神様には頼らない

三冬月マヨ

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魔王様お願い・後編

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 そしてオニキスに言われるまま来たのは、街の中心街から外れた処にあるホテルだった。
 15階建ての、そこの最上階にあるレストラン。
 広く取られた窓からは、街の夜景が良く見える。
 キラキラとイルミネーションが輝いていた。
 この輝きは今日で終わりで、明日からは師走ムードなんだよなあ。
 店内の明かりは最小限に抑えられて、各テーブルに置かれたキャンドルが揺らめいていて、なんともゆったりとした雰囲気だ。
 騒ぐ客も居なく、さわさわとした談笑が何だか心地良い。

「…けど…こんな礼服で、俺達浮いていないか…?」

 周りを見れば、スーツを着ている男性は年配の人しかいなくて、殆どがカジュアルな服装だ。

「予約の時に、今日は友人の命日だと話してあるから、問題は無い」

「え」

 それって、俺の…昇の…?

 その時に、失礼しますと食前酒が運ばれて来た。
 グラスは三つ。
 それぞれに注いで、店員が頭を下げて去って行く。

「今日のこの日に乾杯を。お前が生き、私に逢う為のきっかけとなったこの日に感謝を。今日、この日に祝福を」

 お、おお…。

 グラスを掲げて、オニキスが双眸を細めて柔らかく微笑む。
 イケメン過ぎるだろ、嫌味かよ…と突っ込みを入れたかったが…。
 グラスに注がれたスパークリングワインが、ゆらゆらと揺れているのは、掲げたせいだけでは、無い。

「…あ、れ…?」

 頬を、何だか熱い物が伝った。
 すうっと流れて、唇を掠めて顎へ。
 そして、真っ白なテーブルクロスへと吸い込まれて行った。

「…な…んで…」

 何で、泣いてんだ、俺ぇ!?
 薄暗いし、周りはそれぞれの相手に夢中だから見られていては居ないと思う。
 けど!
 慌てて顔を下へと向ける。
 と、ぽたぽたと涙が落ちては、脚に掛かるテーブルクロスへと吸い込まれて行った。

 何で、何で、何でえ!?
 止まれよ、くそっ…!!
 今から、美味いもん食べるんだぞ!?
 こんなんじゃ涙の味しかしないだろ!?

「…うう…」

 涙を拭いたいけど、そんな事したら泣いてるって解るよな!?
 くそ、くそ、くそっ!!
 オニキスのせいだ。
 こいつが、こんなムード満点の場所でキザったらしい事を言うから…っ!!
 どうすんだよ、これぇ!?
 責任取れよ!!
 睨んでやりたいけど、顔が上げられない。
 くそ、くそ、くそーっ!

 何て思っていたら、オニキスの立ち上がる気配がして、ぽんと軽く頭に手を置かれた。
 そして囁く様に。

「暫し待っておれ」

 そう言って、オニキスはテーブルを離れて行った。

 …おい…。
 こんな俺を置いて何処へ行くんだよ?
 止めろよな、放置プレイは。
 もう、本当にどうすんだよぉ?
 くっそ。
 俺がこんなんなのは、クリスマスの状態異常のせいだ。
 でなきゃ、周りに人が居るのに涙が止まらないだなんて事は無い。
 ああ、もう。
 何が感謝だ。何が祝福だ。
 このくそ魔王が。
 魔王の癖に何言ってんだ。
 てか、料理遅いな。
 コースだって言ってたから、食前酒の次は前菜とかが出て来る筈だろ?
 何で出て来ないんだ?
 それにオニキスは何処に行ったんだ?
 トイレか?
 早く戻って来いよ。
 俺を一人にするなよ。
 俺の涙を拭いたいとか言ってたろ?
 今なら、出血大サービスで拭わせてやるぞ?
 こんな機会、滅多にないぞ?
 だから、早く戻って来いよ。
 早く、この涙を止めてくれよ。
 俺をこうしたのはお前なんだから、お前が責任を取るんだからな。
 解ってるよな?

「待たせたな。行くぞ」

 何てもだもだしてたら、頭上からオニキスの声が降って来た。

「行く? まだ、料理が…」

「部屋に運んで貰う様に頼んだ。行こう」

「へ、へや?」

「ああ。食事だけでなく、部屋の予約も取ってある。やはり、三人で命日を過ごしたいと話したら、快く了承してくれた」

 言いながら、オニキスが俺の腕を取って椅子から立ち上がらせる。

 …三人…。
 このクリスマスに…ぼっちじゃない前世の俺も居るんだ…。
 そう思ったら、また涙が出て来た。
 オニキスが、そんな俺の頭を胸に引き寄せて歩き出す。
 …ああ…礼服で良かったのかもな…。
 店側は俺が泣く理由を命日だと思っているんだし…。
 聞く客が居るかどうかは解らないけど、聞かれたらそう説明するんだろうし。
 …ああ…もう…本当に、どうしようもないな…。

 エレベーターに乗って部屋へと移動をする。
 部屋には小さなダイニングテーブルがあって、既に幾つかの料理が並べられていた。
 そっか。
 こんな用意をしてたから、戻って来るのが遅かったのか。
 俺を椅子に座らせて、手に持っていたコートをオニキスが取り、添え付けのクローゼットに仕舞った処で、呼び鈴が鳴り、残る料理が運ばれて来た。デザートもある。
 食べ終わったら、ワゴンに乗せて廊下に出して置けば良いと言われた。

「では、食べようか」

 軽く俺の頭を撫でてから、対面に座ろうとするオニキスの腕を俺は掴んだ。

「どうした?」

 軽く首を傾げるオニキスに、俺はまだ涙の浮かぶ瞳を向けて言う。

「…涙…拭わなくて良いのかよ…。こんな機会、もう二度と無いぞ…」

 あんなに、散々俺の涙を拭いたいとか言ってたくせに、それをしなかったのは、人目を気にしてくれてたんだろ? この日本では、まだ同性同士の恋愛が一般的では無いから。俺が困らない様にしてくれてたんだろ? 今は、もう誰も居ないし、二人だけだし。気を使う必要は無いぞ? てか、拭け。今すぐ拭け。拭いてくれ。拭いて欲しいんだ、お前に。お前だけに。

「…そなたは…」

 …あ…そなた呼びに戻った…。
 …うん、こっちの方がしっくりくるな…。

 オニキスは軽く目を瞬かせた後に、ふっと優しく目を細めて微笑んでくれた。
 そして、たまにしてくれるように、親指の腹を使って流れる涙を拭ってくれる。
 何度も何度も優しく、ゆっくりと。
 その指が離れたかと思ったら、両手で頬を包まれて顔を上向かされて、目元に唇を寄せられる。
 思わず目を閉じたら、その際に零れた涙を舌で舐め取られた。

「…ん…」

 それが優しくて。
 とても嬉しくて。
 思わず声が出た。

 手を伸ばして、オニキスの胸を掴む。
 まだ、涙は流れている。
 もっと、もっと拭ってくれ。
 俺から顔を上げて、目を閉じたままそれを待つ。
 望むままに、目尻に、頬に唇を寄せられて、舐められて行く。
 唇の端を舐められて、ぴくりと震えた俺の背中をオニキスの手が、優しく撫でてくれる。

 …今日は…何だか、何時もと違うな…。
 オニキスも、クリスマスの状態異常に掛かってるのか…?
 …そうだよな…。
 …俺が、こんななのに、こいつだけ何時も通りとか無いよな…。
 そんなの、ずるいよな…。

 オニキスの胸を掴んでいた手を離して、黒いネクタイを掴んでグッと引っ張れば、その端正な顔が近付いて来たから、そっとその唇に俺の唇を重ねた。

 …俺が、こんな事をするのも、クリスマスの状態異常のせいだ。
 …そういや、出て来る前にカラヲがこの日の為にオニキスがどうのって言ってたな…。
 …あばばされたから、続く言葉は解らないけど。
 …言葉使いの練習とか、オニキスも言っていたし…。
 色々と準備をしてくれてたんだな…。
 …俺の為に…。
 …もしかしたら…あの住職とも、事前に会っていたのかも知れない…。
 あの住職が言った言葉は、嘘なのかも知れない…けど…嘘だとは言い切れない…。
 どんな理由からであれ、俺の墓はあったんだし、綺麗だった…。
 それは…少なからず、俺の為に金を使ってくれていると云う事で…。
 そんなの…ここに来なければ、知らないままだった…。
 …今日を…この日を…辛いままで終わらせない為に…。
 …ああ…もう…本当にどうしようも無い。
 …完敗だ。
 …完敗だよ、馬鹿野郎。
 …もう、お前しか居ないよ…。
 この世界も…お前だけだよ…。

 重ねてた唇を軽く離して、そろりと舌でその唇を舐めてやれば、薄く開かれたから、そのままその中に舌を差し込んだ。
 熱くぬめったそれを軽く突けば、グッと身体を引き寄せられて、舌を絡め取られた。
 密着させられた身体に、オニキスの熱が伝わって来る。
 ぴちゃぴちゃとした音が鼓膜に響く。
 もしかしたら部屋中に響いてるのかも知れない。
 そんな訳無いと思うけど…。

「…は…」

 どちらからともなく唇を離す。
 俺の唇の端から零れた唾液を、オニキスが舐め取ってくれた。

「…すまぬ…」

「へ、え!?」

 その言葉と共に、横抱きに抱え上げられて、オニキスが歩き出す。
 足早に向かうそこには、部屋の奥に並べられたベッドが二つあった。

 …お、おお…。
 広い部屋かと思ってたら、ベッドも広かった。
 その一つに、ゆっくりと横たえられたかと思ったら、早急にオニキスが乗り上げて来た。

「…ろまんちっくに、とかカラヲに言われていたのだが…私には無理だ。…今日の…今のそなたが愛らし過ぎて、もう抑えが効かぬ…」

 うお…。
 ろ、ろまん…こいつの口からそんな言葉を聞く日が来ようとは…。
 てか、やっぱり、カラヲと色々と話してたって事か…。
 それに、抑え…我慢って…こいつ、待てが出来たのか…。
 …やばい…こいつが可愛すぎる…。

 何て思っていたら、長い指が伸びて来てネクタイを外されて、上着のボタンを…。

「…ま、待てっ! シャワーっ! 風呂っ!!」

 オニキスの胸を押して、俺は慌ててそう言った。
 そう、せっかくの記念になる日なんだ。
 わざわざ、こんなホテルに泊まるんだ。
 アメニティグッズとか、試したいだろ?
 シャンプーやリンスとか、前世振りに使いたい!
 入浴剤があるなら使いたい!
 こんなホテルに泊まった事は、前世では一度も無かったんだ!
 頼む!!

 ◆

「…んっ…! あ、あ、う…っ…!」

 …うん…。
 前世振りに、ボディソープで身体洗ってさ、シャンプーやリンスにヒャッハーしてさ、しっかり入浴剤もあったからさ、薔薇の香りだって云うそれを入れてさ、ピンクっぽい赤いお湯に浸かってたらさ、やって来たよ、待てが出来なくなった魔王様が。

 …オニキスェ…。
 これまでのお前は何だったんだよぉ…。
 あの、落ち着いていたお前は何処へ消えたんだよぉ…。
 瞳の色も、すっかり金色に戻ってるし…余裕無さ過ぎだろ…。
 無言で湯舟に浸かる俺の身体を持ち上げようとしたから、とにかく暴れてやった。

「とにかく身体を洗え! 落ち着け! その主張しまくってるブツを少しは落ち着かせろっ!!」

 そう言えば、しゅんと眉を下げて無言で身体を洗い出した。
 いや…耳が…角があったら、もげてそうな勢いだな、おい…。
 何だか虐めてるみたいで、いたたまれなくなって、両手で湯舟のお湯を掬ってオニキスへと掛けてやった。
 きょとんとするオニキスに何度かそれを繰り返して。

「…来いよ…」

 浴槽の淵に腕を乗せてオニキスを呼んだ。
 ビジネスホテルの浴槽とは違って、ここのは二人で並んでだときついかも知れないが、向かい合わせで入る事は出来るぐらいの広さだ。
 膝を突き合わせて話をしようじゃないか。なあ?
 今日の事。今日、これまでにお前がしてくれてた事、全部聞かせてくれよ。な?

 って、思った俺が馬鹿だった。
 まだまだストーカーの心を理解するには至らないらしい。
 湯舟に入って来るなり、オニキスは噛み付くようにキスをして来ながら、俺を脚の上に乗せてケツの穴に指を伸ばして来た。

 おおい!?
 来いって呼んだのは、確かに俺だけどっ!!
 何もここでヤるって意味では無くてっ!!
 腹にちんこ押し付けて来るなっ!!
 ブツを落ち着かせろって言ったけどっ!!
 言ったけどなあっ!?

 ジャブジャブ、ザブザブとお湯が揺れ捲って、浴槽から溢れて落ちて行く。

「…っ…ん…っ…! あ、あ…っ…!」

 指の本数が増えて行く。
 その度に指だけじゃない何かが、俺の中に入って来る。

「…ライザー…っ…!」

 指を動かしながら、オニキスは俺の腹に…何時の間にか勃ってた、俺のちんことちんこを擦り合わせている。

 …熱い…。
 熱すぎる…。
 オニキスの指も。
 擦り合わされるちんこも。
 吐息も。
 溶ける…。
 思考も…身体も…何もかもが蕩けちまう…。
 馬鹿になる…。
 …こんなのも…お前が教えてくれたんだ…。
 …お前が居なきゃ知らない事だった…。

「…は…、あ…」

 互いに熱を吐き出して、弛緩した身体をオニキスに預ける。
 心臓がバクバク言ってる。
 オニキスのも、俺のよりかは落ち着いてるみたいだけど、バクバク言ってる。
 そんな俺の背中を軽く撫でてから、オニキスは俺を抱えて湯舟から出た。
 身体を拭くのももどかしいのか、そのままベッドへと連れて行かれる。

「あ…ちぃ…」

 布団を捲ってシーツの上に身体を置かれた。
 少しひんやりとしたそれが、火照った身体に気持ち良い。
 けど、それを堪能する前に、熱が身体を覆って来る。

 …いや…もうさ…知ってたけどさ…。
 復活するの早すぎない!? オニキスのオニキスさん!?

「…ん…」

 オニキスの熱い唇が、俺の唇を塞ぎ、舌を絡めて更に熱を煽る。
 その唇が首筋へ。そこから鎖骨を擽られて、乳首へ。
 舐められ、齧られ、吸われる。
 もう片方は、手で捏ね繰り回されている。
 摘ままれたり、指の腹で押されたり、弾かれたり…って、器用だな、おいっ!
 良く、そんなに動かせるよな!
 と、軽く毒づいて見せても口から出るのは、変な声ばかり。
 口を手で塞ごうものなら、声を聞かせろと即座にその手を退かされる。
 こんな男の、俺なんかの声の何が良いんだと思うけど、オニキスのちんこが萎えないから良いんだろな。

「…ん…う…」

 風呂で散々弄られたそこに、オニキスの指が伸びて来る。
 確認する様にゆっくりと一本ずつ指を挿れて来る。

 …何だ…やっぱり…まだお前も今日はおかしいや…。
 何時もなら、もうそのちんこを挿れて来るだろ?
 その熱いのを、さ。
 先刻までの余裕の無さは何処に消えたんだよ?
 ずるいだろ、そんなの。

「…っ…く、ふ…」

 脚を動かして、オニキスの腰に絡み付ける。
 動かすついでに、中にあるオニキスの指を締め付けたみたいだ。

「…っ…」

 息を詰まらせて、オニキスの眉間に僅かに皺が寄る。

「…馬鹿野郎…我慢なんかするなよ…。何時もみたいに来いよ…」

 …もう、要らねーよ。
 クリスマスの状態異常なんかは。

「…し…しかし…やはり今宵は…カラヲが…その、優しく、焦らして…私だけを…と…」

「…馬鹿かよ」

 手を伸ばして、その唇を押さえ付けてやる。
 カラヲに何を吹き込まれたのかは知らないけどさ。
 もう、十分だし。
 今日一日だけで、嫌って程思い知らされたよ。
 もう、何年分のこの日の記憶を塗り替えられたと思ってんだよ?
 本当にお前程、強烈な存在は無いよ。
 全く、魔王様だよ。

「…何度も言わせるな。お前しか要らないんだよ。お前だけなんだよ、俺をこうするのは…だから…来いよ…」

 揺らめく金の瞳を、目を細めて見詰める。
 唇にあてていた手を動かして、その髪の中へと差し込んで、ゴリゴリ削った角の痕を撫でると、オニキスが顔を寄せて来て、軽く唇を重ねて来た。
 唇を離して、俺を見詰める瞳は何処までも熱くて。
 眩く輝いて居る様にも見えた。
 その熱に頭がクラクラする。
 胸に脚が付くくらいに、身体を折り曲げられて、露わになった穴に熱の塊が押し付けられた。

「…う、ぐ…っ…」

 この時ばかりは、身体が強張ってしまう。
 この熱が挿入って来る感覚。
 けど、直ぐにそれは喜びへと変わる。
 何時からだろう。
 これを嬉しいって思う様になったのは。
 この行為を…この熱を…手放したくないと…離れたくないと、失くしたくないと思う様になったのは…。
 身体の中を好き勝手にされてるのに…ぐちゃぐちゃにされてるのに…。
 嬉しいだなんて。
 泣きたくなる程に嬉しいだなんて。

「っあ、ああっ…っ!!」

 ぐちゅぐちゅと中を掻き混ぜられて、その度に声が上がる。
 その度に、目の端から僅かながらの涙が零れる。
 その涙を、オニキスが顔を寄せて舐め取る。
 腰を進められて、身体が跳ね上がる。
 中の熱を逃がさない様に締め付けて。
 貪る様に。何処までも貪欲に。
 これは、俺だけの物だ。
 誰にもやらない。
 こいつが、オニキスが、俺だけにくれる物だ。

 ――――――――…離れられなくなるのはどちらかな?

 くっそ…!
 何で、そんな言葉を思い出すんだよ!?
 ああ、もう、そうだよ!
 俺の方だよ、馬鹿野郎っ!!
 俺の何もかも全部持ってけよ、畜生っ!!
 その代わりに、お前の全部も寄越せよなっ!!
 その流れる汗も何もかも、俺以外の誰にもやるんじゃねえぞっ!!

 俺のそんな心の声が届いたのかは、解らない。
 けど、こいつの事だからきっと。
 その金の瞳を睨み付けてやれば、その双眸に浮かぶ熱には、もう遠慮なんかなくて。
 ただただ、高みへと上って。
 ほぼ同時に熱い熱を吐き出した…――――――――。

 ◆

 青い空の下で、淡い桃色の花びらが舞っていた。
 ふわふわと、ひらひらと。
 今日は入学式だ。
 新一年生を見ながら、俺にもあんな頃があったなあ、なんて何処か懐かしく思っていた。
 真新しいピカピカのブレザーに、何処か照れ臭さが漂う表情。
 同じ中学だった奴等も居るのだろう。
 仲良く話している奴等も居る。
 何処か不安そうな奴等は、同じ学校の奴等が居ないのか。
 まあ、そう悲観する事も無いって。
 友達なんて直ぐに出来るさ。な?
 頭の後ろで手を組んで歩き出そうとしたら、グイっと組んだ手を取られた。

「お?」

 後ろに引かれて、バランスを崩した俺を抱きとめたのは、当然俺の腕を引っ張った奴で。
 背中をそいつの胸に預けたまま、顔を上げれば。

「…ライザー…」

 胸が、息が詰まる様な声で、懐かしい名前を呼ばれた。

「…こんな場所で、そんな名前を呼ぶなよ…」

 手を軽く握り締めて、そいつの顎を小突いてやる。
 何だよ。
 転生したくせに。
 真新しい制服のくせに、また俺より背ぇ高いのかよ。
 何だよ、その眼鏡は。インテリかよ。

「…ああ、すまない…嬉しくて…つい…」

「…場所を変えようぜ? 俺はあいうえ尾太郎。三年生だ。お前は?」

 そいつから離れて、その腕を掴んで歩き出しながら俺は自分の名を名乗った。

「…俺は、かきくけ小太郎…。一年…」

 春の穏やかな風の中。
 人が滅多に来ない、旧校舎近くにある、物置小屋の中で。

「…っ…! こ、ん、の、ボケがああああああああっ!!」

「…っ…尾太郎…っ!! 尾太郎、逢いたかった…っ…!!」

 何で、秒で突っ込まれてるの、俺ぇ!?
 前世と変わらねーじゃねえかよっ!!
 いや、悪化した!?

「…っ、あ、う、動くなボケぇっ!!」

「無理だ、止まらぬ…っ…!!」

 壁に手を付いた俺を、これでもかと云うぐらいに、後ろから容赦無く抉って来るこの男は。
 今の名は小太郎とか言ったか…前世の名前はオニキス…俺が、こいつにあげた名前だ。
 生涯の、唯一人の相手として。
 そりゃあね?
 もしも、また来世があるならね?
 また、こいつに出逢いたいって思ったよ?
 また、こいつにね?
 色々と教えて貰いたいって思ったよ?
 普通のね?
 恋愛ってもんをね?
 こいつとしてみたいって思ったよ?
 でもね?
 あのね?
 だからね?

「…っ…! 順番ってもんが、あるだろうがあああああああっ!! こんの色ボケ魔王がああああああっ!!」

 ああ…魔王様お願い…。
 次は…次こそは…普通に…どうか…普通に出逢って下さい…。
 あまり俺をぷるぷるさせないで下さい…。

 ◆

「…はっ!?」

 何だか訳の解らない夢を見て、俺は飛び起きた。
 俺の傍らには、健やかな寝息を立てて居るオニキスが居た。

「…何だよ…あの夢…尾太郎って何だよぉ…幾ら夢でも手抜き過ぎるだろ…」

 思わず両手で顔を覆ってぼやいた時。

「…ライザー…?」

「ああ、悪い…何か変な夢見た…」

 呟いて、部屋を見る。
 あのホテルの部屋だ。
 エアコンの風が、裸の身体を撫でて行く。
 寒くは無いのだが、何となく身体を震わせて布団へと潜る。

「どのような夢だったのだ?」

 俺の身体を抱き寄せて、オニキスが聞いて来た。

「…どんなって…まあ…ある意味悪夢の様な…ああ、そうだ。もしも! もしもの話だが! 生まれ変わって、また出逢う事があったなら! いきなり突っ込むのは無しな!? 解ったな!?」

 そんな奇跡は、そうそう無いと思うが、俺はオニキスの鼻に指を突き付けて言ってやった。

 恋を知るまでのドキドキとか、そんな物を経験してみたい。
 初キスに、ドギマギしてみたい!
 初体験前のドキドキとか!
 ちゃんと手順を踏んだ恋愛って物を経験したい!

「…ふむ…。ならば、どうすれば良いのだ?」

 …おい…俺に聞くなよ…。
 てか、ヤる事しか頭に無いのかよ…。

「そ、そうだな…まずは…自己紹介から始まってだな…」

「…ふむ…。その後は?」

「…そ…その後は…手、手を繋いでみる…とか…?」

 そう言ったら、オニキスが俺の手を掴んで来た。

「…ふむ…。この後は?」

「…そ、そうだな…キス…するとか?」

 そう言ったら、オニキスが軽く俺の額にキスをして来た。

「…ふむ…。この後は?」

「…いや…額じゃなく…口に…」

 って、何言ってんだ、俺ぇ?

「…ふむ…。では、期待に応えなければなるまい」

「へ…?」

 その言葉と同時に、オニキスが俺の身体を仰向かせて、その上に乗り上げて来た。

「お、おい…?」

 ねえ?
 あれから何回ヤったと思ってんの?
 何で、硬い何かが腹にあたってんの?

「案ずる事は無い」

 何処か凶悪に見える微笑みを浮かべながら、オニキスが便利空間から幾つかの小瓶を取り出した。

「そ、それは…」

 俺の頬がみるみると引き攣って行く。
 とっても見覚えのある、その瓶は。

「マリエルお手製の回復薬だ。こちらの瓶は媚薬だそうだ。また、レンに頼んで精のつく食事を弁当にして貰っておる。今日…もう、昨日になるか…まあ、この日の事を話したら、二人とも喜んで協力してくれた。…良い友に恵まれたな?」

 うおおおおおおおおおいいいいいいいっ!?
 何してくれてんの!?
 どうして、そうなるの!?
 あの、びっくりどっきりの日から、俺がどんな目に遭ったか忘れたの!?

「今日も、この部屋を取っておる。何も心配する事は無い」

「心配しかないわあ、ボケぇえええええええええええええええええええっ!!」

 ああ…魔王様…お願い…。
 もう一度、クリスマスの状態異常に掛かって下さい…。
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