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2.夫の帰宅
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ルナは、マックガーン伯爵邸の2階最奥の重厚感のあるドアを押し開いた。
ギイーーーー、ドタン。
古い金具がきしむ音がして、ドアは閉まった。
「お義母様?」
複雑なレースで作られた黄ばんだ寝具の中で義母は眠っていた。
茶髪に所々混じった白髪が義母の老を感じさせられる。そもそもルナとマイクの結婚は初めから噛み合っていなかった。
ルナは多額の持参金と共に新興貴族ロータス子爵家からマックガーン伯爵家へ嫁いできた。ロータス子爵家は元々商家だった。先代が国へ多額の献金をした事により子爵位を与えられた。
新興貴族であるロータス子爵家は裕福だが、貴族達からは卑しい商売人と陰口を叩かれている。父ロータス子爵は、貴族としての地位を高める為に娘ルナを由緒あるマックガーン伯爵家へ嫁がせる事にしたのだ。
ルナがマックガーン伯爵家へ嫁いでから、実家の父からは高位貴族との取引が増えた、これからも上手くやれと何度も連絡を受けた。
夫のマイク、義母シリナはルナの事を初めから認めていない。2年前ルナがマックガーン伯爵家へ嫁いで来た時、既に義父は病に倒れていた。義父の調子が悪いからと延期されたルナとマイクの結婚式は未だ執り行なわれていない。
義母のシリナは気位が高く、なにかとルナの生家を平民上がりだと見下す発言を繰り返す。冷たい夫、高圧的な義母、次々と減る使用人。ルナは何度も、父や兄に相談したい。実家に帰りたいと悩んできた。しかしロータス子爵家は、マックガーン伯爵家との遠戚を糧として王国の一大事業である魔列車の施工受注が決まったばかりだった。何度も父に決して離婚はするなと言い含められている。どんなに蔑まれても、粗末に扱われても離婚する事も、出て行く事もできない。
ルナさえ我慢すればいい。義母に罵られる事も、使用人が減った屋敷の家事をする事も、夫が帰って来ない事も些細な事だと何度もルナは自分自身に言い聞かせてきた。実家に迷惑はかけたくない。そう思い結婚してからの2年間ずっと我慢をしてきた。
「お義母様。食事をお持ちしました」
再度声をかけるが、義母は青白い顔で眠り続け反応がない。
ド‐――ン。
「だれかいないのか!ザイク!」
遠くの正面玄関から古い屋敷を震わせる大きなドアの音と粗雑な大声が聞こえてきた。
義母のシリナは、目は覚まさないまま、眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情をしている。
夫のマイク・マックガーン伯爵が帰って来た。
やっと、この屋敷に。
ルナは、食事を乗せたトレーをベッド脇の机に置き、振り返った。
目の前にある金の装飾が施された年代物の鏡の中央には、20代とは思えないやつれた女の姿が映っていた。
長い黒髪は手入れされておらずボサボサで、荒れた肌はくすんでいる。疲れ切った瞳は乾燥し血走っている。いなくなった使用人の代わりに家事をするようになったルナは、汚れてもいいように灰色の燻んだドレスの上に使用人エプロンを着用していた。
(服も化粧品も、髪油も結婚してから一度も新しい物を買えていない。私がこんな姿なのは仕方がないわ。でもお義母様に屑嫁って言われるのは辛い。夫が帰って来たら楽になるはずよ。お義母様を説得して治療院へ連れて行ってくれるはず。執事に払う給料だってもう手元にはない。本当に帰ってきてくれてよかった)
ルナは溜息をつき、姿見を見ながら自身の髪を手で整え、久しぶりに再会する夫を迎える為に、正面玄関へ向かって行った。
ギイーーーー、ドタン。
古い金具がきしむ音がして、ドアは閉まった。
「お義母様?」
複雑なレースで作られた黄ばんだ寝具の中で義母は眠っていた。
茶髪に所々混じった白髪が義母の老を感じさせられる。そもそもルナとマイクの結婚は初めから噛み合っていなかった。
ルナは多額の持参金と共に新興貴族ロータス子爵家からマックガーン伯爵家へ嫁いできた。ロータス子爵家は元々商家だった。先代が国へ多額の献金をした事により子爵位を与えられた。
新興貴族であるロータス子爵家は裕福だが、貴族達からは卑しい商売人と陰口を叩かれている。父ロータス子爵は、貴族としての地位を高める為に娘ルナを由緒あるマックガーン伯爵家へ嫁がせる事にしたのだ。
ルナがマックガーン伯爵家へ嫁いでから、実家の父からは高位貴族との取引が増えた、これからも上手くやれと何度も連絡を受けた。
夫のマイク、義母シリナはルナの事を初めから認めていない。2年前ルナがマックガーン伯爵家へ嫁いで来た時、既に義父は病に倒れていた。義父の調子が悪いからと延期されたルナとマイクの結婚式は未だ執り行なわれていない。
義母のシリナは気位が高く、なにかとルナの生家を平民上がりだと見下す発言を繰り返す。冷たい夫、高圧的な義母、次々と減る使用人。ルナは何度も、父や兄に相談したい。実家に帰りたいと悩んできた。しかしロータス子爵家は、マックガーン伯爵家との遠戚を糧として王国の一大事業である魔列車の施工受注が決まったばかりだった。何度も父に決して離婚はするなと言い含められている。どんなに蔑まれても、粗末に扱われても離婚する事も、出て行く事もできない。
ルナさえ我慢すればいい。義母に罵られる事も、使用人が減った屋敷の家事をする事も、夫が帰って来ない事も些細な事だと何度もルナは自分自身に言い聞かせてきた。実家に迷惑はかけたくない。そう思い結婚してからの2年間ずっと我慢をしてきた。
「お義母様。食事をお持ちしました」
再度声をかけるが、義母は青白い顔で眠り続け反応がない。
ド‐――ン。
「だれかいないのか!ザイク!」
遠くの正面玄関から古い屋敷を震わせる大きなドアの音と粗雑な大声が聞こえてきた。
義母のシリナは、目は覚まさないまま、眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情をしている。
夫のマイク・マックガーン伯爵が帰って来た。
やっと、この屋敷に。
ルナは、食事を乗せたトレーをベッド脇の机に置き、振り返った。
目の前にある金の装飾が施された年代物の鏡の中央には、20代とは思えないやつれた女の姿が映っていた。
長い黒髪は手入れされておらずボサボサで、荒れた肌はくすんでいる。疲れ切った瞳は乾燥し血走っている。いなくなった使用人の代わりに家事をするようになったルナは、汚れてもいいように灰色の燻んだドレスの上に使用人エプロンを着用していた。
(服も化粧品も、髪油も結婚してから一度も新しい物を買えていない。私がこんな姿なのは仕方がないわ。でもお義母様に屑嫁って言われるのは辛い。夫が帰って来たら楽になるはずよ。お義母様を説得して治療院へ連れて行ってくれるはず。執事に払う給料だってもう手元にはない。本当に帰ってきてくれてよかった)
ルナは溜息をつき、姿見を見ながら自身の髪を手で整え、久しぶりに再会する夫を迎える為に、正面玄関へ向かって行った。
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