いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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初雪に十億円

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 アジトの最寄り駅に着くと、駅から出た時の冷たい風で少し冷静になる。

『…コート着てくるの忘れた』

 白ふわコートは今日帰って来るとしてあと二着はコートがあったのに。

『そういえば、学校に来て行くやつは兄ちゃんが一緒に買いに行ってくれたんだっけ』

 ショーウィンドウに飾られたコートを見ていると、中学生の頃に兄ちゃんに連れられて通学用のコートを見に行ったことを思い出す。

 コートはちゃんとしたやつを買おうと言って連れて行ってくれたのが嬉しかった。いや、兄ちゃんはいつだって俺に色んなものをきちんと買い与えてくれたし、俺がバランサーとして稼いだお金は常に貯金してる。

 本当は、大好きな自慢の兄なのに。

『嫌いなんて…嘘でも言っちゃダメなのに。

 いや! でも俺の指輪を隠すのは悪いだろ!』

 カフェに入って一人でスマホを持ちながら頭を整理する。スマホの通知は何回か入り、電話だって来た。

 折角のクリスマス。兄弟喧嘩なんかしてる場合ではない。

『今日はローストビーフ…、作ってくれるって言ってたのになぁ』

 親以上に親代わりになって愛情を注いでくれた。本当は恨んでも、疎んでも良い俺のことを兄弟たちは皆が協力してここまで育ててくれた。

 そら、そんな弟が自分のせいでヤクザに関わったなんて知ったら正気じゃいられないか。

『帰ったらちゃんと、謝らないと』

 何かお詫びに買おうかと思ったけど財布すら忘れてしまった。スマホで支払おうとカフェを出て駅ビルに入ったが、すぐに後悔する。

 …クリスマスだからなぁ。混んでるよなぁ。

『お金…あれ弐条会で稼いだから兄ちゃんたちにはあんまり何か買わないようにしてたけど…、バレたんなら好きなものプレゼントしても良いよね』

 人混みから外れるとそこは日本風の和のテイストのお店が並んでいた。そこにあったお守りを見つけた俺はそれぞれに合うものを選んで購入する。

 兄ちゃんは交通安全、双子には学業成就のお守りだ。こればかりはバランサーの俺にはどうにも出来ないことだから、神様に祈るとしよう。

 駅を出るともう時刻は午後二時近く。暗く重い空を見上げていたら、ふと白いものが降ってきた。手を伸ばせばあっという間に溶けて水になってしまう。

 雪だ…、道理で寒いはずだ。

『もう午後だし行こうっ! …今日泊めてもらえないかな。ボスに聞いてみないと…』

 昨日の襲撃からバタバタしている中で早めにお邪魔するのは気が引けるが、ドラ息子の件も報告したいし…何よりすぐにでもボスに会いたかった。

 アジトに着くと何人かいた兄貴分に囲まれ、言ってくれたら迎えに行ったのにと心配されてしまう。その優しさが嬉しくてつい笑顔になる。

『…ん? 宋平、お前上着どうした?』

『うわ。本当だ…冷えてんじゃねーか。頬っぺたクッソ冷てぇ』

 わらわらと寄って来る皆に真っ赤になった鼻や頬を次々と触られて体温を分けてもらう。皆して体温が高いのか近くに集まるだけで暖かい気がする。

『上着もうすぐ来るから平気。

 それより雪降って来た! 初雪だよ!』

 俺の言葉に一気に騒つくと皆がアジトから空を覗いて次々と感嘆の声を上げる。快適なアジトにいると外の様子なんてまるでわからないから、皆も今気付いたらしい。

『こらぁ積もるかもなぁ。こんな天気に上着着ないで、風邪引いてまうよ? ほれ。さっきボスが帰って来たからフロア行ってあったまらしてもらえ?』

『…そうだな。今日はゆっくりボスと過ごして来な』

 何故か皆が神妙な顔付きでそんなことを言うから、俺は訳がわからなくて周囲を見渡すもどこも同じような反応だった。

 それでもボスのフロアには行くつもりだったから左側のエレベーターを呼んで中に入ると、皆に手を振って別れる。大袈裟なくらい目一杯、皆が手を振る。面白くて笑っていたら、扉が閉まる寸前

 誰かの啜り泣くような声がしたような気がしたのに、容赦なくそれは閉まった。

『今、誰か…いや気のせいか?』

【より良い今日を、より良い明日を。産まれてきたことに感謝を。

 貴方をサポートするAI、バースデイです。こんにちは、宋平様。御用の階層をお聞かせ願います】

『あ、ああ。こんにちは、ディーちゃん。ボスのお仕事用のフロアまでお願いね。ボスはいる?』

 いつものように勝手に起動する人工知能、バースデイ。言われずとも静かにクリスマスソングを流すところは抜け目ない。

【はい。先程お帰りになられました。刃斬様もいらっしゃいます。

 では、参ります】

 雑談を交わしながらだと、フロアまではすぐだ。バースデイにクリスマスソングの選曲が俺の好みだと伝えると嬉しそうにボタンのライトを順番に光らせた。

 本当に器用な子だな。

【宋平様の体温が下がっているので、フロアの平均気温を上げます。必要な際はいつでもバースデイをお呼びください】

『流石はハイテク。頼りにしてるよ!』

【…はい。

 この上ない喜びです。バースデイは宋平様の快適な生活をサポートします】

 一家に一人、バースデイだなぁ。

 またね。と言ってからフロアに出ると大好きな匂いに煙草が混じっていて自然と笑みが溢れてしまう。意味もなく前髪に触れたり、服が捲れたりしていないか少しチェックする。

 どうやらボスと兄貴は俺の来訪にまだ気付いていないらしい。足音を立てずに中に入って行くと、いつも通り椅子に座ったボスとその傍らに立つ刃斬がいるのを確認して笑みが溢れる。

 やっぱり気付いてない! よしっ、驚かしたら初雪のことを教えないと。三人で見に行きたいな!

 そんな無邪気な考えだった。そっとフカフカの床を踏み締めて、進む。すると段々と二人の会話が聞こえてきたから邪魔にならないタイミングで声を出そうとした。

『引き渡しは?』

『明日にでも。準備が整い次第、始めます』

 ふう、とボスが煙管から口を離して煙を吐く。

『…荷物を引き取ってもらうには、大した額だな。笑っちまう』

 お仕事の話かな? …まだ出ない方が良さそう。

『この時期ですから。少々気の毒ではありますが、仕方ありません』

『ああ。十億だったか、向こうも必死だな』

 十億…?

 え。お金? お金の話か。難しい空気になってきた。






 …え?

 踏み出した足をピタリと止めて会話に耳を澄ませる。何故かじわじわと冷や汗が出て来て、薄着のはずなのに頭は暑くなってきた。

 バース性の、効かない…?

『引き取って暫くだが、まさかこんだけ大金を積まれるとはなァ。皮肉なモンだ。あれだけ楽しみにしておいて、最後になるなんてよォ?』

『クリスマス、でしたか。タイミングが悪かったとしか言えないでしょう』

『そういうこった。

 …予想外に稼げたが、もう必要ねェ。いつまでも近くに置いておく義理もねェだろ。こっちはもう用済みだ。とっとと片す』

 目の前が、真っ暗になった。

 バース性が…効かなくて。クリスマスを楽しみにしてて、今まで預かっていた…

 俺、じゃん…。

『荷物はどうしましょうか? こちらで処分するのであれば持って行きます』

『ああ。頼んだ』

 ふと目を凝らすと刃斬の左手には俺のキミチキ!のパジャマや昨日ボロボロにしてしまった兄ちゃんのお下がりのカーディガンがあった。

 …う、そ…嘘だ、そんな…

 こんなの違う、絶対に違う!!

一つで浮かれやがって。目出度めでてェことこの上ねェなァ』

 刹那、頭に浮かぶのは先程の兄ちゃんとのやりとり。彼は言った。ヤクザなんて、人を騙して、人生を滅茶苦茶にするものだと。

 お前は、騙されているのだと。

『…ぁ、おれ…』

 俺。バカみたいだ。

 そんなこと、わかるじゃん普通…。あんなにカッコ良くて綺麗で…文句無しのアルファの頂点に立つような人が俺なんかのこと、気にかけるはずないって。

 そんなことがあるとすれば、この体質が全て。どう考えてもそれが当たり前。それが普通。

 なんでわからなかったんだろう。俺、一人で何を…どんな夢見てんだ。

『っ…!』

 踵を返して、逃げ出した。

 涙が勝手にどんどん溢れて来る。エレベーターに飛び乗ると涙ながらに訴え、起動させると別れたばかりのバースデイは不思議そうにしながらもエレベーターを動かしてくれた。

 逃げなきゃ、捕まらない場所に…弐条会から逃げなくちゃ。

『あれ? 宋平…』

『おい、引き留めるな。多分話が終わったんだろ…命令違反になるぞ』

 派手に泣きながらエレベーターから飛び出して来たのに気付きつつ、皆は声すら掛けない。そこで初めて自分を憐れむ彼らの優しさに気付いた。

 そっか…、皆はボスの号令で動くんだ。だからまだ俺を追わずにいてくれるんだね。

 …少しでも、俺に情があったんだ。

『でも上着くらいはよ…』

『ダメだって。我慢しろ、誰だって辛いんだ』

 外に出ると地面はいつの間にか真っ白になっていた。勢いよく飛び出したから思わず転びそうになりながらも階段を降りて走り続ける。

 泣きながら、息を切らして走った先に…

 一人の男と出会ってしまった。

『あれ? ソーヘーだ!! …ソーヘー、なんで泣いてんの…?』

『っ、アニキ…』

 同じような場所で出会ってしまった。始まりの、あの時のように。

 嬉しそうに笑ってから俺の涙に気付いて近付く男に俺は後ろに下がってしまう。

『…もしかして、ボスから話聞いたのか? そっか…今日が、その日なのか…』

 何かを知っている風の猿石に、俺は確信した。猿石も幹部の一人。恐らく俺を売り飛ばすことだけは知っていたのだ。

 …この様子だと、すぐに捕まったりはしないか。

『ソーヘー』

 サングラスをズラして向き合う男に、俺は身構える。今にも逃げ出せるように足に力を入れた時。

『オレも連れてって』

 …え?

 雪が降る中、同じような軽装で佇む男は眩しいくらいの金髪を揺らしてから

 柔らかく、笑った。


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