神様には頼らない

三冬月マヨ

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魔王様お願い・前編

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 この日は朝から雪が降っていた。
 はらはらとふわふわと舞う、そんな粉雪が。
 今日は、前世の俺の命日だ。
 囲炉裏に火鉢のある暖かい部屋から、縁側へと続く障子を開けて、降る雪を眺めながら、俺は心の中で手を合わせた。

「な~む~」

「何をやっているんですか、あなたは!」

「痛いっ!」

 バッチーンと、後頭部に衝撃が走った。
 頭を押さえて振り返ったら、カラヲがハリセンを持って立っていた。
 その足元には六匹のメインクーンの子猫が居る。
 カラヲとニャンタの飼い猫のメインクーンの子供だ。
 ついでに何匹かのハムスターも、ちょろちょろしている。

 あの、精霊ビックリショーから4ヶ月とちょっとが経った。
 俺はずっと、この牧歌的な世界から外へは出て居ないから、詳しくは知らないが、世界はこれまでと同じく回っているらしい。
 ただ、勇者と魔王が居なくなっただけ。
 それだけだ。
 たまに、レンとマリエルが遊びに来てくれるから、二人から話を聞いている。
 レンもマリエルも、それぞれ自分の住む街へと帰った。
 その際に、オニキスが連絡の取れる魔道具を二人に渡した。

『何時でも遊びに来るが良い。そなたらはライザーの友人なのだから』

 そう言ったオニキスに二人は、笑顔で。

『私は、オニキスさんとも友達のつもりよ?』

『俺もだ! いい野菜が出来たら、届けに来てやるからな!』

 そう言ってくれた。
 言われたオニキスは、暫し目を瞬かせて、やがて小さく笑った。
 二人がここへ来るのには、あの門を使う。
 あれは、本当にど○でもドアだった。
 どちらかから連絡があれば、カラヲが門を調整して迎えに行き、そして送ってくれる。
 …カラヲって、もしかして凄い奴なの? って、その時に思った。
 当の本人は、角のあった全盛期のオニキスと比べたら全然、てか、今のオニキスにでさえ、追い付かないと言っていた。
 いや、もう、本当にどんだけだよ。
 決戦の時は、手を抜かれてたんだな、と思うとちょっと悔しい。
 レンとマリエルも同じ気持ちだと言って、酒呑みをしてはオニキスを小突いている。
 そんな二人にオニキスは『許せよ』と、小さく笑うだけだ。

「って、何で俺、いきなり叩かれたの?」

 あれから、光の精霊が言っていた様に、だいぶお口さんはマトモになった。
 時々は馬鹿になるけど。
 だいぶ、素で話せる様になった。

「今日は、お出掛けだと聞いています。なのに、何故お着替えにならないのですか」

 カラヲがハリセンを部屋の隅へと向けた。
 そこには、昨夜、今日着る様にと渡された礼服がある。

「…いやあ…。…何か…こんな日にそんなの着たら…滅入るだろ…」

 真っ黒な、ダブルのスーツ。
 白いワイシャツに、黒いネクタイ。
 もう、完璧に通夜ムードだ。
 今日は、前世の俺の命日だ。
 自分の命日に喪服を着るって…何だかなあ…。
 用意されている革のコートも、黒。
 何処のメ○インブラックだよ…。
 オニキスがKで、その内缶コーヒーのCMに出るのか?
 てか、俺はJか?
 俺は、あそこまで背は高くないぞ?

「ライザーよ、支度は出来たか?」

 何て思っていたら、縁側からスーツ姿のオニキスが現れた。
 俺のと同じ、ダブルの黒の礼服。
 ネクタイもきっちり締められている。
 髪は何時もより上の辺りで一つに結ばれていて、ちょっとしたポニテみたくなっている。
 腕には、やはり黒の革のコートが掛けられていた。

「いや、支度って。こんなの着て何処へ行く気だよ? 俺は今日は引き篭もっていたい」

 うん。
 雪見ながら、火鉢で熱燗作って、ちびちび呑んで。
 囲炉裏で、魚の干物とか干し芋とか焼いて、むしりむしり食べたい。
 この、わたもこのドテラを手放したくない。

「んもう! 今日はクリスマスなんですよ!? この日の為に、オニキス様がじゅっ、あばばばばばばっ!?」

 俺のドテラに手を掛けたカラヲの頭を、オニキスが鷲掴みにした。

「ア~、本日ハ晴天ナリテヤウヤウ…」

 …うん、これも何だかんだで慣れた。

「気が乗らぬのは、解っておるつもりだ。しかし、私の我儘に付き合ってはくれぬか?」

 少しばかり肩を落とし、眉を下げるオニキス。
 そんなオニキスに俺は弱い。
 何時も、余裕綽々で居るくせに、ずるいだろ。
 反則だぞ、こら。
 捨てられた子犬みたいな顔をするなよ。

「…解ったよ…着替えるから…」

「うむ」

 仕方が無いと、俺は立ち上がり、部屋の隅に置いていた礼服を手に取る。

「…着替えたいんだけど?」

「うむ」

「…出てってくれない? カラヲ連れて」

「うむ」

 オニキスは頷くと、カラヲの首を掴み持ち上げ、部屋の外へと投げて障子を閉めた。
 オニキスは勿論、部屋の中だ。
 囲炉裏の上にぶら下がってるヤカンから、シュンシュンと音が聞こえる。

「…着替えたいって言ってるんだけど?」

「うむ。ここで待っておる」

 …こ、い、つ、は、あ、あ、あ、あっ!!

「着替え、見られるの恥ずかしいの! 出てけっ!!」

「何を今更な事を。一昨昨日も肌で語り…ぐふっ!!」

 仕方が無いので、オニキスの顎にアッパーを決めて、強制的に眠らせた。
 俺は悪くない。
 これは、愛の鞭だ。
 本当に羞恥心と云う物を学んで欲しい。
 アレはアレ。これはこれだ。
 手早くドテラを脱いで、着物も脱ぐ。
 オニキスの屋敷が日本家屋だから、と、カラヲが妙に張り切って、何処かからか和装を調達して来た。
 だから、この屋敷に居る時は、皆和服を着て居る。
 カラヲは、オニキスの世話係みたいな役割りだったそうだ。
 その流れで、俺の世話も焼いてくれてる。
 俺は必要ないって言ったんだが、オニキス様の伴侶ですから、と、譲らなかった。
 可愛い見た目に反して、中々の頑固者だ。
 しかし、スーツなんてどれぐらい振りって、前世振りか。
 これも、何処から調達したんだか。
 姿見を見ながらネクタイを締め終えた辺りで。

「うむ。良く似合っておる」

 もう、復活しやがった。

「こんなのは、誰にでも似合う様に出来ているんだ。で? こんな格好させて何処へ行くって言うんだ?」

 上着に袖を通しながら、姿見に映る、俺の真後ろに立つオニキスを睨む様にして言ってしまったけど、勘弁して欲しい。
 本当に、この日、今日は、どうしたって気分が乗らない。
 前世の事なのに。
 昔の事なのに。
 駄目なんだよ。
 どうしたって、気分が沈んでしまう。
 我ながら情けないと云うか、女々しいと云うか。
 賑やかな忘年会の会場、大勢の人が居るのに、ぼっちだった俺。
 二次会には行かずに、逃げる様に帰宅しようとしてた俺。
 そんな中、ダンプに負けて死んだ俺。
 もしも、逃げずに二次会に行っていたならどうなってたんだろ?
 もしも、ダンプに負けなかったら、どうなっていたんだろ?
 骨折とかで済んで、年末も差し迫った時期に入院。
 誰も見舞いになんか来ない。
 他の入院患者の見舞い人を見て、悲しみに暮れる俺が簡単に想像出来てしまう。
 ああ、情けない…。

「付いて来るが良い」

 俺の頭にぽんと手を置いて、歩く様に促す。
 軽く溜め息を吐いて、促されるままに歩き出す。
 しっかりと黒の革靴まで用意されていて、それに履き替えて外へ出た。
 雪ははらはらと降っている。
 ほんのりと白くなった地面を歩いて行く。
 空はどんよりとしていて、俺の心そのものに見えた。

「お待ちしていましたよ、オニキス様、ライザー様」

 思わず、ずっこけるかと思った。
 オニキスが庭に投げたまま、伸びていると思っていたカラヲが、そこに居たから。
 頭には笠を。
 身体には蓑を巻いて。
 どこのお地蔵さんだよ…。
 てか、笠から角飛び出てるぞ…。
 そう、門の前にカラヲは居た。

「…本当に…何処へ行く気なんだ?」

「行けば解りますよ、さあ」

「行くぞ」

 オニキスの手が俺の肩に置かれて、門を潜らされた。

「………嘘…だろ…?」

 門を潜った先に広がる光景に、俺はただそう呟くしか出来なかった。

「では、お帰りの際は通信具にて、お声掛けお願いしますね」

「…まっ…!!」

 俺も連れて行け、と門を振り返れば、そこにはもう門は無く、カラヲの姿も無かった。

「…な…んで…?」

 ここの空も、暗く重い。
 頬を掠めて行く風の冷たさは、この世界も冬だと云う事だ。
 何処かからか、車のクラクションの音が聞こえる。
 場所は、何処かの寺の境内。
 視線を巡らせれば、墓場が見えた。
 そう、ここは日本だ…――――――――。

「行くぞ」

「…っ…嫌だ…っ!!」

 再び肩に置かれたオニキスの手を、俺は払い除けた。

 何だよ、何だよ、これ!?
 礼服着て、墓場って…。
 …墓参り…?
 …誰の…?
 誰のって、オニキスがわざわざ来るって云ったら…俺の…前世の俺のしかないだろ!?
 ってか、俺に墓なんてあったのかよ!?
 誰が建てたんだよ、そんなもん!?

「…この世界は、そなたにとって辛い思い出しかないのだろう。しかし、そなたは此処で生まれて、此処で死んだ。私はそなたを育んでくれたこの世界を愛しく思う」

 う、うお…。
 良く、そんな恥ずかしい事を真顔で言えるな!?
 だから、頭ぽんぽんするな。

 そう言われてもな…。
 ここで生きていた俺は、皆から…世界から…神様から…嫌われていたんだ。
 この世界に、良い思い出なんか無い。
 そんな俺が転生して勇者だなんて、何の冗談かと、手の込んだ嫌がらせかとも思ったよ。
 光だとか、希望だとか、前世の俺からは程遠い言葉だろ。

「…何で…俺だったんだろな…」

 ぽつりと呟いた言葉は小さく、踏み締める玉砂利の音に消えてしまいそうで。
 いや、掻き消されてもおかしくは無かった。
 なのに。
 それなのに。

「そなただからであろうよ。辛さを寂しさを孤独を悲しみも、何もかも知りながら、それでも絶望に屈しなかった。ありとあらゆる悪意に屈しなかった。そんなそなただから、光の精霊に選ばれた。世界の壁を越えて」

 こいつは、俺の言葉を拾う。
 どんなに小さくても。
 どんなに細くても。

「今、こうしてそなたと共に在れる事を嬉しく思う。過去のそなたが、自死を選ばずに、その生を全うしてくれた事を誇りに思う。そなたがそなたで在る事が何よりも嬉しく、また、愛おしく思う。そなたに取って、この世界は辛い物であろうが、その辛さを減らす事が出来たら良いと思う。僅かでも、今日、この日がそなたに取って良き日に変わる事を願う。その為に、今日、ここへそなたを連れて来た。今日、この日を、この世界で、私と過ごして欲しい。僅かでも良い。私と居た日、そう胸に刻んで欲しい」

 足を止めて。
 俺の正面に立ち、何処までも深く慈愛に満ちた微笑みを浮かべてオニキスは言った。

「……上書きって事…か…?」

 …わざわざ…この世界に…日本に来てする事か…?
 別に元の世界で過ごしても変わらないだろ?

「クリスマスとは、特別な日なのであろう? ならば、その慣習があるこちらですべきだと思ったのだ。ここに住まう皆の気が喜びに満ちておる。祝福されておる。過去のそなたは、その祝福の中で生涯を終えたのだと。そう、思うてはくれぬか?」

「…祝福…」

「…私に逢う為に、祝福されて逝ったのだと、そう思うてはくれぬか?」

 短く繰り返した俺の額に、オニキスが俺の手を取りながら、その形の良い額を押し付けて来た。
 暖かい、と云うよりも熱い熱がそこから伝わり広がって行く。
 冷えた身体に、熱が染み込んで行く。

 オニキスに逢う為に。
 オニキスに巡り合う為に。
 オニキスに出逢えるから、祝福の中に逝ったと。
 そう、思えって?

「…強引だな…」

 軽く瞳を伏せて、笑ってしまう。
 けど。
 その強引さが、気持ち良い。
 何だかな。
 本当に、何だかなあだ。
 あんなに、嫌だったのに。
 ここへ来た途端に逃げ出したくなったのに。
 なのに。
 お前が、そう言うから。
 お前が、ここに居るから。
 悪くない。
 そう思えてしまう。

「…やはり、嫌…」

「いいや? それだけ言うんだ。自信があるんだろう? 付き合ってやるよ。今日一日、楽しませて貰おうか。俺を唸らせて見せろよ」

 うん。
 お口さんがちょっと仕事したけど。
 嫌じゃない。
 今は、もう、そんな気持ちは無い。
 俺の為に、色々と考えてくれてるこいつの気持ちが嬉しい。
 どうしようもなく、泣きたくなるぐらいに。
 きっと、俺がそれでも嫌だと強く言えば、こいつはそうかと笑って退くんだろう。
 だけど。
 こいつの気持ちを無駄にしたくない。
 ここで逃げたら、俺は後悔するんだろう。
 ずっと、また、この日が来る度に鬱々としてしまうんだろう。
 これまで以上に。
 逃げるのなんて、何時でも出来るんだ。
 だから、今は。
 その強引さに、何もかも任せてしまおう。
 その強引さに、甘えてしまおう。
 来年の今日が、少しでも変わる様に。
 来年の今日が、少しでも変わってくれる様に。

 そう思って、伏せていた目を開けば、任せろと言わんばかりのオニキスの良い笑顔があった。

 ◆

 線香の煙がゆらゆらと曇天の空へと上って行く。
 オニキスが便利空間から取り出した奴だ。
 同じく、取り出した花も活けた。

「…本当に、俺の墓なんだな…」

 墓石に彫られた俺の名前を視線でなぞる。
 阿部昇の名を。
 …あの両親が、俺の墓を建ててくれたのだろうか…?
 …まあ…世間体ってのがあるからな…。
 施設へ預けられて…それからは一度たりとも会っては居ない。
 会いたいとも思わなかった。
 俺に、親は居ない。
 そう思って過ごして来た。
 …そういや、施設に入る前…何か知らないけど泣いたな…。
 施設に行くのが嫌だったのか…それとも、あんな親でも離れるのが嫌だったのか…今は解らないけど。
 父親にも、母親にも、手をあげられていた。
 ただ、怖かった記憶しか、無い。

 無言で、目を閉じて手を合わせた。
 俺はここに居るのに、変な感じだ。
 けどさ。
 俺、頑張ったんだってよ。
 俺、頑張ったから、オニキスに出逢えたんだってよ。
 ダンプに撥ねられて、めちゃくちゃ痛かったけど、そのお陰でオニキスに出逢えたんだってよ。
 どうよ、俺?
 信じられるか?
 信じられないだろ?
 なんたって、魔王に勇者だぜ?
 荒唐無稽過ぎるだろ。
 でも、リアルなんだぜ?
 笑っちゃうだろ。
 だから、俺も笑ってくれよ。な?

「…おや…」

 そんな事を思っていたら、玉砂利を踏む音に続いて、嗄れた声が耳に届いた。
 声のした方を見れば、住職っぽいおじいさんが、水桶と花束を持って立っていた。

「この方のお知り合いの方ですかな?」

 袈裟を着たおじいさん…住職が、ゆったりと歩いて来て失礼と声を掛けて、手にしていた花束を、線香受けの上に置いた。

「あ、はい」

 まさか、本人です。なんて、言えない。
 けど、何で住職が俺の墓に花を置くんだ?
 貰いもんのお裾分けとか?

「この方のご両親から、毎年こうして花束が届くんですよ。墓前に添えて下さいって」

 そんな疑問が顔に出て居たのか、住職は言った。

 …は?

「…自分達には、その資格は無いから。そう仰ってました」

 …はあ?

「…何故、私達にその話を?」

 訝しむ俺の代わりに、オニキスがそう聞いた。
 って、話し方が普通だ。

「…お導き…でしょうか?」

 住職はそれだけを言うと、それでは、と頭を下げて歩いて行った。

「…導きって…毎年って…資格って…」

 何だよ、それ?
 何なんだよ?
 訳が解かんねーよ。
 まさか、後悔してるとか?
 いや、そんな馬鹿な話があるかよ?
 だって、それなら何で会いに来なかったんだよ?
 一度だって、そんなの無かっただろ?
 ああ、接近禁止命令とかがあるんだったっけ?
 いや、知らねーよ、そんなの。
 資格だとか、そんなの気にするぐらいなら。
 そんなの気にするんだったら…っ…!

「…ライザー…」

 俯いて、玉砂利を睨んで唇を噛む俺の頭に、オニキスの手が乗せられた。そして、そのままゆっくりと動かされた。

「…行こう。腹減った。何か食おうぜ」

 …今更だ。
 今更なんだよ。
 俺が居なくなって、俺が死んでからどうしたかなんて、知りたくない。
 後悔とかしてるなら、そのまま勝手にしてれば良い。
 俺は、あんた達の事は忘れた。
 ずっと、考えない様にして、ここで生きて来たんだ。
 もう、過去の事なんだ。
 前世の事を思い出さなきゃ忘れてた存在なんだ。
 だから…あんた達も忘れてくれよ…。

 ◆

 バスに乗って、街へと出た。
 てか、オニキス、随分と平然としてるな。
 俺が教えなくても整理券取ってたし…。
 てか、どうやって日本の金を調達したんだ…。
 バスを降りて、懐かしい街並みを歩く。
 何だかんだで、懐かしいなんて思うもんなんだな。
 知らない店が沢山ある。
 知ってるのもあるけど、だいぶくたびれてる。
 あの世界とここと、時間の流れは同じなのかな?
 俺、死んでからどれぐらいで転生したんだろ。

「…夜、7時から予約を入れてある。それまで、どう過ごす?」

「へあ?」

 住職に聞いた時もそうだったけど、オニキス話し方おかしくないか?

「…練習したのだ…そなたが困らぬ様に…周りから浮かぬ様に…」

 って、ちょっと視線を泳がせながら言うなよ。
 オニキスの顔が、ちょっと赤い。
 何だ、こいつでも照れる事があるのか。
 な、何か、可愛いとか思ってしまったぞ。
 てか、何か俺もちょっと顔が熱くなって来た気がする。

「そ、そうか…。そうだな…今…昼過ぎか…とにかく、腹に何か入れながら考えようぜ…」

 って、ん?

「…予約…?」

「ああ。クリスマスディナーの予約を入れてある。クリスマスには恋人はその様にして過ごすのだろう?」

「あ、お、おお…」

 こ…恋人…。

「私達は夫婦で恋人だ。違うか?」

「う、あ、い、いや…違わない…と思う…」

 そ、そうか…改めて言われると照れるな…。
 こ、恋人か…伴侶って言われるより照れるのは何でだろ…?
 言われ慣れてるから、か?

 何だかふわふわした気持ちで街を歩く。
 周囲を見れば、あちらこちらに恋人らしき男女が居る。
 皆も、こんな気持ちなのかな…?
 嬉しいけど、恥ずかしい様な…何か、胸がむず痒い様な…。

 昼はディナーには出無さそうなお好み焼きにした。
 オニキスがお好み焼きを焼く俺を、目を細めて口元を緩めて見ていた。
 二人違う物を注文して、半分ずつ分けて食べた。
 こう云うのも、憧れだったんだよな。
 一人だと、こんな事も出来なかった。
 本当に、オニキスには色々と貰ってばかりだ。
 俺は、オニキスに何を返せば良いんだろう?
 俺は、オニキスに何をしてやれるんだろう?

 昼を食べた後は街をただ、ぶらぶらと歩いた。
 あれは何だ、これは何だと説明する度に、オニキスが真面目な顔で頷く。
 パソコンだとか、前世ぶりに触ったよ。
 陽が暮れて来て、イルミネーションが輝いて来ると、歩く人達の歩みが遅くなる。
 誰も彼もが、その輝きに見惚れていた。
 けど。
 オニキスは、見事な物だなと感想を述べただけで、特にイルミネーションには興味が無い様だった。
 イルミネーションを見ないで、何を見るんだ? と、イルミネーションから目を逸らしてオニキスを見たら、ばっちりと目が合ってしまった。

「…っ…な、何を見ているんだ!?」

 思わず焦ってそう言えば。

「お前を見ていた」

 眩しそうに目を細めて俺を見るオニキスに、心臓がバクバク脈を打つ。

 お、お前…そなたじゃ無く、お前ってぇ…。

「いや、俺じゃ無く、イルミを見ろよ…っ…!」

 もう、何なんだよ!?
 落ち着け、俺。
 落ち着け、心臓。
 あ、あれか!
 これがクリスマス効果か!
 お、恐ろしいな、クリスマス…。
 こんな状態異常の効果があるなんて知らなかったぞ…。
 そうか、だから皆浮かれているのか…。
 うん、学んだ。
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