上 下
2 / 30
ストーカーではありません!

バレタ!

しおりを挟む
マーガレットお嬢様は、最近不機嫌だ。学院で、ザックバード公爵に近づく事ができないようだ。ザックバード公爵は第一王子と同じAクラスに所属している。マーガレットお嬢様はCクラスで、休憩時間にAクラスを訪れても、ザックバード公爵の周囲にはすでに複数のクラスメイト達が取り囲み、他クラスの侯爵令嬢が近づく隙がないらしい。

休憩時間は、Aクラスに所属している第一王子の周囲を取り囲む王族派の生徒達と、ザックバード公爵を取り囲む貴族派の生徒達に分かれている。
どうやらザックバード公爵は王室と仲が悪いらしいとの噂がある。凱旋後すぐに王城へ向かったザックバード公爵は、謁見後、王室への態度が急激に硬化した。

国王がザックバード公爵を諫めたらしい。第一王子と離宮で言い争っていたらしい。王族派筆頭のオスカー公爵がザックバード公爵を侮辱したらしい。ザックバード公爵が病弱な王女の降嫁を拒否したらしい等の噂が出回っている。

Aクラスは学院中の注目の的になっていた。私は使用人仲間に頼み、男性使用人の制服を借りた。いつもの前かがみの姿勢を伸ばし、黒髪のカツラを被り、伊達眼鏡をはずす。鏡に映る私は整った顔のおとなしそうな男子生徒に見える。

私は、Aクラスが使用している男子更衣室へ潜入した。今は剣技の授業のはずだ。Aクラスは少し離れた演習場で剣技をしている。男子更衣室は王族も使用される事もあって、広く清潔に保たれていた。事前に調べておいたザックバード公爵のロッカーを見つけた。ポケットから2本の針と複製鍵を作成する道具を出す。

針をいれ、鍵の仕組みを確かめる。
カチャ、カチャ。
私でも開錠できる種類の鍵みたいだった。鍵穴に温めたパテを流しこみ5秒待つ。少し感触を確かめると無事に複製錠が出来たみたいだ。ゆっくりと捻り鍵をあけた。



ガチャ



ロッカーの中は、綺麗に整えられていた。ハンガーにかけられた制服。畳まれた服。つま先まで揃って置かれた靴。笑顔で周囲に愛想よくしているが、全く目が笑っておらず隙が無いザックバード公爵の性格がよく伺える。私は、ハンガーにかけられている制服を手に取った。

(髪の毛1本くらいついているよね)

制服をくまなく見るが、髪の毛どころか埃さえもついていない。

(もう!なにか無いの?さすがに肌着はすぐにばれるから取りたくないのに。)

ふと、制服の内ポケットになにか入っているのに気が付いた。

わざわざ特注で作らせたらしいそのポケットには硬く小さなものが入っている。

(なんだろう。)

私は、それを取ろうとポケットに指をいれた。


取り出したそれは、小さなロケットだった。もともとは真鍮製だったと思われるが、赤黒く所々変色している。


戦争の悲惨さを思い浮かべ思わず喉をならす。

(そうだわ。今は学院で大人気だけど、ザックバード公爵はこの前まで戦場で戦っていたんだ。)


私はロケットを開いた。




ロケットの中には真鍮の飾りに彩られた肖像画が浮かび上がっていた。

立体加工されたその肖像画は3歳くらいの少女のものだった。肩までの金髪に白く透き通った肌。目を凝らすと瞳は緑な事がわかる。豪華な衣装に身を包み笑っている少女はとても幸せそうだった。

(だれだろう?公爵には妹はいないはずなのに。まさか3歳の子供が例の金髪の思い人って事はないよね。)

不思議とどこかで見たことがある気がする。どこだろう。

既視感を感じ、私はロケットの少女を食い入るように見つめた。


なにか、思い出せそうな時、私は急に腕を背後から掴まれた。













驚き、振り向くとそこにいたのはザックバード・ガイア公爵だった。

私は慌てて、下を向き謝る。

「すみません。主のロッカーと間違えました。お許しください。」

なぜか、私の腕は掴まれたままで、ザックバード公爵の反応もない。


何秒たっただろう。私は恐る恐る公爵を見上げた。


ザックバード公爵は、なぜか瞳を潤ませており、私に声をかけてきた。
「きみ。名前は。」

「イグラード伯爵家の使用人のサムです。主人の荷物を取りに来て、間違ってしまいました。」

(イグラード伯爵の嫡男は数日前からAクラスを休んでいる。あらかじめ用意していた言い訳だ。)

「へえ。そうなんだ。イグラードね。でも間違いじゃないよね。」

「え?」

「実は、王都へ帰還してから周囲が騒がしくてね。探知魔術をかけていたんだ。故意に俺のロッカーを漁る奴がいたら把握できるようにね。まさかロケットに気がつくとは思わなかったんだけど。」


私は顔を青ざめた。


つまり、たまたま帰ってきたわけではなくて、探知魔術に引っかかったから帰ってきたのだ。魔術師は王国でも大変貴重で数が少ない。ほとんどが魔塔に所属し、外部の人間と接触しないはずだ。まさか公爵が魔術師とは誰も思っていないだろう。埃一つついていない制服を見て、これも魔術かもしれないと改めて驚く。


「これが、ばれたら君の主人も困るんじゃないか。使用人がストーカーだなんて。」


「いえ。違います。僕はストーカーではありません!」


 (ストーカー?ロッカーを漁っていたのは確かだけど、、、なんでストーカー?)



「俺は記憶力がいいんだ。君には見覚えがあるよ。今日の朝から、ずっと俺の後をつけていただろ。午前の講義の時は向かいの屋上から見ていたよね。いつもの子じゃないから気になっていたんだ。」


(バレてる。まさか気が付いていただなんて。そもそも双眼鏡を使っていたのに、どれだけ視力がいいの?)


「うーん。でも、体格は一緒かな。じゃあ、これは偽物の髪かな。」

慌てて逃げようとするが、ザックバード公爵は私の腕をつかんだまま、腰に手をまわし抱きしめてきた。反対の手で私の髪の毛を撫でまわし、ピンを外していく。


(やばい。やばい。やばい。)


ドキドキと胸が音を立てる。

フサリと私の髪が背中に落ちた。カツラは回収され、投げ捨てられる。

「ああ、やっぱり。思った通りだ。やっと見つけた。まさか変装しているなんて思わなかったよ。」

ザックバード公爵は私の顎をつかみ、持ち上げた。私の顔を食い入るように見つめてくる。

「あの。離して。」

遠くから何度も見てきた整った顔が目の前にある。肌は染み一つなく、少しグラデーションがかる茜色の瞳に吸い込まれそうだ。

ザックバード公爵は、フッと微笑むと私にさらに近づいてきた。

その笑顔に見とれていた私は、気が付いた時にはザックバート公爵の唇が私の唇に触れていた。

「んんんーーー」


(食べられる。逃げなきゃ。)


何とか離れようとするが、腕と頭を捕まれ身動きが取れない。



(くるしい。もう、、、、)


私は、手から力が抜け、掴んだままだったロケットを床に落とした。


カラーーーーン


金属の乾いた音が響き渡った。



ザックバードはロケットの事など忘れたかのように私の口を塞いでくる。


(ああ、もう、、、、くるしい、、、。)


私の視界は暗闇に覆われた。






















しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

初恋の相手と結ばれて幸せですか?

豆狸
恋愛
その日、学園に現れた転校生は私の婚約者の幼馴染で──初恋の相手でした。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...