距離を取り、俺は聖剣を自分の頭部へと向ける。

「ライザー君!?」

「お前!?」

「ライザー様!?」

「ぅ兄貴ぃっ!?」

「ライザゃん!?」

 誰だ、それはっ!?

 オニキス以外の誰もが目を瞠る中、俺は頭にある角を二本、聖剣で斬り落とした。

≪ふぉおおおおおおおおおおお!? んな、んな、お主!?≫

≪…へえ…≫

「こんなのがあるから、訳が解らなくなるんだ!」

 俺は地面に落ちた二本の角を拾って、オニキスへと投げ付けた。
 そうしたら、オニキスは少しだけ嬉しそうに笑って、投げ付けられたそれを、いそいそと便利空間へとしまった。
 おいっ! しまうのかよっ!?

「闇の精霊!」

≪ふぅおい!?≫

「良く覚えておけ。俺は、勇者だ。それ以外の何者にもならない。貴様ごときの闇に等、俺は染まらない」

 いや。
 勇者じゃなくても良いんだけどさ。
 ただ、さ。
 そうだったから、俺はここに居る。
 そうだったから、俺はオニキスに出逢えた。
 だから。
 だからさ。
 俺は、俺のままで居たい。

『だから…そんな風に俺に剣を向けないでくれよ』

「俺を染められるのは、染めていいのは、オニキスだけだ!!」

 おぉ口さぁあああああああああんっ!?

 そう勝手にお口さんが叫んでくれた瞬間、レンとマリエル、あばば組が地面にへたり込み、ハムヲは顔面から地面に倒れ、光と闇の精霊に隔離されて、辛うじて立って居た魔族達がぱったぱったと、地面に倒れて行った。

「…ふむ…」

 おい、オニキス…何、口元を手で隠してんの?
 ねえ?
 何かにやけてない?
 クッソ、もう!
 何なんだよ、この公開処刑再びな感じはっ!?
 もう、こんな訳の解らない事とっとと終わらせて、皆で仲良くわいわい餅つきやろうぜ、なあ!?

「貴様にその力があるのか、今一度見せてみろっ!!」

 だーかーらーっ!!
 わいわいって、言いたかったのに!
 そんで、俺、何で勝手にオニキスに向かって行ってんの!?
 そんで、そんな余裕そうに構えてんなよな、オニキス!
 薄ら笑い浮かべてっ!
 楽しいのか!? 楽しいのかよ!?
 俺はこんなの楽しくは無いからな!?

 ただ真っ直ぐとオニキスを見据えて、俺は駆ける。
 俺が睨み付けるその金の双眸は、少しも揺らぐ事なく、俺を見詰め返していた。
 ただ、ただ、俺だけを。
 腰を深く落とし、右手に持っていた聖剣を左手に持ち替えて、勢いを付けて真っ直ぐと突き出す。
 右手は添えるだけ、って違う、そうじゃない。
 瞬間、オニキスは目を瞠り、だが、そっと優し気に瞳を伏せて微笑んだ。

「…え…?」

 俺はただ信じられなくて、間の抜けた声を出した。

「ライザー君っ!!」

 マリエルを始め、他の皆の悲鳴が聞こえた気がする。

「お待ち下さい、マリエル様、レン様!!」

 制する声は、カラヲ?

「…な、んで…?」

 柄を握る俺の手が震えている。
 ただ、今、起きている事が、何処か遠くの様で。
 真冬の寒々しい青い空の下で。
 ファイヤードラム缶の熱で、残ってた雪も溶けつつあるけど。
 そんな、多分、白くて寒々しい場所で。
 剣の刃を流れて伝って、柄を握る俺の指先を、手を濡らして行くそれは、赤く熱く。

「…オニ…キス…?」

 避けもせず、弾く事もせず、オニキスは俺の剣をその身体で受け止めていた。
 腹から背中に掛けて、見事に貫通している。
 軽く見上げる感じで、そう呼べば。
 オニキスは、ふっと吐息を零す様に微笑み、俺に凭れ掛かって来た。

「…オニキス…っ…!!」

 慌てて剣の柄から手を離して、その身体を抱き留める。

「マリエル! 手当を…っ…! 剣、抜くから…っ…! 同時に傷口を塞いでくれ…っ…!!」

「あ、う、うん! 任せてっ!!」

 カラヲに抑えられていたマリエルが、返事と共にこちらへと掛けて来るのを確認して、俺はオニキスに声を掛ける。
 ちらりと、レンがハムヲに取っ捕まっているのも見えたが、今はそんな事を気にしている場合では無い。

「馬鹿野郎…っ…! 何で…っ…!?」

 俺の肩に顔を埋めて、荒く熱い呼吸を繰り返すオニキスの身体は震えていた。

「…ふ…。…心配、される…のは…心地良いな…」

 震えながら何を言っているんだ、こいつはっ!?

「ライザー君…っ…!!」

 走り寄って来たマリエルが、オニキスの背後に回り込んで声を掛けて来た。
 俺は頷いて、剣の柄に手を掛けて抜こうとして、そう云えば、と気付いた。
 何か知らないけど、聖剣は勝手に沸いて出て来た。
 なら、その逆は?
 抜くよりも、あんな感じで消えてくれたら、出血は少なく済むんじゃないか?

「…今から聖剣を消すから、消えたタイミングで治療を頼む」

「え? あ、うん、解っ、ひっきぁあああああああああああああああああああぁぁ――――――――…」

「…ああ~…やっぱり…ですから、押さえていましたのに…」

 ぼそりと残念そうな、そんなカラヲの声が聞こえた気がした。

 …は、い…?

 いきなり空を飛んで行ったマリエルに、俺の目が点になった。

「…要らぬ…」

 呆然と空を見上げていた俺の耳に、そんな何処か不機嫌そうなオニキスの声が届いた。

「…前回は…不覚を取った…が…今回は…譲らぬ…」

 …前回…?

「…介抱を…」

 …ねえ? この魔王ばか何を言ってるの?

「…おい…貴様…まさか…わざと刺されたのか…?」

 …前回…俺が飛び膝蹴りかまして、こいつが倒れた時…"介抱して貰う機会を潰された"って、言ってたよな、そう云えば…いや…幾らこいつが身体を張り捲るストーカーでも…。

「…ふむ…。…今にも…泣き出し、そうな…顔で…切り掛かって…来る…そなたに、つい、見惚れてしま…」

「こんの、ド阿呆がああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 人の肩で息も絶え絶えに何を言っているんだ、この馬鹿はっ!?
 俺は思わずオニキスを放り出してしまった。

「…む、ぐふ…っ…!!」

 背中から地面に倒れたオニキスの腹に刺さっていた剣が、その衝撃で更に腹を抉った様だ。
 ついでに、オニキスがめっちゃ気前良く吐血した。

「うわっ!! 悪いっ!! 貴様が、アホな事を言うからっ!!」

 慌ててオニキスに駆け寄り膝をついて、その身体を抱き寄せ、聖剣に俺の魔力に戻る様に念じる。
 そして。

「おい! そこのゼブラン!! オニキスの手当て…っ…!!」

 マリエルがすっ飛んで行った今、多分、癒しの力に優れて居るのは、光の精霊だよな!?

≪お、おお。光の…≫

≪うん、そうだ…≫

 その時『ぱちん』と、指の鳴る音が聞こえたと思ったら、ゼブランな球体がぱちゅんした。

「おおおおおおおおぉおおおおおいいいいいいぃいいいっ!?」

「…要らぬ…」

 聖剣は見事に消えて、そこから景気良くドクドク血ぃ流れてんのに、このアホは何を言ってるの!?
 何をそんなムキになってるの!?

「カラヲ!」

 ゼブランが駄目ならカラヲは!?

「あばばばばばばばばばばばばば!!」

「カラヲーッ!?」

 速攻であばばされて、ニャンタに介抱されてるよっ!!

「おまっ! いい加減にしろよ!? 大人しく治療されろよ!!」

 ドクドクと血を垂れ流しながら、どんどん顔色を失っていくオニキスを俺は怒鳴り付けた。

「…そなたが…介抱…」

「ああ、もう! 介抱の真似事なら幾らでもやってやるよ!」

「…真か…? …他にも…」

「ああ、もう! 何でも聞いてやるから、大人しく治療…」

「カラヲ、ニャンタ、ハムヲ、レン、マリエル、光の精霊よ、闇の精霊よ、今のライザーの言葉、しかと記録したな?」

「はい!」

「はいにゃん!」

「おいっす!」

「勿論だぜ!」

「私に任せて!」

≪記録した≫

≪うん≫

 …ねえ? カラヲ、あばばからの復帰早くない? 
 ついでにマリエル、何時お空から帰って来たの?
 更に、ぱちゅんされたそこの球体…いや…もう…疲れたよ…。

「な、んだよ…もう…」

 がっくりと項垂れる俺の頭を、オニキスの手が撫でてそのまま引き寄せて来る。
 されるがままに、俺は上体をぱたりとオニキスの胸に預けた。

「…すまぬ…。…心配掛けたな…」

「…掛けさせたんだろ…馬鹿野郎が…」

 そのままオニキスの胸に頭をグリグリと押し付ける。
 飛び散った血が付くけど構うもんか。
 全く、何てめちゃくちゃな奴なんだ。
 けど、こんなめちゃくちゃなこいつを放って置けないんだよ。
 こんな奴だけど、ずっと傍に居て欲しいって。
 こんな奴だけど、ずっと傍に居たいって。
 こいつに名前を呼んで欲しいって。
 こいつに触られたいって。
 そう思うのは何なんだろうな?

「あの~…良い雰囲気のとこ悪いんだけど…治療しても良いかしら?」

 頭上から、おずおずと云ったマリエルの声が聞こえた。

「あ、ああ、頼」

「断る」

 俺は慌てて顔を上げて、頼むと返事をしようとしたけど、それを即座に断ったのはオニキスだ。

「オニキス!」

「完璧に治療されては、介抱して貰えぬ。自分で治す」

 そう言ってオニキスは上半身を起こして、自分に回復魔法をかけた。

「…お、まえ…なあ…」

 本当に、どっと力が抜けた。
 オニキスから手を離して、その手を後ろ手に地面へとつき、ケツも地面へとついた。

「本当にぶれないわよねえ~。ライザー君に付いている血とか綺麗にしたいのだけど…オニキスがやるのかしら?」

「無論」

「そうよね~。もう、ご馳走様だわ。ねえ、カラヲ君~、このバカップル、じゃなくて馬鹿夫婦放置して、お餅つきしちゃいましょうよ~!」

 当然だと頷くオニキスに、マリエルは肩を竦めて苦笑した後、カラヲに向かってそう声を掛けた。

「そうですねー。夫婦喧嘩は犬も喰わないと言いますしね。オニキス様ー、杵を返して下さいー!」

 カラヲの呼び掛けに、オニキスは便利空間から杵を取り出して、それをマリエルへと渡した。

「じゃ、二人は気が向いたら参加してね!」

 軽くウィンクをして、マリエルはカラヲ達の方へと駆けて行く。
 駆けて行った先から、『よっしゃー!』とか、『僭越ながら、私とニャンタが…』とか、『てか、そろそろ離せ! 頭の上のハムスター何とかしろ!!』とか、そんな賑やかな声が聞こえて来た。

「…良いのか…?」

 尻もちをついたまま動かない俺に、オニキスがそう聞いて来る。

「…今は…別に…。…今日、出来なくても、どうせまたやるんだろ?」

 こいつの事だ。
 俺を喜ばそうとして、あれやこれややる筈。
 だから、別に今日、今、やらなくても良い。
 今は…。

「…嫌…だったんだからな…」

 もう一度、オニキスの胸に頭をぶつける。

「…怖かった…」

 ピクリとオニキスの胸が震えた。

「…もう…あんな事しないでくれよ…」

 他の剣なら良いけどさ…。
 あれは…俺が初めてお前から貰った物なんだ…。
 それを突き付けられるなんて…。
 それを突き付けて来るなんて…。
 別れの挨拶みたいで嫌だった…。

「…ふむ…」

 ぽんぽんと、軽く頭を叩かれ、そして撫でられる。

「…ああすれば、そなたの闇を引き出せると思ったのだ。…許せ…」

 …闇…?
 ああ…。

「…俺…本当に…闇に染まってたのか…? 確かに…何か魔王になったみたいだし…まあ、角も生えたけど…」

 …何か…勇者の時と変わらなかった様な…。

≪それは間違いない。我が力の限りを持って闇へと堕としたのに…堕とした筈だったのに…うう…うわあああああん~!!≫

 泣くなよ、おい!
 いきなり割り込んで来て、情緒不安定だな!!

≪ああ、良し良し。まあ、闇のが言っているのは真実だよ? でも、結局、君は光なんだね~。オニキスの為に。彼の為だけに、そう在ろうとするんだね? 本当に健気だよね。まあ、そんな君に嫉妬しちゃう闇のも健気だけどね?≫

 おい、何しに来たお前ら!

 オニキスの胸から顔を離して、何時の間にやら俺達の側にやって来ていた傍迷惑な球体を俺は思い切り睨み付けた。

≪まあまあ。許してあげてよ? 僕にも責任があるし? うん、ごめんね? まあ、元に戻れたし、その頭に残ってる角の残骸も、その内に抜けるよ?≫

 何とも気楽に言ってくれる。
 こいつらにしたら、きっと、誰を勇者にしようが、魔王にしようが、大した事じゃ無いのかも知れない。
 けど、それに何度も振り回されるのはごめんだ。
 勇者だろうとなんだろうと。
 俺は、俺以外の何者になるのなんて嫌だ。

≪…うん。でもね? 前世の君次第では、君はオニキス以上の魔王になっていたよ?≫

 だから、心を読むなよ、お前はっ!!

≪ダブル魔王も面白そうだったんだけどなあ。まあ、仕方がないか。結局、君は君のままだし。本当に、闇の一欠けらも残ってないや。オニキスを刺した時に、彼が全部吸い取ったのかな?≫

 …え…?

≪あ、わ、またぱちゅんされそうな勢いぞ! 復活は出来るが、気分の良い物では無い!≫

≪そうだね、行こうか≫

 わたわたと去って行く球体を見送って、俺は改めてオニキスを見た。
 オニキスは何とも微妙に憮然とした表情で、球体が去った方を見て居る。

「…吸う…って…?」

「………」

 オニキスの横顔にそう問い掛ければ、僅かにその柳眉が動いた。

「…聖剣から伝わる魔力を…闇を…吸ってたのか? …刺される事で…?」

 重ねて聞いてもオニキスは答えない。ただ、頑なに横を向いたまま、俺を見ようとはしない。
 けど。
 無言は肯定と捉える。
 …何が…見惚れていた、だ、このボケが。
 何で、そうやって大切な事を一番に言わないんだよ。
 言えよ。
 お前から教えてくれよ。
 お前から聞きたいんだよ。
 お前の言葉で。

「…食事を…」

 ん?

「…食事を…そなたの手で食べさせて欲しい…」

 おいっ!!
 横向いたまま、何微妙に顔を赤くして言ってんだよ!?

「…無理強いはしたく…」

「そんな事は無い。男に二言は無い! 他に何がして欲しいんだ?」

 黙っていたら、ちろりと俯き加減で視線だけを向けて来てそう言うから、少しムキになって言ってしまった。

「…他は…後に…」

「お、おう…?」

 何だ…?
 その意味有り気な視線は…?
 何か…ちょっと…ちょおっとだけ、悪い顔してない?
 気のせい?
 なあんか、口元が緩んでるのは何で?
 これも、気のせい?

「オニキス様ー! ライザー様ー! おしるこ食べるかにゃん!?」

 タイミングを見計らった様に、ニャンタが遠くから声を掛けて来た。

「…食べるか?」

 そう聞けば、オニキスは静かに頷いた。

 何か気になるけど。
 男に二言は無い。
 俺に出来る事なら、何でもやってやるさ。
 そんな身体張ってまで、おねだりしなくて良いって教えてやらないとな、この馬鹿に、さ。
 なんて、この時は思ったんだよ、俺は。
 まあ、この時の俺は知らなかったんだから仕方無いよな。

 皆の笑い声が響く青空の下、俺はお汁粉を受け取りに歩き出した。

 ◆

 それから約一か月後。
 旧魔王城にて、とある劇が催された。
 それは、とある魔王と、とある勇者の物語で。
 魔王化した勇者が魔王と戦う話で…うっ…頭が…。
 てか、魔王城が何時の間にか、どこぞの夢の国みたいになってたなんて知らなかったよ。
 そこで、猫カフェならぬ動物カフェが営業されてるなんて、知らなかったよ。
 冒険者達の安らぎの場にもなってて、修行の場にもなってるなんて、本っ当に知らなかったよ!!
 取り敢えず、春になったら脱引き篭もりを目指そうと、俺は思った。
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