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初夢
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…悪夢を見た…。
とんでもない悪夢を。
開け放たれた障子の向こう。
沈みゆく、ご来光だった夕日を見ながら、俺は長い息を吐いた。
俺は今、しっかりと着物を着て、その上にドテラを羽織り、布団の上で背中をオニキスの胸に預けている。
オニキス自身も、着物を着てドテラを羽織って、俺の頭にひたすら頬を擦り付けてマーキングしている。
それは良い。
布団もシーツも、新しい物になっている。
それも良い。
部屋には、何時の間にか幾つかの火鉢が用意されていて、魚が刺さっていたり、鍋が乗って居たりする。
それも良い。
だが、朝までオニキスに抱き潰されて、何だか黄色いご来光を見た後、朝ご飯をオニキスに食べさせられた後からの記憶が、今、こうして起きるまですっぽりと無い。
何時自分で着物を着たのか、或いはオニキスが着せてくれたのか、びた一文思い出せない。
思い出すのは、悪夢としか言い様の無い、初夢だ。
俺はもう一度長く重い溜め息を吐いた。
…何だよ、あれぇ…。
胡坐を掻いたオニキスの脚の上に乗せられて、下から突き上げられて、ひたすら『やらぁ』とか『やらやら』とか、言ってたぞ、俺…。かろうじて『らめぇ』は、言ってなかったけど…。
何て初夢だよぉ…間違いなく悪夢だろ、あれぇ…。
まさか、俺にあんな願望があるなんて言わないよな?
言わないよね?
無いと言ってくれ、頼む!
てか、オニキス。何時までマーキングしてるんだ。
「…おい…。もう良いだろ…。魚、焼けてるんだろ?」
頭の上に手を伸ばして、そこにあるオニキスの顎を押し退けながら俺は言った。
「うむ。良い具合に脂も落ちておる」
膝の上から俺を下ろして、オニキスが焼きあがった魚を火鉢の脇に用意していた皿に移し始めた。
もう片方の火鉢の鍋から、汁物をよそう。
そして便利空間から、お膳を取り出してその上に乗せて、いそいそと俺が座る前に置いてくれた。
…うん…良い嫁…いや…だ、旦那…だな…。
汁の入ったお椀を手に取ると、焦げ目の付いた餅が見えた。二つ入っている。
「おー。雑煮だ」
餅を銜えてむにーっと引っ張ってる間に、新たにお膳が出現して、そこには伊達巻、かまぼこ、鰊の昆布巻き、松前漬け等が次々と乗せられた。
うう、正月だ…。
正月過ぎて涙が出そうになる。
「…そう云えば、レンやマリエルとか、あばば組は?」
餅を飲み込んでから、対面に座るオニキスを見る。
「そなたが休んでおる時に様子を見に行ったら眠っておったから、囲炉裏や火鉢に炭や練炭を足して、魚を火から離れた処へと刺し、雑煮の鍋を用意し、また、つまみ等を用意して置いた」
オニキスは、ふっ、と軽く息を吐いて、何だか微笑ましい物を見るかの様に笑ってそう言った。
お…おお…。
何だ、こいつ…。
旦那、いや、嫁過ぎるだろ…。
「そ、そうか…悪いな…」
何もしていない事が悪くて、そう言えば。
「何故、そなたが謝るのだ? 正月とは、だらだらと怠惰に過ごす物だと聞いた。私は、そなたにそう過ごして欲しいと思う。だから、私が動いたまでの事」
オニキスは軽く首を傾げた後で、軽く目を細めてそう言ってくれた。
お…おお…。
何だ、この嫁パワー。
オニキスの後ろに後光が差している様に見えるぞ…。
昨夜から朝まで、エライ目に遭わされたけど…。
何か…やっぱり、良いよな…こう云うの…。
こんな風に穏やかな、ゆったりとした時間を誰かと過ごせるなんてな…。
もう、一人で雑煮を食べたりしなくて良いんだな…。
そう思ったら、自然と頬が緩んでしまう。
良いよな、正月なんだし、少しくらいにやけても、さ。
こんな俺を、オニキスは嬉しそうに見てるし。
な、何か恥ずかしくなって来たな…。
「…お、俺が食べるのばかり見てないで、お前も食べろよ…」
「うむ」
箸を持つオニキスの手を見る。
長くて、細くて、節くれが目立つ指。
あの指が、俺の髪を撫でたり、頬を撫でたり、唇に触れたり、首筋をををををを…って、何考えてんだ、俺。
夢に、悪夢に引き摺られるな!
いや、もう、本当に何て夢見たんだよぉ、俺ぇ…。
クリスマスの時の夢もそうだけど、もう、あれからおかしいだろ、俺ぇ…。
何か、夢ん中では出さずにイッてたみたいだし…。
アレが、ドライオーガズム…いやいやいやいや、あれ、夢、悪夢だからっ!!
実際には、そんな事無いからっ!!
無いよな!?
無いよね!?
無いと言って!
「…どうしたのだ?」
魚を手に取って、串を抜かずにはむっと噛み付いて、何となくオニキスを見たら、不思議そうに首を傾げて来た。
「…いや…何でもないし…あの…その、さ…朝飯食べた後…あ、いや…」
…食べた後の記憶が無いんですけど、何かありましたか?
何て、聞けない。
夢のアレが、現実だなんて思いたくない。
てか、初夢って、本当になるんだっけ?
「…ふむ。それならば、そなたの尊厳を傷付けぬ様に、一言だけ。…愛らしかった」
…何て…?
え、何て言ったの、このストーカー魔王?
あ、あいらしい…?
朝飯食った俺が…?
何で、ちょっぴし、頬を染めてるの?
ねえ、口元を緩めて何を思い出してるの?
ちょっと、ねえ?
嫌だからね?
アレが現実とか、本当に、もう、恐怖しか無いからね?
悪夢以上の悪夢だからね?
てか、尊厳?
いやいやいやいや、ないない。
そんな現実にあったみたいに言わないで、お願い。
怖いから、ヤバいから、泣くから。
「…んぐっ」
もう一度、魚に食らいついて、勢い良く一気に食べる。
モゴモゴと口を動かして飲み込んで。
「寝る!!」
ぱたんと、仰向けに布団に倒れ込んだ。
あれだ。
初夢の見なおしだ!!
悪夢は初夢にはカウントしない!
今年、一番最初に見た良い夢を、初夢にすれば良いんだ!
だから、アレはノーカン!
ノーカンなんだ!
だから、オニキス!
その震えてる肩を止めろ!
手で口を隠しても、にやけてるのが解るぞ、おいっ!!
頼むから夢だと言ってくれーっ!!
とんでもない悪夢を。
開け放たれた障子の向こう。
沈みゆく、ご来光だった夕日を見ながら、俺は長い息を吐いた。
俺は今、しっかりと着物を着て、その上にドテラを羽織り、布団の上で背中をオニキスの胸に預けている。
オニキス自身も、着物を着てドテラを羽織って、俺の頭にひたすら頬を擦り付けてマーキングしている。
それは良い。
布団もシーツも、新しい物になっている。
それも良い。
部屋には、何時の間にか幾つかの火鉢が用意されていて、魚が刺さっていたり、鍋が乗って居たりする。
それも良い。
だが、朝までオニキスに抱き潰されて、何だか黄色いご来光を見た後、朝ご飯をオニキスに食べさせられた後からの記憶が、今、こうして起きるまですっぽりと無い。
何時自分で着物を着たのか、或いはオニキスが着せてくれたのか、びた一文思い出せない。
思い出すのは、悪夢としか言い様の無い、初夢だ。
俺はもう一度長く重い溜め息を吐いた。
…何だよ、あれぇ…。
胡坐を掻いたオニキスの脚の上に乗せられて、下から突き上げられて、ひたすら『やらぁ』とか『やらやら』とか、言ってたぞ、俺…。かろうじて『らめぇ』は、言ってなかったけど…。
何て初夢だよぉ…間違いなく悪夢だろ、あれぇ…。
まさか、俺にあんな願望があるなんて言わないよな?
言わないよね?
無いと言ってくれ、頼む!
てか、オニキス。何時までマーキングしてるんだ。
「…おい…。もう良いだろ…。魚、焼けてるんだろ?」
頭の上に手を伸ばして、そこにあるオニキスの顎を押し退けながら俺は言った。
「うむ。良い具合に脂も落ちておる」
膝の上から俺を下ろして、オニキスが焼きあがった魚を火鉢の脇に用意していた皿に移し始めた。
もう片方の火鉢の鍋から、汁物をよそう。
そして便利空間から、お膳を取り出してその上に乗せて、いそいそと俺が座る前に置いてくれた。
…うん…良い嫁…いや…だ、旦那…だな…。
汁の入ったお椀を手に取ると、焦げ目の付いた餅が見えた。二つ入っている。
「おー。雑煮だ」
餅を銜えてむにーっと引っ張ってる間に、新たにお膳が出現して、そこには伊達巻、かまぼこ、鰊の昆布巻き、松前漬け等が次々と乗せられた。
うう、正月だ…。
正月過ぎて涙が出そうになる。
「…そう云えば、レンやマリエルとか、あばば組は?」
餅を飲み込んでから、対面に座るオニキスを見る。
「そなたが休んでおる時に様子を見に行ったら眠っておったから、囲炉裏や火鉢に炭や練炭を足して、魚を火から離れた処へと刺し、雑煮の鍋を用意し、また、つまみ等を用意して置いた」
オニキスは、ふっ、と軽く息を吐いて、何だか微笑ましい物を見るかの様に笑ってそう言った。
お…おお…。
何だ、こいつ…。
旦那、いや、嫁過ぎるだろ…。
「そ、そうか…悪いな…」
何もしていない事が悪くて、そう言えば。
「何故、そなたが謝るのだ? 正月とは、だらだらと怠惰に過ごす物だと聞いた。私は、そなたにそう過ごして欲しいと思う。だから、私が動いたまでの事」
オニキスは軽く首を傾げた後で、軽く目を細めてそう言ってくれた。
お…おお…。
何だ、この嫁パワー。
オニキスの後ろに後光が差している様に見えるぞ…。
昨夜から朝まで、エライ目に遭わされたけど…。
何か…やっぱり、良いよな…こう云うの…。
こんな風に穏やかな、ゆったりとした時間を誰かと過ごせるなんてな…。
もう、一人で雑煮を食べたりしなくて良いんだな…。
そう思ったら、自然と頬が緩んでしまう。
良いよな、正月なんだし、少しくらいにやけても、さ。
こんな俺を、オニキスは嬉しそうに見てるし。
な、何か恥ずかしくなって来たな…。
「…お、俺が食べるのばかり見てないで、お前も食べろよ…」
「うむ」
箸を持つオニキスの手を見る。
長くて、細くて、節くれが目立つ指。
あの指が、俺の髪を撫でたり、頬を撫でたり、唇に触れたり、首筋をををををを…って、何考えてんだ、俺。
夢に、悪夢に引き摺られるな!
いや、もう、本当に何て夢見たんだよぉ、俺ぇ…。
クリスマスの時の夢もそうだけど、もう、あれからおかしいだろ、俺ぇ…。
何か、夢ん中では出さずにイッてたみたいだし…。
アレが、ドライオーガズム…いやいやいやいや、あれ、夢、悪夢だからっ!!
実際には、そんな事無いからっ!!
無いよな!?
無いよね!?
無いと言って!
「…どうしたのだ?」
魚を手に取って、串を抜かずにはむっと噛み付いて、何となくオニキスを見たら、不思議そうに首を傾げて来た。
「…いや…何でもないし…あの…その、さ…朝飯食べた後…あ、いや…」
…食べた後の記憶が無いんですけど、何かありましたか?
何て、聞けない。
夢のアレが、現実だなんて思いたくない。
てか、初夢って、本当になるんだっけ?
「…ふむ。それならば、そなたの尊厳を傷付けぬ様に、一言だけ。…愛らしかった」
…何て…?
え、何て言ったの、このストーカー魔王?
あ、あいらしい…?
朝飯食った俺が…?
何で、ちょっぴし、頬を染めてるの?
ねえ、口元を緩めて何を思い出してるの?
ちょっと、ねえ?
嫌だからね?
アレが現実とか、本当に、もう、恐怖しか無いからね?
悪夢以上の悪夢だからね?
てか、尊厳?
いやいやいやいや、ないない。
そんな現実にあったみたいに言わないで、お願い。
怖いから、ヤバいから、泣くから。
「…んぐっ」
もう一度、魚に食らいついて、勢い良く一気に食べる。
モゴモゴと口を動かして飲み込んで。
「寝る!!」
ぱたんと、仰向けに布団に倒れ込んだ。
あれだ。
初夢の見なおしだ!!
悪夢は初夢にはカウントしない!
今年、一番最初に見た良い夢を、初夢にすれば良いんだ!
だから、アレはノーカン!
ノーカンなんだ!
だから、オニキス!
その震えてる肩を止めろ!
手で口を隠しても、にやけてるのが解るぞ、おいっ!!
頼むから夢だと言ってくれーっ!!
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