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第27話 ソウマ

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ソウマは、やっと手に入れた雨鳥家の書斎で、リアナを見た。

ソウマとリアナの間には、床一面に無数の数字が書かれた紙が散らばっている。

こんな場所に、横領の証拠が残っているとは思っていなかった。

書斎の鍵は、娘のエリナがずっと持っていた。あの狐のような女は、夫になったソウマの事を警戒していた。

書斎の机の中にあった書類は処分できたが、本棚にもまだ残していたとは思わなかった。

忌々しい。雨鳥家め。







ソウマが幼い頃から母は、酒を飲んだ父によく殴られていた。母は、何度も夜中にソウマを連れて暗闇の中、散歩をした。

町で一番大きな屋敷の雨鳥家の前まで、ソウマと手を繋ぎ歩いて行く。

父に酒瓶を投げつけられ、母の腕は紫色に変色していた。

母の手は冷たかった。

何も話さず、ふらつきながら歩く母の顔は青白く、時々ソウマは母が今にも消えそうな錯覚に陥る事がある。

夜中に外を散歩するのは好きでは無い。だけど家に帰ると酔っ払った父がいる。父から逃げ出すように外へ飛び出す母についていかないと、母がいなくなってしまいそうで怖かった。

雨鳥家の前に来ると、いつも母の瞳に僅かな生気が灯る。母は結婚前チョウ食品会社で働いていたらしい。何度もソウマに告げてくる。

「ソウマ。貴方の本当の父親は雨鳥様なの。貴方は将来チョウ食品会社を引き継ぐの。この屋敷も全部」

ソウマはなんとなく分かっている。母が口にしているのは、妄言だと言う事を。ソウマは父にそっくりだとよく言われる。酒さえ飲まなければ父は普通だ。人当たりのいい笑顔に、端正な顔立ちをしていて、仕事にも真面目に行く。

酒を飲んだ父は朝になると全て忘れる。
母に暴力を振るった事も、妻子を家から追い出した事も。

「ソウマ。ソウマ。貴方は本当は・・・・・・雨鳥様の」

母は、雨鳥家を見ながら涙を流していた。






ソウマが大学を卒業してすぐに父が亡くなった。数年前から父はアルコール依存症と診断され、仕事にも行けなくなっていた。脳が萎縮し、糖尿病、高血圧、肝硬変を併発し、最後は脳出血で呆気なく死んでしまった。ソウマは大学入学と共に家を出て一人暮らしを始めた。大学の費用は奨学金を借りて賄った。奨学金だけでは足りず、夜の街で仕事もした。父から譲り受けた端正な顔立ちは、女達に人気がある。甘く囁き強請れば援助してくれる女達がいた。

ソウマは大学卒業と共に母の夢でもあるチョウ食品会社へ入職した。

数年働き、営業として認められてきた頃だった。母が倒れたと連絡を受けた。


「母さん!どうして」

母は、ベットの上で青白い顔をして横たわっていた。

ブツブツと何かを口にしている。

「本当は、ソウマが雨鳥様の、本当はソウマが全ての」

「母さん?」

母はこんなに痩せていただろうか?頬はこけ、目の下は窪んでいる。手は骸骨のように骨と皮しかない。

「ご家族の方ですか?」

「ええ、息子になります」

「かなり調子が悪いみたいですね。倒れている所を発見されました。治療が必要な状態です。妄想や幻覚のような発言があります。治療が長引くかもしれません。」

暗に金銭の余裕を聞かれている事に気がついた。

「大丈夫です。先生。母をよろしくお願いします」

ソウマは今更ながらに母を一人残して家を出た事を後悔した。












母は一命を取り留めたが、歩く事ができない。それに、母の妄言は酷くなるばかりだった。

「会社の方はどうなの?ソウマ。お父様は貴方に会社を譲ってくれるのでしょう?貴方は優秀だから」

学生の時関係があった女達の伝手を使って、ソウマは営業のトップを維持していた。優秀な人物と評価されている。雨鳥家の娘との婚約話も持ち上がりつつある。

「ああ、チョウ食品会社の後継者に使命されましたよ。」

母は、チョウ食品会社の名前を聞くときだけ目をギラつかせ生気がともる。

「そうよ。あの屋敷は貴方の物。でも、あの人は?ああーーーーいやーーー。打たないで!お願い。もうイヤ」

一時の夢だ。だけど、もしかしたら幻が真になるかもしれない。

母は、父の治療の為に借金をしていた。利子が膨らみ数百万円の借金がある。奨学金の返済、母の治療費、ソウマの給料では払いきれない。経理の娘と共謀しソウマは会社の金を横領していた。

バレなければいい。バレる前に奪い尽くせばいい。

夜空を見上げ、震えながら歩き続けて、たどり着いた雨鳥家を見上げたあの時の母は、憧れから瞳を輝かせ、現実との乖離に涙を流していた。
ソウマは母とは違う。夢でしか手に入れられないとは思わない。

どうして自分がこんな目に会うのか!

どうして雨鳥家と違うのか!

同じ人間であるはずだ。

僕にも権利がある。

チョウ食品会社に入職して、社長の娘が男と失踪していた事を知った。あの屋敷を、地位を捨てるなんて信じられなかった。母と一緒に寒空の中歩きたどり着いた望んで望んでどうしても手に入れたいあの場所を捨てる人間がいるだなんて。

きっと分かっていない。

雨鳥家の人間は驕り腐っている。

僕の方が相応しい。どうしても手に入れたい理由もある。

だからこそ奪ってやる。

母は相変わらず現実と夢の中を行き来している。
「いいえ、違うわ。ソウマはチョウ食品会社の、雨鳥様の」

「そうです。僕はチョウ食品会社の社長になります」

その言葉を聞き、母は心の底から安堵したように微笑んだ。


(妄言が現実になればいい。上手くいっている。もうすぐだ。社長令嬢のリアナと結婚して、会社を引き継げば何もかも上手くいく。僕にはその力がある)

病院の窓から見る夜空は、星一つない暗闇だった。

(たとえどんな手段を使っても、チョウ食品会社さえ手に入れたら、きっと母も僕も抜け出せるはず。この暗闇から)


「あっあっあーー」


また狂ったように声を上げ出した母の隣でソウマは夜空を見つめ続けた。どこかにあるはずの星光を探すかのように。




























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