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第32話 再会
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ミライザは、父の葬儀を済ましアーリン港へ向かっていた。
義母と妹がいなくなる時に、マージャス侯爵家から徹底して宝石や宝飾品が持ち出されていた。宝石が使われていると思われる物は壁の装飾品までくり抜かれていたが、不思議な事に重要な書類や希少本はそのまま手付かずの状態で残されていた。
父の書斎から、遺言書を見つけ弁護士と連絡を取り、ミライザは正式にマージャス侯爵を引き継ぐ事になった。
宝飾類を持ち出した義母ルクラシアを訴える相談を弁護士へ持ちかけたが、元々父は、義母に宝飾品を譲ると遺言を書いていたらしい。義母の再婚相手はかなりの資産家で、勝てる見込みが低いと弁護士に伝えられた。
たどり着いたアーリン港は活気立っていた。もうすぐ海運祭が開かれる。
海の恵みに感謝を捧げ、海神へ祈る海運祭には、毎年アーリン港に沢山の観光客が訪れる。
ミライザは、マージャス侯爵家が運営する造船所へ向かった。
海に近い造船所は広大な敷地を有しており、灰色の工場が立ち並んでいる。溶接所の煙突からは白い煙が天まで伸び、やがて大きな雲に吸い込まれるように交じり合う。
微細な煙や塵が空中を舞い、靄がかかったような空気は、青い空を灰色に染めていた。
造船所の役員室にミライザはたどり着いた。
簡素な机には書類が重ねられ、机には白髪交じりの男性が座っている。
「こんにちわ。ゴードンさん」
食い入るように書類を読んでいたゴードン社長はミライザを見て驚いた表情をして言った。
「これは、これは、もしかしてミライザお嬢様ですか?一瞬亡くなったリアンナ夫人かと思いました。」
「ふふふ。最近、皆私をお母様にそっくりと言うのよ。」
「懐かしいですな。リアンナ様が亡くなられる前が一番良かった。あの頃は、造船所もフル稼働していました。今は仕事がめっきり減ってしまって、しかも侯爵様が亡くなられたからこれからどうなる事か。」
「お父様の後を私が引き継ぐ事になったの。これからもよろしくお願いします」
「ミライザ様がですか?それなら安心ですな。正直ルクラシア様とローザリン様は、皆から評判が悪かったので、今後を心配していました。ギーザック様からミライザ様は優秀だとお聞きしております。これからも精一杯勤めさせていただきます」
「お父様が?本当に?」
「ええ、ギーザック様はここ何年もミライザ様を呼び戻そうとされていましたよ」
「そうだったのね」
(父は私を認めてくれていたのかもしれない。もっと早く話し合えていたら)
霞がかった空を見ながら僅かな後悔をミライザは感じていた。
マージャス侯爵家を継ぐ事を正式に発表したミライザは、周囲からおおむね好意的に受け入れられた。
ミライザの実母リアンナの事を覚えている古参の使用人や社員が後押ししてくれた。ルクラシアは父と結婚してから社交界へは参加するが、港や工場へ行く事はなかったらしい。ミライザは知らなかったが、領地や港の人間はルクラシアをよく思っていなかったみたいだった。
今日は、マーリン港の海運祭初日だ。
連れてきた使用人に強請られて、マーリン港に一泊する事になっていた。
ミライザが泊まる宿は、大通りに面しており、窓から海運祭の賑わいが一望できる。
色とりどりの旗が連なり、カラフルな仮装をした無数の人達が音楽に合わせて踊り歌っている。
使用人が置いていった、女海賊の衣装を見て、ミライザは微笑んだ。
ミライザは女海賊の衣装に着替えた。赤と黒の生地に金の装飾品が施された衣装に身をつつみ、赤毛の鬘と帽子を被る。長剣を腰につけて、パレードへ参加した。
パレードへ参加している人間は、みな楽しそうに笑い飛び跳ね、踊りあっている。祭りのルールは、目の前の相手に感謝を捧げ共に踊る事だ。
1分ほど一緒に踊ると、次の相手と共に踊る。
夜空には花火が打ち上げられ、大輪の花を咲かせている。
両親がいなくなり、義母と妹も去ってしまった。一人残されたミライザだが、孤独ではない。以前は気づかなかったが、ミライザや母の事を認めてくれる人達がたくさんいた。
マージャス侯爵家には居場所がないと思い込んでいたが、違っていたのかもしれない。
思ったより順調に侯爵の仕事を引き継げている。父がミライザを後継者に指名していたのは本当らしい。そうでなければ弁護士や社員とのやり取りがもっと難しくなっていたはずだから。
もう一人ではない。ミライザは沢山の人に囲まれ、マージャス女侯爵となった。
だけど、無性に寂しさを感じる。
後悔はしていない。
でも、愛する人が隣にいてくれたなら。
そう思わずにはいられない。
いろんな人と入り混じりながら踊る祭りで、パートナーとずっと踊り続ける人がいる。お互いに同じ色のリボンを手首に巻き付け寄り添うように踊っている。
ミライザは笑顔で踊りながら、ふわふわとした楽しい空間に漂い続けた。
何人と踊っただろう。
疲労感に包まれ、そろそろ宿へ帰ろうとした所だった。
お辞儀をして、交代した次の相手は仮面をつけた黒髪の男性だった。
体格のいい目の前の相手は、海賊の衣装を身につけている。
彼は、ミライザを軽々と回し、大きな手で支えてくる。
体は疲れているはずなのに、とても軽い。
海の中にいるように、動きやすく心地いい。
この感覚には覚えがある。
ミライザは、目の前の相手に向かって両手を伸ばし抱きしめた。
仮装したグランは、ミライザを抱きしめ返し耳元で囁いた。
「会いたかった。ミライザ」
義母と妹がいなくなる時に、マージャス侯爵家から徹底して宝石や宝飾品が持ち出されていた。宝石が使われていると思われる物は壁の装飾品までくり抜かれていたが、不思議な事に重要な書類や希少本はそのまま手付かずの状態で残されていた。
父の書斎から、遺言書を見つけ弁護士と連絡を取り、ミライザは正式にマージャス侯爵を引き継ぐ事になった。
宝飾類を持ち出した義母ルクラシアを訴える相談を弁護士へ持ちかけたが、元々父は、義母に宝飾品を譲ると遺言を書いていたらしい。義母の再婚相手はかなりの資産家で、勝てる見込みが低いと弁護士に伝えられた。
たどり着いたアーリン港は活気立っていた。もうすぐ海運祭が開かれる。
海の恵みに感謝を捧げ、海神へ祈る海運祭には、毎年アーリン港に沢山の観光客が訪れる。
ミライザは、マージャス侯爵家が運営する造船所へ向かった。
海に近い造船所は広大な敷地を有しており、灰色の工場が立ち並んでいる。溶接所の煙突からは白い煙が天まで伸び、やがて大きな雲に吸い込まれるように交じり合う。
微細な煙や塵が空中を舞い、靄がかかったような空気は、青い空を灰色に染めていた。
造船所の役員室にミライザはたどり着いた。
簡素な机には書類が重ねられ、机には白髪交じりの男性が座っている。
「こんにちわ。ゴードンさん」
食い入るように書類を読んでいたゴードン社長はミライザを見て驚いた表情をして言った。
「これは、これは、もしかしてミライザお嬢様ですか?一瞬亡くなったリアンナ夫人かと思いました。」
「ふふふ。最近、皆私をお母様にそっくりと言うのよ。」
「懐かしいですな。リアンナ様が亡くなられる前が一番良かった。あの頃は、造船所もフル稼働していました。今は仕事がめっきり減ってしまって、しかも侯爵様が亡くなられたからこれからどうなる事か。」
「お父様の後を私が引き継ぐ事になったの。これからもよろしくお願いします」
「ミライザ様がですか?それなら安心ですな。正直ルクラシア様とローザリン様は、皆から評判が悪かったので、今後を心配していました。ギーザック様からミライザ様は優秀だとお聞きしております。これからも精一杯勤めさせていただきます」
「お父様が?本当に?」
「ええ、ギーザック様はここ何年もミライザ様を呼び戻そうとされていましたよ」
「そうだったのね」
(父は私を認めてくれていたのかもしれない。もっと早く話し合えていたら)
霞がかった空を見ながら僅かな後悔をミライザは感じていた。
マージャス侯爵家を継ぐ事を正式に発表したミライザは、周囲からおおむね好意的に受け入れられた。
ミライザの実母リアンナの事を覚えている古参の使用人や社員が後押ししてくれた。ルクラシアは父と結婚してから社交界へは参加するが、港や工場へ行く事はなかったらしい。ミライザは知らなかったが、領地や港の人間はルクラシアをよく思っていなかったみたいだった。
今日は、マーリン港の海運祭初日だ。
連れてきた使用人に強請られて、マーリン港に一泊する事になっていた。
ミライザが泊まる宿は、大通りに面しており、窓から海運祭の賑わいが一望できる。
色とりどりの旗が連なり、カラフルな仮装をした無数の人達が音楽に合わせて踊り歌っている。
使用人が置いていった、女海賊の衣装を見て、ミライザは微笑んだ。
ミライザは女海賊の衣装に着替えた。赤と黒の生地に金の装飾品が施された衣装に身をつつみ、赤毛の鬘と帽子を被る。長剣を腰につけて、パレードへ参加した。
パレードへ参加している人間は、みな楽しそうに笑い飛び跳ね、踊りあっている。祭りのルールは、目の前の相手に感謝を捧げ共に踊る事だ。
1分ほど一緒に踊ると、次の相手と共に踊る。
夜空には花火が打ち上げられ、大輪の花を咲かせている。
両親がいなくなり、義母と妹も去ってしまった。一人残されたミライザだが、孤独ではない。以前は気づかなかったが、ミライザや母の事を認めてくれる人達がたくさんいた。
マージャス侯爵家には居場所がないと思い込んでいたが、違っていたのかもしれない。
思ったより順調に侯爵の仕事を引き継げている。父がミライザを後継者に指名していたのは本当らしい。そうでなければ弁護士や社員とのやり取りがもっと難しくなっていたはずだから。
もう一人ではない。ミライザは沢山の人に囲まれ、マージャス女侯爵となった。
だけど、無性に寂しさを感じる。
後悔はしていない。
でも、愛する人が隣にいてくれたなら。
そう思わずにはいられない。
いろんな人と入り混じりながら踊る祭りで、パートナーとずっと踊り続ける人がいる。お互いに同じ色のリボンを手首に巻き付け寄り添うように踊っている。
ミライザは笑顔で踊りながら、ふわふわとした楽しい空間に漂い続けた。
何人と踊っただろう。
疲労感に包まれ、そろそろ宿へ帰ろうとした所だった。
お辞儀をして、交代した次の相手は仮面をつけた黒髪の男性だった。
体格のいい目の前の相手は、海賊の衣装を身につけている。
彼は、ミライザを軽々と回し、大きな手で支えてくる。
体は疲れているはずなのに、とても軽い。
海の中にいるように、動きやすく心地いい。
この感覚には覚えがある。
ミライザは、目の前の相手に向かって両手を伸ばし抱きしめた。
仮装したグランは、ミライザを抱きしめ返し耳元で囁いた。
「会いたかった。ミライザ」
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