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第11話 雨音

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リアナは、ジョージと共にマイラー夫人に報告に行った。

ジョージは、リアナの手をしっかりと握りしめている。

マイラー夫人は、部屋に入ってきたリアナとジョージを見て、頬を赤らめながら言った。

「まあ、プロポーズが成功したのね。やっとジョージが結婚。嬉しいわ。結婚式はいつなの?子供はすぐに欲しいわね。もしかしたら、私もひ孫の顔を見れるかもしれないわ。ああ、もう諦めかけていたのに!ありがとう。リアナ」

「マイラー夫人。まだ、結婚するだなんて言っていません。私にも事情があります。」

「ああ、さっき言っていた。条件とやらね。大丈夫よ。お金なら捨てるほどあるの。それにジョージは無愛想で、頑固で、融通がきかない男だけど凄く優秀なの。リアナの条件がどんな内容でもジョージに任せておけば、確実に解決するわ。本当に嬉しいわ。おめでとう。ジョージ」

「ありがとうございます。お婆様。僕達の結婚式には最前列を用意します。きっと木龍の父も了承してくれるでしょう」

マイラー夫人は感極まって、溢れた涙をシルクのハンカチで拭っている。

「ああ、ジョージ。今日はなんて素晴らしい日なんでしょう」

リアナは、葛藤していた。確かにジョージにリアナの事情を説明したのに、あまり気にしていない様子だ。

(だから、まだ結婚するわけじゃ無いのに!ジョージもどういうつもりなの?)

リアナは、ジョージと繋いでいた手をそっと離した。

「リアナ?」

「まだ、何も解決していないわ。婚約とか、結婚は私との約束を守ってから決めて下さい」

ジョージは、微笑みながらリアナに返答した。

「ああ、勿論だよ。早速お義父さんにアポイントメントを取ろう。」

マイラー夫人が、頷いている。

「そうよね。ご家族への結婚のご挨拶が先だわ。ジョージ。失礼がないようにね」

リアナは反論しようとして口を噤んだ。

(結婚の挨拶じゃないわ。父にあの日の事を確認したいだけなのに。あの雨の日からもう一ヶ月近く経つ。父は私に呆れているはずだわ。婚約式からも、家からも逃げてしまった。本当に私は帰っていいの?)

リアナは、急に事故のことを思い出し、殺される恐怖から手が小刻みに震え出した。

何度も家に帰ろうとした。

だけど、その度に激しい雨の音と、あの茶髪の男を思い出し体が震え、汗が吹き出す。どうしても帰る事が出来なかった。

震えるリアナの手が、急に暖かさに包み込まれた。

ジョージが、大きく力強い手で、リアナの手を握り締めてきた。

(暖かい。そう、私は一人じゃない。ジョージがいる。お義兄さんが一緒に帰ってくれる)

「勿論です。お婆様。婚約の挨拶に伺うのは、初めてじゃないですから。今度こそ上手くいきますよ。」

ジョージは、不敵に笑っていた。






















その日からジョージは、数日毎にリアナに会いに来るようになった。リアナは、ジョージの婚約者として扱われるようになり、屋敷内でも個室を与えられた。

ジョージは、マイラー夫人のたった一人の孫になるらしい。マイラー夫人の一人娘が、木龍家に嫁ぎ、ジョージが産まれた。マイラー夫人は複数の会社の大株主であり、かなりの資産家だ。マイラー夫人が亡くなればジョージが全ての財産を引き継ぐ事になっている。あまりの巨額資産である為、トラブルを避けてジョージとマイラー夫人との血縁関係は対外的には公表していないと、リアナは伝えられた。


今日は、木龍ジョージの秘書林原ケイゴが、リアナを尋ねて来ていた。

「リアナ様。ご用意していただけましたか?」

「はい。こちらが父への手紙です。でも本当に必要なのでしょうか?お義兄さんと父は何度も会った事があるはずです。私の手紙が無くても、父は訪問にすぐに応じてくれるのではないでしょうか?」

「とんでもございません。実は、ジョージ様と雨鳥エンジ様は犬猿の仲でして、ここ数年はジョージ様は雨鳥家に一歩も足を踏み入れていません。」

「やはり、お姉さんが失踪したからでしょうか?ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ。とんでもございません。エンジ様との関係が険悪になったのは、全てジョージ様の責任です。ジョージ様があまりにもしつこいので、嫌気が指したのでしょう。」

「やっぱり。お義兄さんは、お姉さんの事が忘れられないのですね。分かりました。助けてばかりでは、申し訳ないです。私もできるだけ、お手伝いします。もし、お姉さんが帰ってきたら、ジョージの事をもう一度考えて貰えるようにアピールを・・・・・・」

「ちょっと待って下さい。リアナ様。誤解です。ジョージ様の望みは!」

そう言うと、林原ケイゴは罰が悪そうな表情で口を噤んだ。

「お義兄様の望み?」

「イエ、なんでもありません。とにかく、手紙は受け取りました。雨鳥家に訪問する日時が決まり次第連絡させていただきます。」

「はい。よろしくお願いします。」

林原ケイゴは、父への手紙を持って去って行った。

リアナは、ケイゴが言いたそうにしていたジョージと父との確執の理由がとても気になった。








リアナは相変わらず、マイラー夫人の専属使用人として働いていた。以前は使用人服を着ていたが、ジョージとの一件があり、現在はマイラー夫人が用意したブランド品のワンピーススーツで仕事をしている。

今日は雨だった。窓ガラスを叩きつける雨粒を見ていると、あの日の事が思い出される。気分が優れないリアナは、仕事を切り上げ自室へ帰った。


ザーザ、ザーザー。


ここは、車の中じゃない。


リアナを殺そうとする人なんていない。


あの茶髪の男は、車と一緒に土砂に飲み込まれたはずだ。


生きているはずがない。


雨雲に覆われて窓の外は薄暗い。


激しい雨は、リアナを責め立てているようだ。


もし、あの男が生きていたら?今でもリアナを殺そうと探していたら?


そんなはずは無い。


だけど、いくらネットニュースを探しても、屋敷の新聞の事件欄を読んでも、あの男の記事が見つかる事が無い。


もしかしたら、リアナと同じように生き延びているのなら・・・・・・



ザーザ、ザーザー。


強い雨音が、窓に打ちつける。


その時、ドアノブが捻られた。



ガチャ。



リアナは思わず、両手を口元に当て悲鳴を押し殺した。












「リアナ?」


ドアの向こうから現れたのはジョージだった。


艶がある黒髪で、長身の木龍ジョージは、リアナを見て心配そうに目を細めている。


リアナは震えていた。


激しい雨の日は、あの日の事を思い出す。


決めたはずだ。


実家に帰って、向き合うと決めたはずなのに。


弱い自分自身が嫌いになりそうだ。


「ごめんなさい。ジョージ。今日は帰って。お話、出来そうにないの」


ジョージは、窓と反対側の壁際に蹲るリアナに近づいてきた。


「謝る事は無いよ。リアナ。伝えただろ。僕はリアナの側にいるだけでいいって」

(そんなはずは無い。私はお姉様じゃない。お姉様みたいに美しくないし、優秀でもない。ジョージが愛しているのは私じゃない)

「リアナ。震えているよ」

ジョージは、蹲るリアナを抱き上げて歩き出した。部屋の中央にあるソファに座り自分の太腿の上にリアナを乗せ、包み込むように抱きしめてきた。

リアナはまだ震えていた。激しい雨は止みそうにない。

リアナは涙目でジョージを見上げて言った。

「怖いの。ジョージ。助けて」

ジョージは、リアナを抱きしめて、顔を覗き込んできた。

「大丈夫だよ。リアナ。僕が側にいるから」

「私は、帰りたい。でも、どうしても怖くて仕方がない。あの日の事を何度も思い出すわ」

「忘れていい。僕が忘れさせてあげるよ」

ジョージの整った顔が、リアナにゆっくりと近づいてきた。

薄暗い部屋でリアナは、震えながら目の前の男の唇に釘つげになっていた。

あの大雨の日は、リアナの婚約式の前日だった。リアナと婚約するはずだった彼は、帰ってこないリアナを未だに待っているかもしれない。

ジョージは、今でも姉の事が好きなはずだ。

だから、これはいけない事だ。

ジョージから言い出した事だが、婚約も結婚も現実的ではない。

年だって違うし、リアナがジョージに釣り合わない事は明らかだ。

でも今、リアナにはジョージしかいない。

今だけなら、許されるはず。

だから。

今だけなら。





リアナは、ジョージの首に腕を回し、自ら唇を合わせた。


ジョージの唇は暖かかった。


雨の音が聞こえなくなるくらい長い時間、夢中で、ジョージと絡め合った。















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