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父が亡くなった葬儀で、母はイリーナに告げてきた。



「イリーナ。出て行って頂戴。」















イリーナは、グロッサー男爵家の長女として生を受けた。

父のロイド・グロッサー男爵は、貿易業を営んでおり、仕事で国外へ行く事が多かった。

イリーナの2歳下の妹は、母に似てピンクブロンドの美しい巻き髪に、澄んだ水色の瞳をしている。

イリーナが物心ついた時から、母は妹のルアンナだけを可愛がっていた。

「本当に、ルアンナは美しいわね。それに比べてイリーナは、、、」

イリーナは真っ直ぐな銀髪に、紺色の瞳をしている。

父のロイド・グロッサー男爵は、薄い茶髪に茶眼をしており、イリーナは両親のどちらにも似ていなかった。

母は、なにかと妹のルアンナとイリーナを比べた。

「イリーナは大きすぎて暗くて不気味な瞳をしているわ。それに比べてルアンナの瞳は青空のように綺麗ね。」

「イリーナの髪は、まるで老婆のようね。私だったら耐えられないわ。」

「可愛いルアンナ。とっても素敵よ。」

母は、妹のルアンナにばかりドレスや装飾品を買い与えた。














男爵家の使用人達も、母と同じようにイリーナを雑に扱った。

それでも、使用人の中にはイリーナに好意的な者もいた。

使用人に交じり、屋敷の仕事を手伝っていたイリーナは、古参の使用人に尋ねた。

「お母様はどうして、ルアンナばかり可愛がるの?私は、お母様の子供じゃないのかな?」

使用人のメアリーは言った。

「そんな事ありませんよ。私はルアンナ様が産まれた時に、その場にいたのですから。ルアンナ様は奥様がお腹を痛めて産んだ事は間違いありませんよ。」

イリーナは言った。
「そう、、、でも、どうして、、、」

メアリーは困った顔をしていた。





時折帰ってくる父のグロッサー男爵は、姉妹を同じように大事にしてくれた。

玩具や縫いぐるみ、国外の珍しい装飾品、美しいドレス、高価なバックや小物。

父は、沢山の物を買ってきてくれた。


イリーナには、高価な宝石がついた美しい物を、ルアンナには、複雑な刺繍で装飾された可愛い物を、父なりに二人の娘に合う物を買ってきているようだった。





だけど、、、、





父が仕事の為に、国外へ行くとイリーナへのプレゼントはルアンナに取られた。

「私、その縫いぐるみが欲しいわ。」

イリーナが父からも貰った縫いぐるみは、瞳が黒曜石のように輝く、美しいペンギンの縫いぐるみだった。

ルアンナも、父からウサギの縫いぐるみを貰っていた。

「これは、駄目よ。ルアンナにもお父様から貰った縫いぐるみがあるでしょ。」

その光景を見ていた母は、イリーナを酷く叱ってきた。

「イリーナ。わがまま言わないで。妹に渡しなさい。貴方みたいな娘にその縫いぐるみは合わないわ。」

酷く大声でイリーナを叱る母に驚き、イリーナは縫いぐるみを妹へ手渡した。

妹は満足そうに笑っていた。









父が帰ってくる時だけ、イリーナは妹の隣に用意されている自室で過ごす事ができた。そこは、普段ルアンナの衣装や小物や宝石の物置になっている。

イリーナは、ルアンナに取られたドレスや小物を父が屋敷にいる時だけ身に着ける事を許されていた。


どうして、母はイリーナを粗末に扱うのか?


ルアンナだけを可愛がるのか?


イリーナは分からないままだった。







イリーナは、13歳の時にザンジ国立学院へ入学した。

ザンジ国立学院は、国内で最も難解な中高一貫校だった。勉強が得意だったイリーナは、母に内緒で全寮制のザンジ国立学院を受験していたのだ。

イリーナは家から離れたかった。父の事は好きだったが、年中国外を移動する父は当てにならない。父に母と妹の悪口を言う事も気が引けた。もしかしたら母からいつか愛してもらえるかもとイリーナは思っていた。

ザンジ国立学院に合格し入学通知書が届いた時、ちょうど父が屋敷にいた。

イリーナは、父に合格通知書を見せた。

父は喜び、イリーナを褒めてくれた。

「さすが、イリーナだ。とても優秀で私は誇らしいよ。」

イリーナは微笑み言った。
「ありがとうございます。お父様。」

父は、何かを思い出すように言う。
「実はね。イリーナの名前は、私の恩人に名付けて貰ったんだよ。もう何年も会っていないが、彼が知ったら誇らしく思うだろうね。」

父は、少し悲しそうに、そう言った。








イリーナは、ザンジ国立学院を卒業するまで、ほとんどの時間を学院で過ごした。グロッサー男爵家に帰るのは、父が帰国している時だけだった。母と妹は相変わらず、イリーナの事を邪険に扱ってくる。

そんな中、父はイリーナをグロッサー男爵家の後継者に指名し、ローバン侯爵家の次男リカルドと婚約するように家族へ告げてきた。

ルアンナは一緒に話を聞いていた母へ詰め寄る。
「どうして、お姉さまなの?リカルド様は貴族学院で大人気なんですよ。お母様、私が婚約したいわ。」

母は父へ言った。
「そうですわ。貴方。ルアンナの方が後継者に相応しいわ。ローバン侯爵家は、嫡女との結婚を望んでいるのでしょう?」

イリーナは驚く。妹のルアンナは、美しいが成績は貴族学院でも下位だと聞く。とてもグロッサー男爵家を継ぐのは難しいと思っていたからだ。

父は言った。
「グロッサー男爵家を継ぐのは、イリーナだ。君に我が家について意見する権利があるとでも?」

父にそう言われた母は悔しそうに俯いた。



ルアンナは言う。
「お父様。どうしてお姉さまなのですか。リカルド様が男爵家に入るのであれば、相手は私でもいいはずでしょう。」

父は言った。
「イリーナもルアンナも私の可愛い娘である事は事実だ。だが、男爵家当主としては跡継ぎは優秀な者を選ばなければならない。イリーナより秀でるようなら考えるよ。ルアンナは心配しなくてもいい。お前にも豪商や子爵家から縁談がきているからゆっくり選べばいいさ。」


そう告げられたルアンナは、イリーネを睨みつけていた。












婚約者のローバン侯爵家の次男リカルドとは、グロッサー男爵家に帰る度に交流した。穏やかで優しいリカルドにはイリーナも好感を持っていた。彼となら、穏やかな家庭を築けるような気がした。イリーナはもし子供が出来たら、平等に愛そうと思っていた。両親に似ていなくても沢山の愛情を与えて育てるつもりだった。自分が母に愛されなかった分を自分の子供を可愛がろう。そう思っていた。






イリーナが卒業を目前にしたある日、グロッサー男爵家から速達が届いた。

どうやら父が病に倒れ、実家に帰ってきたらしい。

イリーナに早急に帰宅するように伝言が書かれていた。










イリーナは半日かけて、グロッサー男爵家へ急いで帰った。

夜なのに、屋敷には明かりがついている。父の部屋へ急いで向かった。

「お父様。」

父のベッドの側には医師と看護師が立っていた。

青ざめた父は、イリーナに手を伸ばした。

その手をイリーナは両手で握りしめる。

「イリーナ。その引き出しの中に、、、お前の、、、、」

父の手の中には小さな鍵があった。イリーナはその鍵を父から受け取り言う。

「お父様。安心してください。私が必ずグロッサー男爵家を守ってみせますから。」

父は、その言葉に少し驚いた表情をして、かすかに笑った。

「ありが、、、とう。さすが、、、、、の子だ。」

そう言葉に残して、父は力尽きた。




だれもいなくなった父の寝室で、託された鍵を使い引き出しを開けると、そこには一枚の金貨が入っていた。

金貨は比較的新しい物らしく光沢を放っている。複雑な文様は文字のように見えるが、イリーナには読めなかった。

父から貰った縫いぐるみ、ドレス、宝石全て妹のルアンナに奪われた。婚約者のリカルドから貰ったバックやネックレスもいつの間にかルアンナが使っていた。

でも、父が最後に残してくれたこれだけは、、、、決してルアンナに渡したくなかった。

イリーナは金貨を誰にも見つからないように胸元の内ポケットへ入れた。











翌日、どんよりと暗雲が立ち込める日に、父の葬儀が執り行われた。

婚約者のリカルドも参列している。イリーナは喪主を務める母の後ろに立ち、涙を流した。





大好きな父が死んでしまった。


こんなに早く亡くなるなんて、、、、


結局、母や妹との確執を父に告げる事はなかった。














葬儀がひと段落した時、母とルアンナ、婚約者のリカルドが、イリーナに近づいてきた。

男爵家の相続の話かと思い、イリーナは母を見る。

母はイリーナに出て行くように告げた。



イリーナは驚いて母に言う。


「お母様。どうして、、、」


母は言った。
「やっと貴方を追い出せるわ。もう2度と顔をみたくない。その気味が悪い銀髪、不気味な瞳。見るたびにうんざりしていたのよ。」

イリーナは、分かっていた事だが、相変わらずの母の言葉にショックを受ける。
「ですが、お父様は私をグロッサー男爵家の後継者に指名していました。私が、次の、、、」

母はイリーナをあざ笑った。
「貴方は、ロイドの子供ではないわ。ロイドは昔、大怪我をして生殖機能が失われていたの。」

イリーナは愕然とした。
「でも、ルアンナは、、、」

母は言った。
「もちろん。ルアンナの父親もロイドじゃないわ。私の祖母がグロッサー男爵家の娘だったのよ。ルアンナにグロッサー男爵家の血が流れている。この子が正式な嫡女になってもなんの問題もないわ。」

イリーナは、理由は分からないが母から厭われている事に気が付いていた。


でも、、、、まさか父が死んだと同時に追い出されるなんて、、、


イリーナは、婚約者のリカルドを縋るように見る。

侯爵家のルカルドなら、母を諫めてくれるかもしれない。


だけど、ルカルドは、、、、




「僕も、ルアンナが嫡女に相応しいと思います。」


リカルドは、ルアンナに寄り添い腰に手を回していた。






イリーナは言う。
「貴方達、、、まさか、、、。」

リカルドはイリーナに言った。
「君はルアンナを虐めていたらしいね。君の部屋を見せて貰ったよ。幼い頃からルアンナの私物を強奪していたと聞いた。まさかと思ったけど、君の部屋に溢れるぐらいの宝石やドレスが集められているのを、僕はこの目で見たんだ。強欲な君と結婚するなんてぞっとするよ。ロイド・グロッサー男爵には上手く隠し通せたみたいだけど、僕はルアンナや男爵夫人に聞いて知っている。両親も婚約者の変更に了承したよ。」

美しい水色の瞳を潤ませてルアンナは言った。
「お姉さま。もう私耐えられません。お願いです。グロッサー男爵家の為にも奪った物を全て置いて出て行ってください。」

リカルドはルアンナを抱きしめて、優しく言った。
「辛かったね。ルアンナ。これからは僕が守ってあげるから。」



明らかに距離が近い二人に、イリーナは悟る。



(ああ、きっと、もっと前から二人は、、、、、)



呆然とするイリーナに追い打ちをかけるように母は言った。


「もう、この瞬間から貴方はグロッサー男爵家の者ではないわ。2度と屋敷には入れないと思いなさい。」


イリーナを置き去りにして、母と妹と婚約者は屋敷へ帰る。


立ち尽くすイリーナにポツポツと雨が降り注いできた。

次第に雨は激しく振り出し、遠くでは雷の音が聞こえてくる。


ザーーーーザーーーーーザーーーーー。ゴロゴロゴロ。



グロッサ男爵家の門は閉じられ、窓の隙間から、ずぶ濡れになったイリーナを嘲る母と妹が見えた気がした。








もういい。


もう諦めた。


貴方達は私の家族じゃない。











たとえ、私が父の子供でないとしても、、、、



グロッサー男爵家は大好きな父が私に残してくれた大事な場所だった。



なのに、血の繋がりがある母と妹に全てを奪われた。



信じていた婚約者までもが、私を捨てた。









イリーナは、ずぶ濡れのまま、もう入る事ができない屋敷を睨みつけた。














いつか必ず、取り返す。


どんな事をしても、私はまた帰ってくる。


貴方達が私から奪った物を全て私の物にしてみせる。






だから、その時が来たら、、、、、、








「返してください。」












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