いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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『あのねぇ。

 クリスマスイブにお兄様を足にするって、どういうつもりさ? 電車めちゃくちゃ混んでたんだから』

 コートもないし出た時と服も違う。その上、顔に多少の怪我をしているとなれば自分だけで兄二人を欺くのは無理だと結論付けた。

 それで打った手が、共犯者だ。

『遂にヤクザの本拠地にまで来ちゃったよ…』

『いやぁ、ごめんねお兄さん! ちゃんと近くまではこっちで車出すからさ!』

『…そうしてください』

 迎えに来た蒼二がロビーに着くと、すぐに愛想を振り撒くように笑顔で駆け寄るが即座に鼻を摘まれた。

 …チッ。ぶりっ子作戦はまるでダメだな。

『あーっ、ったく…また怪我してんじゃん。仕方ないな。バイト先で絡まれたってことにするか…』

 顔に貼られた手当ての数々。蒼二が心配そうに見つめるから、にへらっと笑ってみせる。

『よし。じゃあ護衛よろしく、猿』

『んー』

 運転席には犬飼、助手席には猿石。後部座席には俺と蒼二が乗り、黒塗りの高級車が出発する。イルミネーションやパーティー、明日の常春家のメニューについてなど俺が主に話していたが車はクリスマスイブということもあり渋滞にハマってしまう。

 心地良い車の揺れと暖かな空気。今日の疲労がマックスな俺は、今にも寝落ちしそうなほどに首をガクガクと揺らし始める。 

『寝ちゃった? その座席のポケットにブランケットあるから、使ってねー』

 フワッと身体を包む柔らかなもの。気持ち良くて最高だな、と思ってたら誰かに首の位置を直される。

『仲良いね。理想の兄弟って感じ?』

『…いや、そんなことないですよ。俺は宋ちゃんには一生懸けても償えないもんあるし。いつも酷いこと言っちゃうから、嫌な兄貴ですよ』

 そっと左手が握られるような感覚がして、思わずあの時のことを思い出す。

『そうなの? …まぁ、口喧嘩くらいならどの家庭にだって』

『は。そんな可愛いもんじゃないですよ。

 …あれは、立派な罪ですから。昔からこうなんだ、コイツ。こうやって限界ギリギリまで頑張って我慢する。それを隠すのが上手いの…全部俺らのせいなんだ』

 初めから強固なものなどない。俺たちは、あの固い絆で結ばれた双子のようなものは最初からあったわけではないのだ。

『まぁ、懺悔には最適の日ですかね…』

 あったかもしれない兄弟の絆が崩れたのは多分、俺が産まれた瞬間だろう。

『ウチって両親いないでしょ? アンタらのことだから調べてるんでしょうけど、事故死なのは間違いない。こんな風に車に乗ってて、事故った。

 父親の居眠り運転で証拠もある。単独事故だけど、二人して亡くなりました』

 だけどそれは、…防げた事故だ。

『…よく覚えてる。あの日、朝早く出掛けた両親が向かったのは病院だった。バース性に詳しい医者がいる病院の予約が取れたって二人は喜んでた。

 休みの日、午前中だけ空いてるその遠くにある病院に両親は朝早くから出掛けたんです。まだ幼かった俺は何度も不満を口にしたの、覚えてますよ…申し訳なさそうに謝罪して出掛ける両親の後ろ姿。

 あの日、車には宋ちゃんも乗ってたんです』

『…え?!』

 声を上げて振り返ったらしい犬飼に、猿石が苦言を呈してきちんと前を向かせる。

『そら乗ってるでしょ。だって、病院に行く目的は宋ちゃんの精密検査だった。

 …母親は産まれた時から宋ちゃんが他の子と違うって気付いてたから。まぁ上に三人も子どもがいて他の子どもと違うって…この子、昔から全然泣かないし我儘も言わないし、よく眠る子だったから。

 騒ぐ子どもたちの輪に宋ちゃんを置けばピタリと治まるし、泣き喚く子どもを見ても寄り添って慰めようとするしで…母親は、きっとバース性に関係するんじゃないかって詳しい病院を探してた』

 バランサーと確定する前からその片鱗は見えていて、それはそれは奇妙な赤ん坊だったという話は聞いていた。

『父親も同じように違和感を感じてて、原因があるなら早く気付いてあげなきゃって必死だった。

 会社で疲れてるのに、朝早くから車出して…それで居眠り運転で事故死だ。本当に不幸中の幸いだったのは、チャイルドシートに座ってぐっすり寝てた宋ちゃんだけは無傷だったってことかな』

 俺だけが生き残ってしまった。

 しかも、それだけでは済まなかった。

『…散々だった。両親が亡くなって、だけどイッチーが…長男が働くって言い出してさ。遺産とかもあったけど殆ど子ども四人なんて現実的じゃない。

 一回だけ。もうどうにもならないって年が来て、施設の人が何度か来て長男も苛立ってきたし俺も凄く不満を抱えてた』

 兄弟がバラバラになることを恐れた兄は、なんとかしようと頑張ってた。だけど育児に家事に…両親を失った辛さは半端ではないストレスを彼らに与えた。

『…俺は最悪なことを宋ちゃんに言い放ったんだ。絶対に言っちゃいけなかったのに…あの時は、ただあのストレスから解放されたい一心だった』

 幼い頃、泣きながら蒼二に言われたことがある。それはただの事実。

 俺が犯した罪を、言葉にしたもの。

【宋ちゃんのせいだっ…! 宋ちゃんなんていなきゃ、お父さんもお母さんもいなくならなかった!

 弟なんて要らないっ、宋ちゃんなんか、…!】

 俺がいなければ良かった。

 バランサーなんかに産まれなきゃ良かった。

 人々を救えても、家族を救えない。家族の傷を増やしてバラバラにしてしまう欠陥のバランサー。

『…宋ちゃんは、何も言わなかった。でも暫くして、本当に小さな声で…うん。って言うんだ。あの子は俺の最悪の言葉を受け取っちゃったんだ。

 それからすぐだよ。施設の人が宋ちゃんを引き取りに来た』

 施設の人間が、これはもうダメだと判断して俺を引き取ろうと動き出した。まだ幼い俺だけでも引き取ろうとしたのだ。

『長男も当時は荒れててさ。止めることも出来なくて、俺も…あれを言った日から話してなかったから。ただ、蒼士だけはずっと宋ちゃんの面倒見てたし、弟を連れて行かないでって言い続けてた』

 今でも蒼士の悲痛な声を覚えている。穏やかで優しい大好きな兄さん。そんな彼が人を毛嫌いするのは、もしかしたら俺のせいかもしれない。

 他人はいつだって俺を連れて行こうとする、いつからか兄さんはそう思っていたのかもしれない。

『でも宋ちゃんは何も言わなくてさ。トントン拍子に話は進んで引き取られるって決められて、最後に握手をしたら? なんて職員が言うんだ。

 …俺はさ、まぁ最後なら…なんて巫山戯た気持ちで宋ちゃんに手を伸ばしたんだよ。

 …そしたら、そしたらさ』

 嬉しかった。

 ずっと嫌われていると思っていた蒼二が、自ら手を伸ばしてくれた。だから泣きながら手を握って、ありがとうと伝えてからその手を放した。

『俺、やっとその時わかったんだ。何してんだろうって…俺はこの子の兄貴の一人なのに、なんで別れ際にこんな悲しそうな笑顔にさせてんだって。

 そっからはさ、凄かったよ。もう大声上げて宋ちゃん抱えて…職員に向かって誘拐犯! とか、泥棒! とか叫びまくって弟を連れてくなって叫びまくったよ。蒼士と創一郎も加わってくれてさ、なんとか引き取りの話はなくなって…そこからは、俺もちゃんとしようって頑張ったわけ』

 手放したはずのものは、すぐに自分を捕まえた。

 そこからは兄弟四人、頑張って生きて来た。兄ちゃんは更にお仕事を頑張るようになって、双子は勉強を頑張って遂には大学にまで入った。

 そんな中。十歳のバース性の検査で、漸く俺が何者かが発覚することになる。

『で。この子にはバース性のアレやコレやが効かないってわかってからは、しっかり俺たちが守らなきゃって思ってたんだけど…

 どっかの悪い兄さんたちに見事に捕まっちゃったんだよねぇ…』

 自分から身を差し出したんだ。俺だって、蒼二や皆を守りたかった。

『だからさ。あんまり泣かせないでくださいね、ウチの弟。…大事にしてくんなきゃ、どうなるかわかりませんから。

 …俺は間違えそうになったからさ。アンタらも、そうならないように。手を掴んだなら放しちゃダメだ』

 しっかりと繋がれた手に安心して身を預ける。やっと家に着いたのか、いつもより長い時間を掛けて来た。蒼二は慣れた手付きで俺を抱き上げると車から降りて、抱き直す。

『んじゃ。送ってくれてありがとうございました』

『…お兄さん。

 一つ、質問しても良いかな』

 犬飼の言葉に蒼二は黙ったまま立ち止まり、振り返った。

『不謹慎で申し訳ない。…ご両親の事故があった時、弟くんは…幾つだったか聞いても良いかな』

『歳? …ああ、丁度この子の五歳の誕生日でしたよ。ほら。五歳からでしょ、第一次バース性検査。それまでは両親のバース性と産まれた時の簡易検査でただのベータってされてましたけど。

 …それが何か?』

『いや、ただのワタシの悪い癖だよ。ありがとう、二人とも気を付けてね。メリークリスマス』

 その言葉を最後に、車が走り去る音がした。それからすぐ、兄ちゃんたちの声が聞こえたのだけど…本格的に眠りについた俺には何があったかはわからない。

 ただ、そのまま寝て迎えたクリスマス。

 俺は、…人生で最も過酷な聖なる日を迎えようとしていた。


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