いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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天秤の破壊

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 バランサーが短命なのも、数が少ないのも、すぐに転換してしまうのも…全て訳がある。こういう歴史を繰り返して世界は徐々にバランサーの存在を隠していったからだ。

 少数は大多数に排される。それは、いくら最強と謳われたバランサーとて同じ。

 どんなに誰かを救っても

 どんなに世界を平等にしても

 どんなに、尽くしても…世界はこんな風に呆気なく手のひらを返してしまう。

『ねぇ。…あそこにいる子、写真に似てない…?』

 クリスマスに流されたニュース速報。騒然とする街中で、一人が声を上げると次々と視線が集まる。全身の血の気が抜けるような肌寒さを感じながら俯く。

 …いつか、こんな日が来ると…俺たちは皆、覚悟して生きていた。

 クリスマスなのに、散々だ。

『常春君!! こっちへ!』

 震えて動けなくなった俺のマフラーを手にして、口元をしっかり隠してから手を引いて走り出す委員長。離さないようにしっかりと繋がれた手に、小さな背中。

 …委員長…、どうして。

『退いて! 退いてください!!』

 スマホのシャッター音を振り切るように走る。雪が降る中、人々がスマホやスクリーンを見る中で俺たちは前だけを見て走り続けた。

 電車に乗っている間も彼女は俺をマフラーでぐるぐる巻きにして顔を隠し、手を引かれて人の少ない車両に乗ると二人で並んで座れた。

『…委員長。お家に帰って。これ、委員長の家の方に行かない電車だよね』

『帰るわ。…貴方を家に送り届けたら。それまでは、私が貴方を守るわ』

 微かに震える彼女の手に気付いて、最寄りの駅に着くまで俺は自分のことを彼女に話した。バランサーであり全ての性別に変われて、普段はそれを隠して皆と同じように生きていること。

 彼女は、黙って話を聞いていてくれた。

『…そっか。やっぱり常春君が悪いことなんて一つもないんだ。

 ねぇ! バランサーってアルファにもオメガにもなれるんでしょう? その場合って、はどうなるの?』

『運命?! え、っと…? 確かバランサーでも運命の番は一人って仮説はあるらしいよ。数が少ないバランサーが運命の番に出会えたケース事態、あるかないかもよくわかんないみたいで』

 それでもやはり、運命とは一人であるという説が有力視されていて実際にバランサーが二人の運命と出会ったという資料はない。あっても事実かは不明だ。

 しかも、バランサーは運命の番を認識出来ない。

 わかるのはアルファかオメガのみだ。だからバランサーは相手が自分を見付けてくれるか、いつか転換してその時に運命と出会うかしかない。

 選んだ時の性別が運命と噛み合わなければ、街ですれ違ったとしても互いに気付けないで終わる。

『そうなんだ。…そうだよね、凄く珍しくて少ないなら当然か。

 ねぇ。もう少し質問してみても良い?』

『良いよ。勿論』

 初めてだった。バランサーと打ち明けたのも、それを受け入れられたのも。変わらず笑顔で接してくれる彼女の優しさがどうしようもなく嬉しくて、話しながら泣いていた。

『…お家に帰ったら、常春君はもう学校には来ないのかな』

『どうかな…。なんでバレたか全然わかんないし、暫くは自宅待機か…いや。多分家もバレちゃうから俺だけどっか行くかも』

 委員長に話していたら、段々と事の重大さにジワジワと気付き始めて目の前の車窓から空を見る。

 …マジでなんでバレた? いやダメだろ。俺の情報は基本は政府が管理してバランサーの性別だって全部隠されてる。普段はこんな自由に、好き勝手にさせてもらっているが規制だけはされていたはず。

 何処から情報が流出した?

 誰があんなことをした?

 何より。目的が、わからない。俺の正体を明かしたとしてそこに一体なんのメリットがあるのか。

 …ダメだ。全然わかんない。どうしよう…、というかここまで周到にされてるのに今現在、俺が逃げられてることがそもそも間違いなんじゃ。

『…どうしたの?』

 隣に座る優しいクラスメートにも何者かの魔の手が迫っているのかと思うと、もう…叫び出したくなるような気分だった。

『なんでもないよ。そろそろ着いたみたい』

 駅に着くともう家はすぐだからと彼女に伝えて、電車に乗せようと説得する。家までは送ると言い返す彼女に家族に迎えを頼んだから、と伝えれば口を閉ざしてしまう。

 心配そうに俺を見つめる彼女を安心させようと笑ったら、何故か泣きそうな顔になってしまった。

『もしかしたら、君に会えるのは最期なんじゃないかって思う。

 君は…目を離したらすぐに消えてしまいそうで怖い。強くて凄い人だってわかってる。でも…、やっぱり不安で。

 なんでもっと早く友だちにならなかったのかな。話したいこと、まだ沢山ある…。修学旅行や来年の学園祭も一緒にしたかった』

 友だち。唯一、俺の性別を明かして受け入れてくれた大切な友だち。

 馬鹿だな、俺。…ずっと臆病で自分から距離を取ってたから知らなかった。友だちって、良いなぁ。

『絶対逃げ切ってね』

 覚悟を決めたように顔を上げた彼女と、しっかりと目が合う。手袋をした手を取られて力を分け与えるように握られる。

『…こんなこと言ったら、変かもしれないけど』

 照れ臭そうに笑う彼女がゆっくりと目を細めてから優しく笑って握り締めた手を胸元に上げた。

護ってくれて、ありがとう』

 ハッとしたように身を引く俺を彼女は引き留めた。

『…こんなに話しやすいのに、君はよく一人でいたから。別に浮いてたわけでもない。ただ…よく考えると一人でいてばかりだなって気付くような。

 あんまり私たちを自分に関わらせないように何かしてたんだよね。ごめんね。クラスメートなのに、全然気付けなくて。君は私たちをよく見て、護って、ずっと過ごしてたのに。

 君が変わったのは体育祭辺りから』

 笑顔が増えた、と嬉しそうに伝えてくれる彼女に涙が止まらなかった。

『君が、いつの間にかキラキラし始めた。きっとバランサーとしての使命よりもずっとずっと、楽しいことがあったんだよね。それを忘れちゃダメだよ。

 常春君は、それで良いんだよ』

 涙を流す俺の手を離して、彼女は俺を抱きしめた。小さな声で何度もありがとう、と囁く彼女の言葉は…まるで今までの自分を肯定されたようで言葉にならなかった。

『もう会えなくても、それでも…それでも良い。常春君が何処かで元気にしてるなら。幸せにしてるなら、全然大丈夫!

 またね! …ありがとう、泣き虫のスーパーヒーローさん。頑張ってね』

『…うん。委員長、ありがとう。ありがとう…

 最後に一つだけお願いがあるんだ』

 首を傾げる彼女と向き合う。

 熱を持った紫の瞳がより強く熱を放ち、彼女を写す。

『…

 目が合った瞬間、ビクッと身体を揺らしてから委員長はゆっくりと頷いて駅に戻って行く。そんな彼女の後ろ姿を見つめ、時間が経ってからすぐに家とは反対方向に向かって走り出す。

 これだけ近ければ、暗示も成功する。久しく使っていなかったから大丈夫かと不安だったが、問題ない。

『っ、ごめん…ごめんね、委員長…』

 泣きながら走って振り返る。すると僅かに人影が現れて俺を追うように近付く。

 そう。バランサーの索敵に引っ掛かった。しかも、これは待ち伏せに他ならない。つまりどういうことかなんて俺にもわかる。

 これは完全に俺を殺しに来てる。

『そうだ…!!』

 生垣いけがきの隙間にある溶けた雪水の中にバイト用のスマホを水没させる。もしも捕まって中が改められたらマズイ。見られてないから大丈夫だろうと走り出す直前、スマホに彫られた二代目の文字に場違いにも笑ってしまった。

 走り出す中、考えるのは委員長のこと。恐らく敵はバランサーについてある程度の知識はあるはず。様子のおかしい彼女が既にバランサーの力によって全て忘れ去ったと気付くはずだ。

 …それでも、念には念を入れなくちゃ。

 走りながらなんとか辰見にメールを出す。ガタガタの文章に変換ミスなど酷いが、なんとか読めるだろう。早く彼女を政府の保護下に置いてほしい。

 家に帰るなんて論外だ。兄たちを巻き込むなんて、絶対に出来ない。でも兄たちの保護は言われなくてもやってくれるはずだ。

『っどーすっかなぁ』

 世界中の人間に追われる身となり、恐らく命も狙われている。政府不干渉の条約が生きてれば俺自身には何も措置はないだろう。

 詰みだな。

『…もう良っか』

 もう良い。もう充分だ。

 あんなに素敵な言葉を委員長から貰った。その上、三人の兄にも沢山愛された。弐条会で過ごした日々は全てが、愛おしい。

 …好きな人が出来て、恋までした。

 大切なものが出来すぎた。壊されては堪らない。

『どーせ弐条会にも売られちゃうし、変な連中には追い回されるしさ…。

 もう世界中の何処にも俺の逃げ場なんてない』

 逃げた先の人たちが罰ゲーム過ぎる。こんな厄病神、願い下げだろう。

『っはぁ、…寒い。俺、寒いの苦手なんだけどな』

 全部を諦めたとしても、このまま易々と捕まってやる気などサラサラない。連中には少しでも労力を使わせてやりたい。

 目を閉じて、コントローラーを呼び出す。押すのはアルファ。圧倒的な身体能力で、俺は更に加速して目的地を目指す。

『…せめて、最後くらいは』

 死に場所くらいは選びたい。

 死に物狂いで走り出した冬の道。敵が徐々に集まることを知りながら、俺は恐怖でどうにかなりそうな身体に鞭打ち、逃げ続ける。

 最後は、そう…もう一度行きたかった、あの夏の思い出の地へ。


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