いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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『馬美!! 早く倒して!!』

 羽魅の言葉に応えるように拳銃を向ける馬美にボスが先に仕掛けて牽制けんせいをする。見たところ、銃の腕前はボスが圧倒的に秀でている。

 その間に俺は棍棒を投げ飛ばしてボスを狙う敵を撃ち落とし、向かって来る相手には組手でなんとか投げ飛ばしたり気絶させたりしていたが何せ数が多い上に段々と息が上がる。

 どんどん傷を増やす俺の姿にボスが目を向けるも、馬美の相手が終わるまではこちらには来れない。

『っ、わ…?!』

 短剣を持つ敵の動きが読めなくて、腕を掠る。それでもすぐに距離を取らず冷静に対処することを優先して戦う。

 だが、既に駅やアジトで何度もバランサーの力を使った上にここまで戦い詰めだった疲れは確実に溜まっている。どうしても鈍る動きに焦ると、敵だってバカではない。すぐに気付いて畳み込むように反撃に力を乗せて来る。

 まだっ、倒れるわけにはいかない! 俺が戦えなくなったら均衡が崩れてボスがっ。

『…ぁ』

 そんな無駄な思考ばかりしていたからだろう、足を踏まれたかと思えばそのまま身動きを封じられて相手が短剣を振り上げた。

 やばい…、もうダメだ…。

『宋平!!』

 即座に放たれたアルファの強力な威嚇フェロモン。相手も油断していたのか、ボスのそれを食らって一瞬の隙が生まれる。それを見逃すことなく相手の脛を蹴り上げてから走り、ボスの元へと逃げた。

 敵から距離を取ったボスは走って来た俺を抱きしめてから自分の身体で隠すように立つ。

『…どうやらこちらの方が早く配置に着いたようで。

 羽魅様。後衛が到着したようです。すぐに攻撃に入れますが、宜しいですか』

『当たり前じゃん。とっとと殺して。…ふふ、もうすぐ最高のプレゼントがあの方に渡せるんだね』

 バランサーの耳が遠くから聞こえる足音を捉える。スッと目を凝らすとスナイパーらしき連中が何人か見えていよいよ追い詰められたことを察した。

 より強く俺を抱きしめるボスを見上げ、俺は一つ覚悟を決めてから拳を握る。

 …やろう。もう、此処でバレてしまっても構わない。どうなるかはわからないがボスが死んでしまうより、よっぽどマシだ。

 なんとかボスの腕から抜け出そうとするも、ボスが決して離すまいとばかりに俺を強く抱きしめるものだから思わずその胸に寄り添ってしまう。束の間の幸せを感じていると肩に手が置かれ、安心してしまう。

『大丈夫だ。怖くねェから…俺が必ず護ってやる』

『ぼす…っ』

 そんな貴方だから。

 そんな風に、優しくしてくれるから。全てを投げ出してでも俺が貴方を救いたい。

 この腕の中にずっといたい…、もしも俺がバランサーだとわかったら貴方はどうするだろう。願わくば、俺も…ずっとただの宋平のまま、隣にいたかった。

 でも。もう、近くでなくても良い。

 貴方が何処かで幸せでいてくれるなら、もうそれだけで良いんだ。そんな未来の為にバランサーの力を使う俺は、ダメな奴なんだろう。

『…ボス。

 今まで、ありがとうございました』

 突然の言葉に動揺するボスの腕の力が弱まった瞬間、俺はその中から飛び出して走り出す直前、彼を刃斬がいる方に押し込んで自分は敵のいる方へ行く。すると無防備な姿で現れるもんだから、銃口が一気に向いた。

 後ろで自分を呼ぶ声を聞きながら微笑む。それからすぐに羽魅と目が合うと、何故か彼は満足気な笑みを浮かべて馬美に小声で何か伝える。

 敵が引き金を引こうとして、俺がアルファのボタンを押そうとした正にその瞬間、

 誰よりも早く引き金を引いた者の銃声が辺りに響く。しかし、それによって倒れたのは俺でもボスや刃斬でもない。呻き声を上げて木の上から落ちたのは敵のスナイパー。

 銃声がした方に目を向けると、そこには…いつの間にかライフルを構える白澄の姿があった。

『しろす、…?』

 スコープを覗きながらすぐに追撃を始める白澄。彼を狙う敵を次々と撃つのはサイレンサーの付いた銃を片手に走り回る黒河だ。

 そして、奥から現れる大きな人影。傷だらけの身体でもしっかりとした足取りで向かって来たのは、猿石だ。血を拭いた上着を脱ぎ捨てて半裸になった彼は地面に落ちて来た敵を投げ飛ばしては同士討ちにさせる。

『あ。いたいた!

 いや良かったー。間に合った間に合った、全く…各個撃破とか止めてほしいですよ。こちとらね、どっかの化け物共と違って普通の枠組みなんですからね!』

『犬飼さん…!』

 スマホを持ちながら現れた犬飼は、そういう割には大した怪我もなく片手を上げて応えるとすぐに刃斬を回収するよう後ろからやって来る部下へと指示を出す。

『すみませっ、集合までっ時間を掛けてしまって! …はぁ。良かった、…取り敢えず全員生きてますね』

『覚さんっ!』

 息を切らしながらやって来た覚は胸に手を当てつつ、すぐにこちらに振り向いてニコリと笑う。

 皆を連れて来てくれたんだ…!

『…ちょっとどういうこと? 馬美。あの二人は買収出来るって言ってたよね…しかも一人も殺してないってこと?』

『…どうやら交渉が失敗したようです。一番寝返りやすい連中だと思ったのですが』

 粗方の敵を倒した魚神兄弟が揃ってボスの元へと現れる。黒河は銃を仕舞ってから静かにこうべを垂れ、白澄はライフルを肩に担いでから兄と同様の所作をした。

『魚神黒河、これより貴方様への忠誠のみを誓いますネ。ってことで良い部屋用意してよネ、ボス?』

『魚神白澄、兄同様、貴方様への忠誠を誓い死ぬまで仕えますヨ。儂はデカいスクリーンが欲しいヨ、ボス!』

 双子の行動にボスは目を見開く。近くで部下に肩を借りてなんとか起き上がった刃斬も思わず声を上げるほどだ。他の皆もなんかポカンとしてるけど、俺にはよくわからない。

 …なんで皆して驚いてんだ? あの二人は元から仲間じゃないか。

 ん? と一人首を傾げる俺に気付いた黒河が笑顔を浮かべて近くまで来るのでいつものことだと黙って手を伸ばせば、やはり抱き上げられる。

 うん。やっぱり最初から仲間だな?

『…見事にこの子に毒されちゃったネ。ほら見て、味方だと信じて疑わないこの目。いやぁゾクゾクしちゃうネ~』

『あは! 一人だけわけわかんない顔して、可愛いヨ。これこれ。儂らこれを見たかったんだヨ』

 双子が揃って俺の頬をツンツンと突くものだから不愉快さを全面に出した唸り声を上げると二人して爆笑する。わざわざ手袋を外してまで俺の頬を突いて、何が楽しいのかと不思議に思う。

 ちょっと。まだ敵地なんだけど?

『いや悪いですネ。先約がある上にもう生涯の主人は決めちゃったんで、我らにラブコールしても無駄ですからネ?』

『むしろ掃除対象だヨ。儂らのボスに手を出した上に可愛い弟分に手を出したんだから、それなりの覚悟をしてほしいヨ』

 ポイ、とライフルを捨てた白澄はコートを開いて拳銃と刀に手を置く。黒河に至っては先程から手先で遊ばせている黒いものを掴み、栓を揺らす。

 …手榴弾じゃねーか!!

『言っておくけど。月見山、お前んとこから後続はもう来ないよ。月見山の家は既に包囲済みだし当主は投降している。

 ここにいる連中も、もう親元は逃げたから切り離されてるよ。見捨てられた上に無駄死にしたいなら…そこの双子が相手してくれるんじゃない?』

 全力で逃げ出そうと身体を逸らしていると、犬飼の発言によって向こうの動きが止まる。流石の羽魅も、もう実家にまで手を伸ばされているとは思わなかったらしい。その一瞬の迷いの時間だけで充分だった。

 馬美のすぐ横に現れた猿石によって鋭い蹴りを食らい、彼は地面に倒れて動かなくなる。逃げ出そうとした羽魅にも容赦なく蹴りを入れてから地面に押さえ付けた。

『よっわ。数がなきゃ何にも出来ねーくせに、グチグチ五月蝿ぇんだよ。こんなんでよくオレらをどうにかしよーなんて思ったな。お目出度い奴等』

 羽魅の首を掴んでから引き摺る猿石は、そのまま立ち上がろうとする馬美の頭を蹴り飛ばして再度地面に寝かせる。

『現場の統率も出来ねぇ男が、トップになんかなれるかよ。上が上なら下も下だ。雑魚ばっか』

 そのまま羽魅の首を持ち上げて今にも地面に叩き付けようとする姿に気付き、止めさせようとしたがすぐに黒河によって視界を遮られる。

 ドッ。という鈍い音と、小さな悲鳴の後…辺りは静かになった。黒河の胸元だけが視界にあり、背後の惨状を見る勇気がなくてそのまま縋り付く。

 …仕方ない、よな。これがヤクザの落とし前ってやつだ。俺が口を出すのは間違ってる。

『はーい。それじゃあ残った連中は投降なり逃走なりご自由に。結末は大して変わらないからね。

 ボス。あの二人は取り敢えず持ち帰って回復を待ち次第、尋問で宜しいでしょうか?』

『ああ。月見山の組長も引っ張って来い』

『御意。お任せを、すぐに用意します。

 弐条会~。全員撤収、手の空いた奴は消火活動すんぞ、急げ~』

 犬飼がテキパキと現場の後片付けを指示していく中、黒河と白澄に撫で回された俺は地面に下ろされる。ボサボサの頭をなんとか撫で付けると、弐条会によって連れ出される羽魅たちとすれ違う。

 荷物のように運ばれ、顔が見えない彼を見送ると…何か、小さな声が聞こえた気がした。

『…精々、喜べよ…ばけ、もの』

 それっきりもう声は聞こえない。最後まで敵の親玉の姿も、声すらわからなかった。

 …でも良いよね。これで終わったんだから。

『はー終わったのかぁ。良かった良かっ、わぷっ』

 突進するような勢いで誰かに抱きしめられる。ああこれはアニキだな、と呆れ半分で目を開けたらそこには半裸のまま退屈そうに何かを待つように地面に座る猿石がいる。

 …あれー!? じゃあ、これは誰? いや待て、というかこの匂いは…。

『…なんだあの挨拶は』

 げっ!!

 不機嫌さと苛立ちを含んだ声に思わず腰が引ける。しかし、俺を捕まえた主人はそんな俺を逃す気はサラサラない。

『っなんだってテメェはいつもいつも…』

 怒ってる! ボスが怒ってるどうしよう!

『護らせろって言ってんだろ。なのにお前がわざわざ立ち向かって行くな。何度言わせる…』

『だって…、それが俺の仕事なのに』

『黙れ。

 …テメェは仕事ってだけで俺を死ぬ気で救うつもりか? そんなことのために、テメェの命投げ出すってェのかよ』

 何を。

 何を、そんな。今更そんなこと、言わせるのか?

『勿論です。そうすべきだと判断したらやります、そうしたいと思ったからやります。ぶっちゃけ仕事だからってのは後付けだから…

 貴方を助けたい心に従います。貴方がいなくなったら、なんて想像もしたくない。だからいつだって、貴方が生き残る選択を取り続けますよ?』

 だから、俺を止めるのは諦めてほしい。

『皆と同じようにボスのこと、大切で大好きなんです。俺は皆とは違うからいつだって命くらいかけないと、貴方の隣に行けないんですもん』

 まだ基礎を見てもらうようなレベルなんだ、勘弁してほしい。武器だって未だに満足に扱えないし、口喧嘩は負けっぱなしだ。

『…良かった』

 ボスの頬に触れてから、俺は笑う。

『ちゃんと生きてる。命張った甲斐がありますね』

 やっと終わった今日という一日。あまりにも容赦ない攻撃と侵攻にボロボロだが、俺たちはなんとか一番の砦を守れた。

 そっとボスに抱き着くと、しっかりとボスに抱きしめ返されて嬉しくて仕方ない。だが、そんな風に…その、イチャイチャしてたら地面に寝転がる猿石にはガン見されるし、双子は口笛とか吹き始めるし、覚さんなんてなんかスマホの位置が変だと思ったら…あれ絶対ムービーじゃねーか!!

『そこー! イチャついてないですぐ医務室! 車回したから早く行ってよね、全くもう!』

『い、イチャイチャなんかしてないしっ!!』

 それから俺たちはすぐに片付け作業に追われ、弐条会も後始末やら色々あってクリスマスパーティーは今日の午後に少しだけやることになった。

 …デートの埋め合わせって、してもらえたりするのかな…?


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