いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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さよならのカウントダウン

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『アニキ! もうちょっと左、そう! この辺!』

『出来たかー?』

 上手く飾れたお星様の飾り。クリスマスツリーの天辺に飾れたそれは猿石に肩車をしてもらったら余裕で手が届くようになる。

 崩れたパーティー会場を綺麗に飾り付けし直すのは、俺を含めて数名の構成員と猿石のみ。他の人は色々とやることがあるから駆り出されている。

『出来た! アニキ、ありがとう!』

『うし。ならこのままガーランドも飾ろうぜー』

 猿石に肩車をされたまま、今度はモミの木の形状をしたガーランドを渡されて壁に飾っていく。料理も次々と運ばれ、今日はゆっくり飾り付けでもしていろとお兄様方が張り切っているのでお言葉に甘えているわけだ。

『宋平、何飲むー? なんでも揃ってんぞー』

『コーラぁ』

『あいよぉ』

 一つのフロアを丸々と使った会場には料理の良い匂いがして堪らない。お昼ご飯も食べれなかったから、丸々としたチキンを見てよだれが出そうだ。

 ケーキも本当なら作りたかったが、あの騒ぎでは仕方ない。前もって予約してあったものが続々と運ばれてかなり豪勢なパーティーになりそうだ。

『凄いね! 毎年こんな感じなの?』

『いや? 多分今年はソーヘーがいんのと、奴等を片付けた祝いじゃね? スゲー目障りだったからな。…ボスの弟は結局姿すら現さなかったけど、動き回ってた過激派と裏切った月見山を捕らえたから』

『…その、ボスは…ボスは弐条会の長になれる?』

 俺の問い掛けに、猿石は少しの間、黙ってしまった。勘の良い猿石の言葉は信用できる。だから暫く黙る彼の言葉を待つと、ゆっくりと喋り出した。

『オレらの弐条会…紛らわしいから穏健派にするか。穏健派は月見山に裏切られた。いくらそれに制裁を下したって言っても、裏切られた事実は変わらねー。

 何より。こっちは条件にある婚約者とやらを失った状態だしな。跡継ぎの問題はシビアだ。月見山に裏切られて、それに対して制裁をしたってなると…何処も怯えて嫁なんか出さなくなる。この世界のオメガはそれなりに貴重だ、家でも大切にされてるだろうから簡単には嫁に出さねーよ。切り札だからな』

 一息に話した猿石の言葉を纏めると…もしかしたらボスが弐条会の椅子に座るのは難しいかもしれないとのこと。 

 やっぱりボスの弟が無傷なのが一番の問題かもしれない。なんだかんだあったが、ボスの弟自身にダメージは殆どない。今回失った部下だって、下っ端の更に下っ端だったら…。

『過激派を支持する連中も多い。まぁ、そういう連中は殆ど血筋中毒だ。気にすんなってボスが最有力候補なのは変わんねーから』

『そーそー。儂らが本格的に参入するからには、是が非でも勝ってもらうヨ?』

 肩車をされていた俺の両脇に誰かの手が差し込まれ、猿石から離される。そのまま抱き上げられたのは白澄の腕の中で、気付いた猿石の猛抗議が始まった。

『はいはい、騒がない。お前さんはサングラスにヒビ入ってたから修理だヨ。早く行きなヨ、ストックもどーせ全部壊してるんだから』

『ぐぐぐっ…』

 どうやら図星らしい。代替えがあるから早く出しに行け、という白澄の言葉にダッシュで修理に出しに行く猿石の背中を見届ける。

『白澄隊長、お疲れ様です! ほら宋平、コーラだぞ~皆ちらほら集まるし先に腹ごしらえもしとけよ』

『ご苦労さん。はいヨ、宋平くん』

 コーラを受け取ると白澄が取皿を受け取って料理がある方へと向かう。どうやら兄の黒河はまだ戻っていないようで、会場には幹部は白澄のみとなった。

『お腹空いたでしょ。いっぱい食べるヨ~』

『うん! 白澄の分も俺が取ってあげる』

 白澄の皿に山積みになった料理。俺もそこそこ盛ったが、量は彼の足元にも及ばない。空いているソファに座ると二人で料理を食べ始める。

『美味しい~。…ぁ、口の中、切れてる…』

『あらら。可哀想に…滲みる食べ物あったら食べてあげるヨ』

 残念ながらカリカリの唐揚げを食べるのは難しそうなので白澄に差し出すと、嬉しそうにパクリとそれを口にする。

『ねぇ。二人は最初から仲間だったのに、どうしてあんなこと言ってたの?』

『んー? それは、儂らが昔…ボスに力負けしたから従ってるって関係だったからだヨ。完全な忠誠じゃない、そういう認識だったし儂らもバリバリ裏切るつもりだったヨ』

 へ。

 突然のカミングアウトに思わずポテトを落としてしまう。膝に落ちたポテトをヒョイと拾った白澄はそれをムシャムシャと食べ始める。

『昔から飽き性な兄弟だったんだヨ。誰かに仕えるのは退屈で、面倒だヨ。でもま…ボスのとこはそこそこ楽しいし敵が多くて刺激的。

 可愛い弟分が出来て目が離せなくなっちゃったし? 罪な子だヨ~』

 ケラケラ笑いながらそう軽く話す白澄。だけどきっと、その決断をしたのは本人たちが語るより重く大切なものだと思う。それを悟らせたくないなら、知らないフリをするのが正解だ。

『ふーん。可愛い弟分が、いつかいなくなったらどうすんの?』

 やっぱりポテトも食べるのがキツいから白澄に差し出す。遠慮なくムシャムシャとポテトを食べてから彼は意地悪な笑みを浮かべて俺を見る。

『儂らが簡単に逃すと思う…? 逃すかヨっ!!』

『ぎゃーっ!!』

 白澄に捕まって膝に上に乗せられると、ウリウリと頬擦りをされて髭が痛い。ギャーギャーと喚きながら騒ぐ俺に白澄は大変楽しそうな笑い声を上げて、周りにいる人たちも珍しいものを見たような表情で俺たちを眺めている。

 当然誰も救いの手は伸ばさない…。

『ジョリジョリするぅう!!』

『いや~、十代の肌スッベスベ。ごめんヨー、夕方にもなるとオジサンなんてこんなもんだヨ? ほれほれ』

『うひゃひゃひゃっ、ちょ…服これしかないんだから汚したら医務室まで取りに行ってね!?』

 持っていたコーラが溢れそうになったところを誰かが代わりに持ってくれる。誰だろうと顔を上げたら、そこには犬飼と新しいサングラスを付けた猿石がいた。

『やれやれ。病み上がりだってのに元気だねぇ、全く。ちょっとそちらさん? 尋問の途中でしょ、何抜け出してんの』

『いや大体終わったヨ。というか、どっかの誰かさんが派手にやったせいで口が聞けないから今日は主要人物の尋問は延期になっただけヨ?』

 白澄と犬飼の視線が猿石へと向く。当の本人は自分のやったことを覚えていないのか、笑顔を浮かべて俺に新しいサングラスを見せびらかして来る。

 うんうん、ちゃんと予備も持とうな?

『兄者もすぐに来るヨ。で? 肝心の我らがボスと側近殿はまだ手が離せないって? そういえば覚君もいないヨ』

『ああ。覚はアジトの損傷を見て回ってるだけだよ。ボスと刃斬サンはちょっと忙しいかな? かなり報告やら手間取ってるみたいだし』

 皆でソファに座ると猿石が無言で白澄の膝から俺を下ろしてソファに座らせ、隣を確保した。寄り掛かる猿石のさせたいようにして、俺はそっと周囲を見渡す。

 …結局、俺の正体を明かすことはなかった。これで良かったんだろうけど…やっぱり、少し後ろめたい。

『…ソーヘー? どーした、疲れたのか?』

 心配そうに顔を覗き込む猿石に、すぐに笑顔を浮かべてから何でもないと口にする。

『やっぱボスに会いたいのか? ソーヘー、クリスマスパーティー楽しみにしてたし…』

『今日はイブだヨ。仕切り直すなら明日でも構わない…そうでしょ?』

『いや、明日のはほら…趣旨がさぁ…』

 そう言ってから俺の頭を撫で回す白澄。しかし、犬飼はそれに歯切れの悪い返答で濁した。明日は何かあるのかと思ったが、明日も弐条会は忙しいのだと思い出して少し落ち込む。

『ま、まぁほら。クリスマスだしぃ? プレゼント交換会、みたいのだよね?! ねっ!!』

『なに一人で挙動不審になってんだよ気持ち悪ぃ』

 喧嘩になる二人を放置してコーラを飲もうとすると、席を外した白澄がすぐに戻って来てコップにストローを入れてくれた。

『流石は兄貴分、頼りになる~』

『調子の良い弟だヨ。…うん、やっぱり簡単には手放せないヨ』

 飲みやすくなったコーラに感動していると、白澄が何かを決意したような…そんな目をしていた。また仕事のことかと思っていたら入口が騒がしくなって黒河と覚が現れる。

『ボスだけどネ。ちょっと呼び出し食らったり電話対応だったり忙しいから、今日はちょっと無理そうなんだよネ…。ごめんネ、折角の日なのに。

 また明日待ってるから、取り敢えず今日は我々とパーティー楽しんじゃおうネ?』

 申し訳なさそうにそう言ってソファの前でしゃがむ黒河に大丈夫だと伝えてから全員にグラスを持たせる。一際大きくなったクリスマスソングに耳を傾けつつ、乾杯の合図で更に盛り上がるパーティー。

 そっと右手に光る指輪を見てから何度も大丈夫だと言い聞かせて、どうか今も忙しく歩き回る人たちが無事にこの日を乗り越えられるよう願う。

 きっと明日から、また一味違う弐条会になるんだろうな。

『黒河たちが鍛えてくれたから俺、凄く強くなったんだ! ねぇ、また一緒に特訓してよ!』

 強さなら猿石も負けないけど、どうにも彼のスタイルは天性のものがあるから理屈で通用しない。その点、双子の動きはきちんと積み重ねた強さでありアドバイスも的確で有り難い!

 弟分パワーをフル活用して二人に強請れば、驚くほどあっさりと受け入れられる。

『そうだネ。次はこんな怪我しないように、徹底的にしごかないと』

 …え?

『そうだヨ。まだまだ鍛え方が足りなかったヨ、儂らの弟子でもあるんだから沽券に関わるってもんだヨ!』

 はわわ。

『覚悟してよネ、宋平ちゃん?』

 ひえっ。なんかヤバいスイッチ入ってしまった。

 一人怯える俺は近くにいる猿石に引っ付く。豪快に笑う双子に、威嚇するように睨んでから俺を隠す猿石。

 そして、そんな俺たちを複雑な顔で見守る二人がいることに気付くことなく…楽しいパーティーは続き、帰る時間になってしまった。


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