いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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初めて貴方が欲しがった夢

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Side:刃斬

 昔から。いや、始まりから。

 刃斬家は弐条会に忠誠を誓って代々、子息や子女を護衛に出していた。だから下手なことをしないよう教育を受けて完璧に主人を護るよう教えられる。

 本来であれば弐条家の弟の方に俺は護衛として出される予定だったが、兄二人が行くことになり俺自身は弐条家の長男の元へ出されるよう命じられた。

 まぁ。そんな兄たちは、すぐに任務先で命を落とすことになる。弐条家の弟は…刃斬家とて容赦なく捨て石のように兄たちを扱ったらしい。

『本日より護衛としてお側に置かせて頂きます。刃斬の三男坊でございます。どうぞ宜しくお願いします』

 今でも、あの時のボスのことはよく覚えている。初めて会ったのは彼が十三歳の時。ニコリともしない無表情の、やけに美形な少年で…当時から口数が少なく、何を考えているかわからない人だった。

 それでも流石は弐条の血筋。なんでも卒なくこなす上に頭の回転も早く、何よりヤクザという職に彼はピッタリで…それが幸か不幸かは、わからない。

 ただ。昔から、何もかもを諦めたように全てを完璧にこなす姿を、怖いと思った。

『…誕生日だ?』

『はい。世間で言えば貴方は高校生でしょう。…何か、欲しいものなどあれば刃斬が調達して参りますが』

 十五歳。出会ってから二年が経つと、やっと名前を呼ばれるようになった。というか、多分やっと俺の存在を使うようになったんだろう。

 それまではお粗末にも、あまり役に立ったような記憶がないので使うようになった道具を探す余裕が出来たのだ。

『…何か、ないですか?』

 子どもでありながら表情筋が死んだように無表情でいる方は、当時はまだ小さな屋敷で過ごしていて割り当てられた和室にて只管仕事を覚えていた。

 少しだけ考えるようにペンを止めたボスは、初めて…俺に願いを言ってくれたのだ。

『…つがい

 ポツリと呟いた時の顔を見れなかったのは、今なお残る後悔だ。

『俺たちには、オメガの運命の番とやらがいるもんなんだろ。…俺にもいるのか』

『…番。も、勿論いるでしょう。出会える確率はかなり低い上に同じ時代に産まれただけで奇跡とすら言われては…いますが』

 そうか、とすぐに会話を止めようとするボスに俺は慌ててそれを繋げるように言葉を探して口にした。

『番が必要で?! アルファが番が欲しいという欲求が強いのは近くに運命がいる可能性が高いと聞いたことがあります!! 貴方のアルファ性は群を抜いていますから…範囲は、広いかもしれませんが貴方の感知範囲に運命が産まれたのやも!』

 初めてだったから。

 あの人が、何かを欲しいような素振りを見せるのは初めてだったから。俺はなんとしても叶えてやりたくて口八丁を並べてしまった。

『俺が探します! 仕事と並行して、貴方の番を…

 運命の番を、見付けてみせます!!』

『声がデケェ。うるせぇ』

 それからは必死だった。

 ボスの遺伝子情報を基にあらゆるオメガを調べ、彼の運命の番を探し回る。調べる内に機械にも強くなり遂には人工知能…AIを使って作業の効率化を図る。

 政府のデータバンクにまで侵入し、あらゆる国のデータを閲覧したが…数年経っても運命を見付けることが出来なかった。

『良いか。お前は、何れ見つかるボスの運命の番の為に産まれたんだ。その方の健康管理から趣味趣向を把握して必ず…安心して弐条会に嫁いで頂けるようにな。

 …名前が必要か。そうだな…いつか、ボスにとってのバース性が報われる日を願って。お前の誕生が意味のあるもので終わるように。

 。そう名付ける』

 返事をするように機械音を鳴らすバースデイ。それをボスに紹介して与えると、彼はバースデイを気に入ってくれて知識を蓄えたAIから色々と吹き込まれているようだった。

【運命の番であれば、弐条様が思い描くものを番様も気に入る可能性はかなり高いでしょう。遺伝子レベルで惹かれ合うので、そういったものを集めることは弐条様にとってもストレス軽減などメリットが起きます】

『…へぇ。俺が選んだもんを、番も気にいるってことか。なるほどな…』

 それから彼は何かある度にまだ見ぬ運命の番の為に様々な物を買い、集めていった。バースデイの言う通り番を想ってする買い物は彼にとってかなり良いストレス発散となり、見ているこちらも…年相応の柔らかな顔をして買い物をする彼を見て安心した。

 その効果もあってか働き振りを認められ、若くして才能を開花した後に巨大なアジトを建設してその椅子に着くことを許された。高層ビルのフロアを一つ自分の私室にした彼は、そこにわざわざまだ見ぬ運命の番の為に部屋まで用意して今まで買った贈り物を全て押し込んだ。

 だが。

 どれだけ探しても、…やはり番は見つからなかった。

『見つかるのが奇跡ってレベルなんだろ。…テメェが見付けるって息巻いたんだ。最後までやってみせろ』

 そう言って顔を背けたのが、彼なりの優しさなんだと気付いて申し訳なさと不甲斐無さに押し潰されそうになる。

 何故なのかと。まさか、産まれるのが近いという兆候で…誕生すらしていない?

 そこからは弐条会の主人を影武者として務める彼に付きっきりで、捜索に思うような時間を割けられなかった。それでも探した。

 ずっとずっと、探し求めた。一つくらい、ボスに与えたかった。誰にも奪われない彼だけの運命。何者にも邪魔されない絶対の存在。

 気付けば、彼は十八歳となり俺自身も二十七歳になっていた。その時に新たな戦力として既に猿石家から超問題児の上位アルファを引き取って一年が経っていた。

『ボス!! 大丈夫ですか?!』

 敵対する組織との戦闘でボスが負傷した。そこそこ大きな組織で、潰すのに手こずった相手だ。負傷した傷が深かったので辰見を呼ぶよりも直接病院に向かった方が早い立地だったからすぐに車を回した。

 そこで、…あの人の運命が見つかって

 同時に死んだのだ。

『…っ、これ…』

 病院の前に降り立ってすぐ、ボスは感知した。

『此処だ…、此処にいる。俺の番…、いま此処にっ』

『本当ですか?!』

 まさか五年目にしてこんなにも近場で彼の運命に出会えるとは思わなかった。いや、ただの偶然で訪れていただけかもしれない。

 だが、どうでも良い。

 此処に彼の運命の番がいる。それだけでもう後のことなどどうでも良い。

『…は?』

 だが。

 運命とは、あまりにも残酷だった。

『どうしました? 早く迎えに行きましょう』

 病院でピタリと止まった彼は困惑したように周囲を見渡してから呆然と立ち尽くす。その表情には焦燥しょうそうが浮かびキョロキョロと辺りに目を向ける彼は、一言…呟く。

『…いなく、なった…匂いが消えた…』

『…え?』

 それから病院中を探し回ったが、ボスの番は何処にもいなかった。病院を出たわけではない。匂いが跡形もなく消えたのだと彼は言う。

 そしてその謎は、数時間経って漸く俺たちを見付けた辰見から告げられて発覚する。

『…当院で先程、オメガの患者が息を引き取ったと聞いている。丁度お前たちが来る直前だ。因みに今日来院したオメガはその外来の急患で来た方のみだ。

 守秘義務があるので、詳しくは話せない。…お前たちのことだからどうせ調べ上げるのだろうが、調べるだけで終わらせろ。…その方とお前は、何の繋がりもないんだ。あまり派手に動かないでくれ』

 匂いが消えた理由と、亡くなったオメガ。

 それからすぐに調べたら病院の情報を抜き出すことができた。辰見の言う通り、オメガの急患が一人亡くなっていていた。まだ若い青年で、孤児院育ちのオメガ。突発性の病に倒れ、そのまま息を引き取ったらしい。

 そんな彼の経歴は薄っぺらい紙の表面、半分の分量にも満たない短い人生を終えた。すぐそこにいた運命の番を待たずに。

 …ボスは、それから暫く病院に通った。

 もしかしたら。いつか。あの病院から、自分の運命の番が元気になって出て来るのではないかと。彼は暫く車の中からそれを続けていたが、
 
 ある日、壊れたように笑い出したかと思えば…買っておいたオメガの為のチョーカーの箱を投げ飛ばしてしまった。壊れたケースに、閉ざされたオメガの部屋。

 泣いている姿は、一度も見たことがない。

『…呼ばれてるような気がしてた』

 一回忌の時。最初で最後、ボスは自身の夢の始まりを語ってくれた。

『ずっと、誰かが呼んでいるような気がしてた』

 皮肉なことに番を失ってから彼はメキメキと力を付けて、その頃にはもう立派な弐条会のトップ。誰にも文句など言わせないような圧倒的なアルファの頂点。

『せめて。あと少し、早かったら…』

 静かに目を閉じた主人が用済みになったAIの電源を切って暫く経つ。

『一人で死なせずに済んだのか…』

 あの日から俺は一生果たせない約束を追っている。ボスは、一生癒えない傷を負っている。











 だが。

『…バランサー…? …なぁ、刃斬』

 もしも、あの時。

 奴が既に…裏切っていたとしたら。

『…あン時、俺らが病院に行ったのは…確か』

 五年前。

 病院。

 再検査。

 バランサー。

 異動。

『…まさか、

 まさか…あの時、…死んだんじゃなくて、バランサーが…切り替わってオメガからっ

 オメガから別の性別に…!!』

 すぐにボスがスマホを手に取って電話を掛ける。俺も辰見に連絡を取るが互いに繋がらない。苛立ったように自宅へ電話を掛けるが、これも繋がらないらしい。

『…これ、ヤバいネ…』

 テレビを見て冷や汗を浮かべる黒河は、誰よりも冷静に事態を把握し始め、そして

 街では何も知らされていないが故に起こったすれ違いの別れにより、雪空に一人の男の咆哮が響き渡るのだった。


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