フクロムシ~俺がメス化した理由~

三冬月マヨ

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フクロムシ~俺がメス化した理由~

前編

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 助けて…。
 死にたくない…。
 どうして、こうなった…?
 ヒュー、ヒューと、空気が漏れる様な音が聞こえる。
 身体に力が入らない。
 指先さえも動かせない。
 寒い。
 寒い。
 目も霞んで先が見えない。
 音が遠ざかって行く。

「君、死ぬのか?」

 なのに、その声ははっきりと聞こえた。
 深く深く、耳に、頭に入って来る音。

「それなら、俺の実験に付き合ってくれないか?」

 実験?

「成功すれば、君は事が出来る。まあ、失敗すれば死ぬけど」

 …助かる…?

「このまま何もしなければ、君は死ぬ。何もしないで死ぬよりは、何かをして死ぬ方が良いと思う。おまけで、生きられるかも知れないし」

 …死にたくない…。

「君は、どうしたい?」

 …俺は…。
 
「…あ…つ…ころ…た…」

「ああ、解った」

 俺の声が届いたのかは解らない。
 なのに、俺に話し掛けて来た男は、はっきりと頷いた。

 ◇

 世界は呪われている。

 遥か昔に悪魔と契約した者が居た。
 契約の代償は契約した者の生命と、その者の娘だ。
 美しい娘だったと云う話だ。
 昔話だから、色々と盛られていると思うが。
 男はそれを受け入れて契約した。
 ――――――――表面上は。
 男はそれを覆した。
 悪魔が望んだのは、清らかで無垢な処女おとめだ。
 しかし、悪魔の元へと差し出された娘は処女では無かった。
 悪魔は怒り、世界に呪詛を撒き散らそうとした。
 二度と世界が栄えぬ様、人間達から繁殖能力を奪おうと。
 しかし、素直に娘を差し出す男ではない契約者が、そう易々と悪魔に力を揮わせる筈が無い。
 望みを叶えた男は、悪魔を倒せる者を探し出していた。
 そうして、悪魔は本来の能力ちからを出し切れないままに、封印される事となった。
 倒せはしなかったし、呪いも中途半端にばら撒かれたが、世界は…人間は滅ぶ事無く、世界を、命を今日も繋いでいた。受胎しにくくはなったものの、人は続いている。

 …そんな昔話だった物を思い出すのは、これで何度目だろう。

 辛うじて残っている壁に背中を預け、肩で息を切らしながら、俺はそう思った。

「…ああ…っ…! シスター、ありがとうございます!」

 荒い息を吐く俺の目の前で、先程助けた男の声が掛かる。腰を抜かしたのか、尻もちをつく格好になっているが。
 魔獣に襲われていた男だ。
 それを俺が助けた。

「…感謝の言葉等…必要ありません…」

 あんたの日頃の行いが良いから、俺が間に合っただけだ。
 息を整えながらそう言えば、敬虔けいけんな信者と思われる男は、胸の前で手を組んで空を仰いだ。神に感謝でもしているのだろう。
 俺達が居るここは、元教会だった場所だ。
 今?
 今は、魔獣…のせいで、壁は崩れ、青空が見える立派な廃墟になっているが。
 魔獣…それは、悪魔が創り出した物だと言われている。
 人間に害を成す物。
 異様な能力を持っている人外の物。
 理性のない獣。いや、獣に、元から理性などないか。
 それらを纏めて魔獣と呼んでいる。
 それらが現れる様になったのは、五年前だ。
 五年前…俺が二十歳の時の事だ。
 婚約者との結婚を目前に控えたその日、それが起こった。
 村の祠に封印されていた悪魔が目覚めた。
 そう、俺が住んでいた村には、昔話の悪魔が封印されていた。
 だが、俺達は悪魔を封印した者の末裔では、ない。
 喚び出した方の末裔だ。
 悪魔の恨みを最も買う側の者だ。
 喚び出されなければ、封印だなんて事態にならずに済んだのだから。
 どんな理由で喚び出したのか、それは喚び出した本人にしか解らない。
 そんな悪魔の目覚め等、俺達にしたら、とばっちりも良い処だ。
 しかし、そんな物は怒り狂った悪魔には関係ない。
 悪魔は、俺の目の前で処女だった婚約者を犯し、殺して喰った。魂ごと。
 魂を悪魔に喰われた者は、生まれ変わる事が出来ないと聞く。
 俺の婚約者は、悪魔が滅ぶまで囚われたままだ。
 死んだのは婚約者だけじゃあ、ない。
 悪魔が創り出した魔獣によって、村は全滅した。
 俺も瀕死の重傷を負った。
 右目も、左脚も右腕も魔獣に喰われ、腹も喰われた。
 刻一刻と死の足音が近付いていた。
 そんな時だ。
 暢気な声を掛けられたのは。

『君、死ぬのか?』

 今思えば、あれは立派な詐欺の手口だったのだろう。
 だが、俺は死にたくなかった。
 だから、奴の実験に付き合う事にした。

「…どうしても感謝をと言うのなら…私のお願いを…聞いて戴けますか…?」

 そんな事を思い出しながら、お決まりとなった言葉を吐く。

「じ、自分に出来る事なら、なんでも! あ、もしかして怪我でもされましたか!? あ、身体を休める場所の提供とか!? 魔獣に破壊されてなければ家へ…」

 そう。
 大概の男達は、同じ事を言って来た。

「…いいえ…そのどれでもありません…お願いと言うのは…」

 言いながら、俺は身に纏っている衣服…この男が先刻呼んだ様に、俺は黒いシスター服を身に纏っている。頭には白いレースのヴェールを被っていたが、魔獣との戦いで、床…土が見えているが…へと落ちていた。
 だが、今はそんなのに構ってはいられない。あれは、目を隠す物で、今は、その必要は無い。
 だから、俺はそれを無視して、右手でスカートの裾を掴み、捲り上げて行く。

「…は…え…?」

 脚が、太腿が露わになるにつれ、男の声が上ずり、目が上下左右へと忙しなく動いて行く。
 男の動きに、くっと喉を鳴らして、左手で首元まである襟のボタンを緩めて行く。
 狼狽える男を尻目に…文字通り尻目、か。
 俺はくるりと身体を翻し、壁に左手をついて、男へ背中を向け尻を突き出した。

「う、あ…」

 腰まで捲り上げたスカートの下には、何も穿いてはいない。
 青空の下に晒された生尻を、冷えた空気が掠めて行く。
 しかし、それは、孔から甘い薫りを放ち、トロトロとした蜜を零す俺には、物足りない刺激だ。
 もっと、強い刺激が欲しい。
 こんな物じゃあ、この身体は満足しない。

「…貴方の性器をここへ…この中に…貴方の生命の子を…注いで下さい…」

 スカートを捲っていた手を動かして、俺は尻を開いて見せる。
 溢れた蜜が、指先を濡らす。

「…あ…あ…?」

 信じられないと云う様な響きを持った声に、俺は苦笑するしかない。
 普通、どんな事があっても、男は女みたく濡れたりはしない。
 これは、のせいだ。
 死と引き換えに付き合った実験の結果がこれだ。
 実験のおかげで、生き永らえる事が出来た。
 失った身体の部位も戻った。
 しかし。
 それと引き換えに、俺は男の尊厳を失った。
 女を知るより先に男を知る事になるとは、あの時は思いもしなかった。
 仕方が無い事だと、何度言い聞かされ、聞かせた事だろう。
 
『実験に失敗は付き物だから。失敗してこそ学べる事がある』

 ヘラヘラ笑いながら言う、あいつの顔を殴ったのは何時の事だったか。

『強い力には代償が付く物。諦めて』

 実験のおかげで、強い能力も手に入れた。
 それのおかげで、魔獣を倒す事が出来る。
 が。

「…能力を使った反動です…生命を…精子を…戴かないと…私は…死んでしまいます…」

 尻を開く指に力を入れて、俺は懇願する。
 本当に冗談じゃないと思う。
 しかし、それを貰わないと、俺の身体にしてるが死んでしまう。
 そいつが死ねば、俺も死ぬ。一蓮托生だ、畜生。

「…どうか…情けがあるのなら…」

 顔を後ろへ向けて俺は懇願する。
 涙を浮かべれば、男の喉が大きく動くのが見えた。
 実験…そいつに寄生されたせいで、俺の容姿は悉く変わってしまった。
 黒かった髪は白銀へ。
 それなりについていた筈の筋肉は、ごっそり落ちた。
 瞳の色も、黒から薄い灰色へと。
 声も。女にしては低い声だが、男にしては高過ぎる…そんな声に。
 男物の衣服が似合わなくなった。
 かと言って、女物のヒラヒラした服なんて着る趣味は無い。
 妥協して、シンプルなシスター服になったと云う訳だ。
 なんだかんだで、この服は都合が良い。
 幸いと言って良いのかは謎だが、俺はそれなりに整った顔をしているらしい。
 だから、こんな風に誘って断られた事は一度も無い。

「あ…」

 ふらふらと男が立ち上がり歩き出し、俺の腰を掴もうと手を伸ばして来た瞬間…――――――――。

「…がっ…!?」

 そんな声の後に、男はまた床へと沈んでしまった。

「………」

 またか、と、俺は無言になる。
 …断られた事は一度もないが、誘った相手に抱かれた事は一度も、ない。

「どうして、俺が来るまで待てないのか」

 断られた事はないが、無為になった事は数えきれない程にある。
 それは、こいつが。
 しれっと平々凡々な男を床に沈め、その男の頭を踏み付ける、平々凡々ではない、こいつが。
 俺に実験を持ち掛けた男が、毎度毎度邪魔するからだ。
 どうしてだと?
 いつ来るか解らない男より、目の前の男だろう。こちとら、くたばる気はないんだ。
 そう言い返したいが、身体はもう限界だ。
 頭痛はするし、何とか整えた呼吸も、また乱れて来た。
 壁に置いていた手にも、もう力が入らず身体を支えていられない。ずりずりと、崩れかけた壁に背中を擦り付けながら、俺の視界は落ちて行く。

「…は…っ、なら…早くしろ…」

「言われなくても」

 ◇

 フクロムシ。
 それが、俺に寄生しているやつの名前だ。
 いや、それを手本にしたと言うべきか。
 魔獣でも何でもない、そこらの海に棲む生物だと云う。
 山にある村に住んでいた俺は、海なんて見た事は無かったし、そんな生物の事も知らなかったが。
 そいつは寄生した生き物の中で繁殖をして、宿主に産ませるそうだ。
 寄生した生き物から、己と子が生きる為の養分を貰いながら。
 そして、寄生した相手がオスならば、それをメス化させて、無理矢理にでも卵を産ませる様にすると。
 話を聞いた時は眩暈がした。
 繁殖の為に他の生き物に寄生するとか、性別を変えるとか、種の生存本能強過ぎ、逞し過ぎるだろうと思った。
 ともかく、俺を実験体にした男は、フクロムシが持つの能力に目を付けた。
 悪魔が放った呪詛は、今も続いている物だ。
 人間は滅んではいないが、このままでは先細りしていくだけだ。
 だから、俺を実験体にした男…アグナは、男でも受胎出来る様にならないかと模索して、フクロムシへと辿り着いた。
 フクロムシは、人間に寄生はしない。それを研究に研究を重ねて、人間に寄生出来るフクロムシをアグナは創り出した。それが、今の俺に寄生しているフクロムシだ。
 アグナ曰く。

『メス化だけのつもりだった』

 メス化だけさせて、受胎出産させるつもりだったのだが、そうは行かなかった。
 この男は、フクロムシに寄生され、まだ意識が戻らない俺に、勝手に種付けしやがった。

『実験は失敗だ』

 意識が戻った時に聞かされた言葉がそれだ。
 頭の上に、巨大な疑問符が浮かんだのは言うまでもない。何せ俺は瀕死の状態だったのだ。生きているのだから、成功なのでは? と、思ったが、アグナから詳しい話を聞いた俺は、取り敢えず、一発、そのお綺麗な顔を殴った。勿論、拳でだ。
 どんな方法で調べたのかは知らない。
 とにかく、アグナが俺の中に放った精子は着床せずに、全部フクロムシに吸収されたそうだ。

『なるほど、精子が養分と云う事か。孕む事が大前提だから、一番のご馳走になった…と言う事か』

 ベッドの上で、それを聞いていた俺は、またアグナの顔を殴った。
 そこで漸く、失くした右腕がある事に気付いた。目も、脚も、喰われた腹も復活していた。
 失敗どころか、大成功だろうと俺は喜んだ。

『君が死ねばフクロムシも死ぬからな。生きる為に、宿主の肉体を修復したのだろう。己を張り巡らせて』

 …なんて?

『君の欠損した部位は、フクロムシが擬態して補っている』

 ……なんて?

『因みに、フクロムシが死ねば君も死ぬ。それが寄生するモノとされる者の宿命だ』

 もう一度、俺はアグナを殴って、不貞寝した。
 不貞寝しながら考えた。
 童貞より先に処女を喪った事は、この際どうでも良い。何せ、記憶外の事なのだから。
 考えたのは、どうやってこのフクロムシと付き合って行くか、だ。
 精子が養分とか、たまたまだろう。
 そうであって欲しい。
 普通に食事を摂っていれば、栄養は行き渡る筈だ。
 実際、療養している間はそれで良かった。
 一ヶ月程アグナの家で療養し、これからの事を考えていた時だ。
 寝ていて失った体力を取り戻す為に、森の中を散策していたら、狼に似た魔獣に襲われた。
 流石に、今度こそ死ぬ。
 せっかく生き延びたのに。
 大体、この森で魔獣に出会でくわした事なんてないのに、何故、今日に限って。
 そう思う頭の中を数々の光景が巡って行く。
 幼い日の思い出から、村が消える日まで。
 時間にすれば、ほんの一瞬だったと思う。
 しかし、それはそれより長く感じた。
 走馬灯とは、きっとこれなんだと思った。
 死ぬのかと覚悟を決めたくないが、決めた時。
 グワッと右目が、目がなかから蠢いた。
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