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ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン

低く重い鐘の音が聞こえてきた。

ベッドに横たわっていたルミアは、思い瞼を開き、天井を見上げた。

薄暗い中、所々天井に染みが僅かに見える。その染みを見るたびに、亡くなった母を思い出す。

母は、毎晩苦しみをこらえるように蹲って泣いていた。涙を流しながら、ルミアに何度も故郷に帰りたいと伝えてきた。

母は結局、風邪を拗らせて故郷に帰れぬまま亡くなってしまった。

天井の染みは母が流した涙が溜まって、ルミアに訴えかけてきているように感じる。

ルミアは、ゆっくりと起き上がり、隙間風が入ってくる古びた小窓を思いっきり開いた。




少しだけ温かくなった風が勢いよく室内へ流れ込んでくる。

亡き母の涙を乾かし、吹き飛ばしていくような気がした。

「おはよう。母様。」

ルミアは、まだ見えぬ朝日に向かって一人話しかけた。






18歳のルミアの朝は早い。少しでも寝坊すると食事にありつけない。

手早く使用人服に着替え、身支度をすると、ルミアは塔の部屋から急階段を下りて行った。

「ルミー、おはよう。今日も早いね」

「ボンさん。おはよう。」

仕事場に着くと初老のボンが薪を運んでいた。軽く挨拶をして、ルミアもボンの後を追うように薪を運ぶ。

インダルア王国は、100年前の戦争で隣国に半分以上の領土を奪われた。戦禍が癒えた今も隣国への敵対心は王を中心に国中に恨みとして残っている。外国人を酷く差別し嫌う風習は、ルミアの母を傷つけ続けた。ルミアが物心ついた時には、母は、父と同じ漆黒の髪色をしたルミアを見て顔を歪め辛そうな表情をする事が多かった。

朝の薪は運び終えた。ボンは、ルミアに向かって硬いパンと干し肉を渡してきた。
「今日もありがとう。ルミー」

「干し肉も?」

「ああ、どうやら城に土産をたくさん持って、高貴な客が来たらしい。物資塔を開ける為、昨日は使用人達にたくさん配ってくださった。暫くは城内が騒がしくなりそうだ。気をつけろよ。」

「うん。ありがとう。」

ぶっきらぼうだが、ボンはいい人だ。ルミアは笑顔で貴重な食料を受け取り、その場を後にした。

調理塔の側を通り、雑草が生い茂る小道を進んでいく。
洗濯場では、数人の使用人が話をしながら、水しぶきを上げ洗濯板で布を洗っていた。ルミアは、その中に紛れ、濡れた布を絞る作業に加わった。

「ねえ、聞いた?また会えなかったらしいわよ。幽霊姫って本当に存在するのかしら」
「あら、私は。幽霊姫の祟りで腕が爛れたって聞いたわよ。本当に恐ろしいわ。ルーナ様やリーナ様は本当に美しい姫様なのに、やっぱり異人の姫だから」
「でも、ここ最近は誰も姿を見かけてないでしょ。本当に幽霊になっていたりして。」
「キャー、恐ろしい。」

ルミアは、冷たい布を両手で力いっぱい絞りつつ、笑いながら幽霊姫の話をする皆を見て思った。
(その幽霊姫が私だって言ったら、皆はどんな顔をするのだろう?)

目を見開き驚く姿を想像して、ルミアは少しだけ微笑んだ。

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