いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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作戦会議

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 バランサーって生き物は、怒らせてはいけない。
 
 これは周知の事実である。何故ならバランサーという生き物は、怒りによってその原因であるものを正そうという力が強まるらしい。

 だから、バランサーを怒らせないようにそっとしておく。触らぬ神に祟りなし。そういうことだ。

『マジで怒った! クリスマスイブにこんなことしてな、許されるはずないだろ? 暫く寝とけ!』

 アルファの力で無力化して、力で捩じ伏せる。そんな力技で突破してアジトまで走るといつもより圧倒的に人が少ない。

 一般の人は避難出来たかな…。

 荒っぽかったせいで傷が出来たが、構わず服で拭って視界を確保する。額を切ったせいで思いの外、血が出てしまったがかすり傷。

 こんなのどうってことない。それより、早くボスや皆の安全が知りたい…!

『って、うおわっ?!』

 目にした光景に声を上げて驚く。やっとの思いで辿り着いたアジトは、やはりかなりの数の敵に包囲されていて防火シャッターが降りていた。しかし、遠くの方で見覚えのある人物が何人かの敵と歩いて行ったのが見える。

 あの、体格…もしかして月見山羽魅か? まさか攫われた?!

 大変だ、どうにか助けようと思った頃には車に乗って走り出す。随分とあっさり乗り込んだが、抵抗したらマズイ雰囲気だったのだろうか。

『よし。バランサー作戦で行こう。敵を煽って闘争心を上げてから叩く作戦な』

 スッと息を吸ってから大きな声を上げる。

『奴等の増援だァ!!』

 敵にふんして声を上げる。俺の偽情報によって奴等は敵の影を探し、見つけ出そうと息巻く。そんな中に出て行った俺はバランサーのフェロモンを広範囲に放って闘争心を薙ぎ払う。敵の不意をついてから即座にアルファのボタンを連打し、威嚇フェロモンを放った。意識を失う者や地面に座り込む者、未だ立つ敵に向かって思いっきり走ってから蹴りを見舞う。

 終わった頃には息を切らしつつ、なんとか立っているような状況。フラフラと弐条会の設置した防犯カメラの元まで歩くと中にいる者へ呼び掛ける。

 ああ。止まると…寒いなぁ。

『ぶえっくしょい!!』

 寒さで震えているとゆっくりとシャッターが上がって来て弾丸の如く誰かが飛び出して来た。地面にしゃがんで待っていた俺に向かって速度を緩めることなく突進して来たのは、意外にも覚だった。

『宋平…!! ああ、良かった! 駅に映る貴方を見た時はどうしようかとっ…よく来てくれましたね。本当に良い子っ』

 よしよし、と何度も頭を撫で繰り回されたかと思えば今度はギュッと抱きしめられる。唖然とした後で自分も彼にくっ付けば、そのまま抱き上げられてアジトへと連れて行かれる。

 すると、留守番だった覚からアジトの現状に加えて幹部が分散していること。そして何よりある人物からの裏切りについて聞かされた。

『羽魅が、裏切った…? なんで…だって、ボスの伴侶になるって約束して来たんでしょ?』

 …なんで。

 なんで、そんな簡単に…その立場を捨てられるんだ。その立場を俺はどれだけ羨んだか。どれだけ、焦がれたか。それなのに…どうして。

 どうして、そんなに簡単にあの人を裏切れる?

『恐らく最初から我々に近付く為にその立場を利用したのでしょう。ヤクザの前で契約書の内容を簡単に覆すなんてね、ナメられたものです。

 ボスを探すのと同時に幹部を救い出して現場まで向かわなくては。…バースデイ、後を頼めますか?』

『ディーちゃん。お留守番お願い出来る?』

【勿論です。城の防衛機能を駆使して、必ずやこの場所を死守してみせます。

 弐条様たちを宜しくお願いします。宋平様。どうか、お気を付けてお帰りください】

 早く会いたい。

 早く、抱きしめたい。

『任せて! 行ってくるから、皆でクリスマスパーティーをしようね!』

【了承。クリスマスソングのファイルを作成します】

 気の早いバースデイの言葉に勇気付けられ、俺たちは反撃に向かう。役割を分けて行動することにした。覚は幹部たちを拾ってから、俺は真っ直ぐにボスの元。

『でも、古城までの足が…』

『それなら、ようやく一人だけ帰って来た男がいます』

 耳に入る懐かしの音。

 唸るようなバイクの音に若干引きながら、そちらを向くといつかのバイクに跨った猿石が現れた。辿り着いた猿石は被っていたヘルメットを俺に渡すと、すぐに担がれて再びバイクに乗る。

 その顔は鬼気迫り、真面目そのものだ。

『…嫌な予感がする。早く行こうぜ』

『うん! 覚さん、向こうで合流しようね!』

 俺の言葉に力強く頷いた彼に手を振ると、バイクが急発進して爆走する。なんとか猿石に現状を報告すると彼は何も答えなかったが、一度だけ俺の頭を撫でてそこからは無言のまま走り抜ける。

 よくやったって、ことかな…?

 広い大きな背中にしっかりとくっ付く。その背中に背負ったものが愛おしくて、寄り添うようにした。

 暫くバイクが走ると猿石の嫌な予感は当たっていた。いつか来た古城は、周囲の森が燃え始めて完全に道は塞がれ逃げ場などなくなっていた。古城の向こうは湖だ。よく知っている。

『アニキっ…、どうしよ』

 取り敢えず消防車を呼ぶが奴等の妨害が入らないか心配だ。覚や皆にも連絡をする。

 すると、猿石が後ろにいた俺に手を伸ばして前でしっかりと抱きしめる。自分の服を脱いでしっかりと俺と自分に結んで、バイクを動かした。

『アニキ?! 何を…ひっ?!』

 火の中に突っ込む間際、俺をしっかりと抱きしめてから火の向こうへとダイブする。バイクから投げ出され、火の中を突っ切る間、彼は俺が火傷をしないようきちんと守ってくれたのだ。

 すると、バイクが落ちてすぐに俺たちも地面へと投げ出される。半裸の猿石がまともな受け身を取れるはずもなく彼は容赦なく固いアスファルトに打ち付けられた。それでもその腕の中にいる俺を守り切り、気絶してしまった猿石に何度も声を掛ける。

『アニキ!! アニキ、起きてよ…っあにき』

 火傷に傷痕。満身創痍の彼をなんとか引っ張り移動させるとその身に付けられた複数の傷に言葉を失う。

 アジトに来ていた時点で、もうかなり無理をしてたんだ…。

『…アニキ。アニキは凄いよ、此処まで連れて来てくれたんだね。

 行って来る。必ず…必ず迎えに来るから待ってて。二人を見つけて戻って来るよ』

 火の手とバイクから離れた安全な場所に猿石を寝かせてしっかりと血を拭ってから離れる。不安と心配に押し潰されそうになりながら、俺は走る。

 折角猿石が此処まで繋いでくれたんだ。彼は俺を信じて託してくれた。

 ならば、応えなければ。

 それが俺のやるべきこと。

 古城の周りを走っている間、俺は不思議な気持ちだった。まるであの頃に戻ったような気分。あの時も俺は一人置いて行かれて必死になって二人を追い掛けていた。時間が経っても結局、俺は二人を追い掛けてる。

 今日は頼りになる天の声も、無敵の兄貴分も、近くには誰もいない。ある意味ではあの時と一緒だ。だけど確実に違うもの。

 それが、責任というものだ。

 今の俺は皆の想いを背負っている。俺たちのボスを頼むという皆の気持ちを。それを託せる奴だという信頼を得て、今…俺は、この場所にいる。

 もうただのバイトじゃない。

 今は、彼らの仲間として。

『だから俺は、お前たちには負けねーんだよ』

 折り重なるようにして倒れる二人に拳銃を突き付けていた馬美の手首を蹴り上げ、黒づくめの連中にはアルファの威嚇フェロモンでは効かないだろうと踏んでバランサーの力を放つ。

 一瞬の隙にボスが起き上がって拳銃を構えて放つと、その早技によって敵が一人倒れた。

『チッ。…おい、しっかりしやがれ!!』

 ボスが声を上げるも刃斬に反応はない。何か刃物のようなもので斬られたのか、地面に広がる赤にボスが舌打ちを放つ。

 その光景に言葉を失った俺は、すぐに敵に向き合ってから唸り声を上げる。

『纏めて相手してやる! さっさと来いッ』 
 
 早く、

 早く辰見に…! 医者に診せないと、刃斬が!!

『弱いくせに、何を吠えてるの?』

 奥からやって来た人影。その人物を見て、俺はもう怒りで我を失いそうだ。

『負け犬なんだからさっさと帰りなよ、駄犬』

 すっかり勝者を気取った男に向き合う。傷だらけの俺たちを見て、何が面白かったのか羽魅は更に笑みを深くした。

『生意気な顔。すぐにぐちゃぐちゃにしてやるよ』

 上等だ!! 

 負かしてどっちが弐条会に相応しいか、見せ付けてやろーじゃねーの!!


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