上 下
16 / 41

第16話 夜空

しおりを挟む
ミライザは、急いで控え室から離れた。
慣れない高いヒールの靴を、脱ぎ捨てたくなるのを我慢しながら、出来るだけ早歩きで前へ足を進める。

(仲間だと思っていたのに、違っていた。皆、私を貶めて満足そうに笑っていた。私は何も悪い事なんてしていないのに)

ギーガンはミライザより年配だが、ミスが多く思い込みが激しい所がある。いつの間にか研究内容から脱線するのを、何度も説明して修正してきた。

ローザは優秀だが、金銭への拘りがある様子だった。地道な研究を続ける事より、直ぐに結果が出る事を好んでいた。それでも指示した内容を着実にこなすローザに、ミライザは好感を持っていた。

マイクは、大人しく発言する事が少ない。だが、数字にとても強く、データ分析に秀でていた。もっと評価されてもいい人物だとミライザは感じていた。

キリアンは、いつも周囲をよく観察し、率先して様々な事を手伝ってくれる気の利く人物だった。


ずっと一緒に行動してきたのに。



悔しくて仕方がない。



裏切られた。



信頼していたのに。




仲間だと思っていたのに。



ここから離れたい。



落ち着いて考えれば、もしかしたら違うかもしれない。







ミライザは前へ歩き続けた。
控え室からも、パーティ会場からも離れるように歩いていくと、屋外通路が見えてきた。

開いたままのドアから外へ出る。舗装された地面の向こうには、芝生の広場があり、一面の夜空が広がっていた。

空には黄金に輝く満月と、強い光を放つ星が煌めきミライザを照らしている。

遥か昔から存在する月と、想像出来ないほど遠く離れた場所から光を届ける星を見ていると、急にミライザは自分の悩みが些細でつまらない事のように感じた。

確かにミライザは研究に尽力した。だが、ミライザだけの力ではなくチームで進めてきた研究だ。ミライザがいなくなっても研究結果は残る。そして沢山の人の目に触れて、いつか誰かの役に立つかもしれない。

それでいいのではないか。

ミライザがしてきた事は、決して無駄ではなかったのだから。




「待ってくれ!ミライザ!」



後ろから呼び止められ、ミライザは立ち止まった。


(私は死んだ事になっている。私は海の底で変わったわ。今の私に気がつく人なんていないはずなのに。どうして?)


「すまなかった。ミライザ。こんな事になるなんて思っていなかった。ギーガンとローザが君に情報漏洩の罪を被せた時、俺は何も言えなかった。君が直ぐに帰ってきて、否定すると思っていた。」


立ち止まったミライザの背後から、男の声が近づいてくる。

ミライザはゆっくり振り返った。

キリアンは、ミライザへどんどん近づいてくる。

「ああ、ミライザ。会いたかったよ。俺が力になる。今から君の汚名を晴らす事は、かなり難しいかもしれない。だけど、出来るだけ手伝うよ。だから俺と一緒に行こう」


ミライザは疑問を口にした。
「どうして?私がミライザだと思うの?」


キリアンが言った。
「確かに皆は分からないと思う。だけど、俺は違う。俺はずっと君の事が気になっていた。髪の色が少し違うが君はミライザだ。眼鏡や白衣に隠されていた美しい顔も身体つきも何も変わらない。君が死んだと聞いてずっと後悔していた。もっと早く君に・・・・・・」

キリアンは興奮した様子で、ミライザに近づき、急に右手で手首を掴んできた。

「離して!痛いわ」

「ミライザ!謝るから。俺は平民だけど、真面目に働いている。今まで色んな事をしてきたから貴族の伝は多い。君一人なら養える。君の汚名を晴らせるのは俺だけだ。俺なら証言できる。ギーガンとローザが嘘の証言をしたって知っている。証拠だってある。ギーガンのロッカーの中に、ライ伯爵家からの指示書がまだあるはずだ。俺が協力すれば、君の功績を、アイツらから取り戻せるかもしれない。君だって悔しいだろ。家からも仲間からも学院からも捨てられた可哀想なミライザ。もう君には俺だけだ。」

ミライザは思いっきり首を振った。

目の前のキリアンが見知らぬ男性のように感じる。いつも余裕があり、そつ無く仕事をこなすキリアンはどこにいったのか。目の前の男性は、ミライザの手首を強く握り締め、瞳は血走っている。目の下には隈があり、顔色も悪い。恐怖を感じ、腕を引き離そうとするが、その行為がいっそうキリアンの力を強めている様子だった。

「ああ、俺のミライザ。心配ないよ。俺が君を愛してあげるから・・・・・・」

ミライザは、必死に声を上げた。
「お願いだから離して!私は、貴方のミライザじゃない」

「俺が、せっかく君を助けてやるって言っているのに!哀れで可哀想な君を!俺が!」

キリアンは、左手を大きく振り上げた。


(打たれる!)


ミライザは、衝撃に備えて両眼を強く閉じた。

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

処理中です...