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第26話 未練

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暖かくて気持ちいい。

激しくぶつかり合い、揉み合って漂い続ける。

時間から解放され、ただ一緒にお互いを求め合う。

命の根源である海のように、流れに身を任せ喜びを感じる。













ミライザはいつも間にか眠っていた。

とても幸せで、満ち足りた夢を見ていた気がする。


ミライザは、グランに抱きしめられながら目を覚ました。

目の前の長い金色のまつ毛は、芸術品のように美しい。規則正しく動く胸板から、そっと頬を離した。

ドレスだけでなく下着も全て脱ぎ捨てられている。

離れがたくて、名残惜しい。

ずっとグランの側にいたい。

グランの事が好きだ。

出会ったばかりの相手にこんな感情を抱くなんて自分でも信じられない。

でも、どうしてかそう感じる。







帰らないと。

夢のような時間はもう終わりでいい。

マージャス侯爵家に帰って、父に会おう。

海から身を投げ死んだはずの、ミライザ・マージャスと皇子様との未来なんてあるはずが無い。

ミライザは、ゆっくりとベットから離れて用意されていた服の中から、濃紺のワンピースを見つけ、身につけた。









胸が重い。

渇望がより増した気がする。

恋しくて仕方がない。

こんな事なら知らない方が良かった。

だけど、彼の元にはもういられない。







服を着替え、ミライザは寝ているグランに近づき、頬にキスをした。


期待していたのかもしれない。


グランが、ミライザを引き留めてくれるかもしれないと。




ミライザは、暫くグランの規則正しい呼吸音を聞き続けた。




















ミライザは、部屋のベランダから外へ出た。


ガラス張りの大きなドアの向こうには、コバルトブルーの海が広がっていた。


強い風が、ミライザの濃紺の長い髪と、ワンピースを靡かせ、誘うように包み込む。


ベランダの白い欄干の下を覗き込むと、はるか下に深く澄んだ海が見える。

白い波飛沫を上げながら岩盤に波が打ち付けられている。

何度も、何度も


(ここから落ちたら普通なら死ぬ。だけど、私は違う。私は生き返るの。未練を捨てて、もうグランにも、胸の痛みにも振り回されたくない。)










グランが寝ているベットを見ながら、ミライザは欄干の上に体を持ち上げて、腰掛けた。


海風がミライザを誘い込むように吹き荒れる。


ビュービューと音を鳴らし、早く帰っておいでと呼んでいるようだ。




「さようなら。愛している」




ミライザは、一筋の涙と共にゆっくりと後ろへ倒れ、海へ身を投げだした。




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