いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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Side:犬飼

 資料室に籠っていたら、いつの間にか夜が明けていた。椅子に座ったまま寝ていたようで机から起き上がると枕にしていた資料が幾つも落ちる。

『やべ、これ処理するやつじゃん』

 シュレッダーに資料を何枚か掛けると纏めた文章のチェックをしてからパソコンを畳む。薄暗い資料室から出ると何処からか軽快な音楽が流れる。

 宋平くんが来てから、あのAIはどんどん進化する。止まっていた時が嘘のように。彼の好きなものを吸収して、彼の好みを学習する。

『クリスマス、ねぇ』

 今日は宋平くんを解雇する日。別れの日。

 だが、流れが少し変わってきた。どうやら昨日の件もあり我らがボスは彼を手放すことが出来なくなってきたらしい。

 大変良い傾向だ。そのまま手放さないでほしい。

『おや。珍しい』

 エレベーターに乗ろうとしたところ、現れたのは魚神兄弟だ。二人して何やら大きな荷物を抱えているがその顔は活き活きとしていて楽しげ。

『おはようございますネ、犬飼。…髪ボサボサだネ。シャワー浴びてきたら?』

『メリクリだヨ! はは! 本当だヨ、また寝落ちした顔付きだヨ~』

 はは、と愛想笑いを返して一緒にエレベーターを待つと荷物の正体について聞くことができた。

『これ? 新居のアレやコレ。いやぁ、広いから色々と弄れて最高だネ。此処も結構良かったけど縦移動が面倒だったからネ』

『何度飛び降りた方が早いと思ったか、わからないヨ』

 流石は人外兄弟、発想が普通じゃないと思っていたらエレベーターが到着した。そこにはコートを脱いで腕に持つ覚がいた。

『おや! こちらもだネ、お疲れ様』

『メリクリだヨ、覚』

『お疲れ様です、皆さんお揃いで。…ふふ、クリスマスを祝い合うなんてなんだかんだ初めてですね』

 確かに。今まではそんなものに感心もなかったし、それがどうしたという雰囲気だった。

 でも今は、そうじゃない。アジトの飾り付けもパーティーも全部一人の為にやってる。

『刃斬君はボスのところとして、後は猿だけいないわけだネ』

『ああ。猿石でしたら、おつかいです。近くですからすぐに戻るかと。宋平も来るから全速力で帰って来るでしょうね』

 今日のことを知らない猿石だ。どうなるかはわからないが、上手くいかなければ相当荒れるだろうと想像は付く。エレベーターはすぐにボスのフロアに到着し、中に入ると四人も同時に来たもんだから刃斬サンがギョッとしつつすれ違う。

『あ。刃斬さん、それ宋平の…。修理出来ました? パジャマも自分が持って行きます。仮眠室で良かったですか?』

『ああ。少し直した跡が残りそうだが、なんとかなるだろ。これは兄貴からのお下がりだって言ってたから大切なもんだろうしな』

 血も綺麗に落とされたそれはかなり力を入れて修復したらしい。泊まることを見込んでパジャマも用意している辺り、やはり撤回されるんじゃないかと年甲斐もなくワクワクしてしまう。

『ボス。明日引き渡しの、あのゴーグル男について更に調べておきましたよ。

 …色々とわかったことがあります。向こうの言葉は通訳に時間が掛かるし、あの男は殆ど黙秘。一応人質ですから取り調べは慎重にしてましたけど』

 チラっと魚神弟の方を見ると、結局奴の尋問を担当出来なかった為か若干ガッカリしたような顔だ。

 …この人に任せれば色々吐かせられるんだけど…、人質だから再起不能にしたら困るんだよねぇ。

『何かわかったか』

『はい。色々と探りを入れて、…ですが仮定です。証拠となるものはありません』

『俺たちが何の理由もなく負けたのが何よりの証拠だろ』

 それは違いない。

 パソコンを開くと内容をスクリーンに映し出して説明を始める。海外の資料や写真などを纏めて出したそれらを全員が興味深そうに眺めた。

『ボスと刃斬サンを負かしたという時点で、世界にある可能性は二つ。二人以上のアルファか…世界で数列しか確認されていない、バランサーか。

 前者の可能性は高いんですけどね。…でも、それだと現在されるがままなのが不思議で。後者でも矛盾点があります。バランサーであるのならば、それこそ誰にも負けないはずなんで。

 で。導き出されたのが、コレですね』

 とある画家が描いた一枚の絵。そこには一人の男が天上から降りて来た神だか天使だかのような者に膝を付いて何かを掲げているような古い絵。

 題名は

『…バランサーという人間は、ある日。突如としてその力を失ってしまう者がいるとされています。その理由は不明ですが、文献によれば神の気まぐれだとか裁定者さいていしゃとして相応しくなくなったとか。

 彼らは古くから争いに巻き込まれる定めにあります。だから返納という力を使って三つの内、何れかの性別に転換するのは自らの意志でも出来ると。そもそも数も少な過ぎて資料もなし、政府によって徹底的に情報規制がされていますね』

 だが、それだけ秘密にするということは…やはりバランサーは存在するということ。確かに政府にもそれらしきを隠すような部分が幾つもある。

 法律にもしっかり、バランサーについては記載されているのだから。

『…それでも、ずっと引っ掛かってるんですよね』

 古城襲撃事件の襲撃者たちは、どれも他国の訓練を受けた者。中には元軍属もいた。あのゴーグル男も同様で推定バランサーでありながら身体も鍛えていた。

 …そんな男に向き合い、まぁボロボロにはされたがボスを守り切った子ども。

 前々からずっと思ってた。有り得ない、と。

『事情はあるにしても、兄弟に相当大切にされていて…ある程度は身体を鍛えている。いえ…鍛えざるを得なかった体質。アルファやオメガがどんなにフェロモンをぶつけても動じない。

 もしかして、あの子』

 馬鹿馬鹿しいかもしれない。何故って、そらそうだ。だって彼らは一人存在するだけでも奇跡みたいな存在なのに。

 でも、考えれば考えるほど辻褄が合う。

『あの子は、バランサーなのでは?』

 五歳でバース性検査が行われる世の中、それを受けないというのは殆どない。何故なら政府から勧告が来るのが普通で…だから彼は事故のせいでそれを受けることが出来なかった。

 だからバランサーだとすぐに特定されず、かなり育った状態で発覚したのだろう。通常だと次の検査は十歳。その頃だと、丁度ある時期に合致する。

『…調べたんです。辰見がこの辺に越して来た時期。それでわかったんですよ、宋平くんが十歳頃…今から五年前ですね。

 学校で再検査の通知を受けて最寄りの病院に行った際、丁度奴が県外から異動してるんですね。バース性専門の奴が担当してます。…皆も見てるでしょう、奴が異様なほどに宋平くんを気にしているのを』

 思わず口元に手を当てる覚に、互いに目を合わせる双子。偶然にしては出来過ぎている事柄。

 しかし、誰よりも動揺していたのは意外な人物だった。

『恐らく辰見は彼の正体を知っている。だからあんなに過保護な上に昔からよく知ってた。五年前からなら納得です。

 あの夜。バランサー同士がぶつかり合い、多分宋平くんが競り勝ったんです。バランサーとしての格が上回り、ゴーグル男を負かした。

 …あくまで、自分の仮定です。勿論、彼がバース性の鈍い者という可能性もありますよ』

 バサバサと資料を落として机に身体をぶつける姿にどうしたのかと声を掛ける。いつもの冷静な姿からは想像も出来ないような動揺っぷりを見せたその人…、刃斬サンは慌ててパソコンを開いてから何か作業を始める。

 やがて、部屋に聞き慣れた起動音がした。

『っバースデイ!! お前知ってたのか?!』

 天井に向かって声を上げる刃斬サン。突然の大声にワタシたちがビクつく中、彼は只管声を上げる。

『答えろ!!』

【…彼は、ベータの方です】

 中性的な声で紡がれるAIの言葉に、刃斬サンは目を見開いてから近くの壁を殴る。

 だが、バースデイは続けた。

【ですが。

 彼の瞳、彼の指紋…それからあらゆるデータを収集しバースデイは彼の遺伝子データがと限りなく近いと導き出しました。しかし、近くはあっても本人ではないとわかっています。

 …申し訳ありません。申し訳ありません。バースデイは、役目を果たせません】

 謝罪を繰り返すバースデイに、刃斬サンはもう良いと一言だけ述べてからパソコンを使ってバースデイを止めようとした。

 だが、次の瞬間。アジト全体に流れる警報。

 襲撃かと身構えるがアジト内の全てのテレビが点いてあるチャンネルに切り替わっていく。こんな芸当はバースデイにしか出来ない。刃斬サンが暴走を止めようと声を掛けた瞬間…画面に、信じ難いものが流れる。

【国家転覆の容疑が掛けられたこの少年。バランサーは、あらゆる者を洗脳出来る力を持つとされ、その力は未知数。見かけた方は直ちに通報を。

 番組でも情報を集めます。お電話はこちら、SNSではキーワードを入力しての投稿を…】

 その日、

 ワタシたちは一番最悪な形で、真実を知ることになった。


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