7 / 29
魔王様お願い・前編
しおりを挟む
この日は朝から雪が降っていた。
はらはらとふわふわと舞う、そんな粉雪が。
今日は、前世の俺の命日だ。
囲炉裏に火鉢のある暖かい部屋から、縁側へと続く障子を開けて、降る雪を眺めながら、俺は心の中で手を合わせた。
「な~む~」
「何をやっているんですか、あなたは!」
「痛いっ!」
バッチーンと、後頭部に衝撃が走った。
頭を押さえて振り返ったら、カラヲがハリセンを持って立っていた。
その足元には六匹のメインクーンの子猫が居る。
カラヲとニャンタの飼い猫のメインクーンの子供だ。
ついでに何匹かのハムスターも、ちょろちょろしている。
あの、精霊ビックリショーから4ヶ月とちょっとが経った。
俺はずっと、この牧歌的な世界から外へは出て居ないから、詳しくは知らないが、世界はこれまでと同じく回っているらしい。
ただ、勇者と魔王が居なくなっただけ。
それだけだ。
たまに、レンとマリエルが遊びに来てくれるから、二人から話を聞いている。
レンもマリエルも、それぞれ自分の住む街へと帰った。
その際に、オニキスが連絡の取れる魔道具を二人に渡した。
『何時でも遊びに来るが良い。そなたらはライザーの友人なのだから』
そう言ったオニキスに二人は、笑顔で。
『私は、オニキスさんとも友達のつもりよ?』
『俺もだ! いい野菜が出来たら、届けに来てやるからな!』
そう言ってくれた。
言われたオニキスは、暫し目を瞬かせて、やがて小さく笑った。
二人がここへ来るのには、あの門を使う。
あれは、本当にど○でもドアだった。
どちらかから連絡があれば、カラヲが門を調整して迎えに行き、そして送ってくれる。
…カラヲって、もしかして凄い奴なの? って、その時に思った。
当の本人は、角のあった全盛期のオニキスと比べたら全然、てか、今のオニキスにでさえ、追い付かないと言っていた。
いや、もう、本当にどんだけだよ。
決戦の時は、手を抜かれてたんだな、と思うとちょっと悔しい。
レンとマリエルも同じ気持ちだと言って、酒呑みをしてはオニキスを小突いている。
そんな二人にオニキスは『許せよ』と、小さく笑うだけだ。
「って、何で俺、いきなり叩かれたの?」
あれから、光の精霊が言っていた様に、だいぶお口さんはマトモになった。
時々は馬鹿になるけど。
だいぶ、素で話せる様になった。
「今日は、お出掛けだと聞いています。なのに、何故お着替えにならないのですか」
カラヲがハリセンを部屋の隅へと向けた。
そこには、昨夜、今日着る様にと渡された礼服がある。
「…いやあ…。…何か…こんな日にそんなの着たら…滅入るだろ…」
真っ黒な、ダブルのスーツ。
白いワイシャツに、黒いネクタイ。
もう、完璧に通夜ムードだ。
今日は、前世の俺の命日だ。
自分の命日に喪服を着るって…何だかなあ…。
用意されている革のコートも、黒。
何処のメ○インブラックだよ…。
オニキスがKで、その内缶コーヒーのCMに出るのか?
てか、俺はJか?
俺は、あそこまで背は高くないぞ?
「ライザーよ、支度は出来たか?」
何て思っていたら、縁側からスーツ姿のオニキスが現れた。
俺のと同じ、ダブルの黒の礼服。
ネクタイもきっちり締められている。
髪は何時もより上の辺りで一つに結ばれていて、ちょっとしたポニテみたくなっている。
腕には、やはり黒の革のコートが掛けられていた。
「いや、支度って。こんなの着て何処へ行く気だよ? 俺は今日は引き篭もっていたい」
うん。
雪見ながら、火鉢で熱燗作って、ちびちび呑んで。
囲炉裏で、魚の干物とか干し芋とか焼いて、むしりむしり食べたい。
この、わたもこのドテラを手放したくない。
「んもう! 今日はクリスマスなんですよ!? この日の為に、オニキス様がじゅっ、あばばばばばばっ!?」
俺のドテラに手を掛けたカラヲの頭を、オニキスが鷲掴みにした。
「ア~、本日ハ晴天ナリテヤウヤウ…」
…うん、これも何だかんだで慣れた。
「気が乗らぬのは、解っておるつもりだ。しかし、私の我儘に付き合ってはくれぬか?」
少しばかり肩を落とし、眉を下げるオニキス。
そんなオニキスに俺は弱い。
何時も、余裕綽々で居るくせに、ずるいだろ。
反則だぞ、こら。
捨てられた子犬みたいな顔をするなよ。
「…解ったよ…着替えるから…」
「うむ」
仕方が無いと、俺は立ち上がり、部屋の隅に置いていた礼服を手に取る。
「…着替えたいんだけど?」
「うむ」
「…出てってくれない? カラヲ連れて」
「うむ」
オニキスは頷くと、カラヲの首を掴み持ち上げ、部屋の外へと投げて障子を閉めた。
オニキスは勿論、部屋の中だ。
囲炉裏の上にぶら下がってるヤカンから、シュンシュンと音が聞こえる。
「…着替えたいって言ってるんだけど?」
「うむ。ここで待っておる」
…こ、い、つ、は、あ、あ、あ、あっ!!
「着替え、見られるの恥ずかしいの! 出てけっ!!」
「何を今更な事を。一昨昨日も肌で語り…ぐふっ!!」
仕方が無いので、オニキスの顎にアッパーを決めて、強制的に眠らせた。
俺は悪くない。
これは、愛の鞭だ。
本当に羞恥心と云う物を学んで欲しい。
アレはアレ。これはこれだ。
手早くドテラを脱いで、着物も脱ぐ。
オニキスの屋敷が日本家屋だから、と、カラヲが妙に張り切って、何処かからか和装を調達して来た。
だから、この屋敷に居る時は、皆和服を着て居る。
カラヲは、オニキスの世話係みたいな役割りだったそうだ。
その流れで、俺の世話も焼いてくれてる。
俺は必要ないって言ったんだが、オニキス様の伴侶ですから、と、譲らなかった。
可愛い見た目に反して、中々の頑固者だ。
しかし、スーツなんてどれぐらい振りって、前世振りか。
これも、何処から調達したんだか。
姿見を見ながらネクタイを締め終えた辺りで。
「うむ。良く似合っておる」
もう、復活しやがった。
「こんなのは、誰にでも似合う様に出来ているんだ。で? こんな格好させて何処へ行くって言うんだ?」
上着に袖を通しながら、姿見に映る、俺の真後ろに立つオニキスを睨む様にして言ってしまったけど、勘弁して欲しい。
本当に、この日、今日は、どうしたって気分が乗らない。
前世の事なのに。
昔の事なのに。
駄目なんだよ。
どうしたって、気分が沈んでしまう。
我ながら情けないと云うか、女々しいと云うか。
賑やかな忘年会の会場、大勢の人が居るのに、ぼっちだった俺。
二次会には行かずに、逃げる様に帰宅しようとしてた俺。
そんな中、ダンプに負けて死んだ俺。
もしも、逃げずに二次会に行っていたならどうなってたんだろ?
もしも、ダンプに負けなかったら、どうなっていたんだろ?
骨折とかで済んで、年末も差し迫った時期に入院。
誰も見舞いになんか来ない。
他の入院患者の見舞い人を見て、悲しみに暮れる俺が簡単に想像出来てしまう。
ああ、情けない…。
「付いて来るが良い」
俺の頭にぽんと手を置いて、歩く様に促す。
軽く溜め息を吐いて、促されるままに歩き出す。
しっかりと黒の革靴まで用意されていて、それに履き替えて外へ出た。
雪ははらはらと降っている。
ほんのりと白くなった地面を歩いて行く。
空はどんよりとしていて、俺の心そのものに見えた。
「お待ちしていましたよ、オニキス様、ライザー様」
思わず、ずっこけるかと思った。
オニキスが庭に投げたまま、伸びていると思っていたカラヲが、そこに居たから。
頭には笠を。
身体には蓑を巻いて。
どこのお地蔵さんだよ…。
てか、笠から角飛び出てるぞ…。
そう、門の前にカラヲは居た。
「…本当に…何処へ行く気なんだ?」
「行けば解りますよ、さあ」
「行くぞ」
オニキスの手が俺の肩に置かれて、門を潜らされた。
「………嘘…だろ…?」
門を潜った先に広がる光景に、俺はただそう呟くしか出来なかった。
「では、お帰りの際は通信具にて、お声掛けお願いしますね」
「…まっ…!!」
俺も連れて行け、と門を振り返れば、そこにはもう門は無く、カラヲの姿も無かった。
「…な…んで…?」
ここの空も、暗く重い。
頬を掠めて行く風の冷たさは、この世界も冬だと云う事だ。
何処かからか、車のクラクションの音が聞こえる。
場所は、何処かの寺の境内。
視線を巡らせれば、墓場が見えた。
そう、ここは日本だ…――――――――。
「行くぞ」
「…っ…嫌だ…っ!!」
再び肩に置かれたオニキスの手を、俺は払い除けた。
何だよ、何だよ、これ!?
礼服着て、墓場って…。
…墓参り…?
…誰の…?
誰のって、オニキスがわざわざ来るって云ったら…俺の…前世の俺のしかないだろ!?
ってか、俺に墓なんてあったのかよ!?
誰が建てたんだよ、そんなもん!?
「…この世界は、そなたにとって辛い思い出しかないのだろう。しかし、そなたは此処で生まれて、此処で死んだ。私はそなたを育んでくれたこの世界を愛しく思う」
う、うお…。
良く、そんな恥ずかしい事を真顔で言えるな!?
だから、頭ぽんぽんするな。
そう言われてもな…。
ここで生きていた俺は、皆から…世界から…神様から…嫌われていたんだ。
この世界に、良い思い出なんか無い。
そんな俺が転生して勇者だなんて、何の冗談かと、手の込んだ嫌がらせかとも思ったよ。
光だとか、希望だとか、前世の俺からは程遠い言葉だろ。
「…何で…俺だったんだろな…」
ぽつりと呟いた言葉は小さく、踏み締める玉砂利の音に消えてしまいそうで。
いや、掻き消されてもおかしくは無かった。
なのに。
それなのに。
「そなただからであろうよ。辛さを寂しさを孤独を悲しみも、何もかも知りながら、それでも絶望に屈しなかった。ありとあらゆる悪意に屈しなかった。そんなそなただから、光の精霊に選ばれた。世界の壁を越えて」
こいつは、俺の言葉を拾う。
どんなに小さくても。
どんなに細くても。
「今、こうしてそなたと共に在れる事を嬉しく思う。過去のそなたが、自死を選ばずに、その生を全うしてくれた事を誇りに思う。そなたがそなたで在る事が何よりも嬉しく、また、愛おしく思う。そなたに取って、この世界は辛い物であろうが、その辛さを減らす事が出来たら良いと思う。僅かでも、今日、この日がそなたに取って良き日に変わる事を願う。その為に、今日、ここへそなたを連れて来た。今日、この日を、この世界で、私と過ごして欲しい。僅かでも良い。私と居た日、そう胸に刻んで欲しい」
足を止めて。
俺の正面に立ち、何処までも深く慈愛に満ちた微笑みを浮かべてオニキスは言った。
「……上書きって事…か…?」
…わざわざ…この世界に…日本に来てする事か…?
別に元の世界で過ごしても変わらないだろ?
「クリスマスとは、特別な日なのであろう? ならば、その慣習があるこちらですべきだと思ったのだ。ここに住まう皆の気が喜びに満ちておる。祝福されておる。過去のそなたは、その祝福の中で生涯を終えたのだと。そう、思うてはくれぬか?」
「…祝福…」
「…私に逢う為に、祝福されて逝ったのだと、そう思うてはくれぬか?」
短く繰り返した俺の額に、オニキスが俺の手を取りながら、その形の良い額を押し付けて来た。
暖かい、と云うよりも熱い熱がそこから伝わり広がって行く。
冷えた身体に、熱が染み込んで行く。
オニキスに逢う為に。
オニキスに巡り合う為に。
オニキスに出逢えるから、祝福の中に逝ったと。
そう、思えって?
「…強引だな…」
軽く瞳を伏せて、笑ってしまう。
けど。
その強引さが、気持ち良い。
何だかな。
本当に、何だかなあだ。
あんなに、嫌だったのに。
ここへ来た途端に逃げ出したくなったのに。
なのに。
お前が、そう言うから。
お前が、ここに居るから。
悪くない。
そう思えてしまう。
「…やはり、嫌…」
「いいや? それだけ言うんだ。自信があるんだろう? 付き合ってやるよ。今日一日、楽しませて貰おうか。俺を唸らせて見せろよ」
うん。
お口さんがちょっと仕事したけど。
嫌じゃない。
今は、もう、そんな気持ちは無い。
俺の為に、色々と考えてくれてるこいつの気持ちが嬉しい。
どうしようもなく、泣きたくなるぐらいに。
きっと、俺がそれでも嫌だと強く言えば、こいつはそうかと笑って退くんだろう。
だけど。
こいつの気持ちを無駄にしたくない。
ここで逃げたら、俺は後悔するんだろう。
ずっと、また、この日が来る度に鬱々としてしまうんだろう。
これまで以上に。
逃げるのなんて、何時でも出来るんだ。
だから、今は。
その強引さに、何もかも任せてしまおう。
その強引さに、甘えてしまおう。
来年の今日が、少しでも変わる様に。
来年の今日が、少しでも変わってくれる様に。
そう思って、伏せていた目を開けば、任せろと言わんばかりのオニキスの良い笑顔があった。
◆
線香の煙がゆらゆらと曇天の空へと上って行く。
オニキスが便利空間から取り出した奴だ。
同じく、取り出した花も活けた。
「…本当に、俺の墓なんだな…」
墓石に彫られた俺の名前を視線でなぞる。
阿部昇の名を。
…あの両親が、俺の墓を建ててくれたのだろうか…?
…まあ…世間体ってのがあるからな…。
施設へ預けられて…それからは一度たりとも会っては居ない。
会いたいとも思わなかった。
俺に、親は居ない。
そう思って過ごして来た。
…そういや、施設に入る前…何か知らないけど泣いたな…。
施設に行くのが嫌だったのか…それとも、あんな親でも離れるのが嫌だったのか…今は解らないけど。
父親にも、母親にも、手をあげられていた。
ただ、怖かった記憶しか、無い。
無言で、目を閉じて手を合わせた。
俺はここに居るのに、変な感じだ。
けどさ。
俺、頑張ったんだってよ。
俺、頑張ったから、オニキスに出逢えたんだってよ。
ダンプに撥ねられて、めちゃくちゃ痛かったけど、そのお陰でオニキスに出逢えたんだってよ。
どうよ、俺?
信じられるか?
信じられないだろ?
なんたって、魔王に勇者だぜ?
荒唐無稽過ぎるだろ。
でも、リアルなんだぜ?
笑っちゃうだろ。
だから、俺も笑ってくれよ。な?
「…おや…」
そんな事を思っていたら、玉砂利を踏む音に続いて、嗄れた声が耳に届いた。
声のした方を見れば、住職っぽいおじいさんが、水桶と花束を持って立っていた。
「この方のお知り合いの方ですかな?」
袈裟を着たおじいさん…住職が、ゆったりと歩いて来て失礼と声を掛けて、手にしていた花束を、線香受けの上に置いた。
「あ、はい」
まさか、本人です。なんて、言えない。
けど、何で住職が俺の墓に花を置くんだ?
貰いもんのお裾分けとか?
「この方のご両親から、毎年こうして花束が届くんですよ。墓前に添えて下さいって」
そんな疑問が顔に出て居たのか、住職は言った。
…は?
「…自分達には、その資格は無いから。そう仰ってました」
…はあ?
「…何故、私達にその話を?」
訝しむ俺の代わりに、オニキスがそう聞いた。
って、話し方が普通だ。
「…お導き…でしょうか?」
住職はそれだけを言うと、それでは、と頭を下げて歩いて行った。
「…導きって…毎年って…資格って…」
何だよ、それ?
何なんだよ?
訳が解かんねーよ。
まさか、後悔してるとか?
いや、そんな馬鹿な話があるかよ?
だって、それなら何で会いに来なかったんだよ?
一度だって、そんなの無かっただろ?
ああ、接近禁止命令とかがあるんだったっけ?
いや、知らねーよ、そんなの。
資格だとか、そんなの気にするぐらいなら。
そんなの気にするんだったら…っ…!
「…ライザー…」
俯いて、玉砂利を睨んで唇を噛む俺の頭に、オニキスの手が乗せられた。そして、そのままゆっくりと動かされた。
「…行こう。腹減った。何か食おうぜ」
…今更だ。
今更なんだよ。
俺が居なくなって、俺が死んでからどうしたかなんて、知りたくない。
後悔とかしてるなら、そのまま勝手にしてれば良い。
俺は、あんた達の事は忘れた。
ずっと、考えない様にして、ここで生きて来たんだ。
もう、過去の事なんだ。
前世の事を思い出さなきゃ忘れてた存在なんだ。
だから…あんた達も忘れてくれよ…。
◆
バスに乗って、街へと出た。
てか、オニキス、随分と平然としてるな。
俺が教えなくても整理券取ってたし…。
てか、どうやって日本の金を調達したんだ…。
バスを降りて、懐かしい街並みを歩く。
何だかんだで、懐かしいなんて思うもんなんだな。
知らない店が沢山ある。
知ってるのもあるけど、だいぶくたびれてる。
あの世界とここと、時間の流れは同じなのかな?
俺、死んでからどれぐらいで転生したんだろ。
「…夜、7時から予約を入れてある。それまで、どう過ごす?」
「へあ?」
住職に聞いた時もそうだったけど、オニキス話し方おかしくないか?
「…練習したのだ…そなたが困らぬ様に…周りから浮かぬ様に…」
って、ちょっと視線を泳がせながら言うなよ。
オニキスの顔が、ちょっと赤い。
何だ、こいつでも照れる事があるのか。
な、何か、可愛いとか思ってしまったぞ。
てか、何か俺もちょっと顔が熱くなって来た気がする。
「そ、そうか…。そうだな…今…昼過ぎか…とにかく、腹に何か入れながら考えようぜ…」
って、ん?
「…予約…?」
「ああ。クリスマスディナーの予約を入れてある。クリスマスには恋人はその様にして過ごすのだろう?」
「あ、お、おお…」
こ…恋人…。
「私達は夫婦で恋人だ。違うか?」
「う、あ、い、いや…違わない…と思う…」
そ、そうか…改めて言われると照れるな…。
こ、恋人か…伴侶って言われるより照れるのは何でだろ…?
言われ慣れてるから、か?
何だかふわふわした気持ちで街を歩く。
周囲を見れば、あちらこちらに恋人らしき男女が居る。
皆も、こんな気持ちなのかな…?
嬉しいけど、恥ずかしい様な…何か、胸がむず痒い様な…。
昼はディナーには出無さそうなお好み焼きにした。
オニキスがお好み焼きを焼く俺を、目を細めて口元を緩めて見ていた。
二人違う物を注文して、半分ずつ分けて食べた。
こう云うのも、憧れだったんだよな。
一人だと、こんな事も出来なかった。
本当に、オニキスには色々と貰ってばかりだ。
俺は、オニキスに何を返せば良いんだろう?
俺は、オニキスに何をしてやれるんだろう?
昼を食べた後は街をただ、ぶらぶらと歩いた。
あれは何だ、これは何だと説明する度に、オニキスが真面目な顔で頷く。
パソコンだとか、前世ぶりに触ったよ。
陽が暮れて来て、イルミネーションが輝いて来ると、歩く人達の歩みが遅くなる。
誰も彼もが、その輝きに見惚れていた。
けど。
オニキスは、見事な物だなと感想を述べただけで、特にイルミネーションには興味が無い様だった。
イルミネーションを見ないで、何を見るんだ? と、イルミネーションから目を逸らしてオニキスを見たら、ばっちりと目が合ってしまった。
「…っ…な、何を見ているんだ!?」
思わず焦ってそう言えば。
「お前を見ていた」
眩しそうに目を細めて俺を見るオニキスに、心臓がバクバク脈を打つ。
お、お前…そなたじゃ無く、お前ってぇ…。
「いや、俺じゃ無く、イルミを見ろよ…っ…!」
もう、何なんだよ!?
落ち着け、俺。
落ち着け、心臓。
あ、あれか!
これがクリスマス効果か!
お、恐ろしいな、クリスマス…。
こんな状態異常の効果があるなんて知らなかったぞ…。
そうか、だから皆浮かれているのか…。
うん、学んだ。
はらはらとふわふわと舞う、そんな粉雪が。
今日は、前世の俺の命日だ。
囲炉裏に火鉢のある暖かい部屋から、縁側へと続く障子を開けて、降る雪を眺めながら、俺は心の中で手を合わせた。
「な~む~」
「何をやっているんですか、あなたは!」
「痛いっ!」
バッチーンと、後頭部に衝撃が走った。
頭を押さえて振り返ったら、カラヲがハリセンを持って立っていた。
その足元には六匹のメインクーンの子猫が居る。
カラヲとニャンタの飼い猫のメインクーンの子供だ。
ついでに何匹かのハムスターも、ちょろちょろしている。
あの、精霊ビックリショーから4ヶ月とちょっとが経った。
俺はずっと、この牧歌的な世界から外へは出て居ないから、詳しくは知らないが、世界はこれまでと同じく回っているらしい。
ただ、勇者と魔王が居なくなっただけ。
それだけだ。
たまに、レンとマリエルが遊びに来てくれるから、二人から話を聞いている。
レンもマリエルも、それぞれ自分の住む街へと帰った。
その際に、オニキスが連絡の取れる魔道具を二人に渡した。
『何時でも遊びに来るが良い。そなたらはライザーの友人なのだから』
そう言ったオニキスに二人は、笑顔で。
『私は、オニキスさんとも友達のつもりよ?』
『俺もだ! いい野菜が出来たら、届けに来てやるからな!』
そう言ってくれた。
言われたオニキスは、暫し目を瞬かせて、やがて小さく笑った。
二人がここへ来るのには、あの門を使う。
あれは、本当にど○でもドアだった。
どちらかから連絡があれば、カラヲが門を調整して迎えに行き、そして送ってくれる。
…カラヲって、もしかして凄い奴なの? って、その時に思った。
当の本人は、角のあった全盛期のオニキスと比べたら全然、てか、今のオニキスにでさえ、追い付かないと言っていた。
いや、もう、本当にどんだけだよ。
決戦の時は、手を抜かれてたんだな、と思うとちょっと悔しい。
レンとマリエルも同じ気持ちだと言って、酒呑みをしてはオニキスを小突いている。
そんな二人にオニキスは『許せよ』と、小さく笑うだけだ。
「って、何で俺、いきなり叩かれたの?」
あれから、光の精霊が言っていた様に、だいぶお口さんはマトモになった。
時々は馬鹿になるけど。
だいぶ、素で話せる様になった。
「今日は、お出掛けだと聞いています。なのに、何故お着替えにならないのですか」
カラヲがハリセンを部屋の隅へと向けた。
そこには、昨夜、今日着る様にと渡された礼服がある。
「…いやあ…。…何か…こんな日にそんなの着たら…滅入るだろ…」
真っ黒な、ダブルのスーツ。
白いワイシャツに、黒いネクタイ。
もう、完璧に通夜ムードだ。
今日は、前世の俺の命日だ。
自分の命日に喪服を着るって…何だかなあ…。
用意されている革のコートも、黒。
何処のメ○インブラックだよ…。
オニキスがKで、その内缶コーヒーのCMに出るのか?
てか、俺はJか?
俺は、あそこまで背は高くないぞ?
「ライザーよ、支度は出来たか?」
何て思っていたら、縁側からスーツ姿のオニキスが現れた。
俺のと同じ、ダブルの黒の礼服。
ネクタイもきっちり締められている。
髪は何時もより上の辺りで一つに結ばれていて、ちょっとしたポニテみたくなっている。
腕には、やはり黒の革のコートが掛けられていた。
「いや、支度って。こんなの着て何処へ行く気だよ? 俺は今日は引き篭もっていたい」
うん。
雪見ながら、火鉢で熱燗作って、ちびちび呑んで。
囲炉裏で、魚の干物とか干し芋とか焼いて、むしりむしり食べたい。
この、わたもこのドテラを手放したくない。
「んもう! 今日はクリスマスなんですよ!? この日の為に、オニキス様がじゅっ、あばばばばばばっ!?」
俺のドテラに手を掛けたカラヲの頭を、オニキスが鷲掴みにした。
「ア~、本日ハ晴天ナリテヤウヤウ…」
…うん、これも何だかんだで慣れた。
「気が乗らぬのは、解っておるつもりだ。しかし、私の我儘に付き合ってはくれぬか?」
少しばかり肩を落とし、眉を下げるオニキス。
そんなオニキスに俺は弱い。
何時も、余裕綽々で居るくせに、ずるいだろ。
反則だぞ、こら。
捨てられた子犬みたいな顔をするなよ。
「…解ったよ…着替えるから…」
「うむ」
仕方が無いと、俺は立ち上がり、部屋の隅に置いていた礼服を手に取る。
「…着替えたいんだけど?」
「うむ」
「…出てってくれない? カラヲ連れて」
「うむ」
オニキスは頷くと、カラヲの首を掴み持ち上げ、部屋の外へと投げて障子を閉めた。
オニキスは勿論、部屋の中だ。
囲炉裏の上にぶら下がってるヤカンから、シュンシュンと音が聞こえる。
「…着替えたいって言ってるんだけど?」
「うむ。ここで待っておる」
…こ、い、つ、は、あ、あ、あ、あっ!!
「着替え、見られるの恥ずかしいの! 出てけっ!!」
「何を今更な事を。一昨昨日も肌で語り…ぐふっ!!」
仕方が無いので、オニキスの顎にアッパーを決めて、強制的に眠らせた。
俺は悪くない。
これは、愛の鞭だ。
本当に羞恥心と云う物を学んで欲しい。
アレはアレ。これはこれだ。
手早くドテラを脱いで、着物も脱ぐ。
オニキスの屋敷が日本家屋だから、と、カラヲが妙に張り切って、何処かからか和装を調達して来た。
だから、この屋敷に居る時は、皆和服を着て居る。
カラヲは、オニキスの世話係みたいな役割りだったそうだ。
その流れで、俺の世話も焼いてくれてる。
俺は必要ないって言ったんだが、オニキス様の伴侶ですから、と、譲らなかった。
可愛い見た目に反して、中々の頑固者だ。
しかし、スーツなんてどれぐらい振りって、前世振りか。
これも、何処から調達したんだか。
姿見を見ながらネクタイを締め終えた辺りで。
「うむ。良く似合っておる」
もう、復活しやがった。
「こんなのは、誰にでも似合う様に出来ているんだ。で? こんな格好させて何処へ行くって言うんだ?」
上着に袖を通しながら、姿見に映る、俺の真後ろに立つオニキスを睨む様にして言ってしまったけど、勘弁して欲しい。
本当に、この日、今日は、どうしたって気分が乗らない。
前世の事なのに。
昔の事なのに。
駄目なんだよ。
どうしたって、気分が沈んでしまう。
我ながら情けないと云うか、女々しいと云うか。
賑やかな忘年会の会場、大勢の人が居るのに、ぼっちだった俺。
二次会には行かずに、逃げる様に帰宅しようとしてた俺。
そんな中、ダンプに負けて死んだ俺。
もしも、逃げずに二次会に行っていたならどうなってたんだろ?
もしも、ダンプに負けなかったら、どうなっていたんだろ?
骨折とかで済んで、年末も差し迫った時期に入院。
誰も見舞いになんか来ない。
他の入院患者の見舞い人を見て、悲しみに暮れる俺が簡単に想像出来てしまう。
ああ、情けない…。
「付いて来るが良い」
俺の頭にぽんと手を置いて、歩く様に促す。
軽く溜め息を吐いて、促されるままに歩き出す。
しっかりと黒の革靴まで用意されていて、それに履き替えて外へ出た。
雪ははらはらと降っている。
ほんのりと白くなった地面を歩いて行く。
空はどんよりとしていて、俺の心そのものに見えた。
「お待ちしていましたよ、オニキス様、ライザー様」
思わず、ずっこけるかと思った。
オニキスが庭に投げたまま、伸びていると思っていたカラヲが、そこに居たから。
頭には笠を。
身体には蓑を巻いて。
どこのお地蔵さんだよ…。
てか、笠から角飛び出てるぞ…。
そう、門の前にカラヲは居た。
「…本当に…何処へ行く気なんだ?」
「行けば解りますよ、さあ」
「行くぞ」
オニキスの手が俺の肩に置かれて、門を潜らされた。
「………嘘…だろ…?」
門を潜った先に広がる光景に、俺はただそう呟くしか出来なかった。
「では、お帰りの際は通信具にて、お声掛けお願いしますね」
「…まっ…!!」
俺も連れて行け、と門を振り返れば、そこにはもう門は無く、カラヲの姿も無かった。
「…な…んで…?」
ここの空も、暗く重い。
頬を掠めて行く風の冷たさは、この世界も冬だと云う事だ。
何処かからか、車のクラクションの音が聞こえる。
場所は、何処かの寺の境内。
視線を巡らせれば、墓場が見えた。
そう、ここは日本だ…――――――――。
「行くぞ」
「…っ…嫌だ…っ!!」
再び肩に置かれたオニキスの手を、俺は払い除けた。
何だよ、何だよ、これ!?
礼服着て、墓場って…。
…墓参り…?
…誰の…?
誰のって、オニキスがわざわざ来るって云ったら…俺の…前世の俺のしかないだろ!?
ってか、俺に墓なんてあったのかよ!?
誰が建てたんだよ、そんなもん!?
「…この世界は、そなたにとって辛い思い出しかないのだろう。しかし、そなたは此処で生まれて、此処で死んだ。私はそなたを育んでくれたこの世界を愛しく思う」
う、うお…。
良く、そんな恥ずかしい事を真顔で言えるな!?
だから、頭ぽんぽんするな。
そう言われてもな…。
ここで生きていた俺は、皆から…世界から…神様から…嫌われていたんだ。
この世界に、良い思い出なんか無い。
そんな俺が転生して勇者だなんて、何の冗談かと、手の込んだ嫌がらせかとも思ったよ。
光だとか、希望だとか、前世の俺からは程遠い言葉だろ。
「…何で…俺だったんだろな…」
ぽつりと呟いた言葉は小さく、踏み締める玉砂利の音に消えてしまいそうで。
いや、掻き消されてもおかしくは無かった。
なのに。
それなのに。
「そなただからであろうよ。辛さを寂しさを孤独を悲しみも、何もかも知りながら、それでも絶望に屈しなかった。ありとあらゆる悪意に屈しなかった。そんなそなただから、光の精霊に選ばれた。世界の壁を越えて」
こいつは、俺の言葉を拾う。
どんなに小さくても。
どんなに細くても。
「今、こうしてそなたと共に在れる事を嬉しく思う。過去のそなたが、自死を選ばずに、その生を全うしてくれた事を誇りに思う。そなたがそなたで在る事が何よりも嬉しく、また、愛おしく思う。そなたに取って、この世界は辛い物であろうが、その辛さを減らす事が出来たら良いと思う。僅かでも、今日、この日がそなたに取って良き日に変わる事を願う。その為に、今日、ここへそなたを連れて来た。今日、この日を、この世界で、私と過ごして欲しい。僅かでも良い。私と居た日、そう胸に刻んで欲しい」
足を止めて。
俺の正面に立ち、何処までも深く慈愛に満ちた微笑みを浮かべてオニキスは言った。
「……上書きって事…か…?」
…わざわざ…この世界に…日本に来てする事か…?
別に元の世界で過ごしても変わらないだろ?
「クリスマスとは、特別な日なのであろう? ならば、その慣習があるこちらですべきだと思ったのだ。ここに住まう皆の気が喜びに満ちておる。祝福されておる。過去のそなたは、その祝福の中で生涯を終えたのだと。そう、思うてはくれぬか?」
「…祝福…」
「…私に逢う為に、祝福されて逝ったのだと、そう思うてはくれぬか?」
短く繰り返した俺の額に、オニキスが俺の手を取りながら、その形の良い額を押し付けて来た。
暖かい、と云うよりも熱い熱がそこから伝わり広がって行く。
冷えた身体に、熱が染み込んで行く。
オニキスに逢う為に。
オニキスに巡り合う為に。
オニキスに出逢えるから、祝福の中に逝ったと。
そう、思えって?
「…強引だな…」
軽く瞳を伏せて、笑ってしまう。
けど。
その強引さが、気持ち良い。
何だかな。
本当に、何だかなあだ。
あんなに、嫌だったのに。
ここへ来た途端に逃げ出したくなったのに。
なのに。
お前が、そう言うから。
お前が、ここに居るから。
悪くない。
そう思えてしまう。
「…やはり、嫌…」
「いいや? それだけ言うんだ。自信があるんだろう? 付き合ってやるよ。今日一日、楽しませて貰おうか。俺を唸らせて見せろよ」
うん。
お口さんがちょっと仕事したけど。
嫌じゃない。
今は、もう、そんな気持ちは無い。
俺の為に、色々と考えてくれてるこいつの気持ちが嬉しい。
どうしようもなく、泣きたくなるぐらいに。
きっと、俺がそれでも嫌だと強く言えば、こいつはそうかと笑って退くんだろう。
だけど。
こいつの気持ちを無駄にしたくない。
ここで逃げたら、俺は後悔するんだろう。
ずっと、また、この日が来る度に鬱々としてしまうんだろう。
これまで以上に。
逃げるのなんて、何時でも出来るんだ。
だから、今は。
その強引さに、何もかも任せてしまおう。
その強引さに、甘えてしまおう。
来年の今日が、少しでも変わる様に。
来年の今日が、少しでも変わってくれる様に。
そう思って、伏せていた目を開けば、任せろと言わんばかりのオニキスの良い笑顔があった。
◆
線香の煙がゆらゆらと曇天の空へと上って行く。
オニキスが便利空間から取り出した奴だ。
同じく、取り出した花も活けた。
「…本当に、俺の墓なんだな…」
墓石に彫られた俺の名前を視線でなぞる。
阿部昇の名を。
…あの両親が、俺の墓を建ててくれたのだろうか…?
…まあ…世間体ってのがあるからな…。
施設へ預けられて…それからは一度たりとも会っては居ない。
会いたいとも思わなかった。
俺に、親は居ない。
そう思って過ごして来た。
…そういや、施設に入る前…何か知らないけど泣いたな…。
施設に行くのが嫌だったのか…それとも、あんな親でも離れるのが嫌だったのか…今は解らないけど。
父親にも、母親にも、手をあげられていた。
ただ、怖かった記憶しか、無い。
無言で、目を閉じて手を合わせた。
俺はここに居るのに、変な感じだ。
けどさ。
俺、頑張ったんだってよ。
俺、頑張ったから、オニキスに出逢えたんだってよ。
ダンプに撥ねられて、めちゃくちゃ痛かったけど、そのお陰でオニキスに出逢えたんだってよ。
どうよ、俺?
信じられるか?
信じられないだろ?
なんたって、魔王に勇者だぜ?
荒唐無稽過ぎるだろ。
でも、リアルなんだぜ?
笑っちゃうだろ。
だから、俺も笑ってくれよ。な?
「…おや…」
そんな事を思っていたら、玉砂利を踏む音に続いて、嗄れた声が耳に届いた。
声のした方を見れば、住職っぽいおじいさんが、水桶と花束を持って立っていた。
「この方のお知り合いの方ですかな?」
袈裟を着たおじいさん…住職が、ゆったりと歩いて来て失礼と声を掛けて、手にしていた花束を、線香受けの上に置いた。
「あ、はい」
まさか、本人です。なんて、言えない。
けど、何で住職が俺の墓に花を置くんだ?
貰いもんのお裾分けとか?
「この方のご両親から、毎年こうして花束が届くんですよ。墓前に添えて下さいって」
そんな疑問が顔に出て居たのか、住職は言った。
…は?
「…自分達には、その資格は無いから。そう仰ってました」
…はあ?
「…何故、私達にその話を?」
訝しむ俺の代わりに、オニキスがそう聞いた。
って、話し方が普通だ。
「…お導き…でしょうか?」
住職はそれだけを言うと、それでは、と頭を下げて歩いて行った。
「…導きって…毎年って…資格って…」
何だよ、それ?
何なんだよ?
訳が解かんねーよ。
まさか、後悔してるとか?
いや、そんな馬鹿な話があるかよ?
だって、それなら何で会いに来なかったんだよ?
一度だって、そんなの無かっただろ?
ああ、接近禁止命令とかがあるんだったっけ?
いや、知らねーよ、そんなの。
資格だとか、そんなの気にするぐらいなら。
そんなの気にするんだったら…っ…!
「…ライザー…」
俯いて、玉砂利を睨んで唇を噛む俺の頭に、オニキスの手が乗せられた。そして、そのままゆっくりと動かされた。
「…行こう。腹減った。何か食おうぜ」
…今更だ。
今更なんだよ。
俺が居なくなって、俺が死んでからどうしたかなんて、知りたくない。
後悔とかしてるなら、そのまま勝手にしてれば良い。
俺は、あんた達の事は忘れた。
ずっと、考えない様にして、ここで生きて来たんだ。
もう、過去の事なんだ。
前世の事を思い出さなきゃ忘れてた存在なんだ。
だから…あんた達も忘れてくれよ…。
◆
バスに乗って、街へと出た。
てか、オニキス、随分と平然としてるな。
俺が教えなくても整理券取ってたし…。
てか、どうやって日本の金を調達したんだ…。
バスを降りて、懐かしい街並みを歩く。
何だかんだで、懐かしいなんて思うもんなんだな。
知らない店が沢山ある。
知ってるのもあるけど、だいぶくたびれてる。
あの世界とここと、時間の流れは同じなのかな?
俺、死んでからどれぐらいで転生したんだろ。
「…夜、7時から予約を入れてある。それまで、どう過ごす?」
「へあ?」
住職に聞いた時もそうだったけど、オニキス話し方おかしくないか?
「…練習したのだ…そなたが困らぬ様に…周りから浮かぬ様に…」
って、ちょっと視線を泳がせながら言うなよ。
オニキスの顔が、ちょっと赤い。
何だ、こいつでも照れる事があるのか。
な、何か、可愛いとか思ってしまったぞ。
てか、何か俺もちょっと顔が熱くなって来た気がする。
「そ、そうか…。そうだな…今…昼過ぎか…とにかく、腹に何か入れながら考えようぜ…」
って、ん?
「…予約…?」
「ああ。クリスマスディナーの予約を入れてある。クリスマスには恋人はその様にして過ごすのだろう?」
「あ、お、おお…」
こ…恋人…。
「私達は夫婦で恋人だ。違うか?」
「う、あ、い、いや…違わない…と思う…」
そ、そうか…改めて言われると照れるな…。
こ、恋人か…伴侶って言われるより照れるのは何でだろ…?
言われ慣れてるから、か?
何だかふわふわした気持ちで街を歩く。
周囲を見れば、あちらこちらに恋人らしき男女が居る。
皆も、こんな気持ちなのかな…?
嬉しいけど、恥ずかしい様な…何か、胸がむず痒い様な…。
昼はディナーには出無さそうなお好み焼きにした。
オニキスがお好み焼きを焼く俺を、目を細めて口元を緩めて見ていた。
二人違う物を注文して、半分ずつ分けて食べた。
こう云うのも、憧れだったんだよな。
一人だと、こんな事も出来なかった。
本当に、オニキスには色々と貰ってばかりだ。
俺は、オニキスに何を返せば良いんだろう?
俺は、オニキスに何をしてやれるんだろう?
昼を食べた後は街をただ、ぶらぶらと歩いた。
あれは何だ、これは何だと説明する度に、オニキスが真面目な顔で頷く。
パソコンだとか、前世ぶりに触ったよ。
陽が暮れて来て、イルミネーションが輝いて来ると、歩く人達の歩みが遅くなる。
誰も彼もが、その輝きに見惚れていた。
けど。
オニキスは、見事な物だなと感想を述べただけで、特にイルミネーションには興味が無い様だった。
イルミネーションを見ないで、何を見るんだ? と、イルミネーションから目を逸らしてオニキスを見たら、ばっちりと目が合ってしまった。
「…っ…な、何を見ているんだ!?」
思わず焦ってそう言えば。
「お前を見ていた」
眩しそうに目を細めて俺を見るオニキスに、心臓がバクバク脈を打つ。
お、お前…そなたじゃ無く、お前ってぇ…。
「いや、俺じゃ無く、イルミを見ろよ…っ…!」
もう、何なんだよ!?
落ち着け、俺。
落ち着け、心臓。
あ、あれか!
これがクリスマス効果か!
お、恐ろしいな、クリスマス…。
こんな状態異常の効果があるなんて知らなかったぞ…。
そうか、だから皆浮かれているのか…。
うん、学んだ。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神様お願い
三冬月マヨ
BL
俺はクリスマスの夜に事故で死んだ。
誰も彼もから、嫌われ捲った人生からおさらばしたんだ。
来世では、俺の言葉を聞いてくれる人に出会いたいな、なんて思いながら。
そうしたら、転生した俺は勇者をしていた。
誰も彼もが、俺に話し掛けてくれて笑顔を向けてくれる。
ありがとう、神様。
俺、魔王討伐頑張るからな!
からの、逆に魔王に討伐されちゃった俺ぇ…な話。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる